#26 誰も知らない
スタッフの彼女からの好意は、日に日に色濃くなっていった。
「これ、よかったら」
そう言って個人的に渡される差し入れ。メンバー全員分ではなく、れいあ一人だけに向けられるものだった。
「最近ちょっと悩んでて…相談に乗ってもらえませんか」
個人ディスコードに送られてくる長文。
昼間なら、と応じた食事の誘いも、彼女の心をさらに熱くさせていった。
れいあは活動第一で生きていた。
ファンの期待に応えるため、メンバーやスタッフとの円滑なコミュニケーションは欠かせない。だから最初は、親しくするのも当たり前と思っていた。
けれど最近、彼女の話題はプライベートなことばかりだ。あまりにも個人的すぎる。
ふと、れいあは胸がざわついた。
恋愛感情は一切なかった。
今はパラフラとして目標を叶えることに全力を注ぎたい。
困り果てた末、れいあは年長二人に相談した。
千幸は最初、「なんやモテ男自慢か~?」と茶化したが、れいあのいつもと違う表情を見て笑いを引っ込めた。
芹香は最初から真剣だった。
「どっちがいいとか悪いとかじゃなくて、中立に聞きたいだけだから気を悪くするなよ。…で、彼女はどんな風に話してくる?」
質問を重ねながら、冷静に二人の関係性を把握していく。
「それで。結局、お前はどうしたい?」
千幸が問う。
「俺は……彼女と恋愛関係になるつもりはない」
きっぱりとした答えに、二人は頷いた。
「なら、やしろに話すべきやな」
「そうだな。リーダーから動いてもらおう」
芹香の低い声が響く。
後日、やしろに事の経緯を報告。
彼女はメンバーと直接関わらない部署へ異動となり、しばらくして自主的に退職したと聞いた。
シヲとKoh-eiは、しばらくこの出来事を知らないまま過ごすことになる。
リスナーたちが知ることは、もちろんない。
表に出ない出来事。
どれほどの暗い感情も、狂おしいほどの好きも、叩かれて揉み消され、影も形もなくなる。
これは世界のどこかで起きた、ただの事象。
#100日チャレンジ 26日目




