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南トレファナ湖作戦

 ナイナスと、特殊部隊所属の兵あわせて五名は、予定通りの配置に付いていた。

 そこは、南トレファナ湖という巨大な湖のすぐ近くにある廃ホテルだった。南トレファナ湖は非常に大きな湖で、かつては海だったとされている。淡水湖としても非常に巨大な湖だが、赤潮の被害により生態環境が破壊され、ほとんど生物の住まない汚れた湖だ。干拓事業が計画され、工事も少しずつ始まってはいるが、実際にいつ終了するかはわからない。このホテルも、当初は南トレファナ湖への観光客向けを見込んで建てられたものだが、環境破壊や干拓事業の影響で客足が途絶え、今では悪党の巣窟と成り果てている。

 エメラルドグリーンで塗られた屋根は見るも無惨に塗装が剥げ、外装にも容赦ない落書きが加えられ、到底人が住めるような雰囲気ではない。

 そして、ナイナスたちはその目前、干拓事業の工事関係者用家屋から、立て籠もるハーバートの私兵の状況を見ていた。警備は外から見るだけで正門に二人おり、さらに窓に五人狙撃手が構える。厳戒態勢であることは間違いない。

「しかし、ナイナスが復帰するとはな。驚いたよ」

 角刈りのマドックが、スコープから目を離すと、肩を竦めた。

「ほんと。見てられなかったわよ。あんなことがいくらあったとはいえ」

 バベットがナイナスの方を向いて苦笑した。

「でもさ、ホントに戦えんの? この任務、いくらアンタ絡みだって言っても、俺たちは危険に晒されたくないぜ? それによ、なんだよそのメガネ。目まで悪くしたのかよ、オイ」

 七三分けのトーマスが、眼鏡を布で拭いながら、言った。

「同感だね。三年も酒浸りの奴が、こんな超一線級の任務をこなせるとは思えんね」

 マドックが苦笑しながら言う。

「ナイナス。みんなああ言ってるぞ」

 黒髪を撫で付けたジョンがナイナスの方を見て告げた。

 ナイナスは、苦笑しつつ肩を竦めた。

「まったく、そう感じてもおかしくないだろう。俺もそう思う。だが、腕は衰えちゃいない。おまけに目もだ」

 トーマスが噛み付く。

「じゃあ、その太い黒縁眼鏡はなんだよ!」

 ナイナスはにやりと笑った。

「ほら、俺は眼鏡が似合う男だろ? なあに、作戦に入る時には外すさ」

 そう言って、にやりと笑い、眼鏡をポケットに仕舞った。

 トーマスは、ムッとした顔を見せた。

「証拠、見せろよ。腕が落ちてないっていう証拠をよ。そうだ」

 そう言って、トーマスは窓の外を指差した。

「七人、突入前に始末しなきゃいけない連中がいる。仕留めてみせろよ、三年前のお前なら簡単だろ? アルコール依存で腕が震えるんなら、到底無理だと思うがね」

 そして、ニヤニヤと笑う。もし外せば、この作戦は失敗する。自分の実力を示したいが、実際には腕が鈍っていれば、ここにいる全員を危険に晒すことになる。そして、恐らくは中にいるミーヤも。安易な受け答えは、出来るはずがない。

 だが、ナイナスは意気揚々と狙撃銃の側に歩んでいき、銃を触り始めた。

「レミントンM700か。照準はあってるんだろうな。まあ、多少は問題ないが」

「おいおい、マジ言ってんのかよ。どうせできっこねぇだろ、やめとけよ」

 マドックがナイナスの腕に手を掛けた。だがナイナスは、その手を振り払う。

「言っておくが、俺はえらくマジだぜ。七人と言わず、十ダースでも撃ち抜いてやる。あの野郎を殺せるんなら、俺は誰が相手でも、殺し通す。俺はこの三年、その瞬間のみを待ち望んで生きてきたんだ」

