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矜恃

 トーマスは沈黙していた。トーマスばかりか、二つの死体袋(ボディバッグ)を飛行機に積み込んだ後、誰も口を開けなかった。不利な状況での襲撃によって奪われた仲間の命。その上、ここにいる内の六人は、ろくろく戦場に出たこともないずぶの素人同然の連中だった。

 トーマスの後輩であり、教え子である彼らは、一様に顔を青くし、怯えていた。

 そもそも、『ダモクレス』は軍事施設ではない。従って警備とはいっても殆ど危険がないとされていて、新人が警備にあたることが極めて多い場所なのだ。

 厳しかった訓練と打って変わって、ここでの生活はそれほどの厳しさはない。銃撃戦など皆無だ。だからこそ、死体など一度も見たことはなかったはずだ。

 それでも、彼らは人が死ぬところを目撃した。言葉もない。

 エヴァルトが口を開く。

「隊長。メンバーは確かに増えましたがね、正直な話、本当にケツの青い新兵ばっかりだ。おまけにこっちは二人も消されちまった。少々、計画が狂ってくるんじゃないですか?」

「だが、それでも九名だ。突入には十分だと考える」

 トーマスは重苦しい顔で口を開いた。

 ブルーノは首を振る。

「警備フロアをこの九名だけで突破ってのは……。もう一度さっきみたいに無力化ガスを出すロボが出てきたら、今度どうなるかなんて、わからないぞ」

 ブルーノの言う通りだった。先ほどの襲撃は、本来ならば乗り切ることは容易だっただろう。しかし、無力化ガスは脅威であることは確かであり、テロリストの数も多い。もし、ロボの破壊に手間取れば、先ほどの様に犠牲を生むことになったとしても何ら不思議ではないのだ。

「それでも、俺たちの目標はオニキス・マクレーンを殺し、この『ダモクレス』を奪還することだ。その為にはこの警備フロアの突破をしなければならない」

 トーマスは苦虫を噛み潰したような顔をしながら、その判断を行った。

 トーマスは一同を集め、簡単な作戦内容を説明した。トーマスと赤坊主のエヴァルト、ブルーノが先に突撃し、カバーポイントを見つけてから新人を呼んで攻撃に参加させるという、作戦とも言えないような内容だった。

 ナイナスは警備フロアから遠回りをして研究フロアに行くよう、戦闘を極力避けるルートを通ったが、トーマスたちは実際に最短ルート、すなわち警備フロアの正面ゲートを突破しようとしている。ここは居住フロアと研究フロアどちらへも入れる箇所のため、一番警備が厳重な場所だ。

 正面ゲートは駅や空港などのカードを用いたゲートと同じように、カードリーダーを通すと開くようになっており、居住フロアに行く住民や、研究フロアに行く研究者も必ず通る場所である。元々はその横にガラスで覆われた警備室があり、三、四人体勢でここにいる新人たちもそこで警備や、道案内などをしていた。

 だが、現在はそのゲートは重い扉で閉ざされ、扉の向こうがどうなっているか窺い知ることはできない。ナイナスが通った通路は普通、警備員しか通らず、研究フロアと直通のため、ある意味で警備がザルなためにナイナスは無傷で到達できたが、この正面ゲートを突破は危険極まりない。

 だが、トーマス含め三人はそのゲートの前に立っていた。そして、その手には手榴弾を握っている。硬い扉を手榴弾で打ち壊すという、極めて攻撃的な手段だ。

 三人は肯くと、一斉に手榴弾を放った。手榴弾が床を跳ねて金属音を奏で、転がった後に、爆炎が一帯を覆い尽くす。そして、スプリンクラーが作動する。

 スプリンクラーから流れる水で洗い流されたカードリーダーは熱と爆発でひしゃげ、扉にも大きな穴が穿たれていた。

 さあ、下ごしらえはできた。三人は姿勢を低くし、スプリンクラーが激しく水を放出する中、扉に穿たれた大きな穴から内部に入る。そして、入るなり右手にあった警備室の窓ガラスをサブマシンガンで叩き割る。スイッチを弄り、重い扉は音を立てながら上がっていく。

 そして聞こえる銃声。これだけわかりやすい侵入だ、バレないわけがない。

 身を低くし、三人はカバーポイントである柱を背にし、銃撃戦に臨んだ。

 三人はすぐにカバーポイントを確保し、新人を呼ぶ。

 そして、新人も思い思いの位置に付き、相手との戦闘に臨む。

 だが、エヴァルトが銃撃を見て思わぬことを口走った。

「おかしいな。明らかに動きがトロい。最初に聞いてた話じゃガス使ってあっと言う間に占拠したって聞いてましたがね、あの動きはそんな動きじゃあない」

 それを聞いてトーマスもおかしいことに気付いた。エヴァルトの言う通り、銃撃をしてきている連中の動きは機敏とは言えないものだった。格好はほぼトーマスたちと同じ、アーマーベストを着ており、サブマシンガンの構えも変わらない。だが、その動きは訓練は受けたのだろうが、経験は浅い。連中の数は十ほど、同じような太い金属製の柱の後ろに隠れながら銃を構えている。

