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真相

 そして、トーマスとエヴァルトは管理フロアへと足を踏み入れた。事実上のブルーノの犠牲を乗り越えながら。

 そこは、異常な広さだった。運動場と言った通り、それだけの広大な面積を持っていた。

 そして、そこにあるのは、見渡す限りの面積を埋め尽くす、ゆらゆらと液体の中で揺らめく植物だった。

 ガラスだろうか、透明なケースの中で、植物が栽培されているのが判る。

「なんだこりゃ。この植物は何です?」

 エヴァルトが声をあげる。一面すべてがこの培養用のケースが埋め尽くしている。教え子は、命を賭してでもこんなものを見せたかったのだろうか?

「わからん……。これが真実だって言うのか? 理解できんな」

 トーマスは頭を抱えた。ブルーノを犠牲にし、数多くの戦友や教え子を失い、命令を無視してまで見ようとした結果が、良く判らない植物プラントとは。失敗だった。

「隊長、下のフロアに行けるようになってます。どうせなら、そっちも見ていきましょう」

 トーマスは、エヴァルトに言われるままに肯いた。だが、心中は穏やかではなかった。

 ゆっくり、疲れ果てた体で歩む。こんなはずではなかった。何か、とても重要な何かをあの教え子は伝えたかったはずなのだ。だが、感じ取ることは出来なかった。それが悔しい。

 そんなことを考えながら、階段を降りる。

 そして、トーマスは唖然とした。

「馬鹿な……。これは……」

 教え子が真に教えたかったもの。彼らが何故命を賭してまでこの作戦に参加したのか。その真実が、目の前にあった。

「あれは……。核兵器、だ……」

 一見して判る異常な雰囲気。何層にも装甲が重ねられたいびつな壁。そして、そこに控えている外への入り口と、ミサイル発射装置、その横で厳重に管理されているミサイル。

 トーマスも、エヴァルトもそれには見覚えがあった。

 彼らは目を背けていたが、噂は聞いていた。王が核兵器を購入したという噂。そして、それに相応しい資金と、研究施設を手に入れたという話。

 その上、具体的にどんなものが核兵器なのかも、彼らはぼんやりと知らされていた。

 だが、それが現実として存在するとは、知らなかった。いや、知りたくもなかった。

 二人とも言葉を失っていた。

 何を意味するのか、何故教え子が躍起となってこの戦いに参加したのか。あの大仰な研究施設は何なのか。全てを理解した。

 何故このタイミングでテロが起こったのか。そして、奇妙に符丁し過ぎているセイムス付近でのこれ見よがしな軍事演習。

「王は……王は核を使い、セイムスを攻め滅ぼすつもりなのか」

 トーマスは喉がからからに渇くのを感じた。もし、このテロ事件を解決し、自分たちが施設の奪還に成功すれば、その瞬間に王は核を撃つつもりだったのだ。だから、『ダモクレス』は極力無傷での奪還を望んでいた。全てが指示と一致する。

 それは、一軍人として、核を使う片棒を担ぐことになる。つまり、そんな煮え湯をトーマスは飲まされるところだったのだ。

 脱力感と強烈な徒労感。叩きのめされた感覚。ただの宗教と観光施設を隠れ蓑にした、事実上の軍事施設であったことへの裏切られた感覚の途方もない大きさ。

 トーマスもエヴァルトも、判断が付かなかった。だが、エヴァルトがハッと気付く。

「でも隊長、テロリストの連中は、これを使って王国を脅すつもりなんですぜ! 早く、早くこれを何とかしなければ!」

 トーマスもそれに肯く。

 その時である。

「ちょっと待ってはくれないかな」

 通る声。人心を掌握し、人を動かせる声。それが、二人にかけられた。

 そして、それは二人にとって、もっとも聞き覚えのある声だった。

「貴様は!」

 オニキス・マクレーン。この作戦における抹殺対象。もっとも二人が見つけ出したいと思っていた、その人である。

 短く刈った黒髪、オレンジ色の丸メガネ、薄い口ひげ、ぎょろりとした目つき。肌は浅黒く、黒いスーツを着ていた。

 トーマスとエヴァルトは迷わず銃を構えた。そして、二人の背後から二十名以上の兵が銃を二人に向けた。

「落ち着いて話を聞いてくれないか? 私を殺すのは、それからでも何一つ遅くはない。ここで仮に引き金を引いても、君たちの末路なんてわかるじゃないか」

 その次の瞬間、蜂の巣だろう。そして、こんな場所である以上、その死は闇から闇に葬られるだろう。ここは、そもそも存在がタブーな場所なのだから。

「わかった。話を聞かせて貰おう」

 トーマスは銃を下ろした。

「隊長!」

 エヴァルトはトーマスを睨み付ける。

「エヴァルト、やめておけ。この状況下では、俺たちに勝ち目はない」

 トーマスが諭すように言い、エヴァルトはしょうがなく銃を下ろした。

「理性的な対応、感謝する。さて、もちろん知りたいのはこの核の件だろう」

「その通りだ。そして、お前たちの正体と、目的も知りたい。核を使うのならば、俺は命を賭してでもお前を止める」

 オニキスは口を少しだけ歪める。

「よかった、答えやすい質問をしてくれて感謝するよ。答えはNOだ。これは、国際世論に対する王の責任追及の材料だ。大量破壊兵器を実際に使おうとした形跡がある、これだけで王に責任を迫るのは容易だろう?」

