梅雨 koru.模様
しとしと...と降り続く雨に大気が重く、密度が増すような息苦しさを感じる。
この雨が春の終りを告げ、夏の始まりとなる。
*****梅雨*****
ゆっくりと上がる長い睫毛。
その睫毛の下の濃い茶色の瞳が射るように俺を見つめる。
俺はその目が苦手だ。
相手の真意を見逃すまいとするその真摯な視線は、俺にはきつすぎる。
不安を煽ることはわかっているのに、俺はその瞳から視線を外して窓越し、雨を落とし続ける灰色の空を見上げる。
すぐに視線を戻したのに、既にその瞳は下を向いていた。
何か悪い思考に陥っているに違いない。
手持ち無沙汰に、テーブルに転がる小ぶりの照る照る坊主を拾い上げる。
のっぺらぼうのその白い塊。
「顔、書かないのか?」
それを彼女の方へ押しやると、ほっそりとした指先が拾い上げる。
「描いたら、雨になるのよ」
小さく少し緊張した声でそう答える。
「へぇ」
俺がそう呟くと、また部屋には沈黙が戻る。
白い掌の中に転がる照る照る坊主から目を離して一度視線を上げ、伏せた長い睫毛を見てから頬杖を付いて窓の外に視線をうつす。
いつの間にか雨は止んで、だけど灰色の雲はまだ光を通さない。
視線を部屋に戻す、テレビもつけていない部屋はなんだか落ち着かなくて。
虹が掛かったら……。
もう一度空を見上げるが、まだ太陽が顔を出す気配がない。
天気予報が梅雨の晴れ間を予想していたのにと、内心で苦情を漏らす。
「ねぇ、雨、止んでるし、散歩に行かない?」
勇気を振り絞ったんだろう台詞。
少し語尾が震えてる。
視線を合わせれば、懇願の色が伺える。
いつもは何でもてきぱきこなす、俺の3つ年上の彼女。
なのに時々こうやって、俺の顔色を伺う。
もっと自信を持てば良いのに。
でも、その弱さが可愛くて。
喜色を顔に出さないように気をつけながら、彼女の提案を了承する。
もしかしたら、外のほうが良く見えるかもしれないしな。
念のため傘を1本だけ持って、部屋を出る。
そこかしこにある水溜り。
彼女の洒落たレインブーツは多少の水溜りには動じない。
するりと、俺のポケットに手を突っ込んだままの右腕に彼女の柔らかな腕が絡まる。
彼女を見下ろせば、ちょっとだけ見上げてきた瞳と合い、すぐに照れたように下に逸らされる。
だから俺は憚ることなくニヤケ面で、可愛い彼女の少し赤くなった頬を見る。
彼女の歩調に合わせてゆっくりと歩く。
そうしてしばらくぶらぶらと歩き続けていると、うっすらと空が晴れてきて、雲が割れて青空が顔を出し光が地上に差し込んだ。
青空が面積を広げてゆく。
そして、虹が
足を止めた俺に気づき、彼女も足を止め、俺の視線が捕らえているものを見つけ途端に笑顔になる。
空に現れた七色の橋
君の大好きなその橋の下で、俺はやっとポケットに突っ込んでいた右手を出せる。
「これから先、俺は貴女の太陽でありたい。 だから、ずっと俺と一緒に」
俺が渡す小さな指輪。
彼女の長い睫毛を濡らす水滴、虹を見たときよりも輝いた彼女の笑顔。
Hilcrhymeさんの”雨天”を何度も聞いて出来ました。
(”リサイタル”というアルバムに収録されております)
久藤さんあらすじありがとうございましたっ!