 そして、その連中が射線上のカバーポイントである柱から顔を覗かせたとき、トーマスは息を呑んだ。

 見覚えのある顔があった。それも、一人ではない。後ろにいた新人たちも、驚いたように身を乗り出していた。

 そこにいたのは、トーマスが教え、鍛え上げた新人たちだった。トーマスが連れている新人と違うのは、彼らは何かの理由を付け、軍を去っていった連中だったということだ。

 だが、仮にそうだとしても、トーマスや新人にとってはかつて同じ釜の飯を食った仲間である。愛すべき後輩だった連中である。

 それが何故。

 その上、どうしてエカテリオ派に味方し、銃を手に取っているのだろう。

 あまりのことに、トーマスは思考が停止した。そして、トーマスの顔を見て、エカテリオ派に味方する元新兵たちも、手を止めた。

 目を見開く。いくら見直しても、変わらない。動悸が強まる。目尻をぐっと押さえ、冷静な判断を下そうと、トーマスは頭を振り、もう一度連中を見直した。

 撃てない。

 腕が震え、言う事を聞かない。初めてだった。軍人として恥ずべきことである。だが、それでも彼の腕は震えていた。

 今でも覚えている、教え子と過ごした日々が走馬燈のように脳裏をよぎる。一緒にバーベキューを囲んだこと、厳しいしごきに泣きながら新兵たちが耐えている様子、そして、それでもトーマスを慕い、ことある毎に尋ねてきたこと。

 情けないことに、トーマスはその思いに捕われ、しばし動けなかった。

 だが、エヴァルトの叫び声を聞き、ハッと我に帰った。

「何やってんだ! 早く後ろに戻れ! 早く!」

 見ると、引き連れてきた新兵の一人が、腕を両手に上げ、前に歩いて行ったのだ。

 この戦場の中で、足を震わせ、その顔に引きつった笑みを浮かばせ、ゆっくりと歩む。

「モーリス! 元気だったか? 俺だよ、ケビンだよ。何やってるんだそんなところで、ええ?」

 ケビンと名乗る新兵の声は震えている。だが、懸命に笑みを浮かべ、ゆっくり前進する。

「近づくな! それ以上近づくんじゃない! 撃つぞ!」

 そう言って、モーリスと呼ばれた男も、その周囲の男も声を張り上げた。

 だが、それでもケビンは歩く。

「よせよ……。俺もお前を撃ちたくない。お前とは、お前たちとは仲間だっただろう? ルノーも、ニールもそうだろう!」

 モーリスの横にいた男達も、銃を持つ手を震わせながら、撃たない。

「ケビン、戻れ! 今すぐ戻れ!」

 そうトーマスも叫ぶ。そして、それを聞いて元新兵たちははっとした顔をする。

「トーマス教官、ですか……? まさか……」

 今までトーマスだと気付いていなかった元新兵も、それに気付き一様に色めき立った。

 皆、撃ち合いなどしたくなかった。誰一人として、かつての仲間同士での戦いは望んでいなかった。

 しかし同時に気付いていた。もうあの頃には戻れない。敵味方に分かれてしまったのだと。

 それを重く受け止めていたのは、どうやら元新兵のうちに一人いたようだ。彼は、ぶつぶつと唱え続けていた。

「これは……未来のためだ。未来のためなんだ……そうだ、未来のためなんだ……」

 ぶつぶつと自分に訴えかけるように呟き続ける。

 それ以外の人間はケビンに銃口の狙いを定めたまま、動けなかった。彼の判断は間違っている。だが、それを咎めることもできない。ある意味で彼の判断は、最良の選択かもしれないのだ。

 トーマスはカラカラに喉が渇いたのを感じた。どうする。どうすればこの事態を収拾できる。誰一人傷付けずにここを切り抜けられる。

 考えた。銃を硬く握りながら考えた。

 だが勿論、それを誰も知るよしもない。そして、判断を下しかねていたその時、ぶつぶつと呟いていた元新兵が立ち上がり、咆吼をあげ、何かを叫ぶ。

「お前は、未来の礎となれ!」

 そして、発砲した。

 あっと言う間。止める間もなかった。

 ケビンは驚いたように目を見開き、そのまま何かにぶつかったかのようにどさりと後ろ向きに倒れた。

 生暖かい血が噴き出し、地面を濡らす。

 咄嗟のことに誰も何が起こったかを理解できなかった。何故ケビンは撃たれたのか。どうして撃たれなければならなかったのか。

 そして、銃に指がかかったままになっていた新兵たちの闘争心に、火を付けるのに時間はかからなかった。

「お前ら……殺してやる! 皆殺しにしてやる!」

 新兵たちはカバーポイントも、射線の事も忘れ、飛び出し、闇雲に銃を乱射し始めた。

「やめろ! 皆冷静になれ! 戻れ、カバーポイントに戻れ!」

 トーマスは叫ぶ。大きな声で叫ぶ。だが新兵たちの耳には届かない。仲間が死んだ。大切な仲間が殺されたのだ。その上、その相手もかつての仲間。あまりにも強いショックが、兵たちの心も考えも大きく鈍らせた。

