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魔王の器  作者: 月野文人
第三章 皇国動乱編
110/218

皇太子決定?

 南部の戦いは正に決戦を目の前にしていた。だが、そんな時に皇都から使者がやってきて、戦場を離れろと言う。

 ヒルデガンドとしては到底、納得出来る話ではない。


「とにかく、その命令は受けられません!」


 南部辺境領軍の本陣となるその場所にヒルデガンドの声が響いた。


「ヒルデガンド妃殿下?!」


 ヒルデガンドの強硬な態度に使者は戸惑っている。拒否される事など全く想定していなかったのだ。


「何故、この状況でこの場を離れる事が出来るのですか!?」


「しかし、これは皇都での決定事項で逆らう事はヒルデガンド妃殿下であっても許される事ではございません」


 確かにその通りだ。ヒルデガンドに拒否する権限はない。


「……では、王太子の首を取ってから東方に戻ります」


「そんな時間はございません」


「時間はあります。王太子の陣の場所はほぼ掴めています。あとは陽動を行った上で、敵本陣に突入するだけです」


「そんな無茶な作戦がありますか? 三万の軍にわずか三千で突入するなど」


 常識的な考えだと、このような反応になる。使者は嫌がらせをしようというのではない。ヒルデガンドに何かあってはと心配しているのだ。


「三万のバラバラの敵です。王太子の軍はせいぜい一万。問題ありません」


「問題はあります。それでも三倍以上ではないですか? それに途中で発見されたらどうされるのです?」


「そうされない様に進むのです」


「そんな危険な真似は許されません」


「危険ではありません」


「危険です」


「どうして分からないのですか?」


 ヒルデガンドとしては十分に勝算がある話をしている。それを分かってくれない使者に少し苛立ちを見せている。


「お分かりになられないのはヒルデガンド妃殿下でございます。今、優先すべき事は皇国に攻め込もうとしている王国本軍を叩く事」


「南部だって攻められています」


「辺境領です」


「辺境領だって皇国です!」


「それは……、そうですが」


 辺境に対する偏見は根深い。まだ、それを消す試みは何も為されていないのだから当然だ。


「とにかくヒルデガンド妃殿下。皇都からの命令が出た以上、妃殿下は南部戦線の責任者ではございません。南部戦線の最高指揮官は前南方伯様であって、辺境領軍もその指揮下に入る事となっております」


「ですから、どうして、そんな命令が今出るのですか?」


「その様な事をおっしゃられても出たものは仕方がございません。これは軍令です。皇族であっても、従わなければなりません」


「そんな」


「従わなければなりません。従わなければ、ヒルデガンド妃殿下だけでなく、それに従った辺境領軍まで軍令違反となります。それは望む所ではないのではないですか?」


 どうにもヒルデガンドが言う事を聞いてくれないので、使者はとうとう脅しめいた事まで言い出した。


「……卑怯です」


「何とでもおっしゃって下さい。今は時間がありません。少しでも早く皇国軍は反攻の体勢を整えなくてはなりません。ヒルデガンド妃殿下が東方に移られた時。それが反攻開始の時と言っても間違いではないのです」


