須賀茉莉②
妹の墓参りに行ってきた。
そう言われても、僕の妹の茉莉は平然としていた。
二年前に死んだはずの須賀茉莉が僕の前に姿を現したのは昨日のことだった。
僕が学校から家に帰ってきたとき、茉莉は当たり前のようにリビングにいてテレビを見ていた。
僕と目があった妹は何もなかったかのように、
「おかえりー」
と言葉をかけてきた。
目の前の光景が信じられなかった。
夢でも見ているのかと思った。
そのとき母さんは珍しく早い時間に仕事を終えて家にいた。だけど、まるで妹の死なんてなかったかのように自然に茉莉のことを受け入れていて、僕は何も言えなかった。ただ淡々と茉莉の存在を受け入れるしかなかった。
今日、妹の墓参りをしてようやく僕は冷静さを取り戻した。
僕がおかしいわけじゃない。妹は、茉莉は死んでいる。冷たい墓石がその事実を生々しく語っていた。
死んだ人は生き返らない。
鬼。
存在の欠落した少女。
形を自由自在に変える銀貨。
世間一般の常識が通用しないものが数多くあることは知っている。けど、それでも死んだ人を生き返らす方法なんてない。そんな方法があったら、僕がとっくに見つけている。
茉莉は大袈裟に肩をすくめた。
「なんだ。千にぃも気づいてたんだ。それなら、昨日言ってくれればいいのに。母さんと同じように、千にぃも私が家にいることを不思議がっていないから、もしかしたら私の記憶がおかしいのかと思ったよ」
「茉莉は憶えているのか?」
「うん。憶えてる。私が二年前に死んだってこと、ちゃんと憶えてる。……忘れられるはずがないよ」
「どういうことなんだよ……」
わけが分からなかった。
二年前に死んだはずの妹が僕の目の前にいることも、その妹があっさりと自分が死んだことを認めたことも、何もかもが分からない。
せっかく落ち着きを取り戻したのにこのままではいけないな、と思った。僕はキッチンの水道の蛇口をひねり頭から水をかぶる。混乱に飲み込まれて、靄がかかっているような感じだった頭の中がすっきりとした。
タオルで濡れた髪を拭きながら、僕はここにいるはずのない妹と向かい合った。
「二年前に死んだはずの茉莉が、どうしてここにいるんだ?」
「気づいたらこの家にいたんだ」
「そんな答えじゃ納得できない」
「どうだっていいじゃない、私がここにいる理由なんて。そんなもの、わからないけど、私ははちゃんと生きてるから」
茉莉はいきなり僕に抱きついた。
柔らかで温かな感触。聞こえてくる心臓の音。確かに生きている。頭ではなく精神と身体でそのことを実感してしまったら、もう僕の目の前にいる妹のことを否定することができなくなってしまった。
僕は茉莉の頭に手を乗せた。
「背、少し伸びたな」
「伸びるに決まってるよ。二年もあれば」
「それは何かおかしくないか」
二年間死んでいたというのに、背が伸びる方がおかしい。ホラーだ。
「そう?」
茉莉は可愛らしく首を傾げた。わざとらしい仕草。茉莉はよくそういう仕草をしていたことを思い返して、僕は懐かしくなった。
「そろそろ放してくれない? ご飯も食べたいし、風呂にも入りたいし、宿題もしたいからさ」
「もう少し」
「え?」
「もう少し、このままでいさせて」
震えた声でそんなことを頼まれて、断れるはずがなかった。
しばらくして僕から離れた茉莉は、
「おやすみ」
と言って、恥ずかしそうに俯きながら駆け足で二階に上がった。
僕は茉莉がリビングからいなくなるなり、仰向けにソファへ倒れこんだ。
このままでいいのだろうか。
いいわけはない。
なら、どうする。
わからない。
僕はどうしたい?
わからない。
潜っても、泳いでも出口の見えない思考の海に僕は取り残されていた。