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第2話 もしかして俺のために泣いてくれてるの?

「まったく別れたその日に再会なんて。運命ってやつも最悪なことをするよね」

「あんたがそれを言うわけ」

「だってひなちゃんが何も言わないから」


 なんであたしのせいになってるのよ、繊月せんげつゼン。ひとこと転がり出れば間違いなく止まらなくなるであろう文句をなんとか飲みこんで、ひなは顔をしかめた。


 ひなと繊月ゼンは、生徒指導室から殺風景な武道場に移動した。正方形の道場はがらんとしている。色褪せた床板が全面にはられていて、壁の低い位置にぴたりと閉ざされた木製の窓があった。ひなたちとは対角線の壁際に教師がいて、端末を操作している。


 武道場を仮想空間と接続するためだ。

 そこであたしは自分の能力を証明しなきゃならない。

 正確にはできないことの証明だけれど。


「てかあんた、ほんとに保護機関(DIVER)の人間なの」


 相変わらず前を向いたまま、ひなはぼそりと呟いた。隣でうっすらと笑う気配にムカついていれば、一枚のカードを押しつけられる。


 名刺だ。ざらりとした質感の紙には『国際データ保護機関 日本支部 一三七執行部隊 繊月ゼン』という言葉が記されている。ご丁寧に名刺の右上にはエンブレムの透かし模様があった。複雑に分岐する木の根と、それを取り巻く一頭のくじらを組み合わせたものだ。


 ひなは唇を引き結んだ。最悪だ。名刺は本物だし、執行部隊はあこがれの部署だった。仮想空間での戦闘を請け負うチームだから。


 繊月ゼンが勝ち誇ったように尋ねてくる。


「どうだい、ひなちゃん」

「……信じられない」

「わお、強情だね」

「この名刺は信じるけど、あんたみたいなチャラい男が所属してるってことが信じられないのよ」

「あはは、チャラ男!」


 何が面白いのよ。すくなくともSNSの呟きはそうでしょうが。今朝だってあたしと別れたこと呟いてたんでしょ。怒涛どとうの文句が頭のなかを駆け巡り、鼻の奥がつんと痛くなった。ばか、なんで今さら泣きたくなるわけ。


 すんと鼻をすすってしまった。タイミング悪く、繊月ゼンがひょいと顔をのぞきこんでくる。思いのほか彼の表情は真剣だ。黒の目は青みがかっていて、長い睫毛が影を落としている。端正な顔立ちと真っ直ぐな眼差しは恋愛ドラマのワンシーンみたい。


 ひなは思わず見とれた。

 繊月ゼンはにこりと笑う。


「ひなちゃん、もしかして俺のために泣いてくれてるの?」


 …………。


「……調子にのんな」


 夢見心地のティーンエイジャーから一転、氷点下の心持ちでひなは繊月ゼンの右足を踏み抜いた。美しい顔が歪み、低い声の悪態がとんでくる。いい気味だ。今日イチですっきりした。よし。


 ひなは臙脂えんじ色のブレザーのスカートをはためかせて武道場の真ん中へ移動した。にっこりと笑って声をかける。


「確認テスト、するんでしょ? さっさと終わらせましょ、担当官さん」

「……ほんと、いい性格してるよね。ひなちゃん」

「あんたには負けるわよ」


 繊月ゼンがため息をついた。面倒くさそうな気持ちを隠しもしないで、ひなの前に立つ。子供っぽい理由で機嫌が悪いときの彼だ。たしか最後にこの顔を見たのは、冷蔵庫のプリンをひなが食べてしまったときだった。


起動(Act)白波の留(Border)


 投げやりな繊月ゼンの宣言を合図に、武道場を囲む薄青色の線が輝いた。世界中の明かりが消えて辺り一面真っ暗になる。パソコンの電源を落としたときのような不穏な黒だ。けれどそれも一瞬で、すぐに視界が明るくなった。


