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#9 スタッフパスの重み

ハイタッチ会の“はがし役”は、正直、悪くない仕事だった。

リスナーが名残惜しそうに手を離すその瞬間、そっと背中を押す。

彼らが「ありがとう」と笑うたびに、目の前のリスナーは崩れ落ちるように列の外へ出ていく。


私はその横で、黙って見ている。

「れいあくん、大好きです!」

「ずっと応援してます!」

言いたい放題、泣きながら、震えながら。

でも、あんたたちのその“好き”は、遠くから祈るだけのもの。

顔も知らない。声だけを頼りに神様みたいに崇めてる。


でも私は違う。

私は毎日会っている。

仕事の話も、どうでもいい雑談も、こぼれたコーヒーの後始末も、ぜーんぶ知ってる。


会議の合間、くしゃみをしたれいあくんに「大丈夫ですか?」って言ったら、

「ありがとう、助かる」って目を見て笑った。

その一瞬が頭から離れない。

ほんの一言なのに、胸の奥がぐっと熱くなる。


こんなの恋じゃないと言い張りたい。

でも無理だ。

私はもう普通に仕事できない。


彼らはプロだ。アイドル売りを貫いてる。

スタッフに深入りしない。なあなあにならない。

優しいけど、絶対に境界線を越えない。


でも私は。越えたくて仕方がない。

夢みたいな話がしたい。

「お疲れさま」じゃなくて「会いたかった」って言ってほしい。

もっと近くで、ちゃんと一人の女の子として見てほしい。


なのに、今日も私は台本を持って会議室に入る。

スタッフパスを首に下げて、事務所ロゴの入ったファイルを抱え、ちゃんと現場の人間を演じている。


「新曲の演出、ここの照明……」

誰かが話してる。その声が耳に入ってこない。

れいあくんが喉を鳴らす音だけが、耳の奥で反響する。

小さな咳、あくび、笑い声。

この部屋で今、彼が生きているということ。それだけで胸がいっぱいになる。


“私だけが知ってる”

その事実が、私を支えている。

けれど同時に、私をどんどん壊していく。


このままずっとここにいたらどうなるんだろう。

今日もそんなことばかり考えている。


もしかしたら、もう手遅れかもしれない。

好きになるって、こういうことなんだと思ってた。

けれどたぶんこれは、もっと違う、もっと深くて戻れない場所だ。


スタッフとしての私はまだ大丈夫。

笑える。演じられる。

だけど、その裏にいる私は、もうずっと前から泣いている。


次の現場、どんな顔で会えばいい?

それとも、いっそ会わない方がいい?

れいあくん。れいくんれいくんれいくんれいくんれいくんれいくんれいくん









さあ。今日も会いに行く準備をしよう。


#100日チャレンジ 9日目

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