覚醒(仮)
クロスの12歳の誕生日・・・今日は休日である。
クロスにとっては毎年やって来る特別な日である・・・家族・友人達にお祝いしてもらいまた一つ大人になった事を実感できるのである。
朝、クロスはいつもより早く目覚めた・・・
跳ね起きるようにベットから飛び出し窓を開け放つ・・・5月の初夏の香り漂うピリリとした朝の空気を胸いっぱいに吸い込み深呼吸…やっと12歳になったんだ!(正確にはクロスが生まれたのは夕方であるが…)
くるっと振り返って自分の部屋を見るとシシーがクロスの部屋に入ってきた・・・
気のせいであろうか?今シシーがクロスを見てニヤッと笑ったように見えた・・・
まさかね、シシーはいつも笑ってるように見えるからかな??おいでと言ってシシーを抱き上げお早う!と朝の挨拶をする。するとシシーはいつもの様に甘えてニャーと鳴くその声が可愛くてクロスはギュッとシシーを抱きしめホウズりしながらシシー可愛いね愛してるよ♪と言うとシシーは迷惑そうにニャーと低い声を出し、するりとクロスの腕の中から抜け出し走って逃げていった・・・。
シシーったら冷たいな・・・誕生日なんだからもっとサービスしてくれてもいいのに@@@
ブツブツ言いながらさっさと着替えを済ませキッチンへと急いでいった。
・・・「お早う母さん!!」階段を早足で下りながら朝食を忙しげに用意している後姿の母に向かって大声で呼ぶ。
「あら、早いわねクロス。お早う。それと・・・ハッピーバースデイ♪」サニーはエプロンで手を拭きながら振り返り笑顔でクロスにお祝いを言った。
「ありがとう母さん!だーい好き!」言ってクロスはサニーを抱きしめる。
「ふふふ、今日は特別な日だから朝のお仕事は免除よ、顔洗ってきなさい。あと、お父様とリスが書斎で待ってるわ・・・行ってらっしゃい。」そういって背中を押す母の顔は何故だか少し曇っており寂しげに見えた・・・
「??うんきっと例の話かな?やっと仲間に入れるよ!」言ってクロスは母の顔色など気付かずにスキップして洗面所へと向かった・・・
やっと父さんと兄さんの大人の男の仲間入りが出来るぞ!難しい歴史の話や、近隣諸国の話し、この大国についても詳しく教えてくれるのかな?
クロスは楽しみで顔が思わずにやけていた。いつもより念入りに顔を洗いこっそりとリスターが使っている花を煮詰めて抽出した保湿成分の液体を顔に塗った。
自分の顔に大きな変化ないかと見回してみたがあいにく髭の生え始める様子もなく顔は昨日と同じようにつるりとしていた。
心なしか瞳の色が濃くなったような気もする・・・まあいっか。自分の目をまじまじと見つめ父と兄が待っているのを思い出し急いで書斎に向かった・・・
・・・・・コンコン・・・・
「入りなさい。」父の厳粛な声を聞きクロスはさっきまでのワクワクした気持ちから一気に緊張して柄にも無く入りますと声をかけそっと重い扉の金色のノブを回し室内に入った・・・
父の書斎は窓が開いておりレースのカーテンが初夏の風に揺れ室内をさわやかなピリリとした空気が包んでいた。
窓の前には大きなダークブラウンの机があり其処が父の指定席であった。室内の両側には造り付けの天井まで届く大きな本棚があり其処はほんの少しの隙間以外全て本で埋め尽くされていた。
クロスが室内に入り扉を閉め振り向くと父カージスはデスクに座り何冊もの本を机の上に置きその内の一つをぺラペラと捲っていた。
中央にあるやや色褪せ柔らかくなったライトブラウンの皮のソファは対になっておりその一つに兄リスターが深く腰掛け足を組んで入ってくるクロスを見つめていた。
久しぶりに見た兄はやややつれ全体的に痩せておりいつもの輝く様なオーラが影を潜めていた。
「兄さん・・」その声を聞いてカージスはクロスの方を向き立ち上がるとソファを指した。
