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魔王の器  作者: 月野文人
第三章 皇国動乱編
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クラウディア皇女の逆襲

 会議を終えて、部屋に戻ったクラウディア皇女。

 皇太子争いの負けが決定的な状況となった訳だが、その顔には焦りは感じられない。ディーフリートが行方不明になった事を前から分かっているクラウディア皇女にとっては、予想していた展開なのだ。

 誤算があったとすれば、四方伯が思いのほか早く纏まって、動いてしまった事。それがカムイに会った前北方伯が危機感を募らせた事が理由とは、クラウディア皇女には分かるはずもない。

 もっとも分かったからと言って、何の意味もない。

 クラウディア皇女の選択肢は、それによって変わる事はない。ただ考えていた事を実行に移す時期が少し早まっただけだ。


「クラウ! どういう事だ!?」


 クラウディア皇女の部屋に怒鳴り込んできたのはカール皇子。元継承権第三位、クラウディア皇女にとって腹違いの兄にあたる。


「兄上、どうしたの?」


「どうしたではない! 聞いたぞ! 北部に魔王が現れたそうではないか!?」


「ええっ? もうその話を知っているの?」


「テレーザに聞いた」


「もう、まだ内緒なのに。テレーザに後で怒っておかなきゃ」


「そのような事はどうでも良い。北部はどうなるのだ?」


「私には詳しい事は分からないけど、戦場になるかも?」


「それは何処でだ?」


「それは……、兄上が治める予定の……」


「北部辺境領か!?」


「そう」


「それで? 皇国はどうするのだ? 当然、討伐の軍を送るのであろう?」


「それが……」


「まさか?」


「……兄上が反対しているの。それに皆が同調して」


「馬鹿な!? 兄上は何を考えておるのだ!?」


 すでに継承権を放棄しているカール皇子には会議の場に参加する資格はない上に、その内容を伝えてくれる者はクラウディア皇女以外にはいない。

 クラウディア皇女がデタラメを言っていても分からないのだ。


「辺境領よりも、今は王国との戦いが大事だって。辺境領を取り戻すのは、それが終わってから」


「それは何時だ?」


「私には分からないよ。軍事なんて、素人だから。ずっと先じゃないかな?」


「……それじゃあ、俺の北方大公の地位はどうなる!? そういう約束だったではないか!?」


 継承権を放棄する代わりにと約束した四方大公の座。この約束は未だに消えていない。クラウディア皇女にとって他の皇子、皇女から自分への支持を取り付ける為の大事な約束なのだ。


「それは忘れていないよ。でも、兄上が」


「この事は兄上も同意していたはずだ。皇族が四方の辺境領を治め、方伯家と対抗していく。それが皇家の力を高める為になると」


 これも又、クラウディアがついた嘘。それにカール皇子はまんまと騙されている。


「そうだよ。これについては、兄上と亡き姉上は同意しているよ。でも、姉上が亡くなってしまったから。兄上はもう、どうでも良いのかも」


「何故だ?」


「だって姉上がいなければ、兄上が将来の皇帝になるのは間違いないよ。兄上はきっと権力を独占したいんだよ」


「そんな……。よし、分かった。兄上に直接話をしよう」


「駄目だよ!」


「どうしてだ? ちゃんと話せば、兄上だって、それが皇家の為だと分かるはずだ」


 ここでクラウディア皇女に誤算が生まれる。テーレイズ皇子とカール皇子との関係は悪いわけではないのだ。ソフィーリア皇女べったりで、他の皇子皇女とほとんど接する事のなかったクラウディア皇女はそれを知らなかった。


「あ、兄上は恐い人だよ」


「怖い……。まあ、そうだが話は聞いてくれるだろ?」


「それは昔の兄上だよ。今の兄上は……、すごく怖いの」


 何とかカール皇子を思いとどまらせようとするクラウディア皇女。


「どうした? 何か怒らせるような事をしたのか?」


 だが、カール皇子の反応は今ひとつだ。


「怒らせたのは私じゃなくて……、姉上だよ」


「……クラウ、お前は何を言っているのだ?」


「兄上を怒らせたから、姉上は……。兄上は、血がつながっていたって歯向かう者には容赦しない人だよ」


「……そんなはずがあるか? 兄上は、ソフィア姉上にあんなに優しかったではないか」


「優しかった?」


 カール皇子のこの言葉も又、クラウディア皇女には意外だった。


「クラウは知らないのか? そうか。さすがにクラウまでくると知らないか」


「えっ、どういう事?」


「小さい頃の兄上はソフィア姉上をとても可愛がっていた。それこそ、目に入れても痛くない程にと言う感じだな。クラウが知らないのは弟妹が次々と生まれる事で、兄上は少々、父上に呆れてしまってな。弟妹の面倒を見る事をしなくなったのだ」


