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魔王の器  作者: 月野文人
第三章 皇国動乱編
107/218

皇国の逆襲

 北方伯の領主館がある北部最大都市アンファング。

 領主館とは言っても、その建物は皇都の城を除けば、皇国内で最大規模を誇る大城である。

 それだけの城を残しておく事が出来たのは、この地が、始祖が皇国を起こした始まりの土地であり、始祖の出身国の都であったからだ。

 万が一、皇都に何かあった場合は、アンファングが皇国の中心となる。皇国に仕える者であれば、誰もが知っている事だ。

 その城の奥。領主の執務室で机に座っているのは、前領主であり、前北方伯のハンス・ノルトシュロス・アスマスだ。

 隠居した前アスマス北方伯であったが、本当の意味での隠居は彼には許されなかった。

 有力貴族家の領主は、常に皇都にいる。実際の領地の政務は、嫡子が、臣下の補佐を得て行う事が一般的なのだが、北方伯家の嫡子は未だ幼くそれが出来ない。嫡子の後見という名目で、前アスマス北方伯は領地の政務を見続ける必要があった。

 まして今は、臣下の多くが遠征に出てしまっている。

 北方伯領は前アスマス北方伯が全てを仕切っていると言って良い状態になっていた。

 机の上に重ねられている報告書や決裁書を一つ一つ手に取って確認していく前アスマス北方伯。その顔が苦いのはいつもの事だ。

 皇都から届く報告書は、前アスマス北方伯を苛つかせるものばかり。その愚かさに何度、その場で報告書を破り捨ててしまったか分からない程だ。

 そして、又、一つの報告書が前アスマス北方伯を苛立たせている。


「愚かな事を」


 そんな独り言が思わず、その口から洩れる。

 報告書は、皇国騎士団の王国侵攻を告げるものだった。皇都からアンファングまでの時間を考えれば、皇国騎士団は既に進軍を開始している頃。

 それを前アスマス北方伯には止める事は出来ない。時間的にも権限的な意味でも。

 今の皇国に王国を攻めきる力はない。前アスマス北方伯にはそれが分かっている。皇国が今やるべき事は、とにかく内を固める事。そんな誰にでも分かる事を、国政に携わる者が理解していないという事実に腹が立つ。


「何故、こうなった……?」


 前アスマス北方伯と皇都で、思いを同じくしている数少ない一つが、これであろう。思いの強さには大きな違いがあるだろうが。

 先帝の時代。皇国の体制は盤石といえるものだった。組織や貴族間での争いはあったとしても、皇国全体の事となれば、各組織の優秀な人材が協力して、機動的に事を進めていた。

 今の皇国とは別の国と言えるほど違うものだ。そして、それは、わずか八年ほど前のことなのだ。

 その原因は、となると前アスマス北方伯の頭の中にはひとつの事しか浮かばない。

 早過ぎた先帝の死だ。

 先帝が今まだ生きていたら、皇国はこんな事にはなっていない。そして、この十年の間に次代の皇国を支える人材を見い出し、育て、経験を積ませる事が出来たはずだ。充分に備えてから、次代に引き継げれば、その又、次の世代では皇国は大陸制覇に乗り出す事が出来る。

 今回のような成り行き任せで王国に攻め込むのではなく、万全な体制を整えた上で。


「やはり戻るべきか」


 今の皇国を立て直すには自分たちの世代が国政に戻るしかない。そう前アスマス北方伯は考え始めている。

 先帝の崩御の後、引退したのは南北方伯だけではない。宰相を筆頭に多くの優秀な文官たち、歴戦の将軍たちなど、先帝との関わりが深い、忠義に厚い多くの臣下が引退していった。皇帝崩御時に必ず起こるこういった事態は、皇国建国の時代からの慣習だ。

 皇帝がそれなりの年齢で亡くなるのであれば良い。だが、早世した場合、まだまだ働き盛りの臣下が国政を去り、未熟な者に引き継がれる事になる。今の状況はこれの最たるものだ。

