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#31 70年前は

「だいぶ昔のCDですけど、聴けるかなあ」

 職員の若い女性が笑いながら言う。倉庫にしまい込まれていた古いプレーヤーを持ってきて、恐る恐るスイッチを入れる。モーター音が低く唸り、ほんの数秒、部屋が静まり返ったあと。


 イントロが流れた。優しく、空を駆けるような音色。85年の人生で、心の奥にしっかりと刻み込まれている旋律だった。高校生の頃、夢中で聴いた歌。推しの配信を待って夜更かしした日々、ライブ会場で見上げた銀テープの雨、リスナー仲間と肩を寄せ合い泣いたあの瞬間。


 パラレリウム・フライト。私の青春で、命綱のような存在だったグループ。

 二度と立ち直れないと思った出来事もあった。あの時、最推しのkoh-eiが飛んだと聞いて、心が引き裂かれた。それでも残ったメンバーが最後まで歌い続け、全員で「飛ぶ」までの日々を繋いでくれた。だから私も、生き抜けた。結婚して子どもを授かり、夫とは10年ほどで離婚したけれど、それからは子どもたちのために必死に働いた。気づけば孫までできて、私は幸せだと思える今がある。高齢で独居となった私を心配した子どもにより、数年前からこの施設に入居し生活している。


 「いいなあ。そんなふうに誰かや何かを好きになれて、素敵な思い出がたくさんあるなんて」

 私は笑った。少し涙声になりながら。

 「あなたにもきっと見つかるわよ。私もね、最初はただ音楽が好きなだけだったの」

 そして思う。

 彼らは私より少し年上だった。きっと、もうほとんどが私の先を飛んでいるのだろう。けれど、それでいい。そのうち私も飛んでいく。そうしたらまた、出会えるだろうか。銀テが舞う空の下で。


 流れる歌声に、遠い日の自分が重なる。制服の袖をまくり上げてスマホにイヤホンを挿し、友達とキャーキャー騒いだあの頃。あんなふうに夢中になれるものは、もう一度だって見つからなかったけれど、それで良かったのかもしれない。私には、あの時のパラフラがすべてだったのだから。


 涙が頬を伝う。そっと拭いながら、私は目を閉じた。

 曲はまだ続いている。過ぎ去った時間も、出会った人も、失ったものさえも、全て抱きしめて生きてきた証として。


 また、あの人たちに会える日まで。


#100日チャレンジ 31日目

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