8 捕らわれたセバス(後編)
次の日、マオたちは大木の屋敷に来ていた。
ただいまの時刻は、朝の七時である。
「本当に、これでうまくいくのかのぅ……」
ぼやいているマオの今回の衣装は、緑のジャケットとズボンで、頭にはターバンを巻いている。
「大丈夫ですよ。それだと、普通のいかつい親父にしか見えませんから」
「……なんだか、言い方にトゲがないか?」
「気のせいですよ」
マオが睨むと、武田は目線をそらした。
「使用人たちが来るのが朝九時なので、それまでには終わらせたいですね」
「うむ。それに、奴に怪しまれんようにせんといかんな」
マオは傍に置いてある荷台の、子どもが1人入りそうな段ボールを手で叩いた。
すると、中から二回音がした。
「あぁ、すまぬ。じっとしとくんだぞ」
マオが話しかけると、また二回音がする。
「では、手はず通りにお願いしますね」
そう言うと、武田は門を開けて、マオを屋敷の中に通す。
「ご主人様、魔王便様がいらっしゃいました」
「おぉっ! よく来たね。さぁ、奥の部屋に入るといい」
「……失礼する」
大木に案内されて、マオは荷台から段ボールを下ろす。
「これが、依頼されていた荷物だ」
「おぉっ! 意外と早く届いたな。開けてもいいかね?」
「その前に、トイレはどこかな?」
「この部屋を出て、左でございます」
「わかった」
マオは頷くと、足早に部屋を出ていく。
耐えきれなくなった大木は、段ボールに手をかける。
「ご主人様、あの方が戻ってからでないとダメですよ」
「えぇい、待ってられるか! 私の荷物だぞ!」
武田は、大木に見えないようにため息をついた。
そんな事を知らない大木は、急いで段ボールを開けた。
しかし、出てきたのは子どもではなく、鋭いカマだった。
「ひぃーっ!」
腰を抜かした大木の前に現れたのは、カマを構えた死神だった。
「では、後はお願いします」
「了解しました!」
武田は死神に一礼して、大木に目をやる。
「たっ、助けてくれ、武田!」
「あなたには、がっかりですよ。ご主人様……」
そう言った武田の目は、氷のように冷たかった。
武田が部屋を出ていくと、死神はカマを大木に向ける。
大木は必死になって、距離をとろうとする。
「お、お願いだ、見逃してくれ! 私はまだ死ぬわけにはいかないんだ!」
「無駄です。あなたはもう死ぬ運命にあるのですから」
「そこをなんとか頼む……なんでもするから!」
「問答無用!」
「ぎゃあぁーっ!」
大木の悲鳴とともに、勢いよくカマが振り下ろされた。
「ん? 今何か聞こえたような……」
その頃、マオは地下への入り口を探していた。
すると、下に降りる階段を見つける。
急いで降りるが、ドアノブに手をかければ鍵がかかっており、開かなかった。
「むぅー、ここだけ鍵がかかっておる。セバス、中におるのか!」
「どいてください。今開けますから」
ドアを叩いているマオの背後から、武田が鍵を持って現れる。
開けて中に入ると、セバスが手足を縛られて倒れていた。
「セバス、しっかりしろ! 今、解いてやるからな」
「うぅ……ま、マオ様……」
「おぉっ、目が覚めたか!」
マオは縄を解くと、ゆっくりとセバスの体を起こした。
「マオ様、申し訳ございません。このような失態を……」
「気にするでない。お主が無事ならそれでいい」
マオは、セバスの頭を優しく叩く。
「今度からは、出張する時はわしもついていくからな」
「マオ様……っ!」
「皆さーん、こっちは終わりましたよーっ!」
「少しは空気をよまんか、死神ーっ!」
「はて、私がよめるのは死期だけですよ?」
入ってきて首を傾げる死神に、マオの怒りは爆発寸前だった。
★★★
セバスを救出し、全員は奥の部屋に集まっていた。
全員が囲むその中心には、大木が仰向けに倒れている。
「死神よ、ちゃんと魂は取ったのか?」
「えぇ、ここにバッチリ!」
マオに言われて、死神は小さな小瓶を見せる。
その中では、ユラユラと魂が浮いていた。
「いやぁ、でもラッキーでした。お礼を言いに戻ったら、魂がもらえるんですから」
にやけている死神を、呆れた目で見るマオだった。
そして、武田の方に向き直る。
「武田よ、この肉体はお主のものだ。好きにするといい」
「ありがとうございます」
武田は、深々とお辞儀をしたが、見えないところで口角を上げた。
それを知らないマオたちは、使用人たちが来る前に退散することにした。
★★★
数日後、マオたちは店の中でくつろいでいた。
「はぁー、やっとゆっくりできるわい」
「まぁ、いろいろありましたからね」
セバスはそう言って、新聞を広げる。
「あぁ、そういえば大木の会社に行ってみたんですが……」
「なにぃ! まさか、また一人で行ったのか!」
「すみません、一応調査のためだったので」
「むぅー……」
「しかし、面白い話が聞けましたよ?」
セバスの発言に、マオは首を傾げる。
「社員に聞いたら、『大木会長は、前より優しくなった』『人が変わったようだ』と言ってましたね」
そう言うと、セバスはお茶を飲み始めた。
それを聞いたマオは、遠くを見つめて呟く。
「もしかしたら、本当に、中身が違うのかもしれんな……」
マオたちがくつろいでいる頃、暗い廊下に足音が響き渡る。
その音の正体は、大木である。
大木は何も言わずに歩いていたが、ふと鏡の前で足を止める。
そこに映っていたのは、あの武田の姿だった……