第4話 話はそれで終わりだね?
じりっと電気が空気を焦がす音が響いて、街中の明かりがいっせいに消える。
パソコンの電源を落としたときのような不穏な黒。されど瞬きひとつの後に明転。世界が現実から切り離されて、仮想空間と接続する。
目の前の景色が一変した。アーケードの上に広がる空は青空で、冬の太陽が弱々しい日差しを注いでいる。商店街の通行人はひとり残らず消えてしまった。けれど相変わらず、アイスブルーの髪をもつ美人だけは道路の真ん中に立っている。
「設定深度6H、場所を真岡中央銀座商店街に固定」仮想空間の設定を宣言し、女はひなを見た。「あなたが個体番号1393Xね? これより保護機関一三七執行部隊が、あなたを廃棄処分します。無駄な抵抗はやめて大人しく従いなさい」
ひなは耳を疑った。
「ちょ、ちょっと待ってよ。廃棄処分ってどういうこと? あたしは何もしてないでしょ……?」
「何もしてないというより、何もできないのが問題ということね。あなたは武器を創れない」
「入隊試験のこと? その話ならもうしたでしょ。あたしは嘘をついてたわけじゃない。武器を創れないから支援部隊に応募しなかったの。能力がないってことはお昼に証明したばかりだし、」
「証明? それは誰に?」
「繊月ゼンよ。あいつ、保護機関所属なんでしょ」
呼吸ひとつぶんの沈黙のあと、女が納得と呆れの混ざった顔で言った。「なるほどね」
いったい何が、なるほどなんだろう。分からない。でも、とてつもなく嫌な予感がする。
女がうっすらと笑った。
「私たちは証明なんて求めていないわ。機械人形」
「……どういうことよ」
「あなたの能力なんて、学校のデータベースを調査すれば分かるでしょう? それをわざわざ調べる必要なんてない」
「でも、あんたたちは疑ってたじゃん。あたしが能力をわざと隠してるって」
「繊月くんがそう言っていた」女はなにかを傷つけるみたいに、ことさらゆっくり言った。「残念ね、機械人形。それは彼が適当についた嘘だわ。あなたは知らないかもしれないけど、彼はとにかく女の子に良い顔をしたがるの。機械人形相手には特にそう。まぁ彼のために武器を創ってくれる便利な道具なんだから、当然と言えば当然よね。知ってるでしょう? 繊月ゼンはあらゆる機械人形に自分の武器を創らせることができる」
ぺらぺらと喋ったあと、女はじっとひなを見た。
「それで? あなたはあの男の武器を創ったの?」
ひなは答えられなかった。だというのに、女はまるでつまらない正解を聞いたみたいに肩をすくめる。
「できなかったのね。ならやっぱり、あなたは能無しだし、廃棄処分だわ」
じじっと空気を焦がすノイズ音が響いた。
ひなは顔を跳ね上げる。頭の上に空間の裂け目があった。直径三メートルの歪な円だ。オーロラみたいに揺らめく境界の縁は蛍光緑色の零と一の燐光をこぼしている。
円の中央から、真っ黒な毛並みを持つ獏が生まれた。蛍光緑に輝く境界線に前足をかけ、長いトンネルをくぐり抜けるみたいに全身をぐっと外に出す。体高四メートル。巨大な獏は蛍光赤の眼でひなを見据え、唸り声をあげて躍りかかってくる。
右足の一撃。
ひなはすんでのところで身を引いた。空振りした獏の足がアスファルトを砕いて巻き上げる。ぞっとした。次に粉々になるのはあたしだ。恐怖と直感に突き動かされるまま、ひなは携帯端末を取り出して画面を叩く。
『起動:初期刀』
合成音とともに灰色の燐光が携帯端末から立ちのぼり、ひとふりの刀の形を成す。ひなは鞘を引っ掴んで乱暴に刀を引き抜いた。獏の二撃目を受け止める。街路樹の幹くらいある左足は、けれど、重い。
だめ。
「っ……!」
体が浮いた。そう思った次の瞬間には、ひなは刀ごと吹き飛ばされた。地面に体を打ちつけて息が詰まる。左頬が火傷したみたいに痛んだ。刀はあっさりと手から離れて地面に転がる。
その刃を、獏の右足が踏み砕いた。ガラス窓が割れた時のような、悲鳴じみた音がする。
ひなが呆然とするなか、獣は赤眼を勝ち誇ったように光らせて右足を振り上げた。ちょうどそのときだ。
