婚約破棄された令嬢は、彼を忘れました
「エレノア・ベルフォード!お前との婚約を、今日この場をもって破棄する!」
王立学園の卒業記念舞踏会。
大広間は王宮の祝宴にも匹敵する荘厳さだった。
天井高く吊り下げられたシャンデリアが幾重もの光を放ち、白大理石の床に輝きを散らしている。
中央には卒業生のための広い舞踏フロアがあり、その周囲には貴族たちが談笑する円卓が整然と並んでいた。
その大勢の卒業生や在校生、貴族が見守る中、王太子であるレオンハルト殿下は、私に向かってそう宣言した。
隣には、淡い桃色のドレスをまとった可憐な令嬢が寄り添っている。
確か、殿下のお気に入りだと噂の子爵家のご令嬢だ。
「お前のような冷酷な女を、未来の王妃にするわけにはいかない!」
殿下の声が会場に響き渡る。
私は身体の奥から感じる何かを静かに受け止め、ゆっくりと頭を下げた。
「──承知いたしました」
「……は?」
「婚約破棄、謹んでお受けいたします」
殿下の全身から怒気が立ち上っている。
どうやら、私が泣いて縋るとでも思っていたらしい。
けれど、十年間。
私はこの方の婚約者として、十分すぎるほど努力してきた。
朝から晩まで続く王妃教育。
殿下の代わりに処理した膨大な書類に、何度も引き受けた外交上の失態の後始末。
(今までの努力が無駄になる……?もったいない?)
いいえ。
知識もやり遂げた経験も私には残る。
それに──
(うんざりだったのだ。もう)
不思議なほど、今私の心は落ち着いていた。
「では、失礼いたします」
私は緩やかに微笑むと一礼し、その場を辞そうとした。
「待て!」
激怒した殿下が私の腕を掴む。
「まだ話は終わっていない!」
その瞬間だった。
視界が、ふっと揺れた。
ビシッ──!
目の前の人物の顔が、まるでガラスにひびが入ったかのように突如歪んでしまった。
驚いた私は瞬きをした。
けれど、何も変わらない。
そこに人がいることは分かる。(今も腕をつかまれているので)
ただ。
どうしても認識できなかった。
「あの……」
「何だ!」
私は困惑しながら尋ねた。
「失礼ですが、どちら様でしょうか?」
会場が、静まり返った。
「……もう一度言ってみろ」
目の前の男性が、低い声で言った。
「申し訳ございません。どなたなのか、分からなくなってしまって」
「ふざけるな!」
男性が怒鳴った。
「私を愚弄するつもりか!」
「そのようなつもりはございません」
本当に困っていた。
記憶の中を必死で探るが、一つの顔として結びつかない。
「レオンハルト様、きっと婚約破棄されたことが悔しいのですわ」
隣にいた令嬢が、男性の腕に縋りついた。
「こんな芝居をなさるなんて……」
「芝居ではございません」
「では、わたくしの顔は分かりますの?」
私は令嬢を見た。
「はい。リリアナ・コール子爵令嬢ですね」
「……え?」
「先月、王宮の庭園でお茶を召し上がっていらしたでしょう?」
令嬢の顔が引きつった。
私は再び目の前の男性を見る。
やはり、顔が分からない。
「ほかの方のお顔は分かるのですが……」
そのとき、背後から声がした。
「エレノア嬢」
振り返ると、夜の帳を思わせる漆黒の髪をした青年が立っていた。
こちらを探るように見つめる紫色の瞳。宮廷魔導師の制服を着ている。
「……セドリック様?」
「私の顔は分かりますか?」
「はい。セドリック・アシュフォード様です」
彼は私の様子を確かめるように、ゆっくりとうなずいた。
「少し失礼します」
そう言って、私の額に手をかざす。
淡い光が指先から広がった。
「……なるほど」
セドリック様の表情が険しくなる。
「エレノア嬢。今夜はこれ以上、無理をなさらない方がよろしいでしょう」
「何を勝手なことを!」
殿下が声を荒らげた。
「セドリック!お前には関係ない!」
「彼女に魔力異常が起きています。宮廷魔導師として、見過ごすわけにはまいりません」
