エピソード1
甲高くサイレンがなる。青い輸送車の中では、男たちが自分の相棒たる装備品の点検を行っていた。
「いいか、猪には火が効くんだ。体毛がよく燃えるし、火自体にビビって動きが鈍くなる」
「なるほどッスね、勉強になりマスッ」
右腕にタトゥの男。MISAKI、洒落たローマ字がデカデカと描かれている。彼の話を熱心に聞いているのかフリなのか、金髪で直線だけで描いたような顔の男。
(別れたら消すのかな…)
凝った装備を全身に身につけている男たちの中で、支給品だけを身につけた青年がポッチリ浮いている。彼の名前は美麗。黒いバリスティックシールドを眺めながらそんなことをポツリと考えた。
キーッと輸送車が急停止する。慣性がかかり終わるよりも早く男たちは立ち上がり、車外に飛び出していく。美麗はその一番後ろからゆっくりついて行く。
「おい!!」
1番に聞こえたのはタトゥの男の怒声だった。通報の現場である広場には既に息絶えた体長2、3m程度の猪型のモンスター。そして背に双剣を携えた黒づくめの青年、若しくは少年が立っていた。
「テメエ、毎度俺たちの獲物を奪いやがって!」
憤慨するタトゥの男に小青年は、
「そりゃ、アンタらが遅すぎるだけなんじゃないか」
と反論した。タトゥの男はさらに怒り、
「クソガキがッ、舐めやがって!」
と黒づくめな服の襟を掴もうとすると
「よっと」
「ッ!!?」
その手を小青年がひねりあげると、タトゥの男は地面に倒れ込んだ。部隊は武器を構えその黒きシルエットを警戒する。美麗も盾を構え、他のメンバーより半歩前へ出た。
「悪いけど、アンタらみたいにチンタラやってらんないんだ。ここで失礼、後処理は任せた」
そういうと黒い小青年は跳んでトントントンとその場から跳び去ってしまった。
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教科書を熟読しているうちに日はすっかり赤くなってしまっていて、ふと黒板の上の針時計を見ると5時になっていた。制カバンに荷物を纏めて教室を出ると、美麗は教室から少し離れた部室棟へと向かっていく。表札にダンジョン部と飾られたドアを開けると、誰もおらず、電気すら付いていなかった。小さな机が端にあって、地べたに座り込んでそこにノートと問題集を広げる。ここで部室が閉まる8時まで自習するのが美麗の習慣だった。
7時ほどになってから、再び部室のドアが開く。
「よっす〜」
「おお」
入ってきたのは幹太。いつもこの時間までハンドボール部の練習をした後、ダンジョン部の小さな部室の中央にボンと置かれたベンチプレスを目当てにやってくる。美麗は内心邪魔だと思っていたそれだが、使う人がいるなら置いておく価値ありと思うようになった。
幹太が胸を追い込み終わったところで7時半。このくらいから、二人は他愛もない雑談をし始める。
「あー今日のバイトだりー。社員がやる気出しすぎでだるいんだよ」
「あー分かるわ。ダルいよな」
「えー分かんの?討伐のバイトでそんなことある?」
「あるある、例えば…」
美麗はこの前あった小青年の話をする。
「俺からすれば仕事が減って嬉しいけど、あのヤクザ…社員からしたらさ、困った話だよな。バイトは時給で動くからなんでもいいけど、モンスターの素材とかは社員の歩合に関わってくるよな」
「へえ、そいつってさ…あいや社員じゃなくて、黒い方な?こいつじゃね」
幹太がスマホの画面を横にして美麗に動画を見せた。その中では以前の黒い小青年が縦横無尽に戦っている。彼は黒閃というチャンネル名で活動しているインフルエンサだった。
「こいつ気に入らないんだよな、こいつのコラボ相手女ばっかだぜ。なんなら黒閃の方で活動するのをメインにするようになったやつもいるし。気持ちわりぃ」
「すごいな彼。単独で相当動けるし、マネジメントもできるのか」
「良いように言えばそうだけどな。ただの女好きだろ、こいつ」
美麗は幹太が悪態を着きたくなる理由が少し分かるような気がした。特徴のない顔に華奢な身体、そして実際に見たスカした態度は美麗の男に反感を覚えさせる。ただ自身の立場上、私情は挟まず公正であるべきだとも思うし、そもそも論として言うほどの不快感は感じず、むしろ幹太に言ったことこそ本心に近いものだった。
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美麗の「バイト」は週1の土曜日13時から21時まで行われる。日給は1万5000円。高校生のアルバイトにしては破格である。やはりモンスターと戦うということは所謂3Kの仕事なのである。キツイ、キタナイ、キケン。しかし、モンスターの討伐依頼が来なければ、単なる事務職と変わりない。暇な時間は報告書の作成や対モンスターマニュアルの作成、場合によっては他部署のデータ入力などの雑務もこなす。管轄内に野良の冒険者では処理しきれないモンスターが現れたとき、初めて出動するのだ。
