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お父様とお母様から、寄り道しようと言われ、着いた場所。
そこは、大きな屋敷だった。白亜の大理石で出来た、西洋風な家だ。我が家に似てると思うよ。
そうだな、違う所を上げるとすれば、我が家は白と金で出来た、城みたいな建物だ。
それに対し、この家は白だけれど、明治時代にもありそうな建物だ。でも、西洋風。そんな感じかな?
「さ、行くわよ?」
「お母様、ここは何処?」
「すぐわかるわ」
僕は、お父様とお母様に手を引かれ、その屋敷に入る。
そして、屋敷から出てきたのは……、
切れ長の黒い瞳。ショートヘアの黒い髪。そして、まだあどけなさが残るけれど、精悍な顔つき。
飛鳥井 蓮様だ。ハメられた。
まだ救いなのは、クマを車の中に置いてきたことだ。
本当は、持ってこようとしてた。お父様もお母様も止めなかった。
だがしかし、運転手の一言で置いてきた。ありがとう、運転手。
「やあ、蓮様。この前は、失礼なことをしたね」
「こんにちは、蓮君。ちょうど近くを通ったんだよ」
「こんにちわ、急にごめんなさいね?」
「よう、体調も戻ったようで、何よりだ。さぁ、どうぞ」
にこり、と笑う彼の顔は、少々大人っぽい笑い方だ。
けっ、僕だって負けてないさ。
僕は、優雅で美麗な王子様だからね。
君みたいな、俺様とはタイプが違うのさ。
「急だったから、あまり良いものが用意できなかったんだ。悪いな」
にこにこと笑いながら、対応する蓮。しかし、両親の姿は見えないぞ?
これなら、帰ったほうがいいか?
「いやいや、僕らが急に押しかけたせいだからね。そうそう、ご両親は?」
「少し待ってくれ。父が帰ってくるそうだ」
「それは、急がせてすまなかったね」
お父様とお母様は、ニコニコと笑いながら僕ら二人のやり取りを眺めている。
くっ、視線がこんなに痛いなんて。は、初めての経験だ。
「登校日は明後日だな。準備はできたか?」
「あぁ、もちろん。抜かりはないさ」
「――そうか、ならよかった」
くっそ。妙に相手が堅苦しくてやりづらい。
やはり、僕にはショーくんと天音ちゃんが向いてるよ。
「姫香、お前は寮には入らないのか?」
へ、寮? 僕は、そんなの知らないね。
「姫香ちゃんと離れるのが辛くて……、寮に入れさせる気はないのよ……」
「うーむ、まだ娘離れができないからねぇ」
ははっ、と苦笑したようにお父様が笑う。どうやら、あえて僕には伝えてなかったようだ。
「そうなんですか? 学園生活に慣れるため、寮に入れたほうがいいと思いますよ?」
「あら、でもまだ手続きが……」
何故か、お母様の様子が可笑しいぞ?
うーん、雲行きが怪しいねぇ。
「それに、うちの姫香は朝が苦手でね……」
「そ、そうなのよ!!」
そもそも、小学生の時期から寮なんて、聞いたことがないね。
幼いころ頃から両親と離れて暮らすなんて、教育上よくないと思うよ?
「独り立ちさせる、いい機会だと思います。部屋なら、うちの父がすぐ用意しますよ」
「で、でもね。蓮くん……」
「特別待遇ですよ、白桜様……?」
その時だった。急に、蓮様が威圧のオーラを出してくる。
子供とは思えないオーラに、僕は圧倒される。
鋭い瞳が更に鋭くなり、僕を噛み殺す狼のように見えた……。
「お父様、お母様……?」
「れ、蓮くん……」
僕は、急に不安になりお父様とお母様の手を握る。二人は、ぎゅっと握り返してくれた。
――でも、その手には汗が出ていた。震えているようだった。お父様とお母様は、蓮様に何か弱みを握られてる……?
確か、僕ら白桜家は飛鳥井家より立場が上だったはず。
たかが、ヤクザ上がりの飛鳥井家に、何が隠されてる……?
「ご安心を。姫香の身に何もないよう、部屋は俺の真横です。許嫁の俺が守るんです、手放しで喜べるでしょう?」
やぁやぁ、ヤケに許嫁って言葉を全面に押し出してくるね。
一応、(仮)がつくんだけどなー?
「す、少し、時間を……」
「えぇ? 早くしないと、学校始まりますよ……?」
くつくつと笑う、蓮様。顔が青くなり、気分が悪そうな僕らの両親。
ねぇ、お父様、お母様。一体何が起こってるんだい!?
「まさか、許嫁の言うことを信用しないと?」
はぁっ、と連様は、心底呆れたように溜息をつく。小学生がやる所業じゃないぞ?
まぁ、僕も人のことは言えないけどさ。
「い、いや。そんなことはないぞ……?」
ははっ、と父は笑うけど、その声は上ずっていた。同様が、隠しきれていない。お父様、大丈夫……? 生きてるかー?