 始祖崩御後の四英雄の行動により形作られた、千年続く、悪しき慣習を何とか断ち切らねばならない。皇国の将来への不安が前アスマス北方伯にそういった思いを募らせている。


「ふむ」


 考えているだけでは何の解決も出来ないと、前アスマス北方伯は行動を起こす事にした。

 白紙の紙を用意して、ペンを取る。

 まずは前南方伯。そう思って、紙にペンを落とした所で、その手が止まる。じわりとインクが紙の上に広がった。


「……何者だ?」


「さすがです」


 前北方伯が顔をあげた先には黒装束を来た銀髪の男が立っていた。カムイだ。


「何がさすがなのだ?」


「気配を感じ取った事がひとつ。大声を上げて騒がない事が二つ目」


「褒められる事ではないな。前者はお前がわざと気配を発したからだ。後者は、今更惜しい命ではない」


「それはどうでしょうか? 命を惜しまないという割に未練があるように見えました」


「……最初の問いへの答えを聞いていないな」


「カムイ・クロイツ」


「魔王か」


 前北方伯に驚きはない。髪の色で薄々察していたのだ。


「そう呼ばれて肯定する事は止めました。俺はカムイ・クロイツ。そういう事です」


「そうか。クロイツは名乗ったままなのだな」


「父の姓ですから、名乗るのは当然です」


「先帝が与えたものだ」


「貰ったものは父のものです」


「……それもそうだな。それで何の用だ?」


「届いていませんか?」


「何が?」


「情報伝達の不備、それとも人手不足か」


「だから、何がと聞いておる」


「いや、こちらがちょっと動いているので、その報告が来ていないかと思いまして」


「……来ておらん」


 前北方伯の反応は、惚けているものには見えない。そう思って、カムイは失敗を悟った。


「来るのが早過ぎたようです。出直してきます」


「待て!」


「何ですか?」


「何と聞く立場ではないであろう? 出直しなど認めん。用件を今この場で話せ」


「……それもそうか。考えてみれば、早過ぎて困ると言う事ではなかったです」


「お前本当にクロイツの息子か?」


「父を知っているのですか?」


「当たり前だ。儂が何度戦場に出ていると思っておる?」


「そうですか。父は父ですが」


「似ておらん」


「養父ですから」


「……そうだった」


「年のせいでボケてます?」


「……二度とそれを口にするな」


「はい」


 どうやら苦手なタイプだと前北方伯をカムイは認識した。


「用件は?」


「北方伯家の権威を使って、ある命令を北部に発してもらおうと思いまして」


「命令だと? それこそ何故、儂がお前の命令を聞かねばならん」


「用件を話せと言うから話したのですけど?」


「……話せ」


 苦手意識を感じたのは前北方伯も同じだった。カムイと対する者は大抵そう感じるので、特別な事ではない。


「一応、文案は考えてきました。これで発信者に北方伯を加えて頂くと完成です」


「……よこせ」


「ここに置きますので、ご覧になってください」


 カムイは紙を近くにあったテーブルの上に置いて、その場を離れていく。


「面倒だ。持ってこい」


「あまり油断のならない方のようですので。得体の知れない人には近づかないようにしています」


「臆病な事だ」


「忙しい身なので、怪我も出来なくて」


「怪我か……。仕方ない」


 隙があれば殺りあうつもりだった前北方伯。怪我と言ったのは、命を取られる事はないという自信とみて、大人しくカムイの言葉に従う事にした。

 実力を完全に見極められていないのは、前北方伯も同じなのだ。

 テーブルの椅子に座って、カムイが置いた紙を手に取る。


「非合法奴隷を解放しろだと? しかも報酬を与えて。こんな事に従う者はおらん」


「案外いるかもしれません。従わなければどうなるか、分かっているでしょうから」


「何だと!?」


 前北方伯の体に怒気が満ちる。


「想像しているような事はしていません。怪我人は出ていますが、こちらから手を出した訳ではありません。金品は、解放した非合法奴隷への報酬として、ちょっと減らしましたけど、それは当然ですよね?」