「……カール兄上には?」


「俺か? 俺には厳しかったな」


「あっ、そうなんだ」


 それでカール皇子がテーレイズ皇子に好感を持っていないと判断して、ほっとした様子を見せるクラウディア皇女だったが、続く言葉で、すぐに不機嫌になる。


「自分がソフィア姉上にしているように俺は下の者たちに優しくしなければいけない。その為には、もっと大人になれとよく言われた。なんとなく押し付けられたような気もしていたが、まあ、間違っている事を言われた訳ではない」


「…………」


「そんな兄上がソフィア姉上を」


「でも!」


「何だ?」


「証拠があるの」


 クラウディア皇女としては簡単に引き下がる訳にはいかない。テーレイズ皇子に無実の罪を着せようと話をしたからには尚更だ。

 この様子では、兄を貶めようとしたクラウディア皇女に、カール皇子が不信感を抱くのは間違いない。


「……証拠だと?」


「カール兄上はおかしいと思わなかった? どうしてテーレイズ兄上がいない時を選んで、あんな事をしたのか」


「……しかし、あの事件は、王国の回し者であったあの男の独断だという事は、調査の結果、はっきりしている」


「その調査にだって、兄上の手が回っていた可能性があるよ」


「しかしな」


「姉上が亡くなって、得をしたのは誰か。そう考えれば良いんだよ」


「クラウ……。それが証拠か? 今の話は推測だけではないか」


「そうだけど、もう一つあるの」


「何だ?」


「ディーフリートさんが行方不明になったの」


「何と!? そんな事があり得るのか?」


「実際に行方不明だって。ディーフリートさんがいなくなって得をするのは?」


「……しかし、それも状況証拠だ」


「兄上も少し考えてみて。そうすれば真実が分かると思うよ」


「そうだな」


「でも、テーレイズ兄上に相談する事は止めてね。カール兄上まで、いなくなったら、私はどうしたらいいか、分からなくなる」


「……それも、少し考えてみる」


「うん」


「では、俺は部屋に戻る」


「あっ」


「何だ? まだ何かあるのか?」


「テレーザは?」


「クラウ……。一つ忠告しておく。ああいう臣下は手元に置かない方が良い。主であるお前の評判が落ちるだけだ」


「う、うん。考えておく」


「考える必要などないと思うが、あれとは子供の頃からの付き合いか。すぐに決断は出来んな」


「うん」


 結局、本題であったはずの北部についての話を最後までする事無く、カール皇子は部屋を出て行った。だが、目的を果たせなかったのは、クラウディア皇女も同じだ。


「……テレーザ、また失敗してる」


 カール皇子を騙して、自分の謀に巻き込むつもりだったのだが、それは今の所うまくいきそうもない。年の近い兄姉が、信頼感を持つほどに親しい間柄だった事を知らなかったクラウディア皇女の誤算だ。