また甲高くサイレンが鳴り響く。輸送車の中はピリピリしていて、話し声がない。美麗は目を閉じて現場に到着するのを待った。
急停車。そして男たちは車から飛び出す。広場では複数の冒険者たちが小型のドラゴン型モンスターと交戦していた。男たち、特にタトゥの男は我先に手柄を立てるべくモンスターの喉元に喰らいつくように飛びかかった。
美麗は盾を前に構えつつ他のメンバーと足並みを揃える。低空飛行するドラゴンから発せられた火の玉を盾で弾き、ハンドガンで反撃。表皮は柔らかいらしく、モンスターの体内に入り込み、貫通した。力を失い、地面へ堕ちていく小さなドラゴン。死体を見るに、体長は2~30cmほどだろうか。それでも火を吐き群れを成すことから一般人にとっては十分な脅威であるし、冒険者や討伐にとっても危険な相手だ。
タトゥの男は小物であることに内心苛立っているのか、自身のバトルアックスを必要以上の力で振り回し、モンスターを潰すように戦っている。
「ふざけんなッ、この俺がッ、雑魚狩りだとッ」
美麗はモンスターのヘイトを買いつつ、ハンドガンで低空にいるドラゴンを撃ち落としていった。次第に100近かった数が減り、2桁、1桁となり、最後の1匹を黒い閃光が切り裂いた。
「お前ッ」
顔を真っ赤にして、はち切れんばかりの血管を浮き出させるタトゥの男。背中に剣を戻し、黒いコートを翻して男たちを一瞥する小青年。
「カズマくんっ」
「カズマさんっ」
先刻まで美麗たちと共に討伐をしていた冒険者たちの中から、白い服の少女と背の低い少女が小青年、和真に向かってかけ出した。背の低い少女がタトゥの男の脇を抜けようとした時、ガシッ、と衣装の首の後ろを掴まれる。
「ココロちゃん!」
タトゥの男が少女心の首元に斧の刃を当てる。心はひんやりと首元に死が迫っているのを感じ取って静かに怯えの涙を流した。
「おいお前、剣を置いてこっちへ来い」
横では、タトゥの男の取り巻きである金髪の男がもう一人の少女の両腕を掴みあげた。金髪は舌なめずりをして品定めするように少女の顔をジロジロと見る。
「お前、かなりの上玉だなあ。静かにしてれば優しく可愛がってやるよ」
美麗含む他のメンバーはその現場から目を逸らし、無関係を装う。
(おいおい、帰らせてくれよ…)
美麗は心の中で悪態をつき、事が早く収束するのを待つことにした。
「…分かった。そっちへ行くから、その子に傷を付けるな」
和真は地面に剣を置いて、両手を上げながらゆっくり近づく。そしてタトゥの男の前で立ち止まった。
「テメエ、俺のシマで随分好き放題やってくれたなこの野郎───」
その瞬間、タトゥの男に閃光のような鈍痛が走る。心が踵で、男の肝心な部分を蹴り上げたからだ。拘束が緩まり、心は和真の手をとって走り出す。
「ふげっ」
金髪の男も同様に、少女の徒手に沈む。それを見たタトゥの男は、自身の太ももに手を伸ばした。美麗は半歩前に出て叫ぶ。
「おいッ!!」
「死ねッ」
パンパンパンッ、と爆ぜるような音が響いた。そしてキィンとした耳鳴りがイヤに長引く。バサッ、と一人倒れた。
「ココロ!!」
和真の背中に直撃するはずだった3発の弾丸は、心の腹部と胸部に。美麗の声に反応した心が、危険を察知して、和真をかばったのだ。
「ココロちゃんッ」
少女は心に近づいて、傷口の近くに手をかざす。青白い光が心を癒すが、血は止まらない。
「誰か止血剤を!!私の魔法じゃ止められないの!!」
美麗は尻もちをついて、うわ言をボソボソと呟くタトゥの男のジャケットから注射器を奪い取り、少女たちの元へ駆け寄った。
「これを使ってくれ」
「ありがとうっ」
次の瞬間、美麗の首から顎にかけて、強烈な衝撃に襲われる。地面を転がり、何回転かしてから地面に伏せ、前を見た。
「おめえら…皆殺しにしてやる…」
力なくゆらゆらと立ち上がった和真は、後ろにあった剣を取り、構えた。
美麗は立ち上がり、警棒を取り出し、振り伸ばす。それを左手に持ち、右手で盾をしっかりと握った。
(一番初めに狙うのは、コイツだろ?)
美麗はタトゥの男の前に立ち、盾でしっかりと守る。少女は和真にしがみついて辞めさせようとするが、
「邪魔するなァッ!!」
和真はそれを振りほどき、美麗へ一直線に走り出した。
「いい子だッ」
あっという間に距離が詰まり、和真は剣で横一文字に斬撃した。盾はあっけなく両断された。
「!?」
しかしその盾を構えていたはずの美麗が正面にいない。正面どころか、周辺視野のどこにもいない。次の瞬間、ズダァーーンッ、という衝撃を和真は頭頂部に受ける。
盾が切られると同時に跳び上がり、吹き飛んだ盾の上半分をブラインドにして体を隠し、黒閃が美麗を見失った隙に警棒での一撃を和真に叩き込んだのだ。
地面に倒れ込んだ和真を見下ろして、美麗は警棒を縮めるのだった。