「私の命令に逆らうつもりか!」
「診察を中止せよとのご命令でしたら、正式な命令書をお願いいたします」
セドリック様は静かに答えた。
「詳しくは検査が必要ですが、少なくとも芝居ではありません」
セドリック様は私に向き直り、そっと手を差し出した。
「歩けますか?」
「はい」
「では、参りましょう」
私は、その手をそっと取った。
不思議だった。
十年間、誰かの隣に立っていたときよりも。
今、セドリック様の隣を歩いている方が、ずっと安心できた。
***
翌朝。
私はベルフォード侯爵家の応接室で、セドリック様から診察結果を聞いていた。
「結論から申し上げますと、エレノア嬢には認識阻害の魔法が作用しています」
「認識阻害、ですか?」
「はい。ただし、外部からかけられた呪いではありません」
セドリック様は机の上に一枚の書類を置いた。
見覚えのない羊皮紙だった。
十年前に、私とレオンハルト殿下が婚約した際に交わした、魔法契約書だと言う。
「この契約には、王家の古い誓約術式が組み込まれています」
「誓約術式……」
「互いに相手の魔力の乱れを感じ取り、精神的な負担を軽減する働きがあります」
そこでセドリック様の表情が険しくなった。
「ですが、この術式には問題があります」
セドリック様は契約書の一節を指さした。
「本来、互いの負担を分かち合うための術式なのですが、殿下側の術式が機能せず、あなたの側に負担が集中する状態になっていたのです」
「……え?」
「その状態が、十年間も続いていたのです」
私は言葉を失った。
「術式の影響は相当なものだったはずです」
セドリック様は静かに続けた。
「昨日、殿下が婚約破棄を宣言したことで、契約が急激に解除されました」
「それで、あの方が分からなくなったのですか?」
「正確には、術式の残滓が、殿下に関する記憶や認識を妨げている状態です」
「治るのでしょうか?」
「はい。魔力が落ち着けば、自然に回復する可能性が高いでしょう」
私はほっと息を吐いた。
けれど、セドリック様は少しだけ眉を寄せた。
「ただし、もう一度同じ契約を結ぶことはお勧めできません」
「……そうですか」
「あなたの魔力は、限界に近いところまで消耗しています」
「どうして……」
思わず、言葉がこぼれた。
「どうして、誰も気づかなかったのでしょう」
セドリック様はすぐには答えなかった。
しばらくして、静かに口を開く。
「……私も、もっと早く気づくべきでした」
「セドリック様?」
「三年前、あなたが王宮の廊下で倒れたことを覚えていますか?」
私は記憶を探る。
あれは王家主催の夜会が終わった翌朝だった。
書類を届けに向かう途中で、意識を失ったことがあった。
「私が医務室までお運びしました」
思い出した。
目を覚ましたとき、枕元に水差しと花が置かれていた。
「あれは、セドリック様が?」
「はい」
彼は少し困ったように笑った。
「あなたは目を覚ますなり、殿下の書類を心配していました」
「……申し訳ございません」
「いいえ」
セドリック様は首を横に振った。
「私は、あなたがご自身のことを、少しも大切になさっていないように見えて……心配だったのです」
そんなふうに言われたのは、初めてだった。
***
婚約破棄から一週間。
王宮は、少々困ったことになっているらしい。
原因は、レオンハルト殿下だった。
殿下はこれまで、重要な会議や外交行事の前になると、私に相談していたらしい。
私が作成した資料を読み、私が考えた返答を口にしていた。
けれど、婚約破棄によって誓約術式が解除され、認識阻害が発生している私は、体調を心配した両親から王宮への出入りを禁じられていた。
当然、資料を作ることもなくなった。
その結果。
「エレノア!なぜ会議の資料が用意されていない!」
一人の男性が侯爵家に押しかけてきていた。
私は応接室でお茶を飲みながら、困惑する。