「そうだろうな。これだけ判りやすい材料は他にはないだろう」

 だが、それにオニキスは首を振った。

「いや、まだある。上のプラントを見たかね?」

 オニキスは上を指差す。トーマスは首を縦に振った。

「ああ、何の植物かはわからなかったが、何かの植物を育てているのはわかった」

 オニキスは肯く。

「あれはフォエーナとされている植物だ。だが実態は違う。似ても似つかない、まったく別の植物だ。だが、クロヌス王が王座に就いてからしばらくして、あの植物が突如使われるようになった」

 エヴァルトは苦笑した。

「何言ってんだ? 昔からずーっと、フォエーナは使われていたはずだ! それこそ、ディスファレト教が始まった時からだ」

 だが、オニキスは首を振った。

「違う。君たちはジュネバル派と、エカテリオ派の何が違うかを理解しているか?」

「ハーバートが起こした新派がエカテリオ派だろう? そしてジュネバル派は古くからの教派のはずだ」

 オニキスは再度首を振った。

「違う。ハーバートは熱心なディスファレト教信者で、今あるディスファレト教の教えでは飽きたらず、昔の文献を漁ってまでその歴史を辿り、教えを学ぼうとした。敬虔な信者だ。そしてその結果、ある疑問に行き当たった。それは、今あるディスファレト教の教えは、おかしいという事実だ」

「おかしい? それはどういうことです?」

「これもクロヌス王にさかのぼるのだが、彼も若い頃ハーバートと同じように古い文献を探し、当時はすでに廃れかけていたフォエーナを煎じる儀式を復活させたのだ。だが、ハーバートは気付いたのだ。その文献が偽書であることに」

 トーマスは絶句した。

「つまり……クロヌス王が復活させたフォエーナの儀式は、本来の教義には存在しなかったということか?」

 オニキスは肯いた。

「しかし、それでも当初は良かった。フォエーナとされていた植物は、最初は単なる、鎮静作用があるようなハーブに過ぎなかった。だが、それによく似た、上にあるような植物とすり替えたとき、様相は一変した。上にある植物を煎じて飲むと、A10神経群をブロックする作用がある。簡単に言ってしまえば、二度と『愛』を感じられなくなるのだ。そればかりではない。製法を変えれば、あれは強力な麻薬そのものへと化す。あの植物は高所でしか栽培できない点と、その栽培法が極めて難しい点から流通数は極めて少ない。だが、それが麻薬にした場合の値段を何倍にも釣り上げたのだ」

 トーマスとエヴァルトは驚愕した。オニキスが何を言っているのか、ようやく理解したからだ。

「つまり……。この『ダモクレス』は」

「第一の目的は、フォエーナの栽培と、それによって得られる麻薬の密売。そして、そこで得た莫大な利益を元に核を購入し、研究して、セイムスを攻撃する。すべてそのためにこの施設は建造されたのだ」

 二人は絶句した。

「ちょ、ちょっと待てよ。宗教と観光用の施設だろう、ここは……。だから新人が警備に当たっていたわけで。居住フロアだってあったって言うのに……」

 エヴァルトは無駄と知りつつ反論した。

「核用の施設を同じ施設内に建造する時点で、考えなど判りそうなものだが?」

 オニキスの言う通りだった。それに反論の余地はなかった。

 そもそも、核と核発射装置がある時点で、言い逃れの余地は端から無いのだ。

 だが、それでもトーマスは食い下がった。

「言い分はわかった。だが、お前たちは何者なんだ? お前が民主化運動を行っているのは知っている。だが、何故エカテリオ派の名前でテロが起こったんだ?」

 そして、トーマスは自分たちを取り囲んだ兵の目を見て気付く。皆一様に表情がない。それは、あの化け物のような少女と一緒だった。それにトーマスは恐怖を感じた。

「クロヌス王がフォエーナを麻薬として使用するには色々な障害があった。一つには、実際に投薬した場合どうなってしまうかという点だ。そして、彼はあろうことかそのサンプルとして熱心な信者への投薬を行った。その結果、A10神経群をブロックする作用があることがわかったのだ。