 マドックは、ナイナスの昏い瞳を見てぞっとした。目は爛々と輝いてはいるが、その笑みは既に、正気のものではない。逆らうもの全てを食い殺す、獣のような目だった。

 そして、ナイナスは狙撃体勢に入る。姿勢、呼吸を整え、じっとスコープ越しに見つめる。

 他の面子も、MP5SD4を構える。特にマドックは、ナイナスの悪魔のような顔を思い出しながら、最悪の場合は彼を止めなければならない、と考えつつ銃を握った。

「アルドヘルム中佐。これより、作戦を開始します」

 そして、ナイナスが無線越しにそう告げる。

「よろしい。まずは正面の敵の排除だ」

 そして、ナイナスは引き金に手を掛けた。ナイナスは、この三年間酒に溺れ、まともな任務は確かにこなしていなかったが、銃の腕だけは落とさないように取り組んでいた。たまに基地に来ては、恐ろしく長時間、銃の訓練を一人で続けていた。だからこそ、アルドヘルム中佐は迷わなかったのである。もっとも、他の訓練は疏かになっていたきらいはもちろんあるが。

 そして、ナイナスは引き金を引いた。タッチは熟練のピアニストの様に繊細で、指運びは汚れを知らない乙女のようだ。だが、その手に握るのは火薬で人を射殺す戦争の道具。そして、その眼は捉えたもの全てを確実に殺す、悪魔のような眼と化していた。まずは三階、ぼうっと銃を構えるベレー帽を被った男。スナイパーライフルを構えている以上、ベレー帽は彼なりの美学なのだろう。だが、それでも危機には気付けまい。次の瞬間、彼は綺麗に頭の中心を撃ち抜かれ、後ろに倒れ込んだ。

「やるな!」

 トーマスはスコープ越しに光景を見て叫ぶ。

 次弾装填。銃声を完全に打ち消せるわけではもちろんないため、気付かれれば終わりだ。間を置かずに、今度は二階のスキンヘッドを狙撃。これも命中。

「衰えてねえ……」

 マドックがぼそりと呟く。

 そして、そのまま二階の二人、一階の一人を連続して狙撃。その全てが吸い込まれるように彼らの眉間を撃ち抜いた。

「神業じゃないの……。見事だわ」

 バベットが息を呑む。これで狙撃手は全て倒したことになる。幸いなことに、間抜けな警備兵二人はこの状況に気付いていない。

「そんじゃ、あとは俺に任せな。突入直前、奴らの頭を撃ち抜いてやる」

 ジョンが笑い、他の四人が頷いた。建物を出て、ホテル正面にまで一気に動く。厚底のブーツを、音をさせないように上下させ、実際に無音で一同は一階まで階段を駆け下りる。

 そして、茂みの中に隠れる。警備兵はかなり近づいたというのに、気付いていない。談笑しながら、タバコを吸っている。

「トーマス。全員配置に付いた。あのアホ面がよく見えるぜ」

 マドックが小声で通信する。髭のそり跡が青々とした男が、AKライフルを小脇に抱えながら、手を叩いて笑っている。緩みきっている。

「了解。パーティーの始まりだぜ」

 そして、警備兵の一人が唐突に倒れた。無論、ジョンの弾丸が彼を射貫いたからだ。

「おい、どうした? おい」

 それを不審に思った警備兵が、彼に近づこうとするが、倒れる。そして、彼の胸部から血溜りが流れる。

「今だ!」

 マドックの声と共に、四人は駆けた。そして、正面口から侵入する。侵入と同時に、バベットは閃光弾を投げた。そして、突入。

 MP5SD4が膨大なマズルフラッシュを吐き出す。閃光弾で視覚がはっきりしないままに、フロントにいた一人、玄関入ってすぐのソファに陣取っていた二人、そして、メインフロアで談笑していた二人をあっと言う間に射殺。

