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闖入者の心得

 扉を潜ると、そこは廊下が広がっていた。広く、磨き抜かれた廊下は、これも相当の広さがあるようで、ざっと向こうを見ても、左右に扉以外の何もない状況で、恐らく数百メートル先までずーっと廊下が続いている。

「ふざけた構造だ。だが、こうまで広いと逆に俺にとっちゃ好都合ってもんだな」

 そして、ナイナスは全力疾走しながら、手頃な扉を探す。これだけあれば、少しの時間稼ぎにはなるだろう。

 しかし、ツキもそこまでだった。三個、四個と試すが、どれもこれも鍵がかかっている。身を隠せない。

 未だ背後から足音などは聞こえないため、連中もまだ自分を見つけていないだろう。だが、逃げ切ったわけでもない。今、ここでどこかに隠れなければ、連中の目をあざむくことは出来ない。

 七個、八個。そして九個目にして、ようやく扉が開いた。そして、潜り込んでそのまま鍵を閉める。

 内部を見回せば、どうもそこは研究資料置き場で、所狭しと何かの資料が置かれていた。本棚に並べられた本の背を斜め読みしてみる。

 植物系や薬物学、神経関係とさっぱり相関性はない。ラインナップを見ても、一見しても何を研究しているのかはさっぱりだ。

 だがナイナスは、それを見て舌打ちをした。

「フォエーナめ……!」

 その怒りは、明らかに本の表紙に描かれた植物に向けられていた。さて、何はともあれ時間ができた。

 物陰に隠れながら、ナイナスは怒りを静め、バックパックの中の通信機に手を伸ばした。

「良かった、これはどうも使えるようだな」

 通信機自体はまともな代物だった。これで、ようやく大佐と連絡が取れる。

「アルドヘルムさん、聞こえますか、アルドヘルムさん。ナイナスです。もしもし」

「聞こえるぞ、どうした、ナイナスくん」

 大佐の口調は呑気だった。ナイナスは舌打ちする。

「アルドヘルムさん、トーマスたちと合流しましたがね、連中、おかしなことを言ってるんですよ」

 そこでジョンが割って入った。

「ナイナス! トーマスが怒ってこちらに通信してきてるぞ。何をやったんだ!」

「ジョン、俺は何が何だかよくわからないんだ。連中は俺に、オニキス・マクレーンの居場所を教えろと銃を突きつけてきた。そんな話、俺は一切聞いちゃいない。交渉を行うために俺は呼ばれたはずだ。違うか?」

 ジョンは息を呑んだ。

「……トーマスは、他に何か?」

「クロヌス王が指揮している、とか言ってたな」

「……なんてことだ」

 大佐が呻く。

「どういうことだ? 何があったって言うんだ?」

「ナイナス、詳しい事情を説明せずトーマスを送った俺が悪かった。本当に謝るよ。すまなかった。昔なじみの方がお前にとっていいだろう、と判断したんだが……。

 ナイナス、この『ダモクレス』の一件は、単なるテロ事件ではないんだ。少なくとも、王族派はそう捉えている」

「王族派? なんだそりゃ」

 ジョンは諭すように言った。

「軍はすでに一枚岩じゃなくなってから久しい。軍の上層部は、お前がいた頃よりもずうっと、王族の息のかかった連中を積極的に取り入れてきた。軍の指揮系統は、名目上は軍の最高指導者が握っているが、実質、王がかなりの部分で口を出して、ほとんど全権を担っている有様さ。王家に口出ししたり、楯突いた連中は、危険な箇所の防衛を命じられたり、事実上の島流しにあったりする。今の軍はそういう状態なんだ」

 ナイナスは溜息を付いた。

「まあ、俺がいた時もそういう傾向はあったが、そこまでじゃなかった気もするな。何を王はそんなに焦っているんだ?」

「民主化運動の第一人者、オニキス・マクレーンは知っているよな? 彼が行った民主化運動で、国民の心は相当民主化に傾いてる。かなりだ。もし選挙があるのなら、如実にそれが目で見て取れるだろう。だが、この国にはそんなものはない。それを肌で感じ取った王は、軍を使って、民主化運動の活動家を次々と殺害したんだ。オニキスはそれを恐れ、身を隠した。それほどに民主化運動は加速し続けているのが原因だ」

