須賀茉莉①
「おかえりー」
帰宅した僕を待っていてくれたのは、黒猫の絵がプリントされたエプロン姿をした須賀茉莉だった。
リビングのテーブルにはクリームシチューと白飯、マヨネーズが和えられていないポテトサラダが並べられている。ポテトサラダなのにマヨネーズが入っていないのは、僕の好みに合わせてくれたからだろう。
「ただいま。これ全部茉莉が作ったのか?」
「そうだよー」
茉莉はエプロンを脱ぎながら、間延びした声で答えた。
どうやらすでに風呂に入った後らしく、いつもは二つにくくられている薄茶色の髪を下ろしていて、頬はほんのりと赤く染まっていた。風呂上がりの茉莉は色っぽく見えなくもなかった。
もう十四歳だというのに小学生としか見えない幼い顔立ちと身体をしているせいで、普段は女性としての色気なんて微塵も感じさせないのに。
「茉莉って料理できたんだ。知らなかった」
「知らないのは当たり前だよ。だって初めて作ったから。初めてでこれだけ料理できるのって、すごくない?」
そう言って、少し偉そうにまな板並みの胸を張る妹。今の僕の目は可哀想なものを見る目になっているだろう。
「まあ、料理なんて料理本に書かれているレシピの通りに作れば誰だってそれなりには作れるし、そんな驚くことでもないか」
「素直にほめてよ」
「スゴイネ」
「そんな棒読みじゃなくて、もっと心こめて言ってよ」
「すごいよ」
「最初から素直にそうしてくれればいのに」
その生意気な物言いが癪だったので、僕は絹のように滑らかな髪の毛をぐしゃぐしゃに撫でてやった。
「やめて、せっかくドライヤーかけたのに」
茉莉は唇を尖らせて、僕の手を振り払った。
「もう、そんなことしてないでさ、せっかく作ったんだから冷めないうちに食べてよ。温め直すのも面倒だし」
「ああ、そうだね。いだだきます」
茉莉に急かされるまま椅子に座って手を合わせる。クリームシチューをスプーンですくい、口に運んだ。今までずっと外にいたせいで冷え切っていた身体が内側から温まっていく。
「おいしい?」
「おいしいよ」
僕は素直な感想を口にすると、僕の対面に座った茉莉が嬉しそうに笑った。
「ありがと。でも、おいしいのは当たり前だよ。なにせ私の愛情がたっぷり入ってるからね」
「……急においしくなくなった」
「なにそれ。殴るよ?」
「殴ってみろ。倍返しだ」
「うわあ、大人気ない」
「まだ子どもだからな」
「私も子どもだよ。おそろいだね?」
「おそろいだな。……はあ、早く大人になりたい」
「なにそれ。おそろいは嫌ってこと?」
「そんなこと言わなくても分かれ」
「わかんないよ、そんなこと。伝えたいことは口に出して言わないと」
「そうだな」
本当にその通りだと思う。
それにしても、茉莉と会話していると最初に何を話していたのかわからなくなる。僕と茉莉もお互いのおかしな発言をいちいち気に留めるような、几帳面な性格ではないからかもしれない。
「ところで、話は変わるんだけど」
「何?」
今さらそんな前置きしなくても、とっくに話なら変わっているのに。
「今日帰ってくるのがずいぶん遅かったみたいだけど、どこ行っていたの?」
「……ちょっとした用事だよ」
「どんな用事?」
「……墓参り」
「ふうん。誰の?」
僕は手を止めて、猫みたいに大きくて丸い茉莉の瞳を見つめる。その瞳には唯と同じように子どもっぽい僕の顔が映っていた。
茉莉に言っていいのだろうか。
言ってしまったら、壊れてしまう気がした。
僕がいて、母さんがいて、茉莉がいる。このぬるま湯につかっているみたいに心地いい毎日が。
でも、今の状況はありえなくて、おかしくて、間違っている。そのことを認めたくなくても、認めなくてはいけない。
だから、僕は言うしかなかった。
伝えたいことは口に出すしかないから。
「妹の、須賀茉莉の墓参りだよ」