「クリア。客室に行くぞ」

 ガラスと瓦礫が舞い散る中、四人は客室のフロアへと足を踏み入れる。だが、足を踏み入れてから、トーマスは舌打ちをした。

「1フロアあたり客室二十四部屋か。これ、各階確実に見て回るわけか?」

 マドックが頷く。

「ああ。上の階はもっと多い。トイレも見ろよ」

 トーマスはうんざりとした顔をした。

二人一組(ツーマンセル)だ。トーマスとバベットは右、俺とナイナスで左の客室を見る。いいか?」

「了解」

 そして、うんざりとした顔で見回る。だが、一階はナイナスが撃ち殺した男以外はおらず、静かなものだった。

「よし、クリア。二階に行こう」

「了解」

 静かすぎる。まったく気付いていないということなど、あり得ない。

 四人がゆっくり階段を駆け上がり、上の階に着いた途端、激しい銃撃が襲いかかる。

「敵は……十名ほどか。主力をここに展開とはな」

 マドックが舌打ちをした。

 全ての敵が客室に立て籠もり、ドアを盾にこちらを撃っている。うかつに手は出せない。

「ジョン、狙撃はできないか?」

 マドックは通信する。

「お前たちが二階に上がった途端、カーテンを閉め切りやがった。迂闊に手は出せない」

 トーマスは舌打ちをした。

 コンクリートで覆われた階段は、踊り場で折れ曲がったオーソドックスな形で、客室フロアにそのまま入れる構造になっており、客室フロアと階段との間に何の遮蔽物もない。したがって、段差以外に盾はない。そのため、客室側に立て籠もった方が、明らかに有利なのだ。

 止むなく一行はここで足止めされる。

「閃光弾で突破は?」

 バベットが提案した。だが、ナイナスが首を振る。

「敵は十人いるんだぜ? その上ドアという盾もある。仮に四人が一瞬で四人を倒せても、あとが続かない」

「フロアが縦に広いから、手榴弾って手もない」

 トーマスが歯噛みした。それでわざわざ一階は手薄にしていたのだ。

 そして、その上最悪な事態が起きた。トーマスが、踊り場から身を乗り出し、一階を見て、絶望の声を漏らした。

「一階に兵が展開されてる。挟み撃ちされた」

 ナイナスが尋ねる。

「兵数は?」

「五ってところかな。向こうの反対側の階段から兵を回り込ませたんだろう。畜生、連中、ここで俺たちを殺す気だ!」

 トーマスが首を横に振った。

「中佐、割と危機的な状況なんですがね、増援とか、あったりします?」

 ナイナスが通信に呼びかける。

「衛生兵は回したが、戦闘員はお前たちだけだ」

 だが、アルドヘルム中佐からは悲しい返答のみだ。

「こりゃ打つ手なし、かなあ。あーあ、モンステラに水、やってくるんだった」

 バベットは沈んだ声を漏らした。

「諦めるのはまだ早いってもんだ。まだ手はあるぜ。ジョン、聞こえてるんだろ?」

 ナイナスの無線越しの声に、ジョンは応じた。

「ああ。だがこっからじゃ残念ながら狙撃はできんぞ」

「誰が狙撃しろって言ったよ。目隠しで狙撃なんざ、キューも無いのにナインボールするようなモンだ。狙撃できない以上、もうバックアップ要員としてはお役ご免だ。至急、一階に突入してくれ」

 だがジョンは困惑の声をあげた。

「ナイナス、一階を俺一人でキレイに掃除しろ、そういうことか? それは無茶ってモンだぜ、最低でも五人はいるんだろ?」

「落ち着けジョン。いいか、作戦はこうだ。一階にジョンが突入し、俺とマドックでお前を援護する。つまり、三対五だが、連中を挟み撃ちにできる。そして、一階を殲滅後、今度は一階を大きく回って、二階の向こう側から上がり、三対三の挟み撃ちにする。こうすれば、どうにかなると思うんだが、どうだ?」

 マドックが頷いた。

「冴えてるな、ナイナス。脳まで酒に浸かってたかと思ったか、そんなことはなかったようだな」

「俺にとってこの一番は、落とせないからな。たとえ酒浸りでも、最後に残った脳細胞の一欠片で考えるさ」

 ナイナスは笑顔で自分の頭をつついてみせた。

「では、作戦開始だ」

 マドックの叫びと共に、ジョンは動きだす。全速力で駆ける。

 そして、マドックとナイナスは一階方向、トーマスとバベットは二階の死守。もし、二階を突破されれば、この作戦はその時点で成り立たなくなってしまう。だから、この布陣がベストなのだ。

 敵が仕掛けてきても終わり、どっと雪崩れ込まれれば、挟み撃ちどころの話ではない。だからこそ、ジョンは駆けた。ただし、着いた瞬間に弾ませた息を沈め、弾丸で釘を打つような精密な射撃を行える速度だ。