「クロス、よく来たね、さぁ先ずは掛けなさい。」クロスはハイ父さんと小さな声で返事をするとリスターの向かいのソファに腰掛けた。
そのソファはいつも父が居ない時シシーと寝転がったり昼寝をしたりするクロスのお気に入りだったが今日は居心地がいいとはいえなかった。
座って気付いたのだがソファの間の背の低い楕円のテーブルには深緑のベルベットの生地が何かの上に覆い被さっている様にこんもりと膨らんでいた。
「誕生日おめでとうクロス。それが気になるだろうけど先ずは父さんの話を聞いてからね。」クロスがじっと見ているのに気が付いたリスターが微笑み身を乗り出してクロスの頭をなでて言った。
クロスは小さな声でハイ。とだけ言うとリスターの隣に座った父を見上げた。
「さてと・・・先ずは誕生日おめでとうクロス。父さんも母さんもお前が健康で成長した事を心より嬉しく思っているよ、今晩はお前の誕生日パーティーだ、母さんが頑張ってお前の好きなホワイトチョコのケーキを作ってくれているよ。」そういってカージスは嬉しそうに微笑むと同じように身を乗り出しクシャっとクロスの頭を撫でた。
クロスも嬉しそうに笑うとありがとう。と言うと少し姿勢を崩し父の話を聞くのに辛くない態勢に座りなおした。
「・・・さて、クロス。お前も不思議に思っているだろう、何故12歳の誕生日をこんな風に大げさにするのか・・・リスターのときの様子を見ていて気になっていただろう。」クロスは父の言葉にただコクコクと頷いた。
「・・・今まで打ち明けるのを躊躇っていた訳ではないのだが・・・クロス。今からする話はとても重要だ、心して聞くように。」言うとカージスは改まった表情でクロスを見つめた。
「・・・クロス、我々は、我一族は血筋正しき古き血族のドラゴン族なのだ・・・。」いってカージスはクロスの反応を待ったがクロスは驚いたのか何も言わず口をあけてカージスを見ている。
「・・・気付いていただろうか?きっとお前も不思議に思っていたはずだ・・・何故、5歳までの記憶が曖昧なのか、何故5歳を過ぎてから頭の中がはっきりし、自身の中にまた別の人格の様なものが存在するのか・・・何故自分は同世代の友人と同じように考えられないのか・・・」
するとクロスは激しく頭を上下にふり興奮の面持ちで捲し立てた。
「そうなんだ!!僕・・・僕ずっと悩んでいた!だってみんなと同じように思ったり考えたり出来ないんだ!!勉強に関しても皆みたいに思えないし、同じ目線で物事を見たり感じたり出来ないんだよ!・・・いつもどっか冷めてるんだ・・・」ぼそっと呟き下を見つめる。
「でもだからって自分が人間じゃないなんて・・・そんな事・・・そんな事今更ありえないよ・・・・」
「・・・無理も無い、私達だってお前にそう思わせた事もないし、他の子供と同じように育ててきた。」言うとカージスは立ち上がり自分のデスクより小豆色の古びた丸まった巻物を持ってきた。
「・・・これを見てごらん。」言うと巻物を開きテーブルに載せ皺を伸ばした・・・
それは古び、何の染みか解らない物が所々に付き中の方は古く今にも破けそうになっていた。
「これは?」何かの文字が書いてあるがインクが擦れていたりして読みにくい。
「これは我が家の家系図だ・・・此処を読んでごらん。」
カージスが指差した所を見ると色褪せていたが美しい色彩で凝った飾り文字が書かれていた。
読みにくかったが一つずつ読んでみると其処には父の言葉を裏付ける内容が書かれていた。
・・・・・・我ら神に選ばれしキュアノスのドラゴン・神の法によってプラーシノのドラゴンに永久の忠誠を誓う・・・・・
「それと此処も・・・」カージスが指差した比較的新しい紙で出来ている所を読むと其処には幾つか枝分かれしていたが直線の線で結ばれた先に父の名前其処の横に母の名前があった。