「資料の作成は、王宮の文官にお申しつけくださいませ」
「お前がいつも作っていただろう!」
「そうなのですか?」
「だから、今までどおりにしろと言っている!」
「無理でございます。婚約は破棄されました」
私は首を傾げた。
「私は殿下……だと思うのですが、殿下に関する過去の記憶をほとんど失っております。何もお役には立てません」
目の前の男性は言葉に詰まった。
私はその顔を見上げる。
やはり、ヒビが入ったガラスのように認識できない。
不思議なものだ。
「……まだ、その芝居を続けているのか」
吐き捨てるように言った。
「芝居ではございません」
「私の事を忘れるなど、あり得るものか!」
「申し訳ございません」
謝る必要などないのかもしれない。
それでも、長年の習慣で口から出てしまう。
殿下は苛立たしげに立ち上がった。
「いいか。私はお前を許してやってもいいと思っている」
「……はい?」
「リリアナを側妃に迎えることを認めるなら、お前を再び正妃候補として考えてやろう」
私は思わず瞬きをした。
何を言われているのか、理解できなかった。
「つまり、再び婚約しろということでしょうか?」
「そうだ。ありがたく思え」
「お断りいたします」
彼が固まった──ように見えた。
「……何?」
「婚約をお受けするつもりはございません」
「なぜだ!」
「理由が必要でしょうか?」
私は静かに答えた。
「殿下自ら私との婚約を破棄なさいました。私はそれを受け入れました。それだけのことです」
「お前は私を愛していたのではないのか!」
「……記憶にございません」
私は答えた。
「殿下との過去については、何も」
「エレノア!」
殿下が私に手を伸ばした。
そのとき。
「そこまでになさってください」
低い声が響いた。
扉の前に、セドリック様が立っていた。
「セドリック!またお前か!」
「彼女は療養中です。これ以上、負担をかけることはお控えください」
「お前には関係ない!」
「いいえ」
セドリック様は、私の前に立った。
「関係があります」
その声は、普段の穏やかなものとは違っていた。
「私は、彼女を大切に思っていますから」
セドリック様は、私を庇うように一歩前へ出た。
「あなたが手放した方を、私は二度と傷つけさせるつもりはありません」
***
殿下が帰った後。
私はセドリック様と向かい合っていた。
「先ほどは、ありがとうございました」
「いいえ。出過ぎたことをいたしました」
セドリック様は少し気まずそうに視線を逸らした。
「それより、体調はいかがですか?」
「随分よくなりました。最近は、朝もすっきり目が覚めるんです」
「それはよかった」
彼は心から嬉しそうに笑った。
私は、その笑顔を見つめた。
漆黒の髪。
紫色の瞳。
優しく細められた目元。
そのすべてが、はっきりと見える。
「……不思議ですね」
「何がですか?」
「殿下のことは、何も思い出せないのに、セドリック様のお顔は、こんなにもよく分かるんです」
セドリック様は目を見開いた。
それから、頬をわずかに赤くした。
「……それは、光栄です」
「それに、セドリック様といると、安心します」
言ってから、少し恥ずかしくなった。
けれど、嘘ではなかった。
私が疲れているときは、休むように言ってくれる。
そんな当たり前のことが、今の私には何よりも嬉しかった。
「エレノア嬢」
セドリック様が、静かに口を開いた。
「一つ、お願いをしてもよろしいでしょうか」
「はい」
「これからは、ご自身のために時間を使っていただけませんか」
「……私のために?」
「はい。読みたい本を読んで、好きな花を育てて、行きたい場所へ行く。そんな時間を、もっと大切にしていただきたいのです」
私は思わず笑ってしまった。
「随分と贅沢なお願いですね」
「そうでしょうか?」
「ええ。殿下に関する記憶がない今、はっきりと分かりました。私、これまで自分の好きなことを考える暇もありませんでした」