 だが、皇家には他に弟妹がいる。その事実も、テーレイズ皇子の為人も知らない弟妹たちが。


◇◇◇


 クラウディア皇女の謀は、弟妹を巻き込むだけでは終わらない。それだけでは何も物事が動かない事はクラウディア皇女だって分かっている。

 次の標的は、近衛騎士団顧問のゼンロックだった。


「お久しぶりですな。中々にご活躍のようで」


「そんな事ないよ」


「いや、正直、クラウディア様がここまで頑張られるとは思っておりませんでした。少々、儂はクラウディア様を見損なっておりましたな。お詫び申し上げます」


「ううん。周りの人が助けてくれているおかげだから。それでね」


「だが、もうよろしいのではないですかな?」


「えっ?」


「これ以上の皇太子位争いは皇国を弱体化するだけです。皇帝陛下が今の様な状況である以上は、いち早く次代の皇位を定めて、皇国は一つに纏まるべきだと思います」


「それが私では駄目かな?」


「……失礼ながら」


「でも私は姉上の意志を継ぎたいの」


「ソフィア様のご意志はテーレイズ皇子殿下でもお継ぎになれるのではないですかな? 今となって冷静に考えてみれば、お二人の意志というものに、大きな差はありませぬ」


「違うよ。姉上と兄上が考えている事は違う」


「クラウディア様はどこが違うと考えておられるのですかな?」


「兄上は辺境領を顧みていないわ。皇国の為であれば、辺境領を犠牲にしても良いと考えているの」


「……それは聞いている話と違いますな。その辺境領を守る為に、ヒルデガンド妃殿下は奮戦していると儂は聞いておりますが?」


「それは建前だよ。そうする事で辺境領を騙しているの」


「ふむ。しかし、ヒルデガンド妃殿下を戦争で失うリスクを負ってです。建前というには、大きな代償と思いますが?」


「兄上にとってヒルデガンドもただの駒なの」


「おや、クラウディア様らしからぬ、物言いですな」


「兄上に皇位を渡してはいけないの。人を人とも思わない人が皇位になんて就いたら、皇国は大変な事になるわ」


「……誰やらに何か吹き込まれましたかな?」


 ここまで言っても、クラウディア皇女自身の考えだと思われない点がある意味ではクルアディア皇女の強みだ。


「吹き込んだのは、姉上だよ」


「何と? それはどういう事ですかな?」


「実は私、姉上が亡くなる直前にお話をしているの」


「そんな話は聞いておりませぬ!」


「内緒にする必要があったから。それを知られたら、私も姉上みたいに……」


 ここが勝負どころとクラウディア皇女は形振り構わぬ行動に出ている。


「クラウディア様?」


「姉上は殺されたの」


「それは、誰もが知っております」


「殺した黒幕はまだ生きているわ」


「な、何ですと!?」


「姉上はその事実に気が付いていたの。それを私に伝えて、後は頼むって。決して、兄上に皇位は渡さないでって……」


 迫真の演技。だが、常に本性を隠しているクラウディア皇女にとっては、この程度の演技は何という事はない。


「それは、つまり……。し、証拠はあるのですかな?」


「無いの。だから、それで罪に問う事は出来ないの」


「それでは……」


「そう。だから、堂々と皇太子位を争って、兄上が皇位に就くのを阻止しようとしたのだけど」


「……もしかして、皇太子位が決まったのですかな?」


「まだだよ。でも、もうすぐ決まるの。ディーフリートさんが……」


「ディーフリート殿がどうかされましたか?」


「こ、殺されたと思うの」


「何ですと!?」


「行方不明になったって。でも、そんな事ありえるかな? 西方伯家の子弟が行方不明だなんて」


「それは……、そうですな」


「ディーフリートさんが居なくなれば、私を支持してくれる方伯家はいなくなるわ。そうなれば、もう皇太子位は兄上で決まり」


「……そうですか。何とも血なまぐさい皇太子位争いになったものですな」


「それで良いの?」


「良くはありませんが、長い皇国の歴史の中では、これまでも同じような事が全くなかった訳ではありませぬ。問題はその方がどういった治世を見せるかですな」


 ゼンロックの反応は、クラウディア皇女が考えていたものではない。ソフィーリア皇女に肩入れしていたが、ゼンロックは皇国の臣だ。個人の感情を殺して、皇国全体の利を考える事が出来る。

