2 本が導く物語(後編)
「配達する人物は、坂本さとるという奴だな」
マオは、セバスからもらったシートを見ながら飛んでいた。
すると、ある建物を見つける。
「ここが、配達する所か」
マオが着いたのは、古い二階建てのアパートの前だった。
その階段を上がり、ある部屋の前で止まる。
表札には、『坂本』と書かれてある。
「坂本……よし、ここだな」
表札を確認したマオは、インターホンを力強く押す。
「はーい……どちら様ですか?」
ベルが鳴って少しすると、ドアを開けてくせ毛の少年が出てきた。
「魔王便だ。お主が坂本さとるだな。さっさと受け取れ」
「えっ、なんで俺の名前知っているんですか?」
「配達に来たのだから、知っていて当然だろう」
「魔王便……聞いたことないな。新しくできた宅急便ですか?」
「まぁ、そんなところだ。それより、早く受け取ってくれ」
「ありがとうございます」
さとるは物を受け取り、中を確認する。
そして本を取り出し、さとるは首を傾げた。
「あれ、これ俺の本だ。手紙もある」
さとるは手紙に気づき、その差出人を見て目を見開いた。
「牧野つぐみ?! なんであいつの名前がここに……」
「それは、これを依頼したのが、その女だからだ」
「えー……今更返されても困るんだけどな……」
さとるは迷惑そうに頭をかいた。
そしてマオに、本と手紙を袋に入れて突き返した。
「すみませんが、これ牧野に返してもらえませんか?」
「なに? お主は手紙も読まないまま返すのか」
「だって、なにも言わないまま引っ越したのはあいつだし、俺は迷惑なんです」
「だからと言って、読まずに返すのは失礼だろう。一度は目を通すべきだ」
「ふざけたかっこうのあんたに、なにがわかるって言うんだ!」
さとるはイラついているのか、片足を鳴らし続ける。
マオは気にせず、鼻を鳴らして腕を組んだ。
「わしは魔王だ。人間の考えていることはわからん」
「魔王?」
マオの発言に、さとるの動きが止まる。
するとマオは、本を指さした。
「しかし、あの娘がその本を愛おしそうにしていたのは知っている」
「えっ……」
「さとるー、誰か来てるのー?」
さとるが驚いていると、奥の方から女性の声が聞こえた。
さとるは慌てて、奥の方に呼びかける。
「ごめん、俺ちょっと出てくるわ!」
「あの娘なら、桃栗公園にいるぞ」
「わかった! ありがとう、おっさん!」
「お、おっさんだと……?」
おっさんと言われたマオは、その場にしばらく立ち尽くしていた。
★★★
さとるは走っていた。
桃栗公園は、さとるの家からは少し遠い。
やがて公園に着くと、つぐみがベンチに座っていた。
「牧野ーっ!」
「さとる君、どうしてここに……」
さとるはすぐに呼びかけ、つぐみもそれに気づき、立ち上がってそばに行く。
「宅急便のおっさんが、ここにいるって言ってくれて……」
「そうなんだ。また会えて、うれしい!」
2人が笑いあっているのを、公園の茂みの陰から見ている者がいた。
「あのー、マオ様。なぜ我々は、こんな所で隠れているのですか?」
「一応、見届けてからの報告でもよいだろう」
そう、マオとセバスである。
2人はこそこそと話していた。
「マオ様、興味本位で覗かない方がいいですよ」
「しっ、話が聞こえんだろう」
マオに叱られ、セバスは黙ることにした。
公園では、つぐみとさとるの会話が続いている。
「牧野、手紙読んだよ。牧野の気持ちはうれしいけど……」
さとるは勢いよく頭を下げた。
「ごめん、その気持ちにはこたえられない」
「えっ、どうして……」
「俺、今付き合っている子がいるんだ」
「そ、そうなんだ……」
つぐみは告げられた言葉に、涙を浮かべていた。
しかし、さとるは笑いながらある提案をしてきた。
「でもさ、牧野がどうしてもって言うなら、二番目として付き合ってもいいぜ!」
「……は?」
「なにぃーっ?!」
さとるのとんでも発言に、つぐみは驚き、マオたちは小声で叫んだ。
当の本人は、悪びれもなく両手を腰に当てて偉そうだった。
「いやー、モテる男は辛いな。で、どうする?」
問われたつぐみは、一旦笑顔になった。
だが、すぐ怒りの表情になり、思いっきり平手打ちをした。
「ふざけるんじゃないわよーっ!」
「ぐふぅっ?!」
吹き飛ばされたさとるは、その場に倒れた。
怒ったつぐみは見向きもせずに公園を出ていった。
「マオ様、あの男とんでもない奴でしたね」
「うむ、人間は見た目だけではわからんのだな」
「あっ、魔王便さん」
呆れたマオとセバスを見つけて、つぐみが駆け寄ってくる。
そして、セバスは深々と頭を下げた。
マオも慌てて少し頭を下げる。
「つぐみ様、今回は申し訳ございませんでした」
「えっ、なんで謝るの?」
「あなたには不快な思いをさせてしまいました」
「いいんです。なんかスカッとしました!」
そう言ったつぐみの表情は、とても晴れやかだった。
「あの男のことは、もういいのか?」
「よくはないですけど、モヤモヤしていた気持ちは晴れましたから」
「そうか……」
「あっ、そうだ、お代を払わないと……」
「今回はお代はけっこうですよ」
「そうはいきません。一応、届けてもらったし」
「なら、あなたが手紙を書いたそのペンをいただけませんか?」
「えっ、こんなのでいいんですか?」
つぐみはペンを取り出し、セバスに渡した。
「はい、確かに受け取りました。ご利用、ありがとうございました」
「また、利用するかもしれないので、その時はお願いしますね」
つぐみはそう言って、反対側に歩いていった。
つぐみの姿が見えなくなると、マオたちも店へと帰っていった。