18 魔王がやってきた(後編)
「ふぅー、落ち着くのぅ」
紅茶を飲み、ゆったりとくつろぐのは、西の魔王・ローズである。
妖艶な笑みを浮かべ、カップのふちをなぞる。
「マオの奴、我を仲間はずれにした罰じゃ」
ローズが微笑んでいると、ドアがノックされた。
「誰じゃ、我は今忙しいのだぞ」
「わしだ、マオだ」
「マオだと?」
首を傾げ、ローズはゆっくりとドアを開ける。
「なんだ、降参でもしにきたのか?」
「そんなわけあるまい」
マオは一瞬顔をしかめたが、小さく咳払いをする。
「戦いの前にお主にいい物をやろう」
そして、持っていた小さな箱を持ち上げ、ニヤリと笑う。
その表情に、ローズは疑いの目を向ける。
「……どういう風の吹き回しだ」
「そんなにおかしいか?」
「まぁ、戦いの前だから、無理もないな」
「そんなこと言うな」
そして、マオはローズの肩を、軽く叩いた。
「お主とわしの仲ではないか」
「おぉっ、そうだったな!」
マオの言葉を聞き、ローズは警戒心を解いた。
上機嫌で部屋に戻るローズに、マオは口角を上げた。
「さぁ、座ってくれ。紅茶でも飲もうではないか」
「いや、けっこうだ」
「なんだ、つれないのぅ」
そして、マオとローズは向かい合って座った。
「そうだ、その箱には、なにが入っているのだ?」
「おぉっ、そうじゃった。お主が好きだと思ってな……」
そう言うと、マオは箱から、赤い瓶を取り出した。
その瓶の色に、ローズの目は釘付けになる。
「きれいな色だな……」
「そうだろう。さぁ、ぐいっと飲んでくれ」
「なに、これは飲み物なのか?」
「そうだが?」
「ほぅ、そうか……」
ゆっくりと手に取り、ローズは立ち上がる。
そして、思いっきり床に瓶を叩きつけた。
大きな音を立てて、瓶は粉々になる。
中の液体はもれ、床を汚していく。
「なにをしているんじゃ、ローズ!」
「それは、こちらのセリフだ。どうせ、これに毒でも混ぜたのだろう」
「そんなわけあるまい!」
「いや、そうに決まっている。そなたが我に、贈り物などするはずがないしな」
微笑むローズに、マオは顔をしかめた。
だが、頭を振り、大きく深呼吸する。
「まさか、そんなに疑われているとはな」
マオは席を立ち、ローズに近づいた。
ローズは身構えるが、差し出された物に目を奪われる。
「これは……首飾り?」
「あぁ、気を悪くしてしまったおわびだ」
マオが差し出したのは首飾りで、宝石がいくつもついていた。
「わぁっ、とてもきれい……本当にもらっていいのか?」
「あぁ、もちろんだ」
「ならば、そなたがつけてくれ」
ローズは喜び、そっと目を閉じる。
首飾りをつけるマオが、悪い笑みを浮かべていることには気づいていなかった。
「よしっ、つけたぞ」
「おぉっ、本当にきれいだな。ありがとうっ!?」
喜ぶローズだったが、突然の電撃に悲鳴を上げた。
「ぎゃぁーっ!」
体がしびれたローズは、強くマオを睨みつける。
「おのれ……我になにをしたぁ……」
「それは、服従の首飾りだ」
「なっ、なんだと!」
「わしらが戦って、城がなくなったら大変だからな」
「くっ、くそぉー……」
苦しみながら倒れたローズの体は、どんどん縮んでいく。
その光景を、マオは冷めた目で見つめていた。
やがて電撃がおさまると、そこには少女の姿になったローズが横たわっていた。
「うぅ……」
目を覚ましたローズは、自分の体を見て愕然とする。
「わっ、我が幼くなっているだと?!」
「ローズよ、ずいぶん可愛らしくなったな」
「くっ、マオ、許さぬぞ!」
怒ったローズは、胸の前で光の玉を作る。
しかし、すぐ消えて、小さな煙が上がった。
「なっ、力が出せない?!」
「その首飾りは、魔力も吸い取る物でな。今のお主は、赤子みたいなものじゃな」
「ぐぬぬ……」
「マオ様、終わりましたか?」
マオが振り向くと、ドアの近くにセバスが立っていた。
「おぉっ、セバス。お主の言った通り、うまくいったぞ」
「貴様が、マオに入れ知恵したんだな」
「私は、少しアドバイスをしただけですよ」
「ふんっ、どうせあの瓶にも細工がしてあったんだろ」
「いいえ。あれは本当に、ただのジュースだったんですよ?」
「なんだと?」
「うまく引っかかってくれて、安心しました」
微笑むセバスに、ローズはショックを受けていた。
そして、セバスは部屋にあった等身大の鏡に触れた。
すると、鏡に別の城が現れる。
「では、ローズ様。魔物たちにしばらくこちらにいることを伝えてください」
「むぅ……仕方ないのぅ」
話している間にも、鏡はいろんな場所を映しだしていた。
やがて、魔物たちが集まっている場所が映しだされた。
「おいっ、聞こえているか!」
「おや、どこからかローズ様の声が聞こえるぞ」
「しかし、ローズ様は今、別の魔王の所に行っているのだろ?」
「だが、この甲高い声は、あの方のものだぞ」
「貴様ら、好き勝手言うんじゃないぞ!」
すると、魔物たちの視線が、鏡に釘付けになる。
「ろっ、ローズ様?」
「そうだ。我の他に、誰がいるのだ」
「かっ、可愛いーっ!」
腕を組んで、仁王立ちのローズだったが、その可愛さに、魔物たちは大喜びだった。
「なんだか、向こうは大喜びだぞ……」
「えぇ、これは予想外でした」
「よく聞け。我はしばらくそちらに戻れない。我がおらぬ間、そちらのことは任せたぞ!」
「はいっ、ローズ様の心のままに!」
そこで、鏡の画面は消えた。
「これでよいのだろ?」
「えぇ。では、私たちと共に、人間界に行ってもらいますよ」
「しっ、仕方ないのぅ」
ローズは口をとがらせたが、その表情は楽しそうなものだった。
「『魔王便』というのだろ。どんなことをするのだ?」
「依頼されれば、どんな物でも配達する仕事ですよ」
「魔王便というのだから、マオが届けるのか?」
「まぁ、そうじゃな」
「なら、我もやってみたい!」
「あなたのそのお姿では、配達は無理でしょう」
「誰のせいで、こうなっていると思うんだ!」
「ここで言い合っていても仕方なかろう」
セバスとローズが睨み合っているため、マオは呆れてため息をつく。
「ローズの件は片づいた。早く店に戻るぞ」
「はい、マオ様」
そしてマオたちは、人間界に戻るため、魔王城を後にした。