──そう。
殿下に関する記憶を失って初めて、私はこれまで、どれほどあの方のために生きてきたのかを思い知らされた。
「では、これから考えましょう」
セドリック様も笑った。
***
それから一か月が過ぎ、私の体調は、驚くほど回復していた。
朝起きても頭が痛くない。
食事がおいしい。
庭園を散歩しても、疲れて座り込むことがなくなった。
何より、毎日が楽しかった。
セドリック様は、仕事の合間を縫って侯爵家を訪ねてくれた。
ある日は珍しい本を。
ある日は小さな花束を。
またある日は、王都で評判のお菓子を持って。
私たちは庭園でお茶を飲み、たわいもない話をした。
そんなある日のこと。
「エレノア嬢」
セドリック様が、いつになく真剣な表情で私を見つめた。
「実は、以前からお伝えしたいことがありました」
「何でしょう?」
「私は、あなたが好きです」
一瞬、時間が止まったように感じた。
「……え?」
「三年以上前から」
セドリック様は照れたように笑った。
「あなたが殿下の婚約者だった頃は、何も申し上げるつもりはありませんでした。ですが……」
セドリック様は、少し困ったように笑った。
「私は、思っていた以上に欲深い人間だったようです」
「……欲深い?」
「ええ。あなたが笑ってくださるだけで十分だと思っていたのに、今は、その笑顔を一番近くで見ていたいと願ってしまうのです」
彼は私の手を取った。
「もし、あなたがよろしければ、私と婚約していただけませんか?」
誰かに求められることが、こんなにも嬉しいなんて。
けれど、私はすぐには答えられなかった。
「……セドリック様」
「はい」
「私、まだ自分の気持ちがよく分からないのです」
彼は静かにうなずいた。
「急いで答えを出す必要はありません」
「ですが……」
「私は、あなたがご自身の意思で選んでくださることが、何よりも嬉しいのです」
私は彼を見つめた。
その言葉は、胸の奥にすっと染み込んだ。
「……ありがとうございます」
私は微笑んだ。
「少しだけ、お時間をいただけますか?」
「もちろんです」
セドリック様は笑った。
「何年でも、お待ちしますよ」
***
さらに二週間が過ぎた頃。
私は両親を伴って王宮へ呼び出された。
国王陛下から、婚約破棄に関する正式な謝罪を受けるためだった。
応接室には、国王陛下と王妃陛下、一人の男性がいた。
「エレノア嬢。このたびは、愚息が大変な迷惑をかけた」
国王陛下が深々と頭を下げた。
私は慌てて礼を返す。
「どうか、お顔をお上げくださいませ」
「婚約契約の術式についても調査した。王家の管理に重大な不備があったことが判明している。本当に申し訳なかった」
王妃陛下も、申し訳なさそうに私を見つめた。
「十年間、あなたにどれほどの負担をかけていたのか……。気づいてあげられなくて、ごめんなさいね」
私は静かに頭を下げた。
「それから、もう一つ伝えておかねばならぬことがある」
国王陛下の声が低くなった。
「今回の件を受け、レオンハルトの公務についても調査を行った。その結果、これまでの政務の大半を、そなたが肩代わりしていたことが判明した」
私は驚いて顔を上げた。
「本来、王太子が果たすべき責務を婚約者に押しつけ、あまつさえ公衆の面前で一方的に婚約を破棄するとは。到底、次代の王にふさわしい振る舞いとは言えぬ」
国王陛下は、隣に立つ男性へ厳しい視線を向けた。
「よって、レオンハルトを王太子の地位から解任することが、正式に決定した」
「父上!」
男性が声を上げた。
「私は認めません!それでは、これまでの私の努力はどうなるのです!」
「努力?」
国王陛下の声が、一段と冷たくなった。
「そなたが己の功績として報告していた仕事の大半は、エレノア嬢が成し遂げたものではないか」
男性は言葉を失った。
私は、ただ静かにそのやり取りを聞いていた。
十年間の努力が、ようやく認められた。
