#7 誰かの何かになりたい
今日の現場、ちょっと空気が違う。
入場列を整理してると、すれ違う子たちが「こんにちは」「ありがとうございます」って、口々に声をかけてくる。
誰かが言い出したのか、もともとの文化なのか。とにかく、みんな礼儀正しい。
イベント名は「パラレリウム・フライト」。
顔を出さず、ネットで活動する歌い手グループらしいとスタッフ控室で聞いた。
そんなに人気あるんだろうか?
入場が始まり、会場の音が漏れてくる。
ちょうどモニターに流れてた映像に、6つの声が重なる。高くて、低くて、透明で、熱くて。
誰かの胸に届くように計算されてる音だと思った。
妙に、懐かしくなった。
昔、俺も音を作っていた。
大学のころ、宅録で、いわゆるボカロ曲を投稿してた。まあでも、数百再生で止まったまま、埋もれて。
「センスない」って思って、やめた。
それきり、DAWソフトも開いてない。
でも、今日のファンたちを見てたら、なんだか違う感情が湧いてきた。
列の中でスマホを掲げながら目を輝かせてた子。
終演後に、「本当に最高だった」って泣きながら帰ってきた子。
誰かの声や歌で、ここまで動かされるんだって思ったら、あの頃の自分が急に息を吹き返したような気がした。
「誰にも届かなくてもいい」なんて強がってたけど、本当は誰かに届いてほしかった。
今日みたいに、こんなふうに。
ちゃんと届く世界があるんだって、知ってしまった。
次のパラフラのイベント、また俺がこの会場に立ちたい。
でもその前に、久しぶりに音を作ってみよう。
思い出した“やりたかったこと”を、もう一度信じてみたくなった。