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たたかい

 一方、ナイナスに逃げられたトーマスたちは、激しい口論を行っていた。

「隊長! 何故止めたんです! 奴を使わなければ、安全に侵入なんかできっこないですよね!」

 ナイナスに手痛い一撃を食らった赤坊主は、激しい形相でトーマスを睨み付けた。

「落ち着け。奴を追って仕留めるよりも、俺たちにはやらなければならないことがあるはずだ。そうだろ?」

 だが、トーマスは冷静に赤坊主に返答した。しかし、赤坊主はそれを聞いて、へらりとバカにしたような笑みを浮かべた。

「知ってるんですよ。あのナイナスって野郎が元々、アンタと同じ釜の飯を食ってたってことは。任務に支障を来すようなヌルい判断を情で選ぶなんざ、重大な判断ミスだと思いますがね!」

「それじゃあ聞くが、ナイナスがオニキスのメッセンジャーボーイだっていう情報は、信用のおけるソースなのか?」

 浅黒い肌をしたウーゴがそれに答える。

「奴が『ユスティティア』や、他の民主化運動に力を貸してる連中と付き合いがあったのは事実だ。それに、不自然な渡航記録だ。短期間でチュニス、サラエボ、香港、デュッセルドルフ他、何十箇所も転々と渡航している。単なる旅行とは到底思えないというのが、王家筋の話だったはずだ」

 だがトーマスは首を振る。

「直接的なソースを確認したワケじゃない。奴があちこち渡航し回ってるだけで担ぎ出したように俺には聞こえた。そして、あの呆けようだ。奴はなんて言ってた? 平和的解決をしたいから、呼ばれたとか抜かしていたんだぞ? オニキスを殺し、民主化運動の息の根をここで止めようとしているこの作戦のどこが、平和的解決だっていうんだ?」

 サソリの入墨をした、ブルーノが鼻で笑った。

「甘過ぎる。作戦に異議を唱えるなんて、その姿勢自体どうなんです? まさか王家に楯突きたいんですか、隊長」

「冗談。だから、簡単だが可能性が低い手段じゃなく、確実な手段を取ろう、って言っているわけだ。奴がクロかシロかをここで議論するより、そちらの方が確実だろう?」

 男たちは苦笑する。

「ま、どの道そのためにこれだけの装備を揃えてきたわけですからね。いいでしょう。ただまあ、これだけの人数ではちょっと」

 トーマスは頷く。

「合流しよう。警備フロアの近くにまで来ているはずだ。警備兵だが、六名いる。テロリストの連中にも捕まらずに済んだ連中だ」

 ブルーノが手を広げる。

「そりゃさぞ優秀な連中だ。今すぐ連絡を取ってください。もっとも、大事な警備の時に何をやっていたか気になるが」

 トーマスは苦笑し、通信機を手に取った。

「まあそう言うなよ。奴は俺の後輩だから、ガミガミ言いたくもない」

「そうですかい。どうぞ、通信を」

 トーマスは肯き、通信を行う。

「こちらトーマス。久しぶりだな、そっちの調子はどうだ?」

 トーマスの呼びかけに対し、男は返答した。

「お久しぶりです。どんな調子ですか?」

「どうもこうもない、『白ウサギ』に逃げられ、『ハートの王』の居場所はわからずじまいだ」

 トーマスが溜息を付くと、男は唸った。

「それは困った。こちらでも『白ウサギ』は探してみますよ。それで、先輩たちは今どこに?」

「警備フロアでうろついてるところだ。テロリストの連中がどんな警備をしているか、こちらじゃ全部把握しきれていない。強行突破をするには、少々手駒も、情報も足りてないってわけだ」

「了解。ではこれからそちらに向かいます。合流後、作戦を打ち合わせしましょう。おおよそ十分後、お会いしましょう」

「よろしく」

 通信は切れた。

「十分後に来るそうだ。これで、少々危険な作戦にも臨める」

 トーマスは笑顔を見せた。だが、他の隊員は浮かない顔だ。

「隊長、しかし連中とどうやって合流するつもりです? そもそも連中はどこにいるんです? まさか、警備フロアにずっと留まってる、ってことはないでしょうが」

 赤坊主が不審な顔をトーマスに向ける。

「エヴァルトの言うのももっともだ。だが、恐らく警備フロアに留まっているんだろう。ここまで十分で到達できる距離だ、そう離れてはいないはずだ」

「だといいんですがね」

 エヴァルトは顔をしかめた。

 五人は相も変わらず、薄暗い貨客乗り入れ口に留まっていた。乗ってきた飛行機からもそれほど離れていない。そこからさらに入れば警備フロアにそのまま入る。

 ただし、最低限の警備員の監視は潜り抜けているため、問題なく留まれるというわけだ。

 それに、五人はまずは合流を最優先に考えていたため、その場に留まるしかなかった。

 そして、扉が開かれる。五人は早すぎる、とは思いつつ、そちらを見た。

 そこには作業用のロボットが一台、入ってきたのが見えた。もっとも、人間の形とは程遠く、インターフェイスにあたるモニタが腹部に取付けられ、無骨なロボットアームに、音もなく車輪で駆動するだけの、かなり簡単な作りのロボットだった。

