届かなかった想い
私がこの家に来たのは、一年ほど前だ。
由美ちゃんの六歳の誕生日プレゼントとして、私はこの家の一員となった。
六畳一間のこのアパートは、私にこの家族の生活の多くを見せてくれた。
由美ちゃんのパパは、いつも弱々しくて、奥さんに怯えて、それでも笑顔を絶やさない人だった。
由美ちゃんのママは、いつも怒っていて、時々笑って、それでも優しい人だった。
由美ちゃんは、幼く不器用な愛の殆どを、私に捧げてくれた。
私は、この家族が好きだった。
ある日『この国の人間が、他の国の人間と、大きな喧嘩をする』と言う話を聞いた。
それを教えてくれた四角い彼は、ノイズ交じりの映像を流し、途切れがちな音声を届け、その命の少なさを物語っていた。
それでも、彼は幸せせそうだった。
私と同じく、彼もこの家族好きだった。
そして、国と国の大きな喧嘩が起きた後も、この家族の生活はあまり変わらなかった。
平和で幸せだった。
由美ちゃんの七歳の誕生日から数えて、最初の日曜日。
家族みんなが、由美ちゃんに祝福を受け取ってもらう日。
私も可能な限りの気持ちを由美ちゃんに伝えるのだけど、それが由美ちゃんに届く事は無い。
そして、幸せは終わった。
破壊を象徴する鉄の鳥が耳を塞ぎたくなる轟音を撒き散らし、空を切り裂く甲高い落下音が鳴り響き、最後に全ての存在を否定する爆発音が鳴り響いた。
いくつも、何度も、鳴り響いた。
この家も、大きな傷を負い、太陽が顔を見せた。
輝かしく穢れが無い太陽が、この時の私には憎く見えた。
この不幸をもたらした、鉄の鳥たちより、笑っている太陽が憎く思えた。
いいや、違う。
私は私自身が憎かった。
由美ちゃんは、動かなくなった両親の元で、止まらない涙を流している。
それでも、私には何も出来なかった。
彼女に慰めの言葉を投げる事も、抱きしめ悲しみを和らげる事も、隣に寄り添い涙を流して悲しみを共有する事も、私には出来なかった。
ただただ、左半身を失った身体で、由美ちゃんを見つめる事しか出来なかった。
せめて、私の命を、由美ちゃんの両親に差し上げられれば、由美ちゃんの涙を止められるのに……。
それも、叶わぬ夢なのはわかっていた。
そして、この日、この国は負けを認めた。
それから、三十年がたった今でも、私の抜け殻は由美ちゃんの宝物だ。
由美ちゃんの新しい家族も、私の抜け殻を受け入れてくれえる。
私は何も出来なかったと言うのに……。
それでも、願いは叶った。
由美ちゃんの両親は奇跡的に回復し、今もこの家族の一員だ。