 再びの武道場だ。壁の下半分に取り付けられた窓は両方とも開いているが、冬の寒さは感じない。


「設定深度3H、場所フィールドを真岡第一高校武道場に固定」通例にのっとって仮想空間の設定を宣言したあと、繊月ゼンはひなを見た。「保護機関(DIVER)担当官として、今から君の能力を審査する。テスト内容は簡単だ。俺のための武器を創ること」

「前もって確認しておくけど、あたしは武器を創れないわ。だからできないってことが証明になる。それでいいのよね?」

「もちろん。君の申告に嘘がないことを確認するのが目的だ。でもまぁ心配しなくていいよ。俺の武器なら創れるはずだ」


 繊月ゼンが皮肉っぽく笑う。ひなは眉を寄せた。なんの自信か知らないけど、あたしの出来なさを舐めないでよ。


 とにかく、やるからには本気でやるべきだ。


 ひなは背筋を伸ばした。目を伏せて耳を澄ませる。聞きたいのは音じゃない。仮想空間を構成するデータの流れだ。たとえば床板や壁を構成するデータは三十ヘルツの低音で、明るさを構成するデータはテラヘルツの高音だ。どれも規則的なリズムを刻んでいる。そのなかに――あった。


 不規則なリズムを刻む音。人間を構成するデータが発する音だ。いろいろな音が混ざっている。一番よく聞こえるのは千ヘルツだ。まるで自分の話を聞いてくれとせがんでいるみたい。けれど……うん、こっちのほうがいい。五十二ヘルツの低音。


 いっそう集中してひなは宙に指先を浮かせた。ゆらゆらと動く音の波を捕まえて適切な位置に配置する。ラメをまいたみたいに周囲の空気がきらきらと光りはじめた。灰白色。初期設定デフォルトの光。見慣れた色だ。


 ひなはうんざりした。案の定だった。

 空気は淡い燐光をはなったまま、けれどその数は増えも減りもしない。もちろん武器の形になるわけがない。


 機械人形クォーツであるなら、武器を創れるはずなのに。


 ひなはこっそりため息をついて手を下ろした。光が消えた世界で肩をすくめる。


「これで証明できたでしょ。あたしは武器を創れないわ」


 繊月ゼンはなぜか不服そうな顔をした。


「……おかしいな。ありえない」

「あたしの出来なさを舐めないでって言ったでしょ。とにかく証明はできたはずよね。はい。じゃあ帰って、とっとと報告して。あたしはなにも嘘をついてないって」

「いや、それは困る」


 困る? 別れたばかりの彼氏と話さなきゃいけないあたしに比べれば、なにも問題なんてないはずですけど?


 ところが繊月ゼンのなかでは、なにやら大層な分析が成されていたらしい。やがて彼は晴れやかな表情でぱちんと指を鳴らした。


「分かった。ひなちゃんが下手くそなのか」

「はぁ?」

「なるほどね、納得だ。じゃあ手本を見せてあげるべきだな」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! いったい何をどうしたら、そういう失礼な考えに、」

「マリコさん」


 最悪だ。最悪すぎる。ひなは神さまを呪った。いや、機械人形に信心なんて搭載されていないから信じる神さまもいないのだけれど。


 ()()()()()が駆け寄ってきた。つまり真岡第一高校の教員で、ひなを生徒指導室に呼び出し、努力が足りないとコメントした彼女だ。いかにも教師らしい、公平で他人行儀な笑みはどこへやら、年頃の少女のように弾んだ面持ちでマリコさんが繊月ゼンに声をかける。


「昨日ぶりね、繊月くん。どうかした?」


 ちょっと。そんなに砕けた言葉、一度だって聞いたことないんですけど?


「すこし手伝ってほしいんだ。ひなちゃんに武器を創る手本を見せてあげたくて」


 いや、そんなの見たくもなんともないですが? あと、あんたはあんたで女の子に良い顔してるときの声出すのやめてくれない?


