【第二話】
「…………寒い」
もう、どれくらいの時間ここに座り込んでしまっているのだろう。
私は、先程から道端に身を寄せて座っている。ただでさえ人通りの少ない路地で惨めな姿をした私に声を掛ける者などいない。ポケットに入っているスマートフォンを取り出して時刻を確認しようとするも、あまりの寒さにぶるりと体が震え、つい手から取り落としてしまう。
もう12月上旬だ。こんなところにいては風邪を引いてしまう。そう思いながらも私はただただ呆然と空を見上げることしかできなかった。明るく光り輝く星さえもを隠してしまう曇り空は、私の心模様をそのまま空に映しているかのようだ。
「ねぇ、貴女、大丈夫?」
ふと誰かの声が聞こえ、視界に黒いブーツが映る。顔をあげると、心配そうな表情をしたお姉さんが私の顔を不思議そうに覗き込んでいた。
「は、はい……大丈夫、です」
温もりを感じさせる柔らかな雰囲気、寒さで少し赤くなった頬、肩にかかった綺麗な栗色の髪。深紅のブラウスに白いカーディガン、ベージュのロングスカート。顔に手を添え、首を傾げるそのお姉さんの一つ一つの仕草さえも優雅に感じる。こんな、みすぼらしい格好をした自分とは大違いだった。
「唇、真っ青だけど」
図星を指され、なんとなく気まずくなって俯いたそのとき。
「ご飯、もう食べた?」
「……へ?」
なぜ聞かれたのか理解できず、思わず間の抜けた声が出てしまった。急に何を言い出すのだろうか。様子を窺うようにしながらも私は、掠れた声で本当のことを言う。
「まだ、ですけど……」
「そっか。じゃ、うちのお店に来ない?ちょっとした小料理屋さんをやってるんだけど」
そう言って、華やかな笑みを浮かべるお姉さん。
「お金、あんまり持ってないんです」
「私が誘ったんだから、お代なんていらないわよ」
相変わらず笑顔なままのお姉さんは悪い人には見えなかった。
……けど、やっぱり。
「け、結構ですっ!」
「え? あ、ちょっと!」
気づいたら私は走り出していた。後ろからお姉さんが何かを言っていたが、言葉までは聞き取れない。
_______次の日。
私はまたあの路地に来ていた。
ネットカフェを出ると、なぜか自然と体があの道に向かっていたのだ。相変わらず今日も気温は低い。あのお姉さんは確か……小料理屋・鈴蘭と言っていた。
どこにあるのだろう。そのお店に入る気はなかったがなんとなく、それらしき看板を探してしまう。突然後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきたのは、私が辺りを見渡しているときだった。
「あら? あなた、昨日の……」
はっとして振り返ってみると、そこにいたのはあの親切なお姉さんだった。
「き、昨日は、ごめんなさい!」
「いえ、別に気にしてないから大丈夫よ。それより、ご飯ちゃんと食べた?」
昨日と全く同じ仕草で首を傾げるお姉さんはやはりご飯のことを聞いてくる。
「ごはん……」
ネットカフェに着いてすぐに爆睡してしまったから、何も食べていない。それを思い出した途端、お腹がきゅるりと音を立てた。俯いていた顔を上げると、お姉さんが驚いたような目でこちらを見ている。
「まさか……なにも食べてないの?」
お姉さんの問いに私は黙ったまま、コクリと頷いた。
「ちょっと来なさい」
私の言葉に目を見開いたお姉さんはそう言うとパッと私の手を取って突然走り出す。
「えっ、ちょっ……あの!」
「いいから!」
お姉さんに力強くそう言われてしまって、私は何も言葉を返せなかった。少し走ること数分……お姉さんがある古民家の前で足を止めた。
「…ここ……は…?」
私は、少し息を乱しながらそう尋ねた。すると、お姉さんは少し微笑みながら、こう言った。
「ようこそ、小料理屋・鈴蘭へ」