女神は覚醒する
思いのほか長くなって年内に終われませんでした。
年明けに続いてしまいます。
但し聖夜の奇跡は、聖夜(この世界の年末の日)に終わります。
勢いでアップしたので誤字だらけかと思いますが後ほど修正を入れますね。
大聖堂の鐘が鳴る。
誰かが天を仰いで呟いた、雪だ……まるで国難を救ったあの日のように、天から降り注ぐ雪が、建物を真っ白に染めていく。
一年に一度の神聖な行事である聖夜の儀式には、王族も立ち会うのだが、その中に王太子の姿は無かった。大聖堂は参列する貴族や民衆たちで身動きが取れないほどあった。
例年ならばこれほどまでに人は集まらないが、今年は聖女の前評判が高く、オルタンス嬢こそは真実の聖女であると言う噂が流れて、その姿を一目見ようと人びとが集まったのである。
王族と並ぶ貴族席には聖女オルタンスの家族、サフィーク公爵家の面々も並んでいた。妖艶な夫人と、夫人に良く似た美貌の子息、そして厳しい表情の公爵だ。
オルタンスは公爵家からの除籍を願い出ているが、いまだ叶っていない。そして父親との間の深い溝は埋まりそうにない。
やがて白い衣装を着てベールで顔を覆った聖女が現れ女神像の前で祈り始めた。いよいよ聖夜の儀式が始まった。
それはかつてこの国を覆った瘴気を消し去った聖なる祈り。人々の笑顔を愛を命を護った奇跡。
ただ平穏で心から笑って過ごせる日々を欲し、ひたすら祈り願う。
民を救い悪しきものを消し去る力をお与えくださいと祈る聖女は、キラキラと輝く金色の光で覆われた。
それは美しく幻想的である。
光に触れたい、人々がそう願ったからだろうか。柔らかな金色の光が大聖堂内を満たし、そして天井辺りからは無数の小さな白い花がまるで雪の様に次から次へと降ってくる。その光景はあまりにも美しかった、
美しすぎた。
奇跡だ、聖女様の奇跡だ!ざわめきは大きなうねりとなり大聖堂を満たし、爆発する喜びの叫びと鐘の音が鳴り響びくのだった。
*
祈り終えたオルタンスは王族に向けて一礼をした。
例年にない大掛かりな演出に度肝を抜かれていた国王だったが、厳かに儀式の終わりを宣言した。
「祈りは無事女神様に届けられ、そして我らは大いなる祝福を授かった。見よ、光に満ちたこの空間を!
我らの安寧は約束された。皆で女神様へ感謝を!」
頭を下げた臣下たちの中には聖女もいる。国王は聖女の元まで赴くと、ひとことふたこと声を掛けた。それは小声で聞こえはしなかったが、聖女の口元ははっきりと見えた。
『お断り申し上げます』
国王は恥ずかしげもなく、聖女を王太子妃に望みそして拒絶された。
*
オルタンスの父、サフィーク公爵は終始顔色が悪かった。公爵家にとって不要な人間だと切り捨てた娘は、何やら神秘の力を授かり真の聖女と持て囃されている。それを誇らしく嬉しく思う気持ちが湧き上がれば、一瞬にしてその感情は冷めてしまう。あんな娘が聖女のわけがないと思うのだ。
目まぐるしく変わる感情の乱高下に公爵は吐き気を覚えた。苦しい、息が出来ない、誰か助けてくれ、オルタンス我が娘よ、助けて……
一方サフィーク夫人の様子にも変化が見られた。美しく妖艶な笑みを浮かべて、公爵の隣に座っていたが、儀式が進むにつれてその額にはあぶら汗が浮かぶようになった。息子のアーテルが心配してそっと、母上?と声を掛けるが、青い顔の夫人は、意識を保つのが精一杯の様子。隣の義父も窒息しそうな程苦しげな息を漏らしている。
誰もその異常に気がつかないのか、人々は女神の再来だと聖女を賛美し、その声はこだまのように大聖堂を埋め尽くしている。しかも陛下はあの憎らしい義姉に話しかけているではないか。
アーテルは我慢ならなかった。義父上、母上、ここは空気が悪い、早く出ましょうと言ったのだが、その時に思いがけない事が起こった。公爵が昏倒したその直後の事だった。
「おのれぇ、忌々しい聖女よ、お前は邪魔だ、とっとと消え失せろ!お前の存在が妾を苦しめるのじゃ!」
母親が髪の毛を振り乱し叫び聖女に近付く姿を目の当たりにして、アーテルは咄嗟に動けなかった。
夫人は恐るべき力で聖女に掴み掛かろうとした。国王は腰を抜かしへたりこんでいる。護衛として配置されていた近衛騎士や聖騎士達は金縛りにあったように動けない。そんな中で行動を起こしたのは聖騎士ルドルフであった。
彼は聖女を庇う様に、悪鬼の如く迫る夫人の前に立ちはだかった。そして腰に下げた剣をすっと抜く。
きゃー!怒号と悲鳴が響く中、ルドルフは声を高らかに宣言する。
「聖騎士ルドルフの名において、女神様より賜りし聖剣でもって魔女××××を成敗する!」
*
時は戻る。
司祭マーティンは儀式の直前に聖女に呼び出されていた。今宵儀式が終わった後に対決します、と言われたのだ。尋ねたいことは沢山ある。対決の意味も知りたい、でも今はそれどころではないのだ。
「サフィーク公爵夫人はかつてこの国を蹂躙した瘴気の持ち主、滅亡の魔女の再来です。わたくしは女神様より授かりし力で彼女と対決することになるでしょう。
聖騎士ルドルフには既に聖剣を与えました。貴方にも力を授けます。大聖堂に集う人々を必ず守りなさい」
「聖女様、お尋ねしたい。エイプリルはどうなったのです?どこへ行ったのです?」
昨夜からエイプリルの姿が見当たらないのだ。修道女達に尋ねても、エイプリル?誰?と聞き返される始末だ。
エイプリルは一体何処へ消えてしまったのだ?