「・・・・クロス・・・私たちは古き血族キュアノスのドラゴンなのだ。」今度はしっかりと自分の目を見ているクロスに確信を込めて話す・・
「我らドラゴン族は見た目こそ人間と同じように見えるがしかしこれは古代に我らの先祖が神と誓約を交わしたからなのだ・・・しかし、外見が人間に見えるからと言ってまったくの人間と言うわけではない。その中身はれっきとしたドラゴンなのだ・・・。」
「我らは5歳まで眠りの日々を送るこれは人間の姿を纏うために負うリスクの様な物だ。ドラゴンである己と人間の姿が完全にリンクするまでまどろみ、自身の真実と向き合うのだ・・・。そして目覚めた事を覚醒と言う其処からは人と同じように成長できるが古き血が流れているため通常の人間の子と同じように内面が成長できない。心はドラゴンとしての成長をするんだ・・・貪欲に知識を求める」
「そして12歳・・・この日を境にドラゴンとしての真の瞳が開かれる・・・第2の覚醒だ・・・今日鏡で自分の瞳を見たか?一番深い色の周りに星が…白い斑点が出たはず。それが証拠だ・・・。」クロスはハッとして自分の顔に手をやって思い出した。今日自分の目の色に何か違和感を感じた事を・・・それでか。と思い父に意識を戻す。
「そして、体の1箇所に“逆鱗”と呼ばれる場所が出来る。それは鱗だ・・・ドラゴンの鱗が1枚だけある・・・リスクロスに見せてあげなさい。」カージスが促すとハイと言ってリスが上着を脱ぎ二の腕をそっと見せた。
クロスはハッとしてその箇所を見た・・・それはまるで宝石だった・・・青・・・水色・・・?兄と同じ瞳に輝く鱗は光に反射してキラキラと光った・・・
なんて綺麗なんだろう…自分の逆鱗は何色なのかな?
「後で探してみるといい。逆鱗は瞳と同じ色をしているそれがお前のドラゴンとしての姿になった時の真実の色だ。」クロスの思いを察したようだ・・・。
「そして、12歳になると人間としての姿をとどめておく事が難しくなる・・・感情のコントロールが難しくなるのだ・・・他人が“逆鱗”に触れたり、憤怒の感情が爆発するとドラゴンの姿に戻ってしまう・・・」
「・・・そうならない為には鍛錬・そしてドラゴンである己を知っていかねばならない・・・」そういってカージスは自分の首にかかるネックレスを服の上から握り締めた。
「・・・そうだったんだ・・・だから父さんと兄さんは秘密の勉強をしていたんだね・・・」そういってクロスは力なく微笑むとリスターを見つめた。
「すまなかったな、クロス・・・父さんと約束したんだ…お前が12歳になるまで秘密は守るって・・・それがお前を守る事になると思ったから・・・。」リスターは申し訳なさそうに俯いた。
「・・・違うよ、兄さんを責めたいんじゃないよ・・・ただ、やっと色々納得が行ったんだ・・・」
「そうか・・・クロス、これ俺からの誕生日プレゼントだ、何日も寝ないで作ったんだ付けてくれ。」
リスターは深緑のベルベットに包まれた物をクロスに渡した。
「ありがとう兄さん・・・」クロスは嬉しそうに微笑み包みを開けた・・・
・・・これ!驚いたクロスが兄を見ると照れくさそうに笑いながら着けてみてと催促した。
クロスがいそいそと首から下げるとクロスの中で何かがうずめきカチリと何かが嵌った様に思えた。
不思議そうに眼を上げると心配そうにこっちを見つめている父と兄の眼と視線が合った。
「変な感じはないか?体が拒否するような?首が苦しくなったり、頭が痛いとか??」心配そうにカージスが早口に尋ねた。
「・・・大丈夫・・・何とも無いみたい…むしろピッタリ嵌ったような・・・自分の一部の様な・・・」