「蓮様。やけに、寮を薦めてくるね? 何か、理由でもあるのかい?」
ここは、僕が出よう。僕は、絶対狼に食われたりしない。僕は、兎じゃないぞ。大きな熊だ。
「そりゃあ、もちろん。許嫁になって、日が浅いからな。お前のことを、よく知りたいんだ」
笑顔で笑う蓮様の顔は、さっきのお父様やお母様と対話している態度と全然違う。威圧のオーラが一気に消えた。御機嫌そのものだ。
どうやら、僕を気に入ってるという話は本当だったらしい。
「急ぐことはないよ。これから、長い学園生活さ。ゆっくり知っていけばいいんじゃないか?」
僕は、軽い調子でそう言った。
すると、一気に蓮様の不機嫌オーラが増してくる。おいおい、短気な男はモテないぞ?
「何故、お前は寮を嫌がる?」
「毎日ゲームが出来ない」
「ゲームなら、俺が用意させる」
「それに、僕はお母様の作る料理が大好きさ」
「寮のシェフが作る料理を食べてから、ジャッジしたらどうだ?」
それって、やっぱり寮に住むコースになるんじゃないのかい?
何故、そんなに僕に拘るんだか。厄介な奴だなぁ。
あーあ、もう片方の悠斗様は、あんなに可愛かったのに。
「――どうする?」
蓮様のご機嫌は、最低に達したらしい。声が地獄の底から響いてくるように聞こえるよ。
あぁ、お父様とお母様がこんなに怯えてる。
だから、ヤクザ上がりは嫌いだ。
「蓮様、少し落ち着いたらどうだ?」
「――俺は、落ち着いてる。お前こそ、早く親離れしたらどうだ?」
「おいおい、冗談はよしてくれ。まだ小学生だ。親離れには、早過ぎるだろ?」
「遅い、遅いぞ。小学生でも、株をするような時代だ。もう、親離れしたって遅くない」
おーい、それはお前の常識だろう?
まぁ、そんなこと現在の連様には言えやしないさ。物凄く面倒なことになるからね。
はぁ、実家通いじゃないと、気軽にアイスケーキも作れやしない。
実は、僕の生前の夢は、アイスケーキ専門のパティシエになること。その費用を稼ぐため、男装カフェでバイトしようと思ったのさ。
それで、つい最近になってお父様に強請って、最先端のアイスケーキ専用器具を一式揃えて貰った。
まぁ、普段は、うちのシェフが使っている。
そういうわけで、こんな少女趣味を寮で晒すわけにもいかず……。どうしたもんだか。
「決断は? YES、はい。どっちだ?」
おい、蓮様。それ、どっちも同じじゃないか!!
どうして、こんな面倒なショタに目をつけられたんだ?
本当に六歳児か? お先真っ暗じゃないか……。
「――ど っ ち だぁ?」
唸るような声が聞こえた。可哀想な我が両親の悲鳴も聞こえる。
ハァ、仕方ない。これ以上、両親に辛い思いをさせるわけにもいかないしね。
「ったく、わかったよ。どうして、君はこんなに面倒な奴なんだ……」
「文句はいくらでも聞く。――あぁ、そうだ。白桜夫妻はお帰り下さい。荷物は、後で寮に直接送ってください」
御機嫌そうに笑う蓮様。あー、なんだか帝王ってアダ名の由来も分かった気がする。そりゃ、帝王になるね。
あぁ、一気に疲れた。
「あぁ、そうかい。じゃあ、僕はこれで失礼させてもらうよ……」
「はぁ?」
立ち上がろうとした僕の腕を、がっしりと蓮様が掴む。
「予定日は、入学式の日だろう?」
「何を言ってる? 入学式は、明後日。入寮日は、明日だ」
「あぁ、それなら明日直接寮に行くよ」
腕を引こうとしたが、全然離す気配がない。真後ろに居る両親の顔が真っ青になってるのは、後ろを振り向いたらすぐ分かった。
あぁ、全く。このヤクザ上がりめ。危ない人物と関わらないうちの両親に、なんてことしてくれるんだ!!
というか、こんな危険な過去ゲームのシナリオにはなかったぞ!?
「安心しろ。俺が、朝起こしてやるから」
お母様、ヤクザ上がりだけど穏やかで優しい人よって言ってたけど、この何処が穏やかですか!? こんなに早い時期から、羊の毛皮脱いでますが、なんで見破れなかったんですか!?
召使いたちが不穏な噂をしてて、「絶対、あの方々に近づいてはいけません!!」って声を揃えてたのを、何故聞かなかった?
僕は、その設定を知ってたから深く近づきたくなかったんだ!
攻略失敗時のバッドエンドで、コイツは大暴走をした。その時の様子が、さっきの状況と同じだ。
「蓮様。泊まってほしいなら、最初にそう言ったらどうです……?」
お父様、お母様。恨みますよ……!!
こうして、僕はヤクザ上がりな許嫁の家に、一晩お世話になるのだった。
もちろん、子羊のように震える運転手がクマを届けてくれたよ。
帝王 ヤンデレ
知王 腹黒