3 魔王便は、こうしてできました
季節が初夏になった頃でも、あいかわらず魔王便の周りは静かなものである。
「今日も暇だのぅー……」
「マオ様、気を抜かないでください。一応、店長なのですよ?」
「お主に言われんでもわかっとるわい」
「本当ですか?」
「ふんっ、わしがこんなことをする羽目になったのは、お主のせいだろう」
「あれ、そうでしたか?」
セバスはきょとんとした顔で首を傾げる。
「でも、マオ様もノリノリだったじゃないですか」
時間は少しさかのぼり、魔界にあるマオの城では、会議が行われていた。
「この魔界も、戦が無く皆がのびのびと暮らせている」
「それも、マオ様のおかげでございますね」
「ということで、わしも休暇がほしいのだ!」
「いいですねぇ」
「そうだろう。それで、なにか面白い案はあるか?」
マオの質問に、配下の者たちはざわめきだす。
そんな中、意見を述べた者がいた。
「では、人間界で配達の仕事をされてはいかがですか?」
「おぉ、面白そうだな」
マオはすぐ、その案にとびついた。
そして、配下の者たちに呼びかける。
「よし、誰かわしの手伝いをする者はおるか?」
マオの発言に、その場にいた全員が目をそらした。
いや、一人だけ手をあげる者がいた。
それがセバスなのである。
そして、時は現代の店の中に戻る。
「これでは、休暇をとった意味がないではないか」
「一応、休めてはいますけどね」
「あの子どもがやってきたりせんかのぅ……」
「あの子どもと言いますと?」
「あぁ、だいぶ前だが、わしを魔王と知らずに、話しかけてきた子どもがおってな」
「ほぅ、命知らずな子どもですね」
「そう思うだろ。そして、わしが名乗ったら『魔王便? おじさん配達の人なんだね。頑張って!』と言いおったのだ」
「あぁ、だからこの店の名前も『魔王便』にしたんですね」
「そうだ。この店をやっていれば、あの子どもがやってきて喜ぶだろうと思ってな」
話をしているマオの表情は穏やかなものだった。
それを見ていたセバスは、ぽつりと呟く。
「……もしかしたら、けっこう近くにいるかもしれませんよ?」
「そうなのか! あの子ども、『大きくなったら、僕も手伝うからね!』と言っていたから、もう来ているかもしれんな!」
そう言うとマオは立ち上がり、店の外に出ていく。
「……鈍いですね」
セバスの言葉が届いたのか、すぐにマオが戻ってくる。
「……早かったですね」
「いや、なんだかセバスに、なにか言われたような気がしてな。どうかしたか?」
マオは首を傾げていたが、セバスは驚きを隠すように話題を変えた。
「いいえ。宣伝にはマオ様のお顔も載せましたので、誰も来ないのはそれが原因ではないですか?」
「なにぃ?! これは元々こんな顔だから仕方あるまい!」
マオは言いながら、セバスの横を通り過ぎる。
セバスは笑いをこらえながら、幼少期を思いだしていた。
それは、まだセバスが小さかった頃の話である。
町に偉い人がやってくるというので、セバスも見に行った。
マオとの出会いは、その時である。
その時、セバスはマオが魔王である事を知らなかった。
「おじさん、偉い人なの?」
「お主、わしを知らんのか。わしの名は、マオ・ウビンだ」
「魔王便? おじさん配達の人なの?」
「違う、わしはっ……!」
マオは、セバスの輝いた目を見て、言葉に詰まった。
「僕も大きくなったら、おじさんの事手伝うね!」
「手伝う? このわしをか」
「うん! 一緒に仕事しようね!」
そう言うと、セバスは走って行ってしまった。
残されたマオは立ち尽くし、周りの配下の者たちは焦っていた。
「やっと、一緒に仕事できますね」
大人になったセバスは、マオに聞こえないように呟いた。
「セバス?」
「何でもありません。とりあえず、気長に待っていましょうよ」
「むぅー……」
すると、ドアが開いてカランコロンと音が響いた。
入ってきた人物に、セバスは微笑みかける。
「いらっしゃいませ。『魔王便』は、なんでも配達いたしますよ」