ミーヤ
そんな事は露知らず、ナイナスとアルドヘルム、コーデリアの三人は、墓へと来ていた。ミーヤ・ガウアーの墓である。
スノーフレークが咲き乱れる中、三人は墓の前で、この前に起こったことを報告した。
ナイナスは、呟くように、墓の前で言った。
「ミーヤ。お前の言う通りだったよ。ハーバートは、本当に勇敢で正義感の強い男だった。最後の最後まで、お前も、コーデリアも守ろうとしてくれていた。
俺は、お前を失ったことに関して、それでもハーバートを許せそうにない。しかし、コーデリアに受けた恩を考えれば、いつまでも奴を恨んでいてもしょうがないと思っている。奴もまた、数奇な運命に踊らされた被害者だったんだと、今は受け止められる。
ミーヤ、コーデリアは無事に成長しているよ。人にやさしくできる、良い子に育った。ハーバートのおかげだ。どうか、これからも見守ってやってくれ」
だが、それにコーデリアが食ってかかったのである。
「ナイナス、私は納得できません。ハーバートは、必死に、本当に必死に戦いました。それは私のためでもあるけれど、元を正せば実の父親、クロヌスの行いを正すことばかりでした。
だからナイナス、私はあなたに何度も言いました。クロヌスの扱いには納得できないと。でも、あなたも、オニキスも、アルドヘルムおじいさまでさえ、クロヌスを許した。
何故ですか! 私には許せません!
ナイナス、そしてハーバートの悲劇は、すべてクロヌスが招いたものでしょう!」
コーデリアにとって、ナイナスに対してのわだかまりは、ここにあったのだろう。
だが、これに対してナイナスは諭すように言った。
「俺は、ハーバートを親の敵のように憎んでいた。でも、それが人の目を曇らせることがあると、すべてが終わってから気付いた。
クロヌスが行った事はどれもこれも到底許せるような事じゃない。でもだからといって、直接手を下せるようなものでもない。法が彼を裁き、その上で国外退去と決めたのなら、俺はそれで納得すべきだと感じる。アイツは、これから世界のどこへ行っても、身元が割れれば忌避され続けるんだ。それもまた、生き地獄だと思うぞ」
「でも! それでも納得できません!」
叫ぶコーデリアを、ナイナスはゆっくり抱きしめた。
「コーデリア。ハーバートは、お前に真実を語って、一緒に憎むよう願ったか?」
「いいえ。彼は肝心なことは、何も教えてはくれませんでした」
「俺以上に、あの男はクロヌスの行いを憎んでいたはずだ。その男がお前には恨んで欲しくないと思った以上、これ以上奴を恨むのは、ハーバートも悲しませることになるぞ」
コーデリアは涙を流した。
「でも悔しいんです……。あなたたちは人に優しすぎます……。あんな罪人、どんな目にあってもいいのに!」
「何度も言わせるなよコーデリア。俺たちに奴を裁くような権利は、ないんだ。わかってくれ」
コーデリアは黙って涙を流した。
静かな、だがこの親子にとってはとても重要な沈黙が訪れた。
だが、その沈黙は長くは続かなかった。ナイナスの携帯電話が鳴ったからである。
ナイナスは煩わしく思ったが、しばらく携帯電話が鳴り続けており、アルドヘルムが出るよう目配せしたので、しょうがなく出た。
「はい、ナイナス」
「ナイナスくんか。私だ。オニキスだ」
ナイナスは息を呑んだ。まさか、オニキス・マクレーンから電話が来るとは思っていなかった。だが、これでこの電話は凄まじく重要だということが理解できた。
「いったい何です? 何もかも終わったはずだ」
「いいや、終わっていなかったのだ。私の考えが甘かった、そう言っても良いだろう」
「話が見えませんね。それに、あなたから後悔の言葉を聞くなんて、ひどく珍しい。何があったんです?」
オニキスは、息を整え、言った。
「いいか、落ち着いてよく聞いてくれ。『ダモクレス』が再び乗っ取られた。そして、この間とは状況がかなり異なる」
ナイナスは驚きで目を見開いた。
「どういうことです? 『ダモクレス』は今は閉鎖中で、ただ浮いているだけって話では」
「そこに何者かが侵入し、国外に飛ぼうとしていたクロヌス前国王を掠い、『ダモクレス』に軟禁したのだ。そして、二時間後に『ダモクレス』は、真下のディスファレト城目掛け、落下する」
「なんてことだ……」
ナイナスは絶句した。だが、同時に考える。何故それを自分に電話してくるのか。理解が出来ない。
「しかしオニキスさん、何故俺に電話を? もし救出チームなら、それこそ前回のような理由もないのだから、軍から出せば」
「今回は、コーデリアの手を借りねば、どうにもならないのだ。彼女は、『ダモクレス』のシステムを隅々まで把握している。前回の作戦においても、実際にシステムを改竄したのは彼女の手腕によるところが大きいと聞いている。そして、『ダモクレス』の落下を食い止めるには、彼女の手が是非とも必要なのだ」
さらにナイナスを困惑させる事実が突きつけられた。ようやく、ようやくコーデリアの溜飲を下げさせた矢先に、クロヌスを助けたいから手を貸せとは、言えない。
どうする。いや、他に手段がないのであれば、借りるしかないのだ。
「ナイナス。本当にすまない。だからこそお前に電話をしたのだ。そして、出来る事なら……」
「俺の手も借りたい、そういうことですね。で、どこに行けばいいんです?」
そして次の瞬間、爆音が響き渡った。
スノーフレークの花を飛び散らせながら、ヘリが降り立つ。
「ナイナース! お久しぶり! 恩を返しに来たわ!」
見れば、ジラがヘリに乗り手を振っている。
「ジラくんがヘリを貸してくれた。帰りは軍からヘリを出す。今は時間がない、どうかそれに乗って今すぐ赴いてくれ」
「この借りは高く付きますよ、オニキスさん」
「ああ、すまない」
そして、ナイナスとコーデリアは、ヘリに乗り込んだ。後には一人、アルドヘルムだけが取り残された。




