盲目の兵士たち
白一色で彩られた研究フロアは、ナイナスが潜入した時には整然としており、研究者は何一つためらいなく研究を続けていた。だが、それからしばらくしない内に、研究フロアと警備フロアを隔てる隔壁が破壊され、兵が侵入してきた。
道中、警備フロアと研究フロアの間で警備に当たっていた兵、計七名を殺害して。
そして、今は研究フロアの警備に当たっている兵と銃撃戦を繰り広げている。
研究フロアの中ほどで警備に当たっていた若い兵の通信にはその銃声がはっきり聞こえていた。
「畜生! 連中、セサルたちも殺した!」
涙声で若い兵士が声を荒げた。
「セサルたちは研究者たちを、戦闘に巻き込まれないように避難誘導してたんだぞ! なのに!」
そう言う警備兵の手はガクガクと震えていた。まだあどけなさが残る顔立ちにクルーカットの兵は、傍らにいた同僚に涙ながらに訴えた。
「しょうがないだろ! これは遊びじゃないんだ!」
そう同僚は怒鳴る。だが彼の顔も引き攣っていた。黄色い髪を短く刈り、茶色のメッシュを入れている。まだ若い。
若い兵はなおも続けた。
「俺たちはこの国を良くしようとしてるだけなんだ! 撃たれるようなことはしてない!」
「バカ野郎! そんな夢みたいなこと言ってる場合かよ! 死んじまうぞ!」
同僚の声にも、若い兵は耳を貸さない。
「でもキケ、この作戦に危険はないって、死ぬようなことはないって言われていただろう! 実際、アイツらの通信も全部俺たちは聞いてる。本来なら楽勝のはずだ! そうなんだよ、俺たちは死ぬようなことはしてない!」
銃を持ちながら、若い兵はあらぬ方向を見て叫んだ。通信機からは目と鼻の先で銃声が雷鳴のように轟いているのが絶え間なく聞こえている。
キケは、その肩を揺さぶった。
「目を覚ませよ! セサルも、エレニも同じように言われてただろう? でももういない。奴らは死んだんだ! そんな事言ってると、殺されるぞ!」
若い兵の目にじんわりと涙が浮かび、頬を伝う。
「死にたくない……俺、死にたくないんだ、キケ。この国は良くしなきゃならない。でも、それでも俺は死にたくないんだ!」
「だったらちゃんと銃を握れ! そして撃て! それしか俺たちが生きる道はない」
そう言って、キケは若い兵の手を握り締めた。
「キケ……俺……、俺……」
そしてその時、銃声が途絶えた。どちらかが全滅したということだ。
連中は一気にこちらまで来るだろう。カバーポイントこそあれど、不利だ。
二人は、柱を盾にゆっくりと足音を聞く。明らかに足音がこちらへ近づいてきている。心臓が早鐘のように打ち、体全体が極度の緊張から脈打つ。顔が興奮から紅潮しているのがわかる。同時に、逃げ出したくなる恐怖が襲う。
しかし、それでも生き残らなければならない。撃って、倒さなければならない。
若い兵士とキケは銃を構えた。そして、注視した。三人の兵。それぞれトーマス、ブルーノ、エヴァルトだ。彼らもさすがに無傷ではないようで、どこかに傷は負っている。だが、それはどれも浅手だ。
鬼気迫る表情で迫り来る歴戦の兵。二人は震え上がった。特に、若い兵の怯え方は尋常ではなかった。
彼は銃を構えながら、ガチガチと震え、ぶつぶつと何かを呟きながら祈っていた。
「お母さん……お母さん、お母さん……お母さん……」
キケは彼に構っていられず、銃を構える。そして撃つ。だがそれは危うい。とても危うい手つき。反動で思わぬ方向に銃がぶれ、それを御せていない。
見当違いの方向に弾丸が撃たれ、あっとキケが焦りの表情を浮かべた途端、三人の熟練の兵が撃った弾丸が、彼を襲った。躱す暇など、あるわけがない。
サブマシンガンの容赦のない弾丸が、キケの端正な顔を撃ち抜き、ケチャップをぶちまけたかのように床を汚した。
そして、キケは若い兵の横に物を言わなくなって転がった。
「助けてお母さん……」
若い兵は目を見開いて譫言の様に呟く。撃ちたくない。殺したくない。殺されたくない。死にたくない。もういやだ。もういやだ。もういやだ。
沢山の感情が蠢く。だが、そのいずれもが彼に戦うという決断をさせなかった。
そして、彼の眼前にいつのまにかエヴァルトが立っていた。
若い兵は、カラカラの喉、弱々しい声で言った。
「俺たちは、正義を行っているんだ! 国を変えるんだ!」
言えた。言えた。嬉しかった。兵は一瞬、引きつった笑顔を見せた。
そして、うんざりとした様子のエヴァルトに銃を向けられた。
「そんな無駄なこと考えられるまで、生きて来れて良かったな。あっちに着いたら、母ちゃんに感謝しろ」
エヴァルトの銃が火を噴き、若い兵は事切れた。
そして三人は研究フロアを抜けようと、彼ら若い兵の屍体を横切り、駆けていった。