「王が焦るのはわかった。だが、何故俺なんだ? 俺が彼の居場所を知っているわけはないだろう?」

「ナイナスくん。君の交友関係を我々も掴んでいるよ。百八十人とも言われる君のパトロンだが、その中に、数人明らかに君の好みではなさそうな人もいるね」

 ナイナスは首を振った。

「人の好みに口を出すなんて、アルドヘルムさんも人が悪いな。何だってんです? その辺は、個人の裁量でしょう?」

「『ユスティティア』のリーダー、テネス・パターソン。『ユスティティア』は世界的にも有名な、自由公正選挙監視委員会だ。様々な理由で公正な選挙が行えない状況を、どうにかして選挙を行える状況へとコーディネートする専門家集団だったと思ったが、違ったかな?」

「さてね」

「オニキスと直接関わりこそないが、大学で社会論の教鞭を取り、民主主義に対する数々の著書で知られる、ナンシー・サンズ。各国のジャーナリストとも強力なパイプを持ち、自身も数々の報道賞を受賞した経験を持つクレマン・ソリエ。他、民主化運動で有名な活動家も、数人いるのを確認している」

「偶然じゃないですかねえ」

 アルドヘルム大佐は溜息を付いた。

「そうは思えんね。そして、そこに王族派は目を付けていた」

「仮に俺が民主化運動に手を貸していたとしましょうか。でも、俺は正直な話、オニキスの居場所は知らない。そして何よりもアルドヘルムさんたちは、本当はどういう目的で俺をここに?」

 ジョンが口を挟む。

「ナイナス。整理させてくれ。まず第一点、大前提だ。俺たちは王族派ではない。だから、オニキスの暗殺が目的ではない。第二点、ナイナスを呼んだ理由は本当に、コーデリアの父親だからだ。それ以外の理由はない。第三点、俺たちはお前に協力する。トーマスたち王族派に手出しはさせない」

「なるほど、ジョン。わかりやすいなそれで行こう。それでな、提案なんだが、とりあえず王族派の連中をどうにかしたい。それに手を貸してくれたら信用しよう」

 ジョンは苦笑した。

「そう来ると思っていたよ。まず、『ダモクレス』内部の簡易的な構造と、最終的な目的地の話をしよう。今ナイナスがいるのは、警備フロア。一番警備が厳重なエリアだ。そこから居住フロアや研究フロア、管理フロアに出るには、いずれもカードが必要になる。逆に言えば、カードさえ手に入ればそのフロアを抜け出せる。王族派の連中はカードを持っていないはずなので、強行突破以外の手段を持っていない。その隙に違うフロアに抜ければ、まずは第一段階クリアだ」

 ナイナスは溜息をついた。

「俺の記憶違いじゃなけりゃ、カードなんて代物はないぜ? まさか」

「ああ、それはどうにかしてくれ。俺たちの力が及ばない範囲だ」

 ナイナスは肩を竦めた。

「了解。で、体よくカードを貰って、次のフロアに駆け込めたとして、どうする?」

「最終目的地は、管理フロアの最深部だ。恐らくそこにコーデリアはいる。本来なら、恐らくエカテリオ派の連中もそのまま最深部まで通してくれただろうが、王族派が潜り込んだとなれば、彼らはお前が交渉に来た人間かどうかを判別できないだろう。最悪、そのまま殺されることも考えられる。その上、王族派もお前を血眼になって探すはずだ」

 ナイナスはまたも溜息を付いた。

「だよな。つまり、エカテリオ派にも、王族派の連中にも気付かれないように最深部に入って、自分の身元を明らかにする必要があるわけだな。逆に言ってしまえば、それが出来ないなら脱出の手段はないってことだろ」

「いや、パラシュートがあるだろう。それでどうにか今すぐなら逃げられるかもしれない。だが、それは最後の手段だと考えた方がいいだろうな」

「冗談言いなさんな。おめおめここで引き下がるくらいなら、こんな危険なところに足突っ込むもんかよ。どうにかする。それは約束する。で、その最終目的地に到達するまでのルートは?」

