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#41 千幸の場合

京都の老舗旅館の長男として生まれ育った。両親と弟、妹の五人家族。旅館ではお客さまをもてなすのが当たり前で、千幸も幼いころから自然と礼儀や所作を身につけていた。友だちも多く、性格は穏やか。幸せだと心から思える日々だった。


このまま家業を継ぐだろう。

なんとなくそう思っていた。旅館を継ぐのは長男や、という時代ではないけれど、自然な流れとしてそうなるだろうと。


高校二年のある日、YouTubeのおすすめに歌い手の動画が出てきた。流行りの曲だったし、何気なく再生したのだが、そのアレンジが心を掴んだ。

カラオケは友だちとたまに行く程度で、自分が歌がうまいと思ったことはなかった。だけど――もっと上手に歌いたい、そう思った。


放課後、一人でカラオケに行き、自分の声をスマホで録音した。……下手すぎて笑うしかなかった。けれど諦められなかった。ボイストレーニングの方法をネットで調べて、こっそり練習を重ねた。


ある日、友だちに声をかけられた。

「なあ、最近ヒトカラ行ってるやろ?」

心臓がどきんと跳ねた。

「……ああ。歌うん、上手なりたいなあ思て」

嘘ではないけど、ちょっと焦った。

「いやいや、普通に上手いやん」

「またカラオケ行こな」

そう言ってくれたが、自分の中ではまだまだやった。


――歌がうまくなって、どうしたいんやろ。


受験を控えたころ、もう一度あの歌い手の動画を見た。東京で活動しているらしい。……東京。

けど行ってどうなる?歌い手を目指すのか?そんな大層なことできるだろうか。

…大学だけなら、視野も広がるし。

そう言い訳して、東京の大学を受験した。合格したら歌ってみたを出そう――それを自分の中で決めた。


第一志望に合格した。約束どおり、個人で歌い手として活動を始めたが、現実は甘くなかった。動画を出しても再生数は伸びない。

好きな曲を歌っても、ゲーム実況をしても、方言を活かしての女性向けASMRを投稿しても、見てくれる人は少なかった。歌い手仲間はできたが、半年と経たずにやめていく人も多かった。


それでも続けていたある日、やしろから声がかかった。企画動画への参加、その後も何度か一緒にやるうちに、パラレリウム・フライトが結成された。


「千幸、頼りにしてる」

やしろの言葉に、胸が熱くなった。自分でいいのだろうか。けれど嬉しかった。


実家の家族は、心配しつつも応援してくれている。

「長男が家業を継がなあかん時代やない。やりたいこと、思い切りやり」

両親の言葉が支えになった。


今、パラフラのメンバーと一緒に歌える日々がある。応援してくれる人がいる。


老舗旅館の穏やかな日常から少し外れた道を選んだ。でも、それでよかったと千幸は思っている。今はこの場所で、誰かの心に届く歌を全力で届けたい。


#100日チャレンジ 41日目

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