オルタンスは慈愛に満ちた眼差しでマーティンを見つめた。その瞳に宿るのは深い愛だ。
「司祭マーティン。貴方はエイプリルを大切に育ててくれました。それのみならずあの子にたくさんの愛情を与えてくれましたね。
わたくしは常にあの子と共におりました」
「あ、あなた様は」
マーティンは目の前の聖女の内に存在する女神を感じ取っていた。それはエイプリルの側にいると時折感じていたことで、女神という精神体が具現化するに必要な器としての存在がエイプリルなのかもしれないと考えていた。
では勤めを終えた器の役割はどうなるのだろうか。マーティンの不安は、エイプリルの姿が見えず誰もが彼女を知らないという事で、彼は不安と怒りで爆発寸前だった。
「女神様は不要になったエイプリルを処分したのか!
そんな事を俺は許せない、いや許さない」
ルドルフがオルタンスを守る様に立ち、落ち着かれよとマーティンの肩を揺さぶる。
「申し訳ない。しかし女神様が新たなる依代をオルタンス様に定めたと理解して良いのか?」
「厳密に言うと違います。わたくしはずっとオルタンスの中にもありました。
エイプリルとオルタンス、双子として生まれた2人の中にずっとありました」
双子だって?
「双子は忌み子と疎まれます。エイプリルは孤児院の前に捨てられました。養子に出す事すらしなかったのは、公爵家に双子が生まれたと知られるのを恐れた前公爵の仕業です。
現サフィーク公爵は妻が双子を産んだことを知りません。妻もまた出産時の大量の出血により意識が朦朧としており、自分が産んだのが双子であった事を知らないまま病没しました」
「なんて酷い事を……ではエイプリルは貴女の、オルタンス様の双子の姉妹であると。それならばあいつを一体どこへやったのです!貴女にとって血を分けた姉だか妹だかの存在を消したのか!」
「落ち着きなさい、司祭マーティンよ。
わたくしが再生した魔女との対決を成し遂げるまで、エイプリルは安全な場所に隠しています。全てが終われば彼女は過去の一切を忘れて生きることになるでしょう。
貴方はエイプリルを支えて生きていく覚悟はありますか?目覚めた時にはあの子は貴方の事も忘れてしまうのですよ」
マーティンは既に心を決めていた。
孤児院の玄関先で彼女を見つけた時まだ10歳にもならぬ孤独な少年は、そこに天使がいると思ったのだ。
そのすべすべした柔らかい頬を指でつついてみれば、赤ん坊は目を開いた。美しい緑の瞳だった。そしてマーティンににこりと微笑みかけたのだ。守らなければならないと、マーティンは思った。
この子は僕の天使だ、必ずずっと守るんだ、少年の決心は、エイプリルの内に存在する女神を安心させた。彼に任せれば大丈夫だと。その時が来るまで、女神は愛し子達の中でその力を蓄えるのである。
信仰が形だけになってしまい女神の力が衰えたのは否めない。歴代の聖女に力を与えられなかったのがその証拠だ。しかし退治すべき相手、滅亡の魔女もまた前回の封印を徐々に解き放とうとしていた。魔女との対決は近い。
「それゆえ資質を持つ双子にわたくしは賭けました。
エイプリルが大聖堂の孤児院に捨てられたのは予想外の出来事でしたが、あの子は貴方に守られてその力を伸ばしてきました。
愛される事で大事にしたいものが増え、その気持ちが強ければ強いほど力を持つのです。
一方オルタンスは、母亡き後は不器用な父親との関係をうまく築けないままでした。女神の力はうまく発動せず、不遇な扱いを受けました。
そこへ現れたのが、サフィーク夫人におさまった魔女なのです。
魔女はオルタンスの内に潜む力に気が付き、彼女を、ああわたくしですね、わたくしを排除する為に動きました。
年の瀬の慌ただしい時にお読みいただきありがとうございます!
あと一話、後日談で終わりますが、今回ほとんどの謎を女神が喋っちゃいましたね。
来年もどうぞよろしくお願いします。