「もちろんいいわ。繊月くんの頼みだもの」


 マリコさんは嬉しそうに繊月ゼンの正面に立った。まるで生き別れになった恋人同士が再会したときみたいだ。彼の両腕に触れて身を寄せる。唇がふれあいそうな距離になったところで二人の間にぱっと燐光が散った。灰白色の光は見えない水をそそがれているみたいに揺らめきながら量を増やす。


 繊月ゼンは数多の異性をとりこにしてきた涼やかな笑みを浮かべ、マリコさんにささやいた。


「さぁ、俺の心に触れて」

『――創造装填イマジナリー・ロード


 マリコさんは夢見心地の口調で武器を呼び出すための起動語を呟き、崩れ落ちた。燐光がぱっと強く輝き、次の瞬間にはひとふりの刀の形を成す。


 灰白色の刀だ。つかつばさやもすべて同じ色で面白みがない。


 繊月ゼンはゆったりとした動作で刀を抜いた。刃はやはり灰白色だ。午後の日差しを弾いた切っ先がきらりと輝く。気障ったらしい演出。それに負けないくらい繊月ゼンの笑みも気障ったらしかった。


 たちの悪い香水を胸いっぱいに吸いこんだみたいに最悪だ。


「どうだい、ひなちゃん。これで分かっ、」


 ひなが力任せに投げつけた携帯端末は繊月ゼンの顔面に見事直撃した。鈍い音、うめき声、悪態。でもだからなに?


「っ、ばーか!!」


 ありったけの怒りをこめて吐き捨て、ひなは武道場を飛び出した。



 *****



 よくよく考えれば繊月ゼンとは最初の出会いからしてフラグだったのだ。


 ひながヤツと出会ったのは、忘れもしない半年前の夏祭りの日だった。期末試験の帰り道、西日に照らされた商店街を通りがかったときに声をかけられた。


 花火大会目当ての通行人がごったがえするなかで、ヤツがどうしてひなに声をかけてきたのかは分からない。たしかにひなは一人だった。そしてヤツも一人だった。気づけば夏祭りを一緒に見てまわることになり、それが予想以上に楽しく、花火が終わる頃にはひなのほうから告白していた。


 あたしが惚れっぽいと言われれば、それはそう。

 ヤツがナンパをしてたんじゃないかと言われれば、それもそう。


 だからこそのフラグというわけだ。つまりひと夏の恋はフラグだった。ヤツが浮気っぽい男であること、それが原因で別れる羽目になること、別れたあとでさえ昼ドラみたいな地獄のやりとりを見せられること。その全部に対するフラグだ。


 西日に染まる教室にたどりつき、ひなは深々とため息をついた。


「なんで、あんなヤバい男に恋しちゃったのかな。あたし」


 理由は分かってる。顔が良かったからだ。顔が。なんなら今だって顔だけはいい。くそったれ。


 うんざりしながら通学鞄を手に取ったひなは、顔をあげて悲鳴をあげそうになった。


 いつのまにか教室の入口に一人の少女が立っている。腰まで届く黒髪と色白の肌。小柄で清楚な美少女だ。これであと少し薄暗い雰囲気があれば学校の怪談になりそうだ。残念なことに、ひなにそういう雑談ができる友達はいないけれど。


 ……いや、繊月ゼンになら間違いなく話してた。

 あぁもう。いつまでもムカつくアイツのことを思い出さないでよ。


「ひなさん。いまって時間ある?」


 美少女に声をかけられ、ひなは思わず身構えた。機械人形クォーツのくせに不良品、なのに金髪に緑の目という派手な見た目のせいで、この手の言葉をかけられるのは決まって喧嘩を売られるときだ。


 こういうときは初手が大事だ。せいいっぱい不機嫌な顔をするに限る。


「なに? あたし今から帰るんだけど」

「パフェ、食べに行かない?」

「……はい?」

「パフェ」


 薄紅色の目に決意の光を宿らせて、美少女はひなに駆け寄った。両手をとってうなずく。


「駅前の喫茶店よ。行きましょう」

「えっ、ちょっと……!」



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