母
カージスは意識をゆっくりと取り戻し自身の身体から訴える激痛に慄きうめき声を漏らした。体中が熱を持ち全身を切り刻まれたのではと思うような痛みが駆け巡り頭を持ち上げる事も苦しかった…
痛みに呻きながらカージスが身体を持ち上げようとすると腕は後ろ手に拘束され自由に動かすことが出来なかった。
「…ックソ…」悪態をつき必死で身体を持ち上げようとすると支える腕を伸ばされビックリしてその手を伸ばした人物を見上げる…
「サニー…無事だったか…」妻の姿を見止め安堵の溜息を付き抱きしめようと腕を伸ばしたかったが拘束された腕は動かず舌打ちをする。
「あなた…気が付きましたか?身体は痛みますか?」サニーはカージスを支え壁に寄りかからせるとその顔を覗き込み頬を撫でる…
「…ああ、体中痛むが命までは取られなかった様だ…此処は…一体何処だ?」カージスは無理やりに笑顔を見せると薄暗い牢内を見渡す…
「サニーお前、身体は?身体は大丈夫なのか!?」カージスは傷ひとつ無いサニーの顔を見て最後の場面を思い出しビックリして尋ねる。
「ええ…あの後私も意識を失ったのだけれど気が付いたらこの城の一室に寝かされ魔術を施されていたわ…お陰で皮肉にも傷は癒えてしまった…」サニーは自嘲の笑いを漏らし溜息を付く。
「此処では私は自分の命さえも自分の思うようには出来ないのね…人間って弱いものだわ。」サニーは血と泥でグシャグシャに乱れた夫の髪を撫でる。
「そうか…無事でよかった…お前に何か在ったら私は…」苦しげに顔を歪めサニーの肩に頭を乗せささやき声で無事でよかったと呟く…
「お目覚めですか?」2人がお互いの傷を確認しあいこれからの事を相談しているときひそかな靴音と共に暗闇にその姿を現した…
「ご夫婦でお互いの傷を舐め合っているようで感動しましたよ。」赤銅色の髪は蝋燭の明かりに照らされどす黒く見えた…
「あの後貴方達のお宅を拝見させて頂きましたよ…寝室は3つ…青年期の男部屋、少年期の男部屋…お子さんの部屋ですね?」男はニヤリと笑い木製の椅子を牢の前に置くとマントを翻しゆっくりとすわり足を組んだ。
「さて…息子さんは何処ですか?」身を乗り出し蝋燭の明かりでも見える様に顔をこちらに向けると男は笑った…
「お前達、奥方様を此方へ。」男が暗がりに向かって命令すると皮の鎧を身に着けた男達が2人牢の鍵を開け中に入ってきた。
カージスは鎖に繋がれたままサニーを守ろうと前に身を乗り出した。
男達は何も言わずただ足で鎖に繋がり抵抗の出来ないカージスを蹴飛ばし後ろに隠れる様にしていたサニーの髪を掴むと引きずるようにして連れ出した。
「やめろ!!妻に手を出すな!ぺドラ!!」這うように鉄格子の前まで来ると苦しげに口から血を流しながら懇願した。
「ならば子供達の居所を貴方が教えてくださいますか?」ぺドラと呼ばれた赤銅色の髪の男は口から血を流すカージスを無表情で見つめサニーの両腕を後ろでに縛り上げた。
「さあ、奥方、教えてください。お子さん達は何処ですか?」後ろでに縛り上げられ力なく跪くサニーの首を掴み片腕1っ本でサニーの首を締め上げた。
「ぅぐう…」サニーは苦しそうに吊るし上げられもがく事も出来ずただ足でじたばたと空をかいた。
「やめろー!離せ!離すんだ!!」カージスは怒りで顔を赤らめ鉄格子に向かって体をぶつけた。
「貴方が話してくださるなら離します。」ぺドラは苦しみに顔を歪め喘ぐサニーを嬉しそうに見ながら言った。
「分った、話す。話すから妻の手を離してくれ!!」カージスは涙を流しながら叫んだ。
「そうですか…ならばどうぞ、話してください。貴方が真実を話しているようでしたら私もこの手を離します。」憎らしいほどゆっくりとした口調でぺドラは言うとカージスの方を向いた。
「私の息子は…息子は…」カージスが話そうとするとかすかな声が聞えてぺドラが掴んでいるサニーの方を向いた。
「…ま…まってぇ…わ……わたしが…」首を絞められて苦しいはずのサニーが喘ぎながら訴えた。
「どうやら奥方様が話してくださるようだ。」ぺドラはニヤリと笑うとサニーの手を離しどさりとその場に落とした。
「どうぞ奥方様…どうせ貴女の子ではない…貴女が全てを話してくださるなら貴女の息子は助けましょう…古の紺碧のドラゴンだ傷つけるような事はしないと誓いましょう。その代わりもう一人の子供の事を全てお話ください。」ぺドラは先程まで命を奪おうとしていた相手とは思えないほど優しく語りかけた。
「本当ですか?本当の事を全て言えば私の息子は助けてくださいますか?」サニーはぺドラの足元に来ると縋りつき問い正す。
「本当にあの子を助けてくださいますか?」
「約束しましょう…無事に貴女の下にお返しすると。」男は屈みこみサニーの方を優しく叩くとさあと促した。
「やめろサニー!!」カージスが叫ぶとぺドラが合図して男達の1人がカージスを黙らせようと殴りかかった…
カージスが口を開けなくなるまで殴り蹴飛ばすとぺドラがサニーの方を向き直り椅子に座らせ目の前にしゃがむと視線を合わせた。
「貴女が早く話してくださったらご主人もこれ以上傷つかずに済みます。自分のご家族を守るためにも子供たちの行方について教えてください。」優しく諭されサニーはチラッと動かなくなった夫の方を見て意を決したように頷き口を開いた。
それを見て取ったぺドラはサニーの戒めを解いてやるとサニーの両手を優しく包み込んだ。
「貴女もお苦しかったでしょう、よその子の為に自分の家族が犠牲になり追われる立場で…」ぺドラの優しい口調にサニーも涙を流し頷いた。
「あなたごめんなさい…けれど私にはこれしか方法が思いつかなかったの…愛するあの子の為に…許して…。」
サニーのそう呟く声にカージスは悔しそうにくぐもった声を零した。
サニーはぺドラの手を握ると自分の方に引き寄せ抱きしめた。
「あの子達は私の息子。あなたなんかに何も教える事は無いわ!!」
そう言うとサニーはぺドラの腰の剣を引抜きぺドラを突き飛ばすと自分の首を切った……
サニーから血が飛び散りぺドラはその鮮血から逃れるように尻餅をついた。
サニーはぺドラを蔑む様に見つめ呟いた…「私は母親なのだ」と…