 あってはならない、正面からの撃ち合い。棒立ちのままに、基本など微塵も守らず、憎しみと怒りの赴くままに銃を撃つ。

「やめろォォ!」

 トーマスは何が起こってしまうのかが判る。これがどんな最悪の事態を引き起こすかが判ってしまう。だが止められない。ベテランの三人以外はもう、彼らが死んでいくのを止める事が出来なかった。

 脳漿が、血が、骨が舞い散る。あっと言う間に一帯は地獄絵図へと変わっていく。殲滅戦、それもお互いを食い合う最悪の殲滅戦。なまじ中途半端な訓練を受けており、経験もほとんど無しに戦闘に入り、頭は真っ白。激昂し、本能のままの撃ち合い。

 トーマスも、エヴァルトもブルーノもこれを止める事はできなかった。もし彼らがこの中に入っていても、死体が増えるだけだっただろう。この最悪の状況を、さらに最悪へと変えただけだっただろう。

 黙ってこの状況を見て、数分の後、そこに誰一人動くものはいなかった。

 そのほぼ全てが、死に絶えていた。

 トーマスは血の海と化した正面ゲートを、厳しい顔で進む。

 その中に、まだ息のありそうな、ただし致命傷を負っていてすでに息も絶え絶えの元新兵がいた。彼は目をトーマスの方に向ける。すでに戦う意志も力もない。そして、絞り出すように言葉を吐く。

「トーマス教官……聞いて……ください……」

 トーマスは悲しそうな顔をしながら、彼の血みどろの手を掴み、その死に行く兵の眼を見た。

「教官……。この『ダモクレス』は……、宗教や観光のための……建物じゃ、ありません……」

 そして思わぬことを口走った。

「どういう、ことだ?」

 そして、カードをトーマスに手渡す。

「これは……管理フロアの中……地図上ではコミュニティ用の運動場がある場所の真下にあるフロアに行けるカードです……。教官、それを……それを見てください。そうすれば……僕ら……が、こんな愚かな僕らがどうして……こんなことを……」

 そして、その瞬間何かを詰まらせるような声をあげ、彼は動かなくなった。

 エヴァルトが後ろから来ていた。そしてぼそりと呟く。

「ひでぇ。ひどすぎる。こんな光景は……見たくねぇ」

 だが、トーマスは血でぬめる手を拭おうともせずに、それに言葉を返した。

「俺の責任だ。俺が、彼らを殺したのも同然だ……」

「そうですね。隊長が奴らを殺したんです」

 エヴァルトが呟く。

「エヴァルト! てめぇ、言って良いことと、悪いことがあるぞ!」

 ブルーノが声を荒げる。だが、エヴァルトは気にせず続ける。

「この一件、俺たちはこう聞かされていた。エカテリオ派のテロのメンバーの一人に、オニキス・マクレーンがいて、彼とリーダーのハーバートを抹殺することでこのテロを収拾しろと。おかしいと思いませんでしたか? 何故、エカテリオ派のテロなのに、民主化運動の指導者の名前が出て来るのか。何故、自分の元同僚を餌に、彼の抹殺を命令されたのか」

 トーマスは答えなかった。いや、答えられなかった。

「隊長の奥さん、バベットさんの命を王族派が狙っているのも知ってますよ。でも、それで言いなりになった結果が、これです。俺は、許せない。こんな事が何故起きたのか、真実を知りたい。王族派が何かを隠しているのは明白です」

 トーマスはエヴァルトをきっと睨んだ。

「それが許されるとでも思っているのか!」

「じゃあ、彼らの死は何故なんです! 彼らはどうして、こんな場所の警備をしていたんです! それに答えも見いだせず、教え子をこんなにも無残に殺すことが、あなたの願いだったんですか! 答えて下さい、トーマス隊長!」

 トーマスは奥歯を噛み締めた。こんなことは許されていいことではない。だが、作戦外の行動を行う事は、軍人として恥ずべき事であり、何より、妻を危険に晒すことになる。

 だが、無残にも死んでいった連中が何故死んでいったのか、それを知らずして、自分はこのまま生きていって良いのだろうか。

 自分の意見や生き方、考え方をすべて軍に押しつけられ、言わば言いなりになって生きてきた。誰かのため、何かのため、自分以外のすべてのために、生きてきた。

 その結果が、教え子を死に追いやり、妻の命を危険に晒し、元同僚を騙してまで作戦に協力させ、そして、それでも盲目的に命令に従う自分だった。

 自分が正しいことをしているのか、もうトーマスには判らなくなっていた。

「……エヴァルト、ブルーノ。悪いが、俺のワガママを一つだけ聞いてくれ。作戦は続行する。ただし、彼に託された場所へ行く。その後だ」

 エヴァルトとブルーノは肯いた。

「真実を知らなければ、俺は後悔すらできそうにない。悪いな」

 そして、トーマスたちは足早にその場を後にした。

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