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嵐の予感かも?

「お前なあ!聖騎士を焚き付けてどうすんだよ」


 マーティンは案の定怒っていた。エイプリルはだってぇと上目遣いに媚びを売るが、そんな事ではこの司祭は絆されたりはしない。何しろ、エイプリルのおむつを変えていたのはマーティンで、彼女の親代わりといっても良い存在だ。ただ年齢は10歳ほどしか離れてはいないのだが。


「聖騎士様はオルタンス様の魅力に気が付いたわ。ううん、魅力だけではなく能力にもね。側にいると心地よいと言ってた。だからそれは恋だと教えてあげたのよ」

「恋って、お前」

「聖騎士ルドルフは、サフィーク公爵令嬢の噂を信じて嫌っていたわ。ところが本人を知ると、その考えを改めたの。なぜなら彼は、オルタンス様の祈りにずっと付き添っていたから。聖女の祈りがルドルフ様にも響いてしまったのね」


 つまり、とエイプリルは人差し指をマーティンに突きつけた。

「オルタンス様は本物。女神様に愛されし存在なの。だからそろそろ彼方(あちら)さんが気付く頃だと思うのよ」


 マーティンは頷いた。

「サフィーク夫人とその息子か」

「あの人はね、本物の性悪悪女だからね。清い心のオルタンス様が眩しすぎて追い出すことに成功したものの、公爵への支配力は落ちて来ているみたい、だってほら」


 そうなのである。聖夜まであと3日となった日にサフィーク公爵が単身大聖堂を訪れたのだった。聖女と、いや娘と話したいと申し出があったのだが、聖女本人が儀式の前で禊をしているところだから、大聖堂の関係者以外とは接触を絶っていると断ったのだった。

 オルタンスは今更何を言いたいのだろうかと思ったが、どのみち別れは済ませたし家に戻ることはないのだからと、気にしないでおこうと思っていた。

 まさかとは思うが、義母と義弟がいちゃもんでもつけたのかもしれない。母の形見を持って出た事が、今更ながら気に入らなかったのだろうか。


 美しい眉を顰めて考え込むオルタンスに、聖騎士ルドルフは心配そうに声をかけた。

「聖女殿、何か憂いごとでも?」

「いえ、何でもありません」

「それならば良いのですが。何か困り事があれば私か、司祭殿にでも相談してください。この大聖堂は聖域とはいえ、外部を全く遮断しているわけではありません。我が国は平和ですから、聖協会相手に喧嘩をふっかけるような愚か者は存在しないと言いたいところなのですが」


 ルドルフの心配事、それはオルタンスが真の聖女であるという新たな噂が広がったことによる弊害でもあった。

 元々美しいオルタンスだったが、女神像に祈りを捧げる日々の中で自分自身が癒されたせいなのか、まるで女神のようだと形容される、慈愛に満ちた微笑みを浮かべるようになった。それは神々しいと言えるほどで。

 たまたま日々の勤めの祈りを捧げていたときに、大聖堂を訪れていた参拝者が、聖女の周りに漂うキラキラしたものを発見した。

 深く真摯に祈る美しい聖女、彼女が纏う金色のオーラ、目撃した人々はあの方こそが真の聖女であると叫んだ。


 悪女と名高いオルタンスが真の聖女であると俄かに信じられず、彼女を一目見ようと大聖堂に押しかける人間が増えて、聖騎士たちはその対応にも追われる事になった。3名で警護するには人手が足りない。

 そんな折、聖女の安全のために護衛を増やしたいと相談した結果、騎士を派遣すると聖教会本部から連絡があった。

 ところが派遣されるのは王家を守る近衛騎士で、責任者として王太子が同行するとわかって大聖堂側は王族対応で混乱を極めていた。


 エイプリル達修道女も、王族の滞在する領域を整えるために奔走していた。全く迷惑である。しかも王太子だけではなく、昨年の聖女であり現在は婚約者の伯爵令嬢も来るというのである。


「なんであの人まで来るわけ?」

「さあな。多分心配なんじゃないのか。自分が落とした男が余所見してるから」

「え、まさかぼんくら王太子は、伯爵令嬢からオルタンス様に目移りしたって事?」

「何でも、伯爵令嬢の王太子妃教育が進まないらしい。教師たちが無理なレベルを求めてくると泣きついたんだとさ。そしたら、王太子がきょとんとして、サフィーク公爵令嬢は悠々とこなしていたぞなんて言ったものだから、伯爵令嬢が拗ねちまったらしい」