「でも……」


 皇都から命令となれば、従わなければならない事は、ヒルデガンドだって最初から分かっている。だが、南部辺境領を見捨てるような真似がどうしても納得できないのだ。


「えっと、ヒルデガンド妃殿下」


「……セレネさん」


「仕方ないわね。せっかく準備してきたのに、途中で止めるのは残念だけど」


 ヒルデガンドの気持ちが分かるセレネは、自分が言い出すしかないと考えた。


「ここで止めては南部の戦いは長引く事になります」


「それは分かっているけど皇都の命令には逆らえないわ」


「そんな事はありません。私が責任を負えば良いのです。皆さんは私に無理やり、従わされたという事にすれば」


「そんな理屈は皇国には通用しないわ。後で難癖つけてくるのは間違いない」


「ここで戦功をあげれば」


「失敗したら?」


「それは……」


「軍令に違反した上に失敗したら、私たちはどうなるかしら?」


 ヒルデガンドも罰は受けるだろう。だが、辺境領が負わさせる罰に比べれば、それは随分軽いものになる。


「失敗しません。必ず成功させます」


「どうして、そんなにムキになるのかしら? 私には分からないわ」


「私はセレネさんの気持ちの方が分かりません。どうして皇国の顔色を伺う様な事を言うのですか?」


「それはヒルデガンド妃殿下が言う事ではないわ。貴女は皇国の皇族ではないですか?」


「それは、そうですけど」


 ヒルデガンドがセレネに抱く印象は、皇国学院にいた時のもの。カムイたちと一緒に行動していた時のセレネだ。それが微妙なズレをヒルデガンドに感じさせていた。


「ヒルデガンド妃殿下。もう十分だ。貴女の気持ちは分かった」


「カルロス殿。貴方まで」


 カルロス・カスターニャ。南部辺境領主の子弟で皇国学院時代のカムイの同級生だ。


「貴方までという台詞には同意しかねる。私は別に皇国の顔色を伺っている訳ではない」


 わざわざセレネを挑発するような言葉を口にする。


「ちょっと、その言い方だと私が顔色を伺っているみたいに聞こえるわ」


 セレネも簡単にその挑発に乗った。


「別にそうは言っていない。ただお前と私では守るものが違うだけだ」


「それも納得出来ないわ」


「それはどうだろうな? お前は自領の安泰を求めている。それは私の考えとは違う」


「貴方たちだって同じでしょ?」


「違うな。何よりも頼るべき者が違う」


「……どうやって頼れと言うのよ?」


 カルロスの言葉の意味はセレネには良く分かる。分かっても、今のセレネにはどうにもならない。


「さあな。それは私が教える事ではない。一つだけ言えるのは、私には、お前と違って、他に頼るべき者がいないという事だ。お前とは必死さが違うのだ」


「だからと言って……、いえ、何でもないわ」


「……我等、辺境領の子弟たちの中で一番近い位置にいたはずのお前がその様に考えるとは。他に手を取る者があると、やはり違うのだな」


「余計なお世話よ」


「西方伯家でも何でも勝手に頼れば良い。それはお前の選択だ」


「そんな事言ってないでしょ!」


 セレネと南部辺境領の者たちの間には、決定的な亀裂が入っていた。それだけ厳しい状況に南部辺境領はあった。

 カムイの情報が充分に届かないというだけで、東部辺境領ではほとんど起きなかった混乱が広がってしまったのだ。


「勝手にしろと言ったのだ。さて、ヒルデガンド妃殿下」


「はい」


「貴女の気持ちは分かりましたと言ったのは、貴女が信頼を裏切りたくないと思っている事は分かったという事です。この意味はお分かりになりますね?」


 誰の信頼かとなれば、カムイに決まっている。ヒルデガンドはカムイに頼まれて、南部辺境領に来たのだ。


「……はい」


「もう十分だと思います。南部辺境領への王国の侵攻はかなり手前で止まりました。任された役目は充分に果たしたと私は思います」


