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魔王の器  作者: 月野文人
第三章 皇国動乱編
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見抜かれた真実

 クラウディア皇女の所にディーフリートが顔を出すのは、二年ぶりという事になる。

 裏でこそこそと自分との婚約を画策しているクラウディア皇女に、本当はディーフリートも会いたくないのだが、放置しておく訳にもいかず、これが最後とやってきたのだ。


「皇都を離れるの? 嘘ですよね?」


「本当です。今日はその挨拶に来ました」


「皇都を離れてどこに行くの? まさか、東方の戦場に? ディーフリートさんが行かなくても」


「戦場は他にもありますよね?」


「……南?」


「南部の戦況が思わしくない事は僕も聞いている。ヒルデガンドもかなり苦労しているみたいですね。守るのに適した場所がない事と、王国軍が数に任せて、散開してしまっている事が大きいらしい」


「それは私も知っているわ。でも、ディーフリートさん、一人が行ったからって」


「戦力になる訳じゃない。でも、力になってあげたいのです」


「ヒルデガンドの事が大事なの? ヒルデガンドは姉上の政敵だよ?」


 個人の感情しか考えられないクラウディア皇女。ディーフリートは改めて、クラウディア皇女は施政者には不適格だと思った。


「今はクラウディア皇女殿下のですね。そして、僕にとってはもう関係ない事だ」


「でも……」


「それに僕が向かうのはヒルデガンドの所じゃない」


「……あっ、セレネさん」


「そう。かなり悩んだけど、そうする事にした。今更って言われるだろうけどね」


「戻ってきますよね?」


「戻る気はない」


「そんな?」


 ここでどうして驚くのか、ディーフリートには理解出来ない。ディーフリートがクラウディア皇女の為に何かしなければならない理由は全くないのだ。


「クラウディア皇女殿下、もう止めてもらえませんか。父に婚約を持ちかけるのは。僕は、クラウディア皇女殿下の夫になるつもりはありません。考えても見てください。姉がいなくなったら妹。そんな節操のない真似が出来ると思いますか?」


「でも、私は姉上の意思を継いで」


「きつい事を言うようですが、クラウディア皇女殿下には無理です。いえ、今となって、冷静に考えてみれば、ソフィーリア様でも、果たして皇帝に相応しかったのかと疑問に思っています」


「……どうして?」


「ソフィーリア様は自分の派閥さえ、満足にまとめる事が出来なかった。もちろん、僕の責任もあります。でも、僕がまとめられたとして、それはソフィーリア様の為の派閥でしょうか?」


「同じ事だよ」


「違います。ヒルデガンドは派閥の領袖に相応しい人物です。彼女の下には、多くの優秀な臣下が集っている。そのヒルデガンドの上に、テーレイズ皇子殿下は見事に立ってみせた。テーレイズ皇子殿下はソフィーリア様より、はるかに皇帝に相応しい方です」


