7 捕らわれたセバス(前編)
マオと向かい合って座っている男は、武田という名前だった。
「それで、話というのは?」
「はい。実はセバス様に、内密の依頼をご主人様がされましてね」
「ご主人様?」
「大木株式会社の会長です」
そう言って武田は、懐から写真を取り出す。
そこには、葉巻をくわえた坊主のふくよかな男性がうつっていた。
「名前は大木大五郎、六十八歳。この方の屋敷にセバス様はいらっしゃいます」
「ほぅ……それで、セバスの命に関わるというのは、どういうことだ」
「そこに、セバス様が捕えられているからです」
「なにぃ?!」
武田の言葉に、マオは勢いよく立ち上がる。
それを武田は、一旦座るように合図した。
「落ち着いてください。ちゃんと説明しますので」
「すっ、すまぬ……」
「あれは、セバス様が屋敷にいらっしゃった時のことです……」
時はさかのぼり、マオと別れたセバスは、依頼人の所に向かっていた。
「ここが、依頼人の屋敷ですね」
着いた所は、大きな屋敷で、表札には『大木』と書かれている。
セバスは、名前を確認してインターホンを押した。
「はい、どちら様でしょうか?」
出たのは男性の声だった。
「私、魔王便のセバスと申します」
「あぁ、よくお越しくださいました。どうぞ中へお入りください」
会話が終わると、大きな門が音を立てて開く。
屋敷の前では、黒いスーツの武田が待っていた。
「中でご主人様がお待ちです。どうぞこちらへ」
「あぁ、先ほど出たのは、あなただったんですね」
「はい。今日は使用人全員休みをとってもらいましたので、今は私しかおりません」
「そうですか……」
話していると、セバスは奥の部屋に通された。
中では、大木が足を組んでふんぞりかえっている。
「おぉ、よくいらしたね。さぁ、座ってくれ」
「……失礼します」
セバスは内心イラついたが、表に出さず営業スマイルをつくった。
「それで、ご依頼というのは?」
「うむ。実は届けてもらいたいものがあるんだよ」
「それは、なんですか?」
「それはだね……」
大木は気持ち悪い笑みを浮かべる。
「身寄りのない子どもを何人か連れてきてほしいんだ」
「あなたはその子たちを受け入れて、育てるおつもりですか?」
セバスの問いに、大木は高笑いをする。
「はははっ、ご冗談を。そいつらはここでこき使ってやるんですよ」
「は?」
セバスは驚いたが、大木は構わず続ける。
「私に使ってもらえるんだ。有り難いことだと思わんかね?」
「……そうですね。いい考えだと思います」
「そうだろう。で、どうかね? 出来そうかい?」
「魔王便はなんでも承りますし、お届けします」
「おぉ、なら……」
「しかし、この案件は、一度店長と相談してからになります」
「なんだと?」
「それでは、失礼……」
セバスが言い終わる前に、顔に水がかけられる。
すると、セバスの体は自由が利かなくなり、ソファーに倒れこむ。
「……なっ、なにを……私になにをかけたんですか……」
「はははっ、どうだ、身動きできないだろう」
笑う大木の手には、瓶が握られていた。
「それは、普通の水ではありませんね……」
「そう、これは『聖水』だよ。やはりお前は人間ではなかったな」
「私を、どうするおつもりですか」
「なーに、少しの間だけ人質になってもらうだけだよ。おい、武田。こいつを地下に連れていけ」
「はい、ご主人様」
武田はそう言うと、セバスを抱え部屋を出ていった。
そして時は戻り、現在の店の中。
「……というのが、私の知るすべてです」
武田の話は終わり、マオは怒りを露わにする。
「許さぬ……わしの部下に手を出した事を後悔させてやる!」
「それはよい考えですね」
「しかし、なぜわしに、そのことを教えたのだ?」
「……気に食わないからです」
武田は、無表情で言い、そして、その目は冷たかった。
マオはもう一度大木の写真に目をやる。
「あれ? その人、死ぬリストに載っている人ですね」
「え?」
マオの後ろから現れたのは、死神の四二‐三だった。
「な、なぜお主がここにいる?! 帰ったのではなかったのか」
驚くマオに、死神は笑って手を振る。
「いやー、ちょっとお礼を言いに来たんですが、なんか大変なことになっていますね」
「お主、どうやってここに入ってきたのだ……」
「それは、そちらの方が入った時に、一緒に入ったのですよ」
死神は武田を指さし、その指を頬に添える。
「でも、話が重そうだったので、部屋の隅で静かに待っていたのです」
「そ、そうか。それで、こやつがリストに載っているのは本当か?」
マオの問いに、死神は頷く。
「しかし、あなたも知っているでしょう?」
死神がきいたのは、武田だった。
「あなたは人間ではないでしょう。私たちと同類か、他の種族か……」
「そこまでわかったのなら、仕方ありませんね」
立ち上がった武田は、一度お辞儀をしてマオと死神を見る。
「私は、ご主人様から呼ばれた悪魔です」
「悪魔だと?」
「はい。まぁ、私はただそのお金を渡すだけだったんですが、私もあなたに依頼をしたくなりました」
武田の言葉に、マオは嫌な顔をする。
「それで、依頼というのは?」
聞かれた武田は先ほどの無表情とは違い、微笑みながら胸に手を当てた。
「私に、ご主人様を配達してほしいのです」