「そうでしょうか?」


「……正直に言えば分かりません。ですが、私は充分だと思っております」


「そうですね。そんな事分かるはずありませんね」


「はい。私でも分かるのは、全体の戦況を考えれば、ヒルデガンド妃殿下がここに留まる事は、皇国にとって損失だという事です」


「そんな事は」


「そして、これはどうか分かりませんが、あの馬鹿共は平気でそういう謀を打ってくるという事です」


「そ、そうですね」


 ヒルデガンドを主戦場から引き離す謀。この可能性は、ヒルデガンドも否定出来ない。


「女性の純情を利用するとは、謀にしてもひどい手です」


「い、いえ、カルロス殿、そうと決まった訳では……」


「そんな酷い男は忘れて、いかがですか? 新しい恋などは?」


「は、はい?」


 カルロスの話は、いきなり脇道に逸れてきた。


「貴女のような方が、あんな鈍感男を一途に思っている事も又、世界にとって損失です」


「あ、あの? 私はテーレイズ皇子殿下の妻であって、その……」


「私はそのような事は気にしません」


「……気にして下さい」


 カムイに付くような者たちは、やはり普通ではない。まして、カルロスはカムイが魔王だという話が広まっても変わらず従う者たちの一人だ。


「ちょっとカルロス。良いのかい、そんな事をして」


「これはマリー殿、何か問題が?」


「その馬鹿も又、純情一途だったら?」


「……まさか?」


「その、まさかだったら?」


「……身を引く」


 カルロスはカムイの恐ろしさを身に染みて知っている者の一人だ。


「賢明だ。ていうか最初から前に出るんじゃないよ」


「いや、美しい女性はそれが誰であろうと断固として口説くべし、というのは、我が家の代々続いた家訓だ」


「どんな家訓だよ?」


「知らん」


「全く。どうしてカムイの周りは、変り者というか一癖ある奴等ばっかりなのかね」


「それをマリー殿に言われたくはない」


「どうして、そこであたしが出てくるんだい?」


「派閥の長だったはずだが? まあ、望んでの事かは知らんが」


 学院時代の話だ。カムイたちもマリーを領主とする派閥の一員という事になっていた。まんまとマリーを嵌める事によって。


「……思い出しただけで腹が立ってきた。そうだよ。そういう奴等なんだよ。今の状況も絶対に奴等の策だね」


「そんな事は」


「いいや、間違いないね。カムイとアルトの頭の中は人を嵌める事しか考えてないからね」


「……そうなのですか?」


「さあ?」


「どっちです!?」


「本気か冗談か分からない所が面倒なんだよ。こうして悩んでいる事自体がカムイたちの策だとまで思ってしまう」


「そうですね」


「まあ、今回は皇国の命令さ。従うしかないね」


「……分かりました」


 ヒルデガンドもいつまでも意地を張っていられない。どうせ東部に行く事になるのであれば、早い方が良いのだ。


「それに少しでもカムイたちに近づいた方が良いかもしれないしね。それで何が分かるとは言えないけど」


「ちょっと? 近づいた方が良いってどういう事?」


 マリーの言葉に驚いたのはセレネだ。そして、その驚いたセレネにマリーも驚いている。


「……本当に知らないんだね? カムイたちは今、ノルトエンデにいるらしいよ」


「えっ!? それを皇国は許したの?」


 セレネがカムイとの接点を失っている証拠だ。そして、これがカムイに警戒させるほどセレネは、ディーフリートとの関係を優先しているという証拠になる。

 他の南部辺境領の者たちは、ただ感情的になっている訳ではない。確執が生まれるにはこういう事情があるのだ。 


「許すも何も、カムイがノルトエンデに戻る事をどうやって防げるんだい?」


「それはそうだけど」