「……ひどい」


 クラウディア皇女には、ディーフリートの言葉は裏切りに聞こえる。確かにそうだ。少なくともソフィーリア皇女が存命中は、ディーフリートは皇帝にしようと動いていたのだ。


「はい。ひどいと思います。もっと早く気が付くべきでした。もっと早く気が付いて、ソフィーリア様を説得していれば、あんな事にはならなかったのに。僕の責任です」


「じゃあ、責任を取って、姉上の意志を継ぐために私と」


「それは話が違います。それでは又、僕は同じ過ちを犯してしまう。僕が今日、ここに来たのは、それをしない為です」


「どういう事かな? 私には分からない」


「クラウディア皇女殿下、皇位は諦めてください。それが貴女の為であり、皇国の為でもあります」


「嫌だ! 私は姉上の代わりになりたいの!」


 駄々っ子のような言い方。これを無邪気と捉える者も多いが、ディーフリートはそうではない。


「やはり、それが本音なのですね?」


「えっ?」


「貴方はソフィーリア様を助けたかったのではなく、代わりになりたかった。それはソフィーリア様が生きていらした時から、そうだったのではありませんか?」


「違うよ! 私は姉上を皇帝にしたかったの! でも、姉上はあんな事になって! だったら、私がって!」


「……そんなに弁解しなくても大丈夫です。僕にとっては、どうでも良い事ですから」


「ディーフリートさん?」


 ディーフリートがクラウディアを見つめる目は怒りでも、蔑みでもなく、哀れみ。ディーフリートは身に過ぎるものを求めるクラウディアに同情していた。


「僕は驕っていました。僕には人の上に立つ力なんてない。人当りよく、大らかな態度で接していれば、人が信頼して付いて来てくれるなんて、甘い事を考えていた」


「でも、ディーフリートさんは多くの人に好かれているわ」


「それだけです。そうですね。今の時代が争いごとのない、平和な時代であれば、僕も少しは何か出来たかもしれない。でも、僕は気が付いた」


「何を?」


「時代は乱世に突入している。今の様な時代に輝けるのは、僕の様な者ではなくて……」


「それがヒルデガンド?」


 クラウディア皇女のその言葉にディーフリートは軽く首を振って答えた。クラウディア皇女の答えが間違っている事と、未だカムイを軽視しているクラウディア皇女への呆れた思い、の二つの意味を込めて。


「じゃあ」


「僕には、皇位争いなんてものの中心にいられる力はありません。そうかと言って、皇国が混乱に陥るのを見過ごす事も出来ない。だからお願いしに来ました。もうそんな争いなんて止めて、皇国を一つにまとめて欲しいと」


「そんな事出来ないよ」


「出来ます。クラウディア皇女殿下が引けば良いだけです」


「兄上が引けば良い」


「そしてクラウディア皇女殿下が皇帝に? それで王国に勝てますか?」


「勝てるよ。その準備はもう進んでいる」


「では……、カムイ・クロイツと対等に渡り合えますか?」


「出来るよ!」


 クラウディア皇女にこれを言っても無駄だ。分をわきまえる性格であれば、そもそも今の状況にはなっていない。


「出来ません! 貴女が一度でも、カムイの上に行けた事がありますか? 僕が知る限り、一度だってない! 貴女個人が負けるのは勝手です! でも、皇国皇帝となった貴女は負ける訳にはいかないのですよ!?」


「か、勝てるよ」


「まだ、そう言い張りますか。どうしても分かってもらえないようですね?」


「私は諦めない。姉上の意志を継ぐの」


「……ソフィーリア様は亡くなられた時に指輪をはずしていました」


「何の話?」


「それを形見として僕は頂きました」


「そう」


「皇国の物ではなく、ソフィーリア様個人の持ち物でしたので、割と容易でした。婚約者だというだけで譲り受ける事が出来た」


「あの、ディーフリートさん?」


 どうしてこんな話をディーフリートが始めたのか分からなくて、クラウディア皇女は戸惑っている。


「やはり、知らなかったのですね?」


「何をかな?」


「その指輪はアルトから貰ったものです」


「アルトさん?」


「ソフィーリア様に盛られていた毒へ対抗する為の魔道具なのです」


「……何を言いたいのか分からない」


 クラウディア皇女の胸に不安が生まれた。ソフィーリア皇女の死の場面は触れられたくない出来事だ。それをディーフリートは話そうとしている。


「ソフィーリア様に盛られていた毒は汚染された魔力を体内に流して体調を崩させてしまうものでした。この魔道具は自分以外の魔力が体内に流れるのを遮断する。それによって、防ぐ事が出来るのです」


「……だ、だから」


 毒、別の話であっても、この単語を聞くとクラウディアは反応してしまう。


「一つ、弊害があって、この魔道具を付けていると回復魔法は無効になる。だから、回復魔法を掛けるときは、この魔道具を体から外さなければならないのです」


「…………」


「毒を盛られたと気付いたソフィーリア様は、当然、前に自分に盛られた毒を連想したはず。それなのに何故、指輪を外したのでしょう?」


「ち、違う毒だと、き、気が付いて」


「そうかもしれません。つまり、指輪では駄目だと思って、回復魔法を掛けてもらおうとした。だとすれば、それは、誰にですか?」


「…………」


「それが誰であれ、一つだけ分かる事があります」


「……な、何?」


「この指輪の事を知る者は、極々限られた者だけです。回復魔法を掛けようとした者が指輪を外す事は考えられません。つまり、ソフィーリア様が生きている間に回復魔法を使える者がそばにいたという事」