近くの雑居ビルの屋上から繊月ゼンがひらりと舞い降り、獏の無防備な首元に着地する。彼は優雅な手つきで灰白色の初期刀の鞘を払い、その刃で獏の首筋を撫でるように一閃した。
電波不良の動画みたいに獏の体が不自然に硬直する。
一秒の沈黙のあと獏の首筋から黒色の燐光が吹き出した。巨体が地面に倒れる。舞い散る光は花吹雪みたいだった。それを背景にして、繊月ゼンが音もなく地面に着地する。彼の手の中で、初期刀の刃がひび割れて砕けた。ガラス窓が割れた時のような音は同じ。なのに彼は興味なさげに手を振って刀を捨ててしまう。
最悪だ。
ほんとうに、ほんとうに、最悪だ。
「やぁやぁひなちゃん。これはまた随分派手にやられてるね。大丈夫かい?」
軽やかな声音は、ひなをゲームセンターへ誘った時と少しも変わらない。けれど、あぁ、無理だ。
ひなは差し出された手を払いのける。
乾いた音が響いた。
「……なにしに来たのよ」ひなは呻いた。
「なにって」繊月ゼンが一気に不機嫌になった。「君を助けてあげたんだ。獏に殺されそうになってただろ」
「頼んでない」
「はぁ? 訳分からないこと言うなよ。俺がいなければどうなってたか」
「頼んでない!」
ひなはこみあげる感情のまま、繊月ゼンをにらみつけた。彼の顔がこわばる。傷ついたのだ。なによそれ。なんなのよ。
「あんたがそんな顔をする権利なんて、ないでしょ……?」怒りのまま、ひなはまくしたてた。「訳分かんないのはあんたのほうじゃない。あたしのこと処分しろって言われてたんでしょ? あたしたちはもう恋人でも何でもないんでしょ? なのになんで助けるのよ。何もなかったみたいにゲーセンに誘ってくるのよ。なんで……っ」
繊月ゼンが機械人形と親しくしているところを思い出して、ひなはうなだれた。
「っ……なんで、あたしじゃ駄目なの……」
目元を強くこする。手の甲に涙と血が混じって滲んでいる。今すぐに抱きしめてほしかった。今朝からの出来事はぜんぶ悪い夢だって言ってほしい。馬鹿な話だった。
機械人形は夢を見ないし、これは紛れもない現実だ。
「話はそれで終わりだね?」
冷たい声が降ってきて、ひなは身を固くした。
繊月ゼンがひなの手首を乱暴につかんで引っ張り上げてくる。よろめきながら立ちあがれば、面倒くさそうなため息が降ってきた。
「ほら、しっかりしてよ。終わったことを悩んでも仕方ないだろ。君にはやるべきことがあるんだから」
「……やるべき、こと」
「そうさ。君は俺のための武器を創らなきゃならない」
ひなは顔をあげたが、すぐに後悔した。繊月ゼンの眼差しは使い捨ての刀に向けたのと同じだ。
「機械人形が生き残るためには武器を創るしかない。君だって廃棄処分はごめんだろ?」
正論だ。あたしだって死にたくない。機械人形の価値は武器を創ることにしかない。だってあたしたちはもう恋人じゃない。
恋人じゃ、ないんだ。
「……っ、なら……、」ひなは涙をこぼした。「なら、もう……あたしはいらないってことじゃん……」
繊月ゼンが目を見開く。その唇がうすくひらいた。何を言おうとしたにせよ、もうなにも聞きたくなかった。そんな身勝手なひなの願いを、どこかの誰かが聞き届けたみたいだった。
空気が破裂する堅い音。なにかが肉を貫く鈍い音。繊月ゼンの体が硬直し、前のめりに地面へ倒れる。
「……え」
呆然とするひなのつま先を赤い液体が濡らす。血だ。一拍遅れてそのことに気づいて、ひなはぞっとした。
慌てて繊月ゼンに駆け寄る。抱きおこせば、彼が苦しげに咳きこんで血の塊を吐いた。体中が引きつるように痙攣している。胸元は真っ赤だ。当然だ、撃たれたんだから。でも誰に? どうして?
「俺が呪ったからだよ」
ひそやかな男の声が、耳元で響いた。
ひなは弾かれたように振り返った。三歩と離れていないところに見知らぬ青年が立っている。細身だけれどしなやかな筋肉のついた体つきだ。服装はどこもかしこも黒だった。真っ黒なコート、真っ黒なシャツ、それから革の手袋も。けれどなにより異様なのは顔だ。
鬼の面をつけている。目元だけを隠す面で、右の耳元で組紐が揺れている。自然界にはない禍々しい蛍光赤色で強烈な違和感があった。