 その間、四人は極度の緊張の中にいた。幸いなことに、一階の五人は油断の中にいた。何故なら、二階と挟み撃ちにしているという頭があるからだ。そして、二階の人間についても同様だ。予定通りなのだろう。

 だが、そこにこそ付け入る隙がある。

 そして、ジョンは辿り着いた。

「こちらジョンだ。目標位置に到着」

「ショータイムの始まりだ」

 ナイナスは、身を乗り出しMP5SD4から弾丸を撃ち出す。まず手前、ドアを盾にしている男を狙う。だが、ドアは鉄製で、貫通できない。

 ニット帽を目深に被った男は、にやりと笑みを見せた。

 ナイナスはじろり、とそれを見るなり、あらぬ方向へと弾丸を撃つ。

「おいおい、俺はここだぜ?」

 余裕の声をあげる男。だが、次の瞬間、それは焦りへと変わる。ナイナスは、ドアの留め金を撃ち抜いていたからだ。

 ぐらり、と動くドア。それにもたれかかるように男は姿を現し、瞬間、ナイナスに眉間を撃ち抜かれる。派手な音を立てて、ドアと共に男は倒れた。

 一人倒した。だが、相手の数はいまだ四人。ナイナスとマドックは撃つ手を休めない。何故なら、こちらを向かせる必要があるからだ。

 一階の敵は、挟み撃ちした連中が玉砕覚悟で一階を突破しようとしている、と考えている。つまり、そこにジョンがいる可能性を考慮していない。ドアという盾は、片方向にしか開かない。従って、注意を引いてドアを盾に二階のナイナスたちを狙えば、その瞬間、ジョン側からは全員が無防備になる。

 それは、最大の好機である。

「狙撃は出来なかったが、バックアップはきちんと果たすぜ!」

 ジョンは、その機を見逃さない。

 狙い澄ました弾丸は、ナイナスたちに気を取られていた連中の後頭部に炸裂した。都合、四発全弾命中。おびただしい血を垂れ流し、一階の敵兵は昏倒した。

「トーマス、どんな状況だ?」

 一階が片付いたため、ナイナスは二階と一階の入り口を死守しているトーマスと通信した。

「どうもこうもない。連中、親の仇みたいにこっちを撃ってきやがる。クソッタレ。急いでくれ。あまり保つとは保証できない」

「了解」

 切羽詰まったトーマスの言葉に、ナイナスたちは急ぐ。一階のフロアの死体を尻目に、二階へ急ぐ。今度も同じ要領だ。気付かれていない上、扉の開閉は片方なのだから、ナイナスたち側からはがら空きである。

 配置に付くなり、ナイナスたちの銃が火を噴いた。動かない的を射抜くのには、彼らも慣れている。十もいた兵が死体となって転がるのに、ほとんど時間はかからなかった。

「これで、二階もクリアか。残すは本丸、ってところか?」

 マドックが嘯く。だが、トーマスが切迫した声を響かせた。

「バベットが撃たれた!」

 一同はぎょっとした顔をする。

「アーマーは着ていただろう?」

 ナイナスの問いかけにトーマスは呻くように言った。

「太股だ。畜生、血が止まらない……。バベット!」

 ナイナスはすぐさま中佐に通信を入れた。

「中佐、負傷兵一人発生。衛生兵は?」

「先ほど君たちが待機していた施設に来ている。すぐに向かわせよう」

「頼みます。そう長くは保たない」

「ああ。すぐだ」

 中佐は通信を切った。

「トーマス、すまないがそこでバベットの様子を見ていてくれ。ジョン、マドック、俺たち三人で、奴を追い詰めよう」

 ナイナスの言葉にジョンとマドックは頷いた。そして、二階を抜け、三階へ足を踏み入れる。

「ナイナス!」

 そこで、マドックが小声で叫んだ。

「いいか、俺たちはチームだ。先行するな。お前が逸るのはわかる。だが俺たちはチームなんだ、ジョンや俺、負傷しているバベットやトーマスを危険な目に合わせるような真似はするなよ」