「それで脅しているつもりか?」


「お願いしているのです。全部を回るのはさすがに大変ですからね。さっき言った通り、俺達も忙しい身で」


「ふざけた事を」


「それで? それ発信してもらえますか?」


「……良いだろう」


「ここにもいるなら、解放してもらえると助かります」


「いない」


「本当にいませんか?」


「儂にそんな趣味はない」


「……でも、息子さんはどうですかね?」


 前北方伯の奥歯が鳴った。息子の出来の悪さは、分かっている。だが、それをカムイに指摘されたのが腹立たしいのだ。


「あまり怒ると体に悪いです」


「お前が怒らせているのであろう」


「……そういうつもりは無いのですけど、よくそう言われます」


「そうだろうな。……城内の事は全て把握している。ここには非合法奴隷はいない」


「分かりました。では、その文書をお願いします。写して、署名するだけだから、すぐですよね?」


「……お前の名が入っているが?」


「問題ありますか?」


「あるに決まっているだろ!? 魔王と繋がっていると思われるわ!」


「魔王ではなく、カムイ・クロイツ。お忘れなく」


「……お前の名は消しておく。それで魔族を集めて何をするつもりだ?」


「集めているのではなく、解放しているのです。集まるかどうかは相手次第」


「集まるのであろう?」


「結果として。魔族が安全でいられる場所は少ないですから」


「それで何をしようとしているのだ?」


「詳しい事を皇国の人に言える訳ありませんよね?」


「……皇国が標的か。懲りないな。集まればやがて戦争になる。結果は前回と同じだ」


「仮に戦争になっても同じにはなりません。今度はわざと負けるような事はしませんから」


「なっ!?」


 カムイの言葉に驚きの表情を見せる前北方伯。それを見たカムイの顔に笑みが浮かんだ。


「貴方でも知らない。なるほど、先帝は信用出来る方だったようだ」


「……まさか、取引があったというのか?」


「答える事は出来ません。それは皇国の先帝をも裏切る事になりますから」


「……そうか」


 カムイの言葉は取引があったと認めているのと同じだ。わざとそう分かる言葉をカムイは使ったのだから当然だが。


「さて、用件は終わりです。これで失礼します」


「待て!」


 ふらりと外に出ていこうとするカムイの背中に声がかかる。


「お前、どうやってここまで来た?」


「それも言えません。それはシュッツアルテンの真の皇帝だけが知る事が出来る事です」


「……先帝は?」


 真をわざわざつけた事に前北方伯は意味を感じて、カムイにそれを聞いてきた。


「恐らく知っていたのでは?」


「現皇帝陛下は?」


「知らない。あれはシュッツアルテンの皇帝ではない」


「無礼な! 皇国の皇帝陛下をあれ呼ばわりか!」


「今言った。シュッツアルテンの皇帝ではないと。もっと言えば、シュッツアルテンにはこの先も真の皇帝は現れない」


「何だと!?」


「皇帝が欲しければ、国名を変えろ。そうなれば皇帝を名乗ろうと何しようと俺達の知った事ではない」


「何を言っている?」


「古の守護者はもういない。そういう事だ」


「何だそれは? どういう意味だ?」


 前北方伯であってもカムイの言っている意味は理解出来る事ではない。皇国と魔族の関係は、代々の皇帝のみが知る秘事だ。


「ああ、もう一つ言っておくことがある」


「何だ?」


「隠居のままでいる事だ。表舞台に戻れば……、悲しい思いをするだけだからな」


「…………」


「答えは無い。まあ、いいか。道を選ぶのは個人の自由だ」