 マーティンはエイプリルと2人きりだと昔のような砕けた口調になる。自他共に厳しいと評判のマーティンがくつろげるのは、エイプリルの前だけだった。

 2人は大聖堂に付属する孤児院育ちで、孤児院の前でかごに入って泣いていた赤子のエイプリルを拾ったのがマーティンだった。それ以来彼はエイプリルの保護者と自認している。古い言葉で春を意味するエイプリルと名付けたのもマーティンだった。


 エイプリルは不思議な子どもだった。誰もいないのにまるで誰かと会話しているような独り言を話す子どもだった。とりわけ女神像のある祈祷室で、ねえねえ女神様と話しかけるエイプリルが目撃されていたが、なんと信心深い事かと、聖職者たちは感激したものだ。

 エイプリルが女神様と会話しているのを知っているのはマーティンだけ。それは女神様に繋がる不思議な力だ。エイプリル自身ははっきり肯定したわけではないけれど、女神様の言葉だとマーティンに伝えてくる内容に嘘はないと思う。

 そんな不思議な能力を持っている事がわかれば、エイプリルは聖女の再降臨だとして、祀りあげられる事だろう。マーティンにとってそれは耐えがたい。

 年の離れた妹のように慈しみ育ててきた娘を、そう簡単には手放すものか。そんな事になるくらいなら、全てを捨ててエイプリルと逃げ出すさ、とマーティンは思った。


「聞いてる?」


 少々感慨にふけっていたマーティンに、ぼーっとしないでよと苦笑いしながらエイプリルが話を続けた。


「あの伯爵令嬢はお飾り聖女で、何の力はないのはわかっているけれど、嫌な感じが身体にまとわりついているの。

 だからこっそり令嬢を浄化したのだけど、あの人聖夜当日にしか来なかったから、今もまだ嫌な感じかもしれないわ」

「それってお前が浄化したから、これ以上身綺麗にされちゃたまらんと思って当日まで来なかったんじゃないか。

 たしか前聖女の伯爵家とサフィーク夫人は関わりがあるんだよな」

 

 そうなのである。王太子の婚約者の実家、バーンズ伯爵家というのは元々男爵であったのが、隣国との貿易で財を成した。その取引の中心となったのが医薬品であり、国内で大流行した感冒を鎮めるのに大いに効果があった。その功績で陞爵されたのだ。

 一方、現サフィーク夫人はバーンズ男爵家が取引している隣国の商会の副支配人の妻だった。服支配人が病没し、サフィーク夫人は一人息子のアーテルを連れて取引先のバーンズ男爵を頼ってこちらにやって来たのだ。

 伯爵になったバーンズ家の後ろ盾もあって、未亡人は社交界に出入りするようになり、サフィーク公爵と知り合って後妻におさまった。


「バーンズ伯爵家には何か裏がありそうよね。その家のご令嬢を婚約者に選ぶなんてら王太子ってバカなんだなって思った。だけどあれってもしかしたら魅了薬かもしれないなと思うの」 


「そしてその魅了の効果が切れかけていて、王太子は婚約者の本命候補だったがあっさり切り捨てたオルタンスの評判を知り、会ってみたくなったと」 

「伯爵令嬢にしたら危機的状況なわけね。下手すると婚約を解消される可能性もある。

 魅了薬で籠絡した王太子が夢から覚めてしまったのかもと不安になったでしょうね。捨てられちゃうかもしれないもの」

「捨てられるだけならまだいい。魅了は禁止されている行為だ。危険な薬物を使って王太子に魅了をかけていたとわかると、厳罰、というより処刑案件だな」


 だからこそ、バーンズ家の娘は必死なのだろうと思う。何故か薄れて来た魅了薬の効果。そして追い落とした公爵令嬢が聖女に選ばれて、その名誉が回復されつつある現状。王太子が聖女に興味を抱いている事への危機感から、大聖堂へ乗り込んでくる気になったのだろう。


 令嬢を追い出して公爵家の乗っ取りを目論むサフィーク夫人と息子のアーテルも要注意だ。夫人たちの言いなりになっているサフィーク公爵は、もしかしたら危険な薬を盛られてはいまいか。夫人はバーンズ伯爵と繋がっているのだから、怪しい薬を手に入れやすいはず。


「これは何やら嵐の予感だな」

「聖夜に何事も起きなければいいけれど。女神様を讃える儀式が、めちゃめちゃにされてしまうなんて我慢できないわ」

「聖女には聖騎士ルドルフがついているとはいえ、ちょっと心許ない。女神様、あいつに加護をつけてくれないかな」


 あ、加護はいいね、とエイプリルはうんうんと納得しているようだった。

 そんなエイプリルに向かって


「やりすぎは駄目だぞ」  

と、取り敢えず釘を刺すのだった。




お読みいただきありがとうございます。


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