 ナイナスは、マドックを睨み付けた。

「マドック、アンタは俺の指導教官か? さもなくば保護観察官か? どちらにせよ、俺は俺のやり方で奴を殺す。どんな方法を用いても、何があろうとも奴を殺す。それは変わらない。女を奪われ、本来なら守る国にすら後ろ足で砂をかけられた俺の気持ちが、わからないわけじゃないだろ」

 マドックは、悲しい目をした。

「そうだな。俺にお前が体験した辛さはわからない。だが、これだけは覚えていてくれ。俺たちも、お前にそんな思いをさせた王家に、決して腹に一物無い訳じゃない。お前へ銃を向けることを告げられた時、俺たちは神に祈った。お前を撃たせないでくれと、心から祈った。その祈りが通じたのか、お前は中佐の説得に応じて、溜飲を下げてくれた。だから、だからこそだ、俺たちはお前が何を画策していようが、背中を押してやる、そんな覚悟だ。ヘマをやらかすなよ」

 ナイナスは、驚きで目を見開いた。

「そうだぜナイナス。こんな作戦、お前みたいな危なっかしい奴にすんなり回ってくるわけがないだろう? 中佐も、マドックも方々駆け回ったのさ。だから、お前には失敗して欲しくない」

 ジョンが笑いながら言った。それにマドックが返す。

「何言ってやがる、ジョン。お前と来たらナイナスが来るかどうか、分娩室で我が子が産まれるのを待つ父親みたいに落ち着かない様子だったじゃないか。ほとんどお前一人で取付けたってのに」

 ナイナスは薄く笑みを浮かべた。

「悪かったな。俺と来たら、一人で戦ってるつもりでいた。でもそれは違ったな。そして、悪いがその厚意、奴を仕留めるまで借りとくぜ」

「高いぜ。酒の一杯や二杯で返せるなんて思うなよ」

 ジョンが笑う。

「そうだな、いつまでお前の財布が保つか、楽しみだ」

 マドックも笑う。

「止せよ。幾らでも呑ませてやる。だから、ここは、全力で奴を仕留める。行こう」

「ああ」

「やってやろうぜ!」

 ナイナスを先頭に、一同は駆け出す。すぐさま、驚いたように一人飛び出してくるが、これはナイナスのMP5SD4が即座に唸り、無力化。続いて、二人が飛び出すが、これも一気にナイナスとマドックの弾丸が脳髄を抉って即座に昏倒。

 最後に一人出てきた兵は、ジョンが撃ちだした弾丸の前に倒れ伏した。

 そして、一斉に雪崩れ込む。

 そこには、二人の人間がいた。一人はハーバート・ディスファレト、憎きナイナスの仇である。茶色い髪を半分けで撫で付け、青い眼はぎらりと凄みをもって猛禽のような光を放っている。その目には、皇太子として育てられたとは思えない、どこか夜闇を潜った者が持つような強かさと凄みがあった。

 そして、ちらりとナイナスたちを一瞥すると、読んでいた新聞を畳み、こんなことを言い出した。

「おや、ルームサービスは頼んでいないのだがね」

 怒りで、ナイナスは銃を持つ手が白くなるほど握り締めた。

 ハーバートの格好はといえば、ブランドものの腕時計に悪趣味な指輪、一流のスーツを着込み、紅茶を楽しみつつ、椅子に腰掛け新聞を読んでいた。おおよそ抹殺命令がくだされた人間とは思えない、くつろいだ様子だった。

 階下で何があったかまったくわからないわけでもあるまい。図抜けた胆力と図太さからは、やはり王族出身とは別の何かを感じる。

 そして、そのハーバートのすぐ横に、もう一人腰掛ける人間がいた。

 ミーヤ・ガウアー。いや、今となってはミーヤ・ディスファレトその人だった。ブロンドの髪を後ろでまとめ、やや大人びた様子に見える。極めて高級だと素人目にも明らかな緑色の豪奢なドレスを遜色なく身に纏い、やはりナイナスたちが入ってきても動じていない。この一瞬だけを切り取れば、とても血と硝煙に彩られた銃撃戦がすぐ側で繰り広げられていたとは、到底思えない。