 そのまま部屋の扉を開けて、カムイは外に出て行く。

 前北方伯が後を追った時には、もうカムイの姿は消えていた。


◇◇◇


 魔王が北部に現れた。その情報は、速やかに皇都に報告されていた。

 魔族に関する情報は、どんな些細な情報でも、それをする事が、皇国全土に通達されていたのだ。

 その報を受けて集まった皇国の重臣たちだが、何を議論するでもなく、会議の場は静まり返っていた。

 シオン宰相代行は怒りで、クラウディア皇女は恥ずかしさで口を開く事が出来ないのだ。


「せ、僭越ながら、自分から報告を」


 ようやく口を開いたのは皇国騎士団の将軍ファルコ・クノールだった。


「どうぞ」


 それにシオン宰相代行はそっけなく返事をした。


「魔王が北部に現れた事を知った北方伯の従属貴族たちが騒ぎ出しているという報告が来ております」


「そうでしょうね」


「領地に戻ると言い出す者までいる始末と」


「いえ、もう戻っています」


「はい?」


「従属貴族どころか北方伯自身が兵を引いたと報告がきました」


「そんな馬鹿な? それでは東方の戦線はどうなるのですか?」


「それは私が聞きたい。皇国騎士団はどうするつもりですか?」


「それは……」


 シオン宰相代行への答えをクノール将軍は持っていない。それも仕方がない。騎士団の上席にあたる人物が全て出払っていて、急遽、会議の席に引き出されたのだから。


「騎士団長は何と? 東方にいるのです。情報は知っていますよね?」


「そのはずです」


「それで何と?」


「……まだ何も連絡は来ておりません」


「自分が戦功をあげるのに必死でそれ所ではありませんか。それは失礼しました」


「…………」


 シオン宰相代行の強烈な嫌味にクノール将軍は何も言えなくなってしまった。


「……何とかしないと」


「クラウディア皇女殿下、では策を出してください」


「シオン宰相は何もないの?」


「私は宰相ではなく宰相代行です」


「……宰相代行は?」


「まずはクラウディア皇女殿下のお話を皆さんにご説明ください。そちらが優先されるのですから、その方が話は早いと思います」


「……西方伯家をもっと東に」


「それはもう動いているはずです。西方伯様は馬鹿ではありませんので」


「……それでは駄目なの?」


「大丈夫かもしれません」


「じゃあ」


「駄目かもしれません。次に魔族が西に現れない保証はありませんから」


「…………」


 シオン宰相代行の態度はつまりは八つ当たりだ。それを皇族であるクラウディア皇女に向ける所に、シオン宰相代行のどうにもならない苛立ちが現れている。


「続けて頂けますか?」


「……ない、です」


「そうですか」


「あの、シオン宰相代行は」


「お話し出来る策はありません。動かせる軍には限りがあります。東に集めれば、他が薄くなる。魔族の狙いがその薄くなった場所であるのは今回の件で明らかです」


「じゃあ、何も出来ないで魔王が勝手にするのを見ているの?」


「一つあります」


「えっ、何?」


「魔王にごめんなさいと謝るのです。もうしませんから許してくれと」


「そんなの」


「クラウディア皇女殿下、魔王の所に行ってもらえますか? 同級生だったのですから、その縁で許してもらってきてください」


「そんなの出来ないよ!」


 なげやりなシオン宰相代行の言葉に、真剣に応えるクラウディア皇女。会議室の雰囲気が、一段と暗くなる。

 その雰囲気を変えたのは、突然、割り込んできた声だ。


「悪くはないですけど、他にも何かあるのでは?」


「……カルク宰相!」