「か、掛けたけど、だ、駄目だったんだよ」


「皇族であるクラウディア皇女殿下なら知っているはずです。城内で魔法を使えば、それは探知されます。あの日、あの部屋で魔法が使われた形跡はありません」


 これ以外にも重要な場所では、魔法の効果を弱める施しがされている。敵意ある者が魔法を使う事を想定した対策だ。

 皇族であるクラウディア皇女は当然知っている。だが、あの時も、今も、この事に気が回らなかった。


「別にその者が殺したとまでは言いません。死因が元宰相の盛った毒である事は明らか。協力者の影もありません。ただ、その者が見殺しにした可能性はあります」


「わ、私は、何も、していない」


「そう貴女は何もしなかった。代わりたかったのですね? ソフィーリア様と」


「……し、知らない! 私は何も知らない!」


「僕は皇都を去って、二度と戻りません。実家である西方伯家にも戻りません。最後にもう一度言います。皇位は諦めてください」


「…………」


「離れた場所で見守っています。皇国の行く末を」


 最後にそれを言って、ディーフリートは席を立って、部屋を出て行った。


「し、知らない。わ、私は何もしていない」


 青ざめた顔で、うわ言のように呟き続けるクラウディア皇女。まるで自分に言い聞かせるようにそれを続けていた。


「ク、クラウディア様?」


 そこに現れたのがテレーザだ。こうしていつも最悪のタイミングで現れてしまう事が、テレーザの不幸だ。

 テレーザが側にいるとクラウディア皇女は心の均衡を保つ事が出来る。すぐに冷静な思考を取り戻していった。


「ど、どうしよう」


「ですから、何が?」


「ディーフリートさんを怒らせちゃった」


「どうして?」


「私の婚約者になりたくないって。余計な事をするなって」


「……まあ」


 普通に考えれば、当たり前の事だ。姉の次は妹。後ろ指を指されて当然の事を素直に受け入れるほうがおかしい。そう思えるだけの常識をテレーザは持っている。


「困るよね。私、このままでは兄上に負けてしまう」


「別の人を探せば。別に西方伯家である必要はありません」


「じゃあ、誰? 南北伯のどちらか?」


「それも選択肢の一つかと」


「あんな年配の人は嫌だよ」


「……その相手を私は」


 その相手に体を貪られているテレーザにとっては、クラウディア皇女の言葉は胸に痛い。


「何?」


「いえ、その息子たちではいかがですか?」


「……そうだね」


「男性は、まだ幼いですが」


「幾つ?」


「十才と、十二才だったと思います」


「子供……」


「いや、幼い方が、主導権はクラウディア様が握れますから」


「そうか……。考えてみる」


「それが良いと思います」


「でも、ディーフリートさん怒っていたからな。兄上の味方につくって言っていた」


「えっ? そこまで?」


「私たちが裏でやっていた事を全て暴露するって言っていた」


「……えっと」


 暴露されて困るような事がテレーザには思いつかない。自分たちの策は、大抵が露見してしまっている事はテレーザだって分かっている。


「困るよね。そんな事をされたら、私もそうだけど、姉上も、テレーザの立場も悪くなるよ」


「そ、そうですか」


 そう言われても、テレーザはすでに最悪の立場に落ちている。今以下の立場を考えても想像がつかない。


「何とかしないと」


「何とか、ですか?」


 ここで、テレーザの心に暗い影が差してきた。また、とんでもない事をしなければならなくなりそうだと気付いたのだ。


「話されたら困るの」


「口止めを頼みますか?」


「誰に?」


「それは……、本人に」


 これがテレーザの精一杯の抵抗である。


「無理に決まっているよ。それが出来ないから困っているの」


「では、どうしろと?」


「ディーフリートさんは皇都を出るんだって」