「最短ルートは、そこからカードを使って研究フロアに潜り込み、研究フロアを突っ切り、管理フロア手前に広がる警備フロアに入る。そして、警備フロアを抜けると管理フロアに到達する。そこからのルートは再度、ってところだな。大体そんなところだ」

「イマイチ、位置関係のイメージが掴めないな。どういう構造なんだ?」

 ジョンはうーむ、と唸った。

「少し説明しづらいのだが。まず、『ダモクレス』を大きな四角形だとした場合、周囲に警備フロアが張り巡らされている。端は全て警備フロアと考えていい。そして、そこを抜けると、普通の住民が暮らす居住フロアが開けている。この『ダモクレス』の中でも、ほとんどはこの居住フロアが占めている。その地下に研究フロアが広がり、さらにその地下、警備フロアを一層通したさらに下に管理フロアがある。要は警備フロアを抜けた後は、下に下に行けばいいというイメージだ。わかったか」

「オーライ。大体分かった。さて、さし当たってはカードか。しかし、そんなものポンと調達ってワケにはいかないぜ。殺してでも奪えってのか?」

 ジョンは軽くうなった。

「それなんだがね、二通りほど手に入れる方法はあると考えている。一つはそこから警備室に侵入し、カードを奪う方法」

 ナイナスは苦笑した。

「おいジョン。それじゃあ王族派の連中と同じく、強行突破と何が違うんだ? いや、なお悪いな。元々いた警備の連中を始末した上で、外敵の侵入を阻止しようと躍起になってる連中の本丸に土足で上がり込むってんだからな」

「そうなるよな。そこでもう一つの提案だ」

「そっちを先に教えろよ。ったく。どうかしてるぜ」

「気が進まなかったからだ。実は研究フロアの数が足りず、数人の研究者が本来警備フロアだった箇所で研究をしているという。彼らから借りる分には、上手くすれば蜂の巣を突いたような騒ぎにはならないだろう」

 ナイナスは顔をしかめた。

「おいおいジョン、『ダモクレス』自体がテロ組織に乗っ取られたっていう緊急時に、呑気に研究しているような呆けた奴がいるかよ。住民ともども貴重な人質だから、どっかにふん縛られているんじゃないのか?」

「ナイナス、ところがそうじゃないらしいんだ」

 ナイナスは首を傾げた。

「待て待て。まさかテロリストどもは貴重な人質を、野放しにしてるってワケか? それじゃあ人質の意味がないだろう。そこら中にいるってんじゃ、交渉カードに使うときどう使うってんだ?」

「使い物にならんだろうさ。拘束していないんだからな。だがまあ、幸いなことに『ダモクレス』は上空五千メートルに浮いている。よほどの事がない限り、住民がここから無傷で逃げおおせるってことも難しい。だから実質、人質としては機能しているというわけだ。それに、テロリストの連中は警備システムをそのまんま流用しようと前もって画策しているようで、そのまんま警備を通れるリストに自分たちを追加している。つまり、元から警備システムを通れる奴は、誰でも問題なく通れるって寸法だ」

 ナイナスは大きく溜息をついた。

「目的は『愛を知りたい』とかよくわからないことを言ってる上、手段もデタラメ。やってることもてんで話にならない。むしろ、よくこの『ダモクレス』を攻め落とせたな。逆に感心するよ」

「状況はよく知らないが、まあ、攻め落とす時は鮮やかだったそうだよ。無力化ガスを散布し、警備兵が沈黙している間に管理フロアを占拠、銃撃戦らしい銃撃戦もなく、無力化した警備兵を縛り、一室に全員を閉じこめているらしい。お粗末なその後の対応と比べて、警備への対策は用意周到極まりない」