 ここにいるエカテリオ派の人間は、元々敬虔なジュネバル派の教徒だった人達だ。だが、クロヌス王に自らが実験台にされた事を知った。ハーバートは歪められたディスファレト教を元の形に戻そうと考えていて、エカテリオ派を作り、彼らのようなクロヌス王の被害者を救済するよう活動をしていたのだ。そして、彼らの関心はクロヌス王の失脚へと結びついていった。

 愛を教えて欲しい、それは彼らの心からの願いそのものだったのだ」

 トーマスとエヴァルトは愕然とした。

「では、それがあなたの民主化運動と結びついた、と」

 オニキスは肯いた。

「ああ。本来ならこんな強硬手段には出たくはなかった。だが、二点の要素がそれ以外の選択肢を無くしてしまった」

「二点?」

「一点目は、クロヌス王が焦りを覚えはじめたことだ。私は一歩一歩、どうやれば民主主義の元、王を失脚できるかの道を摸索していた。そして、少しずつ民衆の支持を得た。それが気に入らなかったのだろう、私の仲間を殺し始めた。一人や二人ではない。五十人以上だ。軍も警察も動いてはくれなかった。それは何より、君たちが一番理解しているだろう」

 二人は何も答えられなかった。

「二点目は、セイムスへの核攻撃が間近に迫ったからだ。長年の研究の結果、核攻撃はかなり前の段階で出来る技術はあった。だが、精度の高い部品が足りておらず、しばらくは最後の一手を踏めなかった。

 しかし、数日前に我々は、王がその部品を手に入れたという情報を入手した。そして、セイムス国境付近での軍事演習だ。もう、この機会を逃せばセイムスへ多大な被害を齎してしまう。私たちは強硬手段を執らざるを得なかった。君たちにも、我々にも多大な犠牲を齎してしまったことは深くお詫びする。だが、このタイミング以外ではあり得なかったのだ」

 トーマスは笑い始めた。

「ふ、ふふ、ふははは! 手駒となってテロリストを倒そうとした結果が、これか? とんだ茶番だ! こんなことのために、こんなことのために、俺たちの仲間は、俺たちの教え子は、命を失ったのか……?」

 そして、がっくりと膝を折った。

「ふざけるな! ふざけるなよ! それが事実である証拠がどこにある! お前たちがこの国を民主化して、この国が良くなる保証が、どこにあるんだ!」

「少なくとも、二度とこんな悲しい過ちを繰り返さないだろう。強いディスファレトを取り戻すためなどという愚かなことのために、こんな真似は絶対に行わないだろう。絶対にだ。独裁のために国民が犠牲になっていい道理など、どこにもない。当然だろう?」

「わかった……。お前を殺して、この国が良い方向に転ぶことは、あり得ないことがわかった。悔しい、俺はとても悔しいが、それは事実のようだ。

 だが、肝に銘じておけ。お前がもし国民にこんな苦杯を嘗めさせることがあれば、その時は俺がお前を殺しに行く」

 トーマスは、オニキスをきっと見上げ、睨み付けた。そして、通信機をむしり取った。完全な降伏のジェスチャーだった。

「勿論だ。私は聖人君子のつもりはない。君ほど理知的で、理性的な人間に監視されれば、私も迂闊なことはできない」

 そう言って、オニキスはトーマスの手を取った。

「すまないが、私は最後にやらなければならないことがある。お別れだ。どうか、私の行うことを見届けてくれ」

 トーマスは、強く肯いた。

 途端、オニキスの元に電話が入る。オニキスは電話を取りだした。

「テネスか。そうか。よくやってくれた。これでようやく、説得は終わったのだな。これで、悲願が達成される。ありがとう。心から感謝する」

 電話越しだというのに、オニキスは深々と頭を下げた。そして、言った。

「諸君。私たちの望みは達せられた。あとは、それを発表するのみだ」

 兵達は、武器をその場に落とし、万雷の拍手を送った。惜しみない、心からの拍手。

 オニキスはそれにまたも深々と頭を下げた。そして、トーマスは彼が核施設を出て行くのを、見守った。

 トーマスは、もう自らの役目が終わったことを悟った。

 だが、傍らに控えるエヴァルトは違った。

「……納得できねえ! 頭じゃわかったつもりだが、納得できねえ!」

 そう怒号をあげ、足早に走り抜けた。サブマシンガンはその場に置いたままで。

 兵達は色めき立つが、トーマスが体を張って銃を遮る。

「撃つな! アイツにすでに抵抗の意志はない!」

 トーマスの必死の訴えで、エヴァルトが走り抜けるのを皆、ただ見守った。彼が一体どこに向かおうとしていたのか。それは判るよしもない。

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