「問題は戻って何をしようとしているかさ。まあ何となく想像はつくけどね」


「何?」


「それは言えない。確信がないし、言ったからどうだって訳じゃないからね」


「じゃあ、皇国はどう出るの? それも言えない?」


「分からないね。皇都がカムイをどう捉えているか」


「……あのさ、考えてみたら使者の前でこんな事話していて良いの?」


 セレネは会話の中で、いつの間にか、カムイの名を隠す事を忘れていた事に気が付いた。だが、この心配は無用だった。


「ああ。カムイ・クロイツの件でしたら、お構いなく。この言い方は変ですね。正しくはカムイ・クロイツに関しては当面は関わるなという事です」


「……カムイ・クロイツ?」


「皆さんには不要かと思いますが、魔王ではなく、カムイ・クロイツとして扱えというご命令です。正直、私にはこの意味が分かりませんが」


「何故、そういう事になったのさ?」


「詳しい事は聞かされておりません。カルク元宰相も又、今は言えないとおっしゃっていたそうです」


「そうかい……」


 魔王と呼ばなくなった事情はマリーには分かる。ラウールたちに聞いた勇者の話だ。分からないのは、皇国に伝わるのが、聞いていたよりも早い理由だ。


「どういう事でしょうか?」


「誰かがカムイと接触したんだろうね。それによる判断だね」


「誰でしょうか?」


「可能性があるのは、前北方伯。カムイが最近動いたのは北部だからね」


「そうですね。でも、どうしてそんな真似を」


「分からない。そう思わせる必要があるとすれば……、やっぱり分からないね」


 わざわざカムイが皇国に自分の情報を伝える理由がマリーには思いつかなかった。そこにヒルデガンドが思いもよらない答えを差し出す。


「じゃあ、思い付きですね」


「……はい?」


「何も考えてなかったのかもしれません」


「そんな事が? いや、あいつに限って」


「でも、たまに話過ぎる事がありますよ? 人と話す事が好きなのです。カムイは」


「……そう。一応、頭に入れておく。さて、無駄話はこれまでだ。東方に移る準備に入るよ」


「ええ」


 こうして南部を離れたヒルデガンドたちだが、東方へたどり着く頃には、実質的な総指揮を取るはずだったバンデルス元将軍が亡くなっていた。困難な戦場が、又、ヒルデガンドたちを待ち受けていた。


◇◇◇


 前線の状況をまだ知らない皇都では、カルク元宰相が意気揚々と、会議を仕切っていた。


「さて、今後の事を話しましょう」


 皇都での重臣会議の仕切りは完全にカルク元宰相の手に握られている。シオン宰相代行が、それを嬉々として受け入れている以上、誰も文句は言えなかった。


「今後って、まだ戦闘の結果は出ていないよ」


「結果が出てから検討していては遅いでしょう? ある程度、次の動きを幾つか想定しておいて、結果が出たらすぐに動けるようにしておかなければなりません」


「そう」


「さて、まず検討すべきは王国との関係です。王国とどういった形で、講和に持ち込むかを考えておかなければなりません」


「講和!?」


 まさかの提案にクラウディア皇女は思わず大きな声をあげてしまう。


「はい。講和です」


「でも、王国から攻めてきたんだよ? それなのに、それを許すの?」


「講和は許す事と同じではありません。こちらが圧倒的に有利な状況であれば、賠償金なども当然請求します」


「不利、だったら?」


「妥協点を見つけて、講和します」


「例えば?」


「東部辺境領の一部を王国に渡すなどです」


「そんな!?」


 カルク元宰相の話は、クラウディア皇女の頭に全くないものばかりだった。


「当然、そういう結果となれば我が国の負けという事になります。そうならない為に、戦いで勝利を治める為に様々な事をしているのです。しかし、それでも全ての戦いで勝ちをおさめるなど、出来る事ではありません」