 だが、それが突如現れれば、勿論トーマス達は銃を構え、警戒する。

「気を付けろ! あれは部下じゃあない」

 トーマスが叫ぶと、一同から笑いが漏れた。

「見りゃわかりますよ。あれが部下ならむしろ、アンタを尊敬する」

 エヴァルトは苦笑した。

「あれはこの広い施設の整理用のロボだよな? なんだってこんな所に?」

 ウーゴの疑問に、トーマスが答える。

「たしか、そこら中に清掃用やら、荷物の運搬用だかで、軽く五十体は配備されていたはずだ。この辺に配備されてたとしても不思議ではないし、ましてや連中は動けるからな」

「今日もいつも通り掃除にでも来たんですかね。ご苦労なこった」

 ブルーノがやれやれといった様子で呟いた。だが、その予想ははずれていた。そのロボットの腹部にあるモニタに、一人の女性の顔が映り、言葉を喋りはじめたからである。

 それを見て、トーマスは驚きの表情を見せた。

「あれは!」

 モニタに映っていたのは、十一、二歳ほどの少女で、やや長目の金色の髪の右サイドを編み込み、左サイドは目が隠れるほどに髪を垂らし、そして、上部で髪を留めてはいるものの、それでも胸元まで髪が垂れ、ウェーブがかかっている。

 服装自体は極めてありきたりな、深緑色のブラウスを着ており、顔立ちは整っており、何とも言えぬ気品が漂っている。

 しかし、その表情筋は死んだようにピクリとも動かず、深緑色の目は、まるで暗い洞穴のように何一つとして表情を伝えなかった。ちょうど、整った容貌と相まって、まるでよくできた人形そのものに見えた。

 エヴァルトが呆れたように言った。

「まったくのっけから見つかるとは。前途洋々だな、この潜入も」

 そして、銃を構え、いつ何が起きてもいいように体勢も整える。

 すると、ロボットはさらに彼らに近寄り、そして話し始めた。

「警告します。貴方たちがどんな目的で、何をしようとこの施設にやってきたかは把握できています。これ以上侵入するのであれば、実力行使を行わざるを得ません」

 凛とした、それでいて感情が感じられない冷たい機械仕掛けのような声。ある意味で整った顔立ちと能面のような顔という印象通りの声だった。

 だが、トーマスたちも何も物見遊山に来たわけではない。不当な占拠をされている以上、実力行使をしに来たのは、本来彼らなのだ。

「ご高説痛み入る。しかし、はいそうですかと尻尾を巻いて逃げ帰れるような立場でも、状況でもない。逆に、私たちは貴方にこそ、無条件での降伏を望む」

 トーマスは銃を構えながらそうモニタに向けて言い放った。他の四人も、それには何も異論はない。

 モニタの向こうでは、トーマスの発言に眉一つ動かさず、少女が返答した。

「仕方ありません。交渉決裂ですね。我々も貴方たちの侵入を許すわけには参りません」

 途端、ロボットのアーム部分が外れ、ガスが吹き出した。

「総員、ガスマスクだ!」

 トーマスは叫ぶと同時に、マスクを口に付け、姿勢を低くしてロボットを狙撃した。

 他の四人も思い思いの様子で必死にガスマスクを口に装着し、実を低くしてロボットにMP5SD4で銃撃を加える。だが、弾丸だけではその全てを破壊というわけにはいかず、ガスが出続けている。

「なるほどな……。そこら中に配備してるこのロボットを使えば、あっと言う間に無力化ガスを広範囲にまき散らせるってわけか!」

 ブルーノは、不自然なまでにテロリスト達が迅速に警備兵を無力化できたわけに思い当たり、唇を噛んだ。

「クソッタレ、ロボット三原則を守りやがれッ!」

 埒があかないと見て、エヴァルトは手榴弾を取り出し、投げつけた。鮮やかな爆風が巻き起こり、ロボットは黒こげとなって停止した。

「やれやれ、手荒い歓迎だったな」

 トーマスはふうと息を吐いた。一同も息を吐く。

 しかし、それだけに留まらなかった。間髪入れず、銃撃が嵐のように降り注いだのである。

 どうにかロボットを破壊できたという矢先であったため、五人は即座には動けなかった。相手も判らず、尚且つ背後からの攻撃だったため、回避はできなかった。

 トーマスのすぐ横にいたニット帽をかぶった兵の額が撃ち抜かれ、男はおびただしい血を流して倒れた。それを見て、男達は慄然とした。

 見れば、撃ってきた連中は正門を警備していた兵だった。五、六人と兵数こそ多くないが、完全な不意打ちである。

「畜生! 畜生!」

 エヴァルトは、ニット帽の男を引きずり、自分の後ろへと追いやった。

 だが、それでもトーマスたちもすぐに向き返り、MP5SD4を撃ち鳴らした。

 カバーポイントもなく、ほぼ正面からの撃ち合いとなり、トーマス達は圧倒的に不利な状況である。

「た、弾が!」

 そして、ウーゴが銃の弾を切らした。

 彼は、素早く腰元に付けていた拳銃に持ち替え、撃つが、途端に撃たれ、無様な格好を取りつつ、その場に倒れた。

「ウーゴ!」

 トーマスが叫ぶが、彼にも一切の余裕はない。

 明らかに劣勢。このままでは全滅を迎えるのみだ。

 だがその時、トーマスたちのさらに背後から砲撃が行われた。

「トーマス先輩! 何が起こっているって言うんです?」

 ようやく援軍が到着というわけだ。背後から声がこだまする。

 大量の弾丸が、五、六人の兵を狙って撃たれ、瞬く間に彼らは血溜りに倒れた。

 どうにか九死に一生を得たが、トーマスの表情は硬かった。

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