 怒りのあまり、会議の場にもかまわず、だらしなく座っていたシオン宰相代行。だが、声を聞いた途端に素早く立ち上がって直立不動の体勢になった。


「宰相ではありません。元宰相です」


「はい。失礼いたしました!」


 シオン宰相代行がそうなるのも当然。相手は先帝の時の宰相ヴィクトール・カルク。シオン宰相代行にとって、嘗て、はるか高みにいた上司だ。


「そんなに固くならずに。今の私は無職で、君は文官の頂点ですよ」


「しかし……」


「座ってください。それでは話が出来ません」


「はい」


 シオン宰相代行が腰を降ろしたのを確認して、カルク元宰相は、末席に座った。カルク元宰相が座れば、そこが上席に思える。それだけの格の違いが表に現れている。


「それでカルク様。本日はどの様なご用件でしょうか?」


「はい。まずは皇后陛下からのご伝言をお話しします」


「皇后陛下……。分かりました。お願いいたします」


「皇国は非常事態にある。この事態に際し、一時的にヴィクトール・カルクの国政への参加を認める」


「それは本当ですか!?」


 先帝時代の宰相の復帰。行き詰っている今の状況では、シオンには救世主のように思える。


「正式文書は追って届くでしょう。今は速やかに対応に入る必要があると思い、その前にここに来ました」


「承知いたしました」


「私の他にも何人か一時的に現場に戻ります。それについては、これからの話の中で説明します」


「はい」


「さて、現状の認識を合わせる必要はありませんね?」


「はい」


「シオン、君ばかりが返事をしては。私は全員に聞いているのです」


「……申し訳ございません」


「ありませんね。さて、対応すべきは王国とカムイ・クロイツ。これについて説明します。南部の対応です。王国南部侵攻軍への対応として、まずは元南方伯であるフリートヘルム・クリングベール殿を最高指揮官として派遣します」


「なんと? 前南方伯様までが復帰ですか」


「他にもいますが、それは追々。南方伯家軍は当然、南部辺境領軍も指揮下に入れます」


「それは……」


「まだ話は途中です。数は互角、質は上。王国南部侵攻軍の手当はそれで十分です。さて、ヒルデガンド妃殿下は南部にいらっしゃいますね?」


「はい」


「所在は掴めていますか?」


「定期的に報告は届いておりますので」


「では、こう伝えて下さい」


「何でしょうか?」


「ヒルデガンド妃殿下には速やかに東方に移り、東方伯家軍、東部辺境領主軍を率いて頂きたいと。また東方中央にいる皇国騎士団の一部も指揮下に入れます」


「そんなの駄目だよ!」


 カルク元宰相の言葉にたまらずクラウディア皇女が声を上げる。


「何故ですか?」


「皇国騎士団を率いるのは」


「ああ、率いる将軍も新たに派遣します。正式には将軍ではありませんが、私同様に、皇后陛下に一時的に権限を与えて頂きました」


「それは?」


「クリストフ・ベック元将軍。騎士団をベック元将軍の指揮下に入れた上で、ベック元将軍がヒルデガンド妃殿下の指揮下に入る。何の問題もありません」


「そう……」


 形式ではなくヒルデガンドが指揮権を握る事自体がクラウディア皇女には不満なのだが、カルク元宰相に問題ないと言い切られてしまうと、文句は言えなくなる。


「新たに派遣する元将軍はもう一人。エデュ・バンデルス元将軍には顧問として騎士団長の補佐をお願いする事になります」


「それって……」


 クラウディア皇女でもバンデルス元将軍の名は知っている。歴戦の将軍と未熟な騎士団長。戦場において騎士がどちらに従うかは明らかだ。オスカーは戦場での実権を奪われたという事になる。