 これにクラウディア皇女はかなり焦りを覚えている。だが、ここまで嘘を話してしまっては、もう引くことは出来ない。ゼンロックをどうにか説得するしかない。


「でも、それだと、次は私が殺されるわ」


「そんな? もう決まったのであれば、これ以上の事は必要ないのでは?」


「い、色々と調べ過ぎたの。姉上の事もそうだけど、お、お父様も……」


「……ま、まさか」


「薬を盛られた形跡があるの。姉上が盛られていたのより、もっと強力な薬が」


「……知っておられたのですか?」


「姉上に聞いたの。私も気を付けろって」


「そうですか……」


「私を助けて欲しいの。私は死にたくないの」


「しかし、儂に何が」


「……弟や妹たちは協力してくれるって。でも、纏める人がいなくて」


「……こ、近衛で、は、反乱を起こせと?」


 ここまで言われて、何も察しないほど、ゼンロックは老いていない。顔色が真っ青に変わった。


「違うわ。罪を問うの。それにお父様を守る為だよ。それを反乱とは言わないよ」


「しかし、それでは」


「どういった治世を見せるか、ゼンロックさんはこう言ったよ。私は姉上が目指した理想を必ず実現してみせる。人々に誇れる様な事をするつもりだよ」


「…………」


「ゼンロックさんは悔しくないの? 姉上を殺されて」


「それは悔しいですが」


「じゃあ、敵討ちだと思って協力して。お願い!」


「す、少し、考えさせて、頂けますか、な」


「……分かった。でもあまり時間がないの。ぐずぐずしていると私も……」


「それも含めて、考えます」


「……お願い」


◇◇◇


 クラウディア皇女が懸命の謀を進めている中で、もう一つの謀が進行していた。別の者が同じ目的を持って。


「……話は聞いた。だが、その話は事実なのか?」


 声を潜めて、そう問い質すのは、ディートハルト・オッペンハイム。西方伯家の嫡子であり、ディーフリートの兄だ。


「どこまでを事実と申し上げるべきかは難しい所でございます」


「……最初から話してくれ」


「承知致しました。私の商家の者がそれに気付いたのは、偶然でございます。商いの為に次の街へ向かおうと街道を進んでいる所、争うような声を聞きました」


「皇都から南に下る街道という事だが?」


「はい。その通りでございます。皇都から二十日程の場所と聞いております」


「何故、弟はそのような場所に」


「それは私どもには分かりません。ただ主人は一つだけ心当たりがあると」


「心当たり? 聞かせてもらおう」


「セレネ・エリクソンという名にお心当たりはございますか?」


「……あるな。皇国学院の同学年で、弟の恋人だった女性だな」


 これくらいの事は西方伯家も調べてある。労力がかかる事ではない。ディーフリートの周りに居た者たちは、西方伯家の従属貴族の子弟なのだ。学院で見知った事はほぼ全て実家を通して、西方伯家に伝わっていた。


「はい。そのようでございます。主人はそこに向おうとしていたのではないかと、申しておりました」


「学院の卒業とともに関係は終わったと聞いているが?」


「そこまでは主人に聞いておりません。ただ、南部辺境領は大変な状況になっている。それで居ても経ってもいられなくなったのではないかと」


「あいつには西方伯家の者という自覚がないのか!?」


 思わず、声を荒らげてしまうディートハルト。西方伯家の跡継ぎとして育てられたディートハルトにとって、ディーフリートの行動は、無責任さを感じさせる、許せないものだった。


「それは私などには」


「……それもそうだな。続けてくれ。争う声を聞いた。その後だ」


「はい。盗賊に襲われているのであろうと考えた、我が家の者共は急ぎ、その場を離れました。非情なようですが、商人風情が何か出来る訳ではございません。ご理解頂けますと幸いでございます」


「それは……、そうだな。仕方がない」


 先に謝罪を口にされては責めようにも責められない。納得いかない気持ちがありながらも、ディートハルトは商人の言い分を認める事にした。


「言い訳に聞こえるかもしれませんが、街に戻って、すぐに憲兵にその事実を伝えております」


「それで?」


「憲兵がどう動いたかまでは私どもには分かる話ではございません。ただ、すぐに街を出た様子は無かったとは聞いております。そういう事はあまり聞いたことがございませんので気になったと」


「……街の憲兵も仲間だと言うのか?」


「そこまでは。ただ、盗賊が出たにしては常よりも反応が鈍いのは確かでございます」


「うむ。……ちょっと待て。今の話では、その争いに我が弟が巻き込まれたという証拠は何もないではないか?」


「それは翌日の話でございます。一旦、引き返した我が商家の者共は、翌日に又、同じ街道を進んでおります」


「盗賊が出たのにか?」


「だからでございます。盗賊は同じ場所で続けて襲う様な真似は致しません。憲兵に待ち伏せをくらう事を恐れてでございます。そういった事を我等商人は知っております」


「……なるほどな。そういう知恵もあるのか」


「前日、争う声が聞こえた場所を、色々と探った結果」


「商人であるお前らがか?」


「争った後の様子で、盗賊がどれくらいの規模かなどが分かります。そういった情報を商人同士で交換して、あまりに大規模な盗賊が現れた場所は道を避けたり、いくつもの商家が集まって、護衛の数を増やすなど致します」


