17 魔王がやってきた(前編)
魔界に続くゲートの中を、マオとセバスは歩いていた。
ゲートの中は暗く、道だけが光っていた。
「なんだ、道があるのなら、娘たちを連れてきてもよかったな」
「それはダメですよ、マオ様」
「なぜだ」
「道が光っているのは、マオ様が魔王だからです」
「むぅ……」
「それに人間が入れば、闇に飲みこまれてしまうので、危険なんですよ?」
「そっ、それはマズイな……」
セバスに注意され、マオは肩を落とす。
やがて、出口が見えてきた。
「マオ様、もうすぐ魔界に着きますよ」
「うむ。しかし、トラブルとはなんなのだ?」
「実は、マオ様が休暇をとっている間に、西の魔王がやってきまして……」
『西の魔王』と聞いたマオは、苦い顔をした。
「……あいつが来ているのか」
「えぇ。あと、マオ様がいないなら、城を渡せとまで言ってきたんです」
「ならば、急いで戻るとしよう」
マオが歩く速度を速めたため、セバスも後に続いた。
ゲートから出た二人の前には、人間界とは違う景色が広がっていた。
空はどんより暗く、下には森が広がっており、向こうに城が見えた。
その城こそ、マオがおさめている魔王城なのである。
「ふぅー、ここに戻ってくるのも久しぶりじゃのぅ」
「マオ様、早く参りましょう!」
「そうだ、のんびりしている場合ではなかったな」
マオは頭を振り、羽を広げて飛び立った。
セバスも羽を広げ、二人は城へと向かう。
全速力できたため、着くのは速かった。
マオたちは城に入り、客室に向かった。
部屋の前に着くと、中から大声が聞こえた。
「おい、マオはいつ帰ってくるのだ!」
「今セバスが呼びにいっておりますので、もうしばらく……」
「そう言って、かれこれ三時間も待っているんだぞ!」
甲高い女性の声に、マオは顔をしかめる。
「あの耳障りな声は、やはりあいつか……」
マオは、額に手を当て、ゆっくりとドアを開けた。
すると、先ほどから騒いでいた女性は、マオを見つけ笑顔になる。
「おぉっ、マオではないか。久しぶりだな!」
「ローズ、なんの用で来たんじゃ」
ローズと呼ばれた女性は、金髪のロングヘアーで、鮮やかな緑色の瞳をしていた。
さらに長身でもあり、真紅のドレスがナイスバディな体を強調している。
そのローズは、素っ気ない態度のマオにすねる仕草をした。
「マオ、せっかくの再会を、喜んではくれんのか?」
「喜べるか。お主の用件は聞いているぞ」
「なんだ、つまらんな」
用件がバレ、ローズは肩を落とす。
そして、マオを強く指さした。
「久々に遊びに来たら、お主がいないときた」
「マオ様は、あなたと遊んでいる暇はないんですよ」
「ふんっ、その割には、休暇をとって人間界にいるというではないか」
「それは……」
図星をつかれ、セバスは言葉に詰まる。
それを見て、ローズは気分が良くなり話を続けた。
「しかも、宅配便というものをしているのだろう?」
「あぁ、『魔王便』という名前でやっておる」
「そんな面白いことを、我抜きでやるなんて!」
「別に、お主に言わなくてもよかろう」
「なにを水くさいことを。同時期に魔王になった仲ではないか!」
「そんな昔のことは知らん」
「ならば、我も手段を選ばんぞ!」
そう言って、ローズは大きく足を前に出した。
そして、両手を腰に当て、高らかに言い放つ。
「今からこの城は、我の物だ!」
「なに勝手なことを言っておる!」
「ずっと、城をあけていたお主が悪いのだぞ?」
「わしの城を、好きにはさせん!」
「ならば、こういうのはどうだ?」
ローズは胸に手を当て、口角を上げる。
「我とそなたで戦って、勝った方がこの城の主となるのだ」
「だから、元々わしの城だと言っておるではないか!」
「では、我は別室におるから、準備ができたら呼ぶのだぞ」
高笑いをして出ていくローズに、マオは怒り心頭だった。
「あいつは、いつもそうだ!」
「マオ様、落ち着いてください」
「これが落ち着いていられるか!」
「お気持ちはわかります。ですが、怒りで我を忘れてはいけません」
セバスは、マオの背中を撫で落ち着かせる。
「さぁ、深呼吸をしてください。気分が落ち着きますよ」
マオは、言われた通り深呼吸をした。
やがて、だんだん落ち着きを取り戻してきた。
「すまない、セバス。落ち着いたわい……」
「よかったです。しかし、あの方は自分勝手ですね」
「昔から、あぁなのだ」
「おや、昔のことは忘れているのでは?」
「嫌なことは、残念だが覚えておる」
げんなりしているマオに、セバスは笑いをこらえていた。
だが、ローズの件を思いだし、あごに手を当てる。
「どうにか、戦わずにことをおさめたいですね」
「ふんっ、わしが一発殴って黙らせるか」
「やめてください」
「なぜだ?」
「魔王とはいえ、相手は女性です。それに……」
「それに、なんだ」
「お二人が戦えば、この城がなくなりますよ?」
「ぐっ、それは困るな」
マオとセバスはしばらく考えこみ、二人の唸り声が響く。
その様子に配下の者たちは、じっと見守っていた。
やがて、セバスが手を叩く。
「そうだ、いいことを思いつきました!」
「おぉっ、さすがセバスだな」
喜んだマオは、急かすようにセバスに尋ねる。
「それで、どうすればいいのだ?」
「ふふふ……ここは、『魔王便』らしくいくとしましょう」