けれど、不思議なほど心は穏やかだった。
もう、私には関係のないことなのだ。
そのとき。
「エレノア」
両陛下の脇にいた男性が、一歩前へ出て私を呼んだ。
私は顔を上げた。
そして、気づいた。
「あ……」
見える。
顔が。
金色の髪。青い瞳。
十年間、何度も見つめてきた顔。
「……殿下?」
「私の顔が、分かるのか?」
「はい」
殿下は、ほっとしたように笑った。
「そうか。ようやく元に戻ったのだな!」
そして、当然のように手を差し出した。
「エレノア。お前が戻ってくれれば、父上も考え直してくださるはずだ。だから、もう一度やり直そう」
「レオンハルト、何を──」
国王陛下が声を上げかけた。
けれど、殿下は構わず私に手を差し出した。
私は、その手を見つめた。
その瞬間、堰を切ったように記憶が溢れ出した。
十年前。
転んで泣いていた私に、手を差し伸べてくれた少年。
初めて名前を呼んでもらった日のこと。
婚約が決まり、嬉しくて眠れなかった夜のこと。
──ああ、そうだった。
私は、この方が大好きだったのだ。
けれど、蘇ったのは幸せな記憶だけではなかった。
いつしか減っていった二人で過ごす時間。
約束を忘れられた日のこと。
どれほど努力しても、当然だと言わんばかりに受け流された日々。
私が必死に公務を肩代わりする一方で、あの子爵令嬢と親しげに過ごしていた姿。
それでも、私は信じていた。
いつか、あの頃のように笑い合える日が来るのだと。
(……そうだったわ)
かつての私なら、迷わずその手を取っただろう。
十年間、ずっと待ち望んでいた手だったのだから。
でも、今は違う。
目の前にいるのは、あの日の優しい少年ではない。
私を傷つけたことも、私が苦しんでいたことも、理解しようとしなかった人だ。
そして私も、もう、あの頃の少女ではなかった。
「……申し訳ございません」
私は静かに頭を下げた。
「私は、もう殿下の婚約者には戻れません」
「なぜだ!顔も分かるようになったのだろう!」
「はい」
私は微笑んだ。
「ですが、分かったのはお顔だけです」
殿下が息を呑んだ。
「以前のように、殿下をお支えすることはできません」
「エレノア!!」
「どうか、お幸せに」
私は深く一礼した。
それが、十年間の恋の終わりだった。
***
王宮を出ると、門の前に少しだけ緊張気味なセドリック様が立っていた。
「お迎えに上がりました」
「セドリック様!」
私は思わず駆け寄った。
「お話は終わりましたか?」
「はい」
「……大丈夫でしたか?」
私はうなずいた。一緒に来てくれていた両親を振り返る。
二人とも優しい目をしてこちらを見つめていた。
「ええ。もう、大丈夫です!」
セドリック様は安心したように微笑んだ。
その顔を見た瞬間──
私は、この方の笑顔が好きだ。
すごく優しい声も、ふとした仕草も。ちょっとした癖も、きれいで細い指先も。
いつの間にか、私はこの方のことを、こんなにも知っていた。
「セドリック様」
「はい?」
「以前のお返事を、してもよろしいでしょうか?」
彼が目を見開いた。
私はそっと、彼の手を取った。
「私、セドリック様と一緒にいたいです」
「……エレノア嬢」
「まだ知らないことも、やってみたいことも、たくさんあります。ですが……」
私は彼を見上げた。
「そのすべてを、あなたと一緒に」
セドリック様は、しばらく何も言わなかった。
それから、私の手を優しく握り返した。
「……ありがとうございます」
その声が、少し震えていた。
「必ず、幸せにします」
私は首を横に振った。
「いいえ」
「……え?」
「一緒に、幸せになりましょう」
セドリック様は驚いたように瞬きをした。
そして、今まで見たことがないほど嬉しそうに笑った。
「……はい」
私も笑った。
もう大丈夫。
私は今、私自身の意思で、この人の手を取っている。
そして、この笑顔だけは。
きっと、一生忘れない。