「……そう」


「勝った時の事はそれほど考える必要はありません。今、考えておくべきは負けた時の事です。どこまで譲るか。それを検討しておく必要があります」


「カルク元宰相はどこまで譲っても良いと考えているの?」


「最悪は東部辺境領の全て」


「嘘だよね!?」


 クラウディア皇女はいちいち反応が大きい。カルク元宰相の話を聞いて、それでもまだ何も考えていない証拠だ。


「最悪は、です。ただ、実際は最悪と言う程、悪くはありません」


「どうして?」


「王国は我が国との国境に不穏な領地を持つことになります。従来、我が国がやられてきた事をやり返す事が出来ると言えばお分かりになりますか?」


「反乱を誘発したり、寝返りを謀ったり?」


「そうです。こちらは扇動だけ、王国は軍を動かなければならなくなりますから、疲弊は王国の方が激しいでしょう」


「そうだね」


「そっ、それを、すれば、へっ、辺境領は、こ、皇国から、離反、する」


 クラウディア皇女は納得してしまったが、テーレイズ皇子はそうはいかない。カルク元宰相の考えは到底受け入れられない内容だ。


「……はい。その可能性はあります。しかし、それはこれまでと変わりありません」


「ちっ、違う」


 カルク元宰相は、テーレイズ皇子の言った離反の意味を取り違えている。


「何がですか?」


「いっ、今の、へっ、辺境領を、過去の、そっ、それと、同じに、かっ、考えるな」


「それでは分かりません。何が違うのでしょうか?」


「つっ、強い」


「……シオン。どういう事か説明してもらえますか?」


 言葉足らずのテーレイズ皇子の説明に焦れたカルク元宰相は説明をシオン宰相代行に促した。


「は、はい。東部辺境領の戦闘状況はご存じでしょうか?」


「戦況報告は一通り目を通しました」


「王国本軍との戦闘状況は?」


「それも見ました。確かに五万を八千で防いだ事は驚きですが、それはヒルデガンド妃殿下の働きがあっての事ではなかったのですか? 前線での戦いは全てヒルデガンド妃殿下の率いる騎馬部隊で戦ったと記述されていました」


「はい。その通りでございます」


「それであれば」


「そのヒルデガンド妃殿下率いる騎馬部隊の中核も又、辺境領主軍です」


「……それはどこのですか?」


「元クロイツ子爵領軍でございます」


「カムイ・クロイツですか……」


 カルク元宰相は、事前に様々な情報を把握してきたつもりであったが、細かい所はやはり漏れている。


「はい。これまで調べた結果から、辺境領主軍で強いと呼ばれている所は、全てカムイ・クロイツの影響を受けているものと判断致しました」


「何故、そう判断したのですか?」


「カムイ・クロイツの皇国学院時代の同級生がいる辺境領がほとんどですので。そうでなくても、クロイツ子爵時代に、東方でカムイ・クロイツと同じ戦場に立った辺境領です」


「そこまでの影響力を持つことを放置していたのですね?」


「それを放置と言えるかは……」


「放置ではなくなんなのですか?」


「カムイ・クロイツの影響力を拡大させたのは皇国自身と言えるのではないでしょうか? 皇国の武の象徴として持ち上げたのは誰であったかを考えればお分かりになる事です」


 実際はこれは誤りだ。カムイの影響力は学院時代に浸透している。反皇国という共通の意識が、それを助けていたのだ。これは皇国には分かる事ではない。


「……そうですね。すみませんでした。私の誤りです」


「いえ。問題は王国本軍五万を止めた辺境領主軍が同じように守るに適した場所を得て、皇国騎士団に対した時、勝敗はどうなるかでございます」


「負けるというのですか?」


「ある前提が成立すれば、負ける可能性がございます」


「……前提とは?」


「カムイ・クロイツが辺境領主連合軍を率いる事。これは私見ではなく、戦力分析を行った結果でございます」


「そんな馬鹿な!?」


 カルク元宰相の知識の中で漏れている最たるものは、テーレイズ皇子の指示によって進められた物事だ。こういった情報は、ほとんど耳に入っていなかった。

 今の辺境領には離反を成功させる力がある。それがカルク元宰相は分かっていない。


「お疑いであれば、カルク元宰相のご指導の元で再度の戦力分析をお願いします。正直、私も結果が変わって欲しいと思っておりますので」


「それは行います。行いますが……、カムイ・クロイツはそれほど強いのですか?」


 自分の考えの基となる前提が崩れて、カルク元宰相は動揺を見せている。


「カムイ・クロイツ個人としては、圧倒的な強さと言っても良いかと。ですが、カムイ・クロイツの怖さは個人の武勇ではなく、組織としての強さです」


「説明しなさい。私はまだ確認し切れていません」


「はい。まずは圧倒的な情報力。実際にどこまでの情報をカムイ・クロイツが掴んでいるかは分かりませんが、彼は常に相手の先手を取って行動しております」


「その源は?」


「魔族の力が大きいとは思いますが、果たしてそれだけなのか。それさえも、こちらは掴めておりません」


「……我が国の諜報部門は何をしているのですか?」


「正直に申し上げて今は何も」


「何故ですか!?」


「動けば動くだけ、弱体化します。間者が動けば、それを察知されて、消されます。これ以上の被害は、王国との戦いに影響します」


 これもカルク元宰相が把握していない事だった。カルク元宰相の顔は驚きを通り越して、真っ青になってきている。


「……次は」


「移動能力。正に神出鬼没と言って良い動き方をします。何らかの独自の移動手段、もしくは移動ルートを持っている事は間違いありませんが、それも又、一切掴めておりません」