「そりゃどこからの情報だ?」

「捕まって閉じこめられる直前に警備兵が軍に伝えたんだ。警備兵は軍直轄だからな」

 うーむ、とナイナスは唸った。テロリストたちがより一層何者かがわからなくなってきている。

「で、その警備フロアの一室が研究に使われているってのは、どの辺なんだ?」

「それがなナイナス」

 ジョンがそう言った途端、何者かがドアを開けようとした。ナイナスはサブマシンガンを構え、本棚の裏に身を隠しながら出方を伺う。

 すると、相手は鍵を使ってドアをこじ開けた。姿を見ると、赤い眼鏡をかけ、白衣を身につけた女性だった。

「お前がいるあたりがそうなんだよ」

 ジョンが言うのは少々遅かった。部屋の主を見れば一目瞭然だからだ。通信機から顔を離し、ナイナスはとりあえず友好的な姿勢を取ろうと考えた。

 サブマシンガンを置き、その場からすっと身を乗り出す。

「やあ、元気?」

 一切あやしい素振りを見せず、ナイナスはすっと歩み寄った。

 あまりに堂々としていたので、女は不審な顔は見せたが、すぐに混乱したりはしなかった。

「あなた誰? どうしてここにいるわけ?」

 やや怒り気味の様子で女が話しかける。しかし、ナイナスにしてみれば、少し怒られた程度で済んだのは最良の状況と言える。もし、ここで上手く相手に信用させることが出来なければ、後ろに放置したフードとサブマシンガンを見て、彼女はさらに不審に思うだろう。まあ、事実不審者であり、目的もあまり穏当とはいえないため、彼女の反応は至極当然なのだが。

「謝るよ。突然君の仕事場にお邪魔するのは適当じゃなかった。ごめんね」

「謝罪は結構よ。それよりもこんな時でしょう、突然知らない人が自分の部屋に入っていたら、はっきり言ってとても怖いわ。あなたはテロリストなわけ?」

 もし、この女は本当に自分がテロリストだった場合はどうするつもりなのか。もしそうなら、こんな事を聞こうものなら撃ち殺されても文句は言えない。そう思いつつ、この段階でそこそこ信用されていることを認識して、ナイナスは言葉を返した。

「もちろん違うさ。こう言うととても嘘くさく聞こえるんだが、その、道に迷ってしまってね。銃声が聞こえたんで、道なりに逃げたらここに着いたんだ。室内に隠れていれば、とりあえずは安全だろうって安易な考えで。本当、すまなかったね」

 大体、嘘はついていない。だが、サブマシンガンを隠しているので、この嘘を突き通すには、どうにかしてサブマシンガンなどを隠す必要がある。

 どうしたものか、とナイナスは考えを巡らせつつ、返答を待つ。重要なのは、いかに相手に自分を信用させるかだ。

「じゃあ、あなたは居住エリアに住んでる住民ってことかしら。ただ、その割に研究エリアに入れそうな格好じゃないわね」

 じろり、と女はナイナスを見つめた。髭に、ツイードのジャケット上下、そしてツイードのソフト帽に黒縁眼鏡という出で立ちである。どう考えても研究者とはかけ離れた格好だ。

 ナイナスは黒縁眼鏡をずり上げ、返答した。

「それは違う。その、外からの来訪者、って奴さ」

 これはナイナスにとって賭けだった。ただこの場をごまかすのであれば、住民と言い張って、安全な場所を聞き出して立ち去ればそれで事は済む。だが、カードを手に入れなければならない以上、さらに信用を勝ち得る必要があった。

