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聖女と聖騎士様

 聖女となったオルタンスの新しい生活が始まった。

聖女選定の日から聖夜まではふた月足らず、その間に聖女と聖夜の祈りについてより深く詳しく理解したいと願い、大聖堂で暮らす事を選んだ。

 本人の希望とはいえ、とびきり高貴な貴族令嬢がやってくるのだ。受け入れる側は身構えたが、オルタンスは素直で謙虚、与えられた環境に文句のひとつもなく、流布している噂とは真逆の令嬢だった。


 本来なら祈り以外は何もする必要なないはずなのに、彼女は進んで修道女たちの仕事を手伝った。初めはそれを止めたが、オルタンスの決意が固いと知ってとりあえずやらせてみることにした。これも全て女神様の思し召しなのだとしたら、今年の聖女様は去年までの形だけの聖女とは違うのではないか。


 朝起きれば厨房を手伝い、午前中は聖夜の儀式についてその歴史を学び、日々の務めとしての祈りを捧げる。そして午後からはさらに祈り続けるだけではなく、大聖堂内の掃除や時には洗濯の手伝いなど進んで手伝っていた。ただ貴族令嬢なので慣れない仕事に要領が悪く、余計な手間をかけてしまう。初めは二度手間だと怒っていた修道女たちだったが、懸命に仕事を続けるオルタンスの姿に、その態度が少しずつ変わってきた。この人は真面目で禁欲的でそして不器用な人なのだとわかってきたのだ。

 誰に対しても感謝の気持ちを忘れず、頭を下げて教えを乞い、さらに頭を下げて謝意を伝えるオルタンスに、職務だから仕方ないと嫌々護衛をしていた聖騎士もまた、次第に考えを改めるようになった。


 聖騎士ルドルフは伯爵家の次男だ。オルタンスの噂は知っていたが、噂とはあまりにも違う本人の様子に当初は戸惑っていた。大聖堂勤務の聖騎士は3名で、一番年若い自分が聖女担当になり、職務だから仕方ないと諦めていたのだ。そして予想外の彼女の行動に振り回される事になった。護衛であるからには聖女の側を離れるわけにはいかないので、使用人の仕事に興味を示す聖女が立ち回る先には、常に帯同せねばならなかった。

 聖騎士は、大聖堂の祈祷室でひたすら祈りを捧げる聖女の邪魔をしないように、少し離れた位置に立ってオルタンスの祈りを聞いていた。そうするとなぜだか心の澱みが消えていくような感覚になった。


 ルドルフは自分の意思で聖騎士になったのではない。継ぐべき爵位はなく、さりとて近衛や王都の騎士団に入るほどの実力もない。平和な世においては聖騎士もまたお飾りの存在で、見目と出自が良ければなれる職業のひとつにすぎない。ルドルフの場合はまさにその見た目で選ばれたといって良かった。彼目当てで大聖堂にやってくる娘達も多く、近付く為に寄進をするのだ。先々代の聖女に至っては、あからさまに自分に色目を使ってきたが、無下にも出来ずさりとて受け入れ難く、聖女の存在意義について大いに悩んだものだ。


 去年の聖女はたった一日だけの護衛で済んだ。聖女である伯爵令嬢が、聖夜の儀式当日にしか現れなかったからだ。しかも王太子というおまけ付きだった。護衛として背後に侍っているだけなのに睨まれ、嫌味まで言われて散々であったが、それでも今年よりはマシだろうと思っていた。

 今代の聖女の性格の悪さを想像して理不尽を言いつけられないかと構えていたが、聖女選定の儀式を終えてすぐに大聖堂にやってきた令嬢は、清楚で控えめであり、素顔の肌は透き通るように白く、そのあまりの美しさに息をのんだ。


 聖女に接するのだから頭を垂れて待つべきか、それとも騎士として公爵令嬢をエスコートすべきか悩んだが、気がつくと手を差し伸べていた。目を丸くしていた令嬢は騎士の手を取ると、ご配慮ありがとうございますと優しく微笑んだ。巷に流れるオルタンスの悪い噂は悪意のある捏造だと、ルドルフは直感した。