「あっ、それなら、誰にも話す事は出来ませんね」


 更なる抵抗を見せるテレーザ。


「他の場所で話されたら同じだよ」


「……そうですね」


「何とかしないと」


「…………」


 沈黙も抵抗の一つだ。


「ディーフリートさんは皇都には戻らないって。西方伯家にも戻らないって」


「そうですか」


「それって、もう家出だね」


「そうですね」


「どこに行っちゃったか分からないね」


「そ、そうですか?」


 ここが踏ん張り所だと、懸命にテレーザは頑張ってみる。


「そうだよ。大丈夫かな?」


「何がですか?」


「危ないよね。旅って。そんなだから護衛の人もいないだろうし」


「そう、ですね」


「大丈夫かな? 盗賊に襲われたりしないかな」


「ディーフリート様は強いですから……」


「でも、大勢にかかられたら分からないよ」


「……それは、そうですけど」


「……ちゃんと考えている?」


 テレーザの抵抗にクラウディア皇女は苛立ってきている。


「あっ、はい」


「そう。……皇都にも危ない場所があるんだって」


「はい?」


「裏路地を進んでいくと、危ない人ばかりがいる所があるんだって」


「そんな話をどこで?」


「前に聞いたの」


「……もしかして、カムイですか?」


「そうだったかな? 忘れちゃった」


「はあ……」


「怖いよね。お金の為に何でもする人たちがいるみたい」


 これはもう遠回しとは言わない。誰が聞いても、クラウディア皇女はディーフリートを消そうとしていると分かる。


「……む、無理です」


「何が?」


「いえ、別に」


「テレーザは凄いな」


「あの、何が?」


「私の為に何でもしてくれる。私はテレーザがいるから、安心していられるの。何の不安も持たないでいられるの」


「は、はあ」


「これからもよろしくね。私を安心させて。私、テレーザを信じているから」


「はい……」


「久しぶりにテレーザのお母様の顔を見たいな。色々と話したい事もあるし」


 ちょっと持ち上げておいてこれだ。テレーザの弱みをクラウディア皇女はよく分かっている。


「は、母は、何も知らない……」


「いやだ。テレーザが困るような事は話さないよ。私にだって人に話されて困る事があるもの。気持ちはわかるよ」


「…………」


「よろしくね」


「……はい」


◇◇◇


 皇都の裏路地を当てもなく彷徨い歩いているテレーザ。

 これで何もないのだから、裏街を知る者からは幸運だと言われるのだろうが、これには事情がある。

 実際には裏路地を奥に入った段階で、テレーザは監視されていた。クラウディア皇女の側近であるテレーザは要注意人物として、すでに認識されているのだ。

 それとなく、テレーザの様子を伺っている者がいる事にテレーザは気が付いていない。

 目的を果たす上ではテレーザにとって、それが幸運だった。


「お姉さん、こんな裏道を一人で歩いていたら、危ないわよ」


「えっ、ああ。そうだけど」


「何か探しているの?」


「……それが」


「仕事、それとも人探し?」


「お前は?」


「あたし? あたしは名もない裏町の娼婦よ」


「娼婦……。そうか」


 嘗てのテレーザであれば、娼婦と聞けば、露骨に侮蔑の表情を浮かべたかもしれない。だが、今のテレーザは、娼婦の姿に自分を重ねて合わせてしまう。

 金を貰うか、協力を貰うか。その違いでしかない事を自分でも分かっているのだ。


「元気ないわね。疲れているなら、家に帰ったらどう?」


「そういう訳にはいかない」


「そう。何か目的があるのね?」


「ま、まあ」


「あたしで相談に乗れる事かしら?」


「……無理かな?」


「あら、残念。じゃあ、話は終わりね」


「あっ! あのさ」


「……何かしら?」


「人を探している」


「どんな人?」


「……無理を聞いてくれる人かな?」