 ナイナスの怒りは頂点に達していた。口を開くよりも早く銃口が口を聞きかねない様子で、それを見かねたマドックが代わりに口を開く。

「ハーバート・ディスファレト。貴方には王家から抹殺命令が下りている。理解されているか?」

 ハーバートは小さなスプーンで紅茶をかき混ぜながら、ゆっくりと口に含んだ。

「間違いないだろう。君たちはアレか、あー、アルドヘルム中佐の部下か。なるほど、それで」

 そう言って、ハーバートは小さなスプーンでナイナスを指差した。

「そして君がナイナス・オークくんか。なるほど、良い面構えだ」

 ナイナスは銃をハーバートに向けて突きつけた。

「お前さんには抹殺指令が出ている。今すぐにこの引き金を引いても構わないんだがね!」

「ああ、構わんよ。引いてくれても。それでこの件が片付くと本当に思っているのであれば、な」

 ハーバートは余裕に満ちた笑みを見せた。三人の特殊部隊の兵士が、引き金に指をかけ、ずうっと照準を合わせているにもかかわらず、ハーバートは動じない。

「わけのわからないことをこの場に及んで言い出して煙に巻こうって寸法かい? そうはいかんぜ、ハーバートさんよ。この件はいたってシンプルだ、俺が引き金を引いたら、ことは終わるんだぜ? 余裕ぶってられる理由がとんと俺には思い当たらんね」

 ハーバートは軽く頷いた。

「なるほどなるほど、君の言い分はそうか。だが、君の愛するミーヤくんは、どうかな?」

 そして、底意地の悪い笑みを浮かべてみせる。

 楽しんでいる。ハーバートは、この期に及んで引き金を引かないナイナスたちを見て、楽しんでいる。そして、ハーバートとは打って変わって神妙な面持ちを見せているミーヤが、口を開いた。

「ナイナス、誤解なの」

 ナイナスは混乱した。誤解? 何が誤解だと言うのだろう。さっぱり理解ができない。

「ミーヤ、何が誤解だというんだ? どの件がどう、誤解だというんだ?」

「ナイナス、彼は悪い人じゃないわ。彼は……」

 ナイナスはミーヤに銃を向けた。

「ナイナス! 止せ!」

 マドックはナイナスに駆け寄り、小声で耳元に言った。だが、ナイナスは動かない。

「信じたくはないがミーヤ、お前はどうも、身も心もその男に捧げたようだな」

「違う! 私は貴方と共にいつもある! それは間違いない! ナイナス、彼は……」

 その時だった。突如、ヘリのローター音が迫ってきたかと思った瞬間、劈くような爆音がこだました。

「危ない!」

 咄嗟にマドックはナイナスを突き飛ばした。

 一瞬の出来事だった。ナイナスの視界に、おびただしい赤い色が散った。

 そして、全てが破壊し尽くされていた。部屋の壁は根刮ぎ破壊し尽くされ、基礎材が木屑や小石の欠片となって舞い散り、そして、マドックが血溜りに倒れていた。その半身は弾丸の嵐に晒され、原形を留めておらず、ただの赤い肉がくっついているだけに過ぎなかった。

 そして、その同一射線上にいたミーヤも同様だった。幸か不幸か、彼女は即死ではなかった。

 ただし、重要な臓器が詰まった腹部に、取り返しの付かない大きな傷ができていた。

 武装ヘリによる機銃照射だった。あまりにも一瞬でありながら、その被害は甚大極まりなかった。

 そして、ヘリはハーバートを乗せ、あっと言う間に姿を消していた。

「ミーヤ! マドック!」

 ナイナスは、彼らに駆け寄った。マドックは完全に即死だった。アーマーなど、気休めにもならない。唇を噛みながら、ミーヤに駆け寄る。

「ミーヤ……どうしてこんなことに……」

「ナイナス……。ハーバートは?」

 ミーヤの言葉にナイナスは首を振った。

「そう……。ナイナス、ごめんなさい。あなたに、何も伝えられなくて……」

「何言ってるんだ! せっかく、せっかく……」

 言葉にならない。気も動転している。

「ナイナス、コーデリアを助けて。彼女は、私たちの……」

「ミーヤ!」

 ぎゅっとミーヤの手を握り締める。だが、その手は弱々しい。そして、その手から力が抜けていった。

「ミーヤ! ミーヤ! ミーヤ!」

 ナイナスの慟哭がこだました。

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