「・・・そうか、よかった・・・それは瞳の石・・・お前の力を抑制して制御できるようにする為のものだ。」
「・・・クロス、我々ドラゴン族は魔力を使う。その力の源はおまえ自身から湧き出てくる。しかし自身で制御できなければそれはただの危険な物でしかない。物を破壊し、命を奪う・・・しかし瞳の石を身に付けていればその力をコントロールし、真の姿に戻る事も無い。石の色をごらん?お前の瞳とまったく同じ若草の様だろう?」
言われてクロスは兄のくれたネックレスをまじまじと見つめた。それは緻密に細工された銀細工で出来ていた。美しく光る大きな緑色の石がありその石を囲むように薔薇の蔓が延び精巧に彫られた薔薇の花が添えられていた。
「兄さん・・・こんなに綺麗なもの・・・ありがとう僕一生大切にするよ!!」
クロスにそう言われリスターは嬉しそうに微笑み白い顔にうっすらと紅がさした。
「そのネックレスはリスターが寝ずに自身の魔力を注ぎ込み作ったものだ、他人の力では外せず、お前が外したいと心で思うだけで外れる。もしもなくしても心で思えば通じ合い何処に在るのかがわかる。」
「どんな事があっても無くしてはいけないよ、それはおまえ自身でありリスターの愛情なのだから・・・」父は厳かに言うと立ち上がった・・・
「まだまだ伝えねばならない事がたくさんあるが今日は誕生日、免除してやろう。しかし、明日からは放課後夕食前に書斎でドラゴンについての勉強だ・・・覚えねばならない事は沢山在る。歴史、魔力、他の民族について・・・中でも一番大切な事が魔力だ。それは夕食後外で教えよう。」言うとカージスは嬉しげに微笑み頑張れよと言ってクロスの肩をたたいた。
「父さんは厳しいぞ!解らない事が在ったらなんでも聞けよ、いつも兄さんが傍に居るって事を忘れるな!!」リスターもクロスの傍まで来て隣に座るとギュッとクロスを抱きしめた。
「さあ!朝ごはんだ!!母さんが痺れを切らして待ってるぞ!!」カージスはパンと手を叩き2人を部屋から追い出した・・・
部屋から出てクロスはホッと溜め息をつき兄を見上げると
「兄さん本当にありがとう、僕取っても嬉しかった!」キラキラと瞳を輝かせて兄を見つめた
「気に入ってもらえて良かったよ、普通は先祖代々のお古を使うんだけど、クロスのは特別に俺の手で作りたかったんだ・・・石はお古だけどね♪」リスターも嬉しげに笑いさあ母さんの所に行って披露しようとクロスの背中を押した。
・・・2人がキッチンに入ろうとするとシシーがやってきて甘えた声でニャーとクロスの足に擦り寄った。
「シシービックリするぞ!僕ねドラゴンなんだって!!」クロスがシシーを抱き上げて嬉しそうに報告するとシシーはじっとクロスの目を見つめた。
「・・・そんな事は他人には秘密にしなさいって習わなかったの?それに私はずっと知ってたわおちびちゃん♪」何とシシーがクロスに話しかけた。
自分がドラゴンだと言われたときの様に驚き口をぽかんと開けるクロス・・・
「そんな風に口を開けているのは見っとも無くってよ、今まで内緒にしていたけど私はただの猫じゃないの、貴方と同じように話せるし魔力も持ってる。以後気をつけてちょうだいね」
シシーの突然の変化に急いで口は閉じたもののまだ衝撃から立ち直れない・・・
「大丈夫かクロス?シシーも人…じゃない猫が悪いな・・・驚かせるようなタイミングで言わなくても・・・」そう言うとクロスからシシーを抱き上げて肩に乗せる。シシーはニャーオと鳴きリスターに頬ずりして
「ずっと楽しみにしてたの、やっと言えて楽しかったわ♪想像以上の反応だったしね。」シシーはクロスを見下ろしてニヤリとした・・・
・・・僕・・・母さんが鬼だって言っても信じれそう・・・クロスはハァーと深く溜め息をつき今までいかに自分が無知であったかを痛感した・・・