「それだけじゃあ、分からないわ。……でも、裏町に来るくらいだから、あまり良い事じゃないわね?」


「まあ」


「……あたしじゃ力になれないわ」


「そうだよな」


「でも、力になれそうな人は、紹介してあげる」


「本当に?」


「その人が力になれるか分からないわ。でも、話はしてみる事ね」


「それ誰?」


「貧民街に行って。橋を渡って、最初の路地を右。三件目に小さな看板を吊るした酒場があるわ。そこのマスターにこう言って。探し人は明日には会えるか?」


「探し人は明日には会えるか。明日にならないと会えないのか?」


「……合言葉よ」


「あっ、そうか」


「探し人は誰だと、聞かれるから、それに、それは言えない、と答えて」


「探し人は誰と聞かれるから、言えない、だな」


「そう。そうすればある人に会えるわ」


「そうか、ありがと」


「……言葉だけ?」


「えっと……」


「情報料。安くないのよ。裏町で人にものを聞くのは」


「あっ、そうか。幾らだ?」


「銀貨一枚」


「分かった」


 テレーザは懐から、銀貨を取り出すと、それを娼婦に渡した。


「……もっと吹っかければ良かったわ。まあ良いわ。ありがと」


「こっちこそ。じゃあな」


「貧民街の場所は?」


「……知らない」


「この道を真っ直ぐ進んで、突き当りを左。真っ直ぐに進めば、橋が見えてくるわ。それを渡れば貧民街よ」


「真っ直ぐ、左、真っ直ぐ、橋だな。分かった」


 さきほどまでの落ち込んだ様子が嘘のように、足取り軽く、先に進んでいくテレーザ。


「探し物は無理を聞いてくれる人だって」


 それを見ながら娼婦が呟く。


「……どうやら、探りに来たわけじゃないな。荒事をする者を探しに。そんな所か。どうやら変な事を考えているな」


 娼婦の立っている建物の影から男が出て来て、それに答える。


「性格的には全く策謀に向かなそうだけどね。素直な良い子よ。馬鹿とも言うわね。不思議ね、あれの何が王は嫌いなのかしら?」


「相性って事だろ? それに俺も馬鹿は嫌いだ」


「……生意気。ちょっと知恵がついたからって。あんただって、元はその馬鹿じゃない」


「馬鹿じゃない。知らなかっただけだ」


「……正しい言葉ではあるわね。それよりも良いの? 後を追わなくて」


「必要ない。曲がった先は別の者の担当だ」


「そう。じゃあ暇ね」


「えっ?」


「遊んでく? おまけしてあげるわよ。臨時収入が入ったから」


「あっ、いや、それはちょっと」


「何? あたしじゃあ、嫌なの?」


「嫌というか駄目?」


「……面と向かってそういう事言う? これでもそれなりに売れっ子なんだけど」


「いや、そういう意味じゃなくて」


 男の表情は裏社会の者のそれではなく、年相応の青年のそれに変わっている。


「じゃあ、どういう意味よ」


「その……、義理の母になる人とはそういう事は」


「えっ!?」


「……リンと、娘さんと結婚させて下さい!」


 一気にこれを言い切ると男は娼婦に向かって深く頭を下げた。


「……本気?」


 信じられない言葉を聞いて、娼婦は大きく目を見開いている。人族とは異なる赤く光る瞳だ。


「もちろん。リンも一緒になると言ってくれた」


「そう……結婚……私の娘が結婚するのね」


 娼婦の、しかも魔族の血を引く娘が結婚したなど聞いたことがなかった。その最初の結婚が自分の娘。ただ嬉しいというだけでなく、こういう日が来たという事に何とも言えない思いが湧いてくる。

 数年前には想像も出来なかった事。それが現実になった理由は、ある者たちの存在にある。

 今は魔王とも勇者とも呼ばれている魔族の統率者とその仲間たち。この時代に彼らが居る事に彼女はただ感謝するしかなかった。

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