#3雨空の余白に
その日は朝から静かに雨が降っていた。
柔らかな光が乳白のカーテン越しに滲み、窓ガラスに流れる雫の筋が、まるで過去の記憶を描くように斜めに走っている。
小さな鉄骨のマンションの一室。北向きの窓辺。彼女は湯気のたつコーヒーを手に、昨日発売したばかりの好きな作家の本を読んでいた。
外は灰色。けれどそのくすんだ景色こそ、都会の休息にはふさわしい。晴れた日は外へ出なければならない気がしてしまうから。
しかし今日は違う。スマホは寝台の上に伏せ、通知も見ない。彼女が彼女自身を取り戻すための有給休暇なのだから。
ふと、ラジオから、知らぬ旋律が流れてきた。
そのラジオは5年前に故郷から出る際に、なんとなく持ってきたものだ。
最初は耳障りに思えた。ギターが鋭く割れ、ドラムが焦がしたように重たく跳ねる。だが、その上に乗る歌声は思いのほか澄んでいて、激情のなかに、どこか深い孤独を宿していた。
「……パラレる、フラ?」
ラジオの中で、軽やかな声のナビゲーターが言った。
パラレリウム・フライト、通称パラフラ
普段の彼女なら興味を持たぬ音だったが、不思議と耳が離れなかった。
ひとりの暮らしは、孤独ではない。だが時々、名もない感情が雨音に混じって忍び寄ってくる気がする。
彼女はページを閉じ、ラジオの音にそっと身体を預けることにした。
今はまだ知らぬ誰かの叫びが、静かな日常の綻びに、心地よく染みこんでゆくのを感じて。
#100日チャレンジ 3日目