9 あの子の元に帰りたい(前編)
ある日、マオとセバスは家電量販店に来ていた。
「あいかわらず、でかい店じゃのぅ」
「そうですね。じゃぁ、早くテレビを買いましょう」
彼らがこの量販店に来ることになったのは、数時間前のことである。
いつものように静かな店内で、マオは暇を持て余していた。
「暇じゃのー……」
「そうですねー。新聞でも読みますか?」
「それはさっき読んだわい。なにか面白いことはないかのぅ……」
「それなら、テレビでも買いますか。ちょうどここに、武田様からいただいた十万円がありますし」
「おぉ、そうだったな。よし、今から買いに行くか」
ということであり、ただいま二人は店の中を探索中である。
「テレビはどこにあるのだ?」
「もうちょっと奥ですかね。あっ、ありましたよ!」
「いらっしゃいませー!」
マオとセバスがテレビに近づくと、笑顔で店員がやってきた。
「お客様、なにをお探しですか?」
「ん?」
「ひぃっ!」
マオが視線を向けると、店員から悲鳴が上がった。
それを察知したセバスは、すぐに二人の間に入る。
「すみません、テレビを買いに来たんですが」
「あっ、あぁ……それでしたら、こちらはどうでしょう?」
店員がすすめてきたのは、少し大きなテレビだった。
「これだと、店に置けんな」
「もう少し小さいのはありませんか?」
「そうですねー……なら、こちらはどうでしょう?」
次にすすめてきたのは、先ほどよりも小さいテレビであった。
「おぉ、ちょうど十万円ではないか。だが、その後ろの数字はいらんな」
「それは、消費税になりまして……」
「それでしたら、その分を無しにしてもらえませんか?」
「さすがにそれは……」
店員が渋ると、マオは睨みを利かせる。
それに怯えた店員は、仕方なく応じたのだった。
それから量販店を出たマオの手には、テレビの入った箱が下げられている。
「それにしても、マオ様のおかげでいい買い物ができましたね」
「少し、あの店員に同情するわい」
「なぜです?」
「このわしに出会ってしまったのだからな」
「まぁ、あの形相で睨まれたら、誰でも怯むでしょうね」
「お主は一言多いぞ」
「はははっ、すみません」
2人がそんな会話をしながら帰っていると、店の前に女性が立っていた。
女性は小さな箱を抱えている。
「あのー、どうされましたか?」
セバスが尋ねると、女性が振り向いた。
「あの、魔王便というのは、ここですか?」
「そうですよ。すみません、今開けますね」
セバスは急いで鍵を開けて、女性を中に通す。
マオは、その女性に見覚えがあった。木下病院であったナースである。
「なぜ、あの女がここに……」
「マオ様、早く入ってください」
「あぁ、すまぬ」
マオが中に入ると、女性はちらっとマオを見た。
「やっぱりあなた、あの時のターバンの人ね」
「……だったらどうした」
「あなたが病院でこれを落としたから、私はここに来たのよ」
そう言って女性は、ポケットから小さな紙を取り出した。
「これは、ここの案内を書いた名刺ですね」
「あっ、無いと思ったら、お主が持っていたのか」
「でも、あなたがここに来たのは、ただ落とし物を届けにきた訳ではないでしょう」
セバスに言われて、女性は頷く。
「はい。実は、これを届けてほしいんです」
女性は下に置いてあった箱を机に置く。
そこから取り出したのは、フリルのついた服を着ている小さな人形だった。
その目は眠っているように閉じている。
「かしこまりました。では、あなたのお名前、年齢、職業、種族を教えてください」
「はっ、はい……私は愛野さやか、三十八歳。職業はナースをしています。種族は人間です」
「はい、ありがとうございます。それで、この人形は?」
「これは、娘が友達からもらったみたいなんですけど、娘も大きくなってきて、もう遊ばないから返してもらいたいんです」
「もらったのなら、捨てればいいのでは?」
「それが、朝起きたら置いてある場所と違う所にあったり、夜中に変な声が聞こえたりして、奇妙なんです……」
さやかは怯えるように、両手で肩を抱いた。
「お願いです、早く届けてください!」
「おい、ここは払い屋ではないぞ」
怒るマオを、セバスが制する。
「いいでしょう、お預かりします。では、明日の夕方、木下病院の屋上で待っていてください」
「わかりました。ありがとうございます……」
そう言ってさやかは一礼し、そそくさと店を出ていった。
「おい、いつまでそうしている。もう動いていいぞ」
マオの言葉に応えるように、人形の目がゆっくりと開いた。
「はぁー、じっとしているのも、楽じゃないわね」
座っていた人形はひょいっと立ち上がり、マオたちにお辞儀をする。
「はじめまして、あたしはリリー」
「お主も災難だな。あの女に捨てられて」
「そうでもないわよ。あの人の娘さん、すごく乱暴に扱うんだもの」
「なら、逆によかったのか」
「そうね。しかも、もらったんじゃなくて娘さんが取り上げたのよ!」
「それは、いけませんね」
「でしょ? だから、元の子の所に帰れるなら、これ以上ない喜びだわ!」
リリーは喜びのあまり、机を跳びはねる。
「さて、その子の家を調べましょうか」
セバスはスマホを取り出し、リリーを撮影した。
そこに現れたものに、セバスは顔をこわばらせる。