「聖女様、そろそろ休憩なさいませんか?夕食の時間が近づいていますよ」


 祈祷室のドアを半分あけて顔だけ覗かせたエイプリルが声を掛ければ、微笑みながらオルタンスが振り返った。じっと聖女を見つめていた聖騎士のルドルフも姿勢を正す。


「あら、もうそんな時間ですか?祈りに夢中になっていました」

「なんて熱心な聖女様でしょう。言いたくはありませんがわたしがこちらに来てからの聖女様って、みんなお祈りは適当でしたよ」

「まあそうですの?きっと皆様お忙しくて時間に余裕がなかったのかもしれませんね」

 聖騎士と別れ2人は休憩室へと向かう。


「年末の聖夜の儀式の後は、どうなさるおつもりですか?本当にサフィーク公爵家からお出になられるのですか?」

「父はわたしのような不甲斐なくて出来損ないの娘には価値がないと思っているんです。

 聖夜の儀式までは公爵家の体裁がありますから、その後に除籍すると思います」


 修道女たちの休憩室には誰もいなかった。エイプリルはオルタンスに席を勧め、お茶の用意を始めた。


「聖女様は女神様がなぜ真珠の涙を流されたと思われます?」

「そうですね。あれは、たまたまわたくしの時に起きてしまいましたが、儀式を受けられた他のどなたかの為のもので、何かの手違いだったと思います」

「違いますよ。あれは女神様からオルタンス様への祝福なのです」


 え?と目を丸くしたオルタンスに、薄いお茶ですけれど無いよりましですよねとお茶のカップを渡したエイプリルはにっこり笑う。


「女神様はよくご存知です。オルタンス様のこれまでの人生を全部ご覧になっておられますよ。その上で貴女に祝福を授けたのです」

「祝福とは一体?」


 少々不安にかられたオルタンスは尋ねてみたが、

「いずれわかります。オルタンス様、信心と強い願いは真実になるのです。貴女はご自分の幸福を願っても良いのですよ。寧ろ願って欲しいくらいです。

 祈りの最中、ずっと民や国の平和と安泰を祈ってらしたでしょう?それは聖女様の在り方としては正しいけれど、女神様のお力はとても強いのです。そして貴女は正しく生きてらっしゃる。正しい聖女様による祈りを女神様は必ずや叶えてくださいます。

 だから、もっとご自分の幸せを願っても良いのですよ」


 エイプリルは、じゃあ厨房に戻りますねと立ち上がった。


「あ、あのっ、エイプリル様」

「様付けは不要ですよ、わたしは孤児院あがりのエイプリルですよ」

「いえ、貴女は一体どなたなのですか?エイプリル様の中に、もう1人重なってどなたかが見えます」


 おっと、気を抜いてしまったと、エイプリルは小さく舌を出した。

「まあ、物が二重に見えるほどお疲れなのですね。少し休まれて落ち着かれたら食堂へいらしてくださいね!」


 そそくさと休憩室を出れば、廊下の角に聖騎士が立っていた。


「お勤めご苦労様でございます」

「修道女殿、さっきの言葉は」

「やだぁ、盗み聞きはよくないですよ」

「済まない。聖女様ご自身の幸せを願ってもよいというのは本当か?」

「ここだけの話ですけどね、聖騎士様、秘密を守れますか?」


 ルドルフとの距離を少し詰めて、身を縮めてください、お耳を拝借いたしますとエイプリルに言われ、背の高いルドルフは不審がりながらも体を屈めたところ、エイプリルはその耳に口を近づけた。


「今代の聖女様は、女神様の祝福を受けていらっしゃいます。去年や一昨年とは違います。あの方は本物です。聖女様の祈りを聞いていると、幸福感に満たされませんか?」


「あ、ああ。聖女様のお側はとても心地よいんだ。一瞬たりとも離れたくないと感じてしまうのだ。そして今こうしている瞬間も聖女様から離れると不安になってしまうのだ」


「ああ、それを恋というのですよ」


 エイプリルの言葉にルドルフは赤面した。そして休憩室を出たところで、聖騎士と修道女が仲良さげにくっついている姿を見たオルタンスは、ほんの少しだけ寂しさを感じるのだった。



お読みいただきありがとうございます。


恋の予感?

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