「さて、中央に集結している皇国騎士団本隊は、王国侵攻は止めて、辺境領東端から北上。王国本軍の後方を突いてもらいます」


「そんな!?」


「王国の領土まで踏み込む必要はありません。それで同じ目的が果たせるはずです」


「…………」


「問題は間に合うかです。今の件について、大至急各地に伝令を。全てに優先させて、一分一秒でも早く伝令を届けてください」


「はっ。すぐに早馬を! 書面は後で! 口頭伝達で行かせてください!」


「はっ!」


 シオン宰相代行の命を受けて、文官の一人が走って部屋を出て行った。


「……騎士団は良いのですか?」


「あっ、はっ! 騎士団長及び東方中央の防衛軍に伝令を!」


「はっ!」


 そして今度はクノール将軍の命を受けた副官が走って行った。


「さて、これで後は待つ事ですね」


「でも、魔王は?」


「カムイ・クロイツへの対応は元北方伯ハンス・ノルトシュロス・アスマス殿が対応します」


「北方伯家軍の最高指揮官も交代なの?」


「北部では戦いは起こりません」


「えっ、でも魔王が?」


「カムイ・クロイツの目的は非合法奴隷の解放。戦争ではありません。ただ、少々、情報が派手に駆け廻っていました。陽動の意味もあったのでしょう」


「北方伯を引き戻す為に……」


「よくお分かりです。ただ出来れば、北方伯家軍を動かす前に気が付いて欲しかったです。軍を動かすにはお金がかかると知っていますか?」


「…………」


 カルク元宰相はシオン宰相代行の元上司である。会議の席での嫌味は文官の伝統なのだろうか。


「カムイ・クロイツへの対応はもう一つ。皇国全土の貴族家に非合法奴隷の解放を申し付けます。魔王の言いなりになるようで不快ではありますが、今は仕方がありません」


「非合法奴隷の解放。言う事を聞くでしょうか?」


 シオン宰相代行が疑念を口にした。今の皇国に貴族を従わせる力があるのかという不安があるのだ。


「聞いてもらいます。それが為されれば、カムイ・クロイツは騒乱を起こす名分を失くします。特に西部。西方伯家とその従属貴族を動揺させない為にも、徹底させてください」


「はい。それで魔王は治まりますでしょうか?」


「分かりません。彼の動きは今の所は読めません。情報が少なすぎますね。ただ、一つ仮説があります」


「それは?」


「今はまだ。情報が洩れては混乱するだけです。ああ、カムイ・クロイツは今後、魔王とは呼ばないでください。それを皇国の方針にします」


「……魔王として扱わないのですね?」


「そうです。後は彼の動き次第で対応を考えます。王国への対応が間に合えば、結果も変わる。又、動きも変わるでしょう。今考えても仕方ありません」


「分かりました」


「さて最後にひとつ」


「はい。何でしょうか?」


「今回の失敗は皇国の体制の不安定さに起因しています。それは分かっていますね?」


「申し訳ございません」


「それの原因を取り除きます」


「つまり?」


「近々、四方伯家から皇太子選定についての上申書が届きます」


「何と!?」


「現状を放置できないという事が、四方伯家の共通認識になります」


「しかし……」


「上申書には四方伯家が皇太子に推薦する方の名ものるはずです。それを受けて、皇国には結論を出してもらいます」


「四方伯家で御一方と考えてよろしいのですか?」


「はい。それでなくては、推薦の意味がありません」


「東西方伯家は……」


「中身を私が告げる事は出来ません。ただ、西方伯家の次男であるディーフリート殿は、行方不明になったようです」


「「「なっ!?」」」


 会議室全体が驚愕に包まれる。ディーフリートが行方不明になった事実と、その結果として皇太子が誰に決まったかを知って。


「おっ、驚か、ない、の、だな?」


「えっ? あっ、驚いているよ。驚きすぎて良く分からなくなったの」


「…………」


 皇太子の決定を喜ぶ気持ちにはテーレイズ皇子はなれない。元より皇帝の地位を望むのはソフィーリア皇女に苦労をさせたくないとう思いから始まり、今はクラウディア皇女にだけは渡せないという思いからだ。

 そのクラウディア皇女の態度がどうにもテーレイズ皇子は気になっていた。まだ決着はついていない。そんな予感が消えないのだ。

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