 つまり、事実を伝える必要がある。その上で、それを受け入れさせた上で協力すら勝ち取る。難儀な交渉である。

「こんな時にまさか旅行しに? そりゃ間の悪いこと。お気の毒に。それで逃げ回ってたってことよね?」

 ここも思わず女の提案に頷いてしまいたくなるが、敢えて切り返す。

「ああ。でも、それだけじゃないんだ。実は、管理フロアに娘が捕まっているんだ」

 わざとらしくナイナスは眉間に手をやった。困惑のジェスチャーだ。

「まさかと思うけれど、それで一人でここに乗り込んできたってこと?」

 女も乗ってきた。好都合だ。全てが真実ではないが、嘘ではない。真実に近い事象ならば、多少なりとも信憑性は宿るものだ。

「ああ……。娘が捕まっているのを黙って見ていられなくて。でも、実際に銃を向けられると、怖くてね」

 女は苦笑した。

「そうね。意を決してここまで来たのは、立派だと思うけれど、あなた、正直なところそこまで強そうには見えないものね」

 これにはナイナスも苦笑した。痛烈な言葉だ。

「そりゃひどいな。でも、ほとんど丸腰でね。一応色々と使えそうな道具は持ってきたんだが、なかなかどうして……」

 そう言って、ナイナスは装備を取りに戻る。これならサブマシンガンを持っていても、言い訳が付く。

「危なっかしいわね。使えるの? それ」

 女が困惑した様子で苦笑いしながら、ナイナスの装備を見た。このあたりでほぼ信用して貰ったと思っていい。ナイナスは内心、ほっと胸をなで下ろした。

「失礼だな。そこそこには使えるつもりさ。それでなんだが、君に頼み事をしてもいいかな」

 そう言ってナイナスは、自分の免許証を取り出して見せる。自分の身元を見せて更なる安心を勝ち得ようとしたのだ。

「俺はナイナス・オーク。見ての通りあまり強くはないが、どうにか娘を助けたいんだ。危険は承知なんだが、どうにもカードがなくて、管理フロアに立ち入ることも出来ないんだ」

「でしょうね。こんなことになっても、テロリストの連中はカードシステムはそのまま流用しているようだから、無ければ動くこともできないと思うわ。仕方無いわね、スペアカードを貸してあげる」

 そう言って、女は机の引き出しからカードを取り出す。その上、机にあったメモに番号を書き込み、その二つをナイナスに手渡した。

「私はタチアナ。これは私の電話番号。何かあったら連絡して。力になれることがあれば力になるわ。頑張ってね、お父さん」

 そして、握手を求められた。快く応じる。

「ところで、タチアナは何の研究をしてるんだ?」

「神経学が専門ね。最近は、フォエーナという変わった植物に含まれる、特殊な酵素について研究してるわね」

「なるほど。聞き慣れない名前だな。さて、長居しちゃ君に迷惑がかかってしまう。もし、無事に帰れた時には、君には一杯奢るよ」

 タチアナは首を振った。

「一杯で済まないわよ。ま、でも頑張ってね。あなたならきっとやれるわ」

「ああ」

 そしてナイナスは、ゆっくりとドアを閉め、部屋を後にした。そして、すぐに通信を行う。

「ジョン、ナイナスだ。カードを手に入れた」

「さすがだな、女相手の詐欺はお手のものか?」

 ナイナスは苦笑する。

「俺が本当に腕の良い詐欺師ならこの場から無傷で逃げ出す詐欺を考えてるさ。出来てないってことはつまり、そこまで腕が良くないってことだ」

「それもそうだな。さて、これで警備フロアを抜けて、そのまま研究フロアに行ける。そこの廊下をずうっと奥まで行けば、それで研究フロアに行けるはずだ」

 ナイナスは、研究に使われる部屋があった廊下を曲がる。するとそこには、果てしなく続く廊下があった。ナイナスはそれをうんざりとした目で見た。

「身を隠すところがないな。おまけにあまり広くない」

「それはそうだろうな。その通路を一般の居住民が通ることはまずない。正面ゲートからそのまま居住フロアに行くのがセオリーだ。つまり、そこを平時通るのは警備兵か、もしくは」

「俺みたいな侵入者だけ、ってことか。なるほど、気の利いた作りだ」

 サブマシンガンを構えながら、ナイナスは金属そのもの、といった質感の廊下をひたすら進む。警備フロアが周囲をぐるりと回っていて、その中でも管理フロアへの最短ルートを辿っているのだから、つまりは『ダモクレス』の周囲をそのまま歩くことになる。平時は使われることはないというのもうなずける。何も無理にそんなところを歩く必要はないからだ。

 もし銃撃戦になれば勝ち目はない。逃げ場がないということはそれだけで数の勝負になる。最短距離とはいえ、ここを通るのはなかなか厳しいものがある。ナイナスは足音に神経を研ぎ澄ましながら、慎重に歩みを進めるのだった。

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