「後は……」


「戦闘能力。これは説明の必要もないかと。ただでさえ強力な魔族を率い、更に実戦経験も豊富。あえて弱点を探せば、大兵力での戦闘経験に乏しい事と言えますが、それも実際に拙いのかは、その状況になってみないと分かりません」


「……まだありますか?」


「資金力。驚く程とは言いませんが、これだけ広範囲での活動を続けられる訳ですから、それなりの力はあるかと。ただこれは、その一端が見え始めました」


「それは?」


「デト商会。この商会がカムイ・クロイツと関わりがあるのではないかと」


「デト商会? 初めて聞きました」


「それはそうです。最近になって表に現れた商会でございます。しかも商会の主人は何処の誰かも分かりません」


「カムイ・クロイツとの関わりを疑った理由は?」


「オットーと言う者がそこで働いているようです。カムイの同級生であり、ノルトエンデの代官を務めていた者です」


「……何故、そのような者をノルトエンデの代官に?」


「それは……、そういった者でなければノルトエンデは治まりません」


「つまり、ノルトエンデは完全にカムイ・クロイツの支配下にあると言うのですね?」


「はい。そう考えて頂いて間違いはございません」


「……その商会を潰しなさい」


「なっ!?」


「何を驚いているのですか? 資金源を失わせる事は、もっとも有効な戦略の一つです」


「つまり、カムイ・クロイツを敵にしろと?」


「元々、敵ではないですか?」


「しかし」


「今の皇国の状況の元凶はカムイ・クロイツにあります。カムイ・クロイツという不確定要素があるから、王国との状況も混沌としてしまうのです。戦略の要点は、そういった不確定要素を消し去る事です」


 それらしく説明しているが、実際は感情的になっているだけだ。

 人は自分が理解出来ないものに遭遇すると、完全に無視するか、それを消し去ろうとする。カルク元宰相は今回、後者を選んだ。


「反撃が来ます」


「その為にも王国との講和を図るのです。カムイ・クロイツは皇国と王国の共通の敵。共に事に当たるべきです」


「こっ、この、程度か」


「……テーレイズ皇子殿下、何か異論がございますか?」


「も、元の、こっ、皇国に戻して、も、どっ、どうにも、ならん」


「皇国は大陸最強。そうあらねばなりません」


「そっ、その、お、驕りが、い、今だ」


「何をおっしゃりたいのですか?」


「…………」


 話す価値はカルク元宰相にはない。短い時間で、テーレイズ皇子に見切られた。カルク元宰相が愚かというよりは、テーレイズ皇子の基準が高すぎるのだ。 テーレイズ皇子がこれはと思った人物はカムイしかいないのだから。