「商人という者は思ったよりも色々と考えているのだな?」


「運ぶ荷は、商人にとって命と同じでございます。守る為には考え得る全ての事をする。そうでなくてはやっていけません」


「うむ。それで?」


 いくつも質問をしていても、商人の答えが本当かの判断などディートハルトにはつかない。方伯家の嫡子が知っている知識ではないのだ。


「そこにお渡しした物が落ちておりました。綺麗にした上でお渡ししておりますが、見つけた時は、柄の部分は血まみれだったそうでございます」


「そうか……」


「争っていた者の数は、見立てでは二十名は超えるかと。敵味方は分かりません」


「死体は無かったのだな?」


「はい。ただ……」


「ただ、何だ?」


「幾つもの引きずるような跡が先の方まで続いていたようです。死体を引きずった後ではないかと……」


「そうか……」


「いかがでございましょうか? 剣に刻まれた紋章を見て、それをお渡ししたものの、それが確かにディーフリート様の物であるかまでは我等には」


「……確かに弟の物だった。しかし、何故、紋章を見ただけで弟の物だと思ったのだ?」


「まだお伝えしておりませんでしたか? 我が商会には皇国学院の卒業生がおります。しかも、ディーフリート様の同学年の」


「見知っていたと?」


「常に身に付けられていたそうでございます。もっとも商人の息子ならではの目というもので、誰もが覚えていたとは思えませんが」


「なるほど。この件について、他に知る者は?」


「我が商会の限られた者のみでございます」


「皇国には報告していなかったのか?」


「主人が申すには、不審な点があるので、役人に申し出るのは、西方伯家様に確認を取ってからの方が良いと」


「不審な点とは?」


「盗賊がわざわざ死体を隠すような真似をするだろうかという事。盗賊が素人目に見ても高価である事が分かる剣を見逃していくだろうかという事。そもそもこの二つは矛盾しております。隠したいのか、知らせたいのか分かりません」


「そうだな……」


「それと……」


「まだ、何かあるのか?」


「これを申し上げると、ご不興を買う事になるかもしれませんが……」


「構わない。言ってみろ」


「西方伯家様のお役に立つことになれば、少しは我が商会にも利になるのではないかと……」


「何と!?」


「やはり、ご不興を買いましたか」


「不興というか……。そうだな、身内の不幸を利用されるようで気分は良くないな」


 気分は悪くなったが、商人への疑いは薄れている。図々しい要求が、却って、ディートハルトの中から、どうしてこんな事を、という疑念を消してしまっていた。


「申し訳ございません。商人ならではの浅ましさと思って、お許しいただければと」


「浅ましさで許せと?」


「商人は利によって動きます。貴族の方々や騎士の方々にとっては唾棄すべき考え方かもしれませんが、商人にとっては、逆にそれが誇りと申しますか……」


「すぐには理解出来ないが、商人であれば、それが当たり前なのだな?」


「はい」


「そうか。その求める利とは何だ?」


「皇国西部で商売を行う許可を頂けないかと」


 この要求は割りと大きな要求だ。既存の商人との関係から、新参の商人に商業許可を出す事はそう簡単な事ではなかった。


「……それは直ぐには回答出来ないな。付き合いのある商家は多い。そこに割り込むと軋轢が起こるだろう」


「はい。ただ、それほどではございません。我が商会はまだまだ小さな商会でございます。大商家と張り合うほどの力はございません」


「……そう言えば、何という商会なのだ?」


「はい。我が商会は、デト商会と申します。日用品から食料品、武具、奴隷まで、何でも取り扱っておりますので、何か御入用な場合は、是非、お声掛けを」


「日用品から、奴隷?」


「まあ、売れる物なら何でも、という意味でございます」


「そうか。分かった。デト商会だな、覚えておこう」


「ありがとうございます。では、私はこれで失礼いたします」


「良いのか? 俺は名を覚えるといっただけだが」


「それで十分でございます。信用は一日にしてならず。まして、今回は弱みに付け込むような仕業でございましたので」


「そうか……。商人の理屈は良く分からんが、また頼む」


「はい」


 商人がいそいそと部屋を出て行った所で、隣に控えていた臣下が声を掛ける。


「ディートハルト様……」


「すぐに父上に相談しなければならないな」


「ディーフリート様は、誰に?」


「分かっている事を聞くな。弟がいなくなって得をする者、街の憲兵にまで働きかけが出来る者など、俺は一人しか思いつかない」


「やはり……」


「急ぐぞ、弟の敵に皇国を任す訳にはいかないからな」


「はっ」


 纏まろうとする皇国を乱そうとする者が居る。その目的は大きく違っていたとしても、それが皇国に害を及ぼす事になるのは間違いない。

 皇国の踊りはまだまだ終わらない。

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