「シオン……」


「は、はい。別の提案がございます」


「何ですか?」


「講和の相手は王国ではなくカムイ・クロイツとする事のご検討を」


「そんな事が出来る訳がありません」


「条件はノルトエンデの独立。場合によっては辺境領の独立も。この条件であれば」


「そういう意味ではありません! 魔族との間に講和など!」


「けっ、結局、そ、そこか。くっ、くだらん」


 カルク元宰相は又、テーレイズ皇子が軽蔑するような言葉を吐いた。結局はこの程度の人物なのだ。

 皇国は嘗ての皇国ではない。その皇国も真実の皇国ではない。当然といえば当然だが、これがカルク元宰相には分かっていない。


「テーレイズ皇子殿下。くだらないとはどういう事ですか?」


「まっ、魔族は、まっ、守るべき、あ、相手だ。そ、それを、てっ、敵視する、とはな」


「皇子殿下とは言え、その発言はいかがなものでしょう? 皇太子としての資質を問われますよ?」


「でっ、では、かっ、勝手に、しろ」


「そういう訳には参りません。テーレイズ皇子殿下にも賛同していただく必要がございます。これは、皇国の方向性を決める内容ですので」


「おっ、俺は、おっ、降りる」


「降りる?」


「けっ、継承権を、ほっ、放棄する」


「馬鹿な事を。そんな脅しには乗りません」


「おっ、終わり、だ」


 一言そう告げると、テーレイズ皇子は席を立って、部屋を出て行ってしまった。


「テーレイズ皇子殿下!」


「放っておきなさい」


「しかし!」


「皇位継承がほぼ決まったと思って、少し我儘が出たのです。ここで甘やかしては、将来の為になりません」


 これを言える程、カルク元宰相はテーレイズ皇子の事を知っているはずがない。自分の思い込みで、判断しているだけだ。


「……カルク様は分かっておられない」


「私が何を分かっていないと言うのです?」


「復帰されてすぐに嘗ての様な御働きを期待するのは勝手だと分かっておりますが、もう少し状況を分かってお話をして頂きたかったです」


「ですから、私が何を分かっていないと言うのですか?」


「カムイ・クロイツの事、辺境の事、テーレイズ皇子殿下の事。そして、クラウディア皇女殿下の事です」


「私?」


 急に名前を出されてクラウディア皇女は驚いているが、今はそれに構う者は誰もいない。


「その説明では何も分かりません」


「はっきりと口には出来ません。私は皇国以外で生きる術を知りませんので」


「話しなさい」


「お断りいたします。そもそもカルク様には私に命令する権限はございません」


「皇后陛下からお預かりした権限があります」


「そうですか。では、私も宰相代行から降ろさせて頂きましょうか。正直、私には荷が重すぎます。一文官として仕えるほうが分にあっております」


 テーレイズ皇子があっての自分だとシオン宰相代行は思っている。実際に、テーレイズ皇子の頭の中から出てくる様々な考えに従って、シオン宰相代行は動いてきた。

 そして、次期皇帝はテーレイズ皇子以外にあり得ないと知ってしまった。


「二度と這いあがれませんよ」


「私には一文官が分相応。そう申し上げました」


「では、この場を去りなさい」


「はい。そう致します」


 そして、テーレイズ皇子に続いてシオン宰相代行までもが会議室を出て行った。思わぬ展開にその場にいる全員が呆気に取られている。


「クラウディア皇女殿下。二人は何を言いたかったのでしょう?」


「私には分からない」


「誰か分かる者?」


 カルク元宰相の問い掛けに答えるものはいない。他の者たちに二人の気持ちなど分かるはずがないのだ。

 唯一、分かっている事があるとすれば、城内に漂う不穏な空気。そして、その源がクラウディア皇女である事くらいだ。それもシオン宰相代行と同様に唯一の継承権者となったクラウディア皇女の前で口に出来る事ではなかった。


「いないのですか!?」


 カルク元宰相が怒声を上げてもその状況は変わらない。


「えっと、つまり、私が皇太子に決まったんだね」


 そこで全く場の雰囲気を考えているとは思えないクラウディア皇女の言葉が全員の耳に届く。


「……いや、今はそういった話をする時では」


「でも、兄上が継承権を放棄すれば、残った継承権者は私だけだよ」


「それはまだ」


「兄上は皆の前で放棄するって、はっきりと言ったわ」


「…………」


「決まりだね。じゃあ、すぐに手続きをお願い。あっ、母上に報告が先かな」


「クラウディア皇女?」


 そこでようやくカルク元宰相は気が付いた。クラウディア皇女がその愛らしい容姿からは想像出来ない得体のしれなさを持っていた事に。


「と、とにかく、テーレイズ皇子殿下の気持ちが落ち着いた所で、もう一度話をしましょう」


「ええ? そんなのないよ!」


「そう致します!」


 カルク元宰相はテーレイズ皇子という人物をやはり分かっていなかった。

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