14 君の晴れ姿が見たくて
いつも通り静かな、『魔王便』の店の前を、眼鏡をかけた老人が歩いていた。
老人はふと、店の貼り紙の前で立ち止まる。
しばらく見つめた後、店のドアに手をかけた。
店の中では、マオたちが掃除をしていた。
「マオ様、窓はもっと丁寧に磨いてください」
「磨いておるではないか」
「端の方に、汚れが残っていますよ」
「むぅー……」
すねるマオを、リリーは指さして笑う。
「あははっ、マオちゃん怒られてる!」
「リリー、笑うでないわい!」
「リリーさんも、手を止めずに机を拭いてくださいね」
「はーい……」
「お主も、怒られたな」
にやけるマオに、リリーは頬を膨らませる。
すると、カラン、コロンとドアが開いた。
「いらっしゃいませ」
「あっ、すいません。まだ営業していなかったんですね」
入ってきたのは、先ほどの眼鏡をかけた老人だった。
「いえ、営業しております。どうぞ、こちらへ」
マオたちは急いで片づけを始める。
それはあっという間で、老人はぼう然としていた。
「お待たせいたしました。では、こちらへどうぞ」
「しっ、失礼します……」
セバスに促され、老人はおずおずと、椅子に腰かける。
そこに、お茶を持ったリリーがやってきた。
「はい、おじいちゃん。お茶どうぞ!」
「こらっ、リリーさん、お客様ですよ!」
「あっ、いいんです。お嬢ちゃん、ありがとうねぇ」
お茶をもらった老人は、一口飲んでから話し始める。
「あの、ここはなんでも配達してもらえるんですよね?」
「えぇ、なんでも承りますよ?」
「実は、七五三の孫に、手紙を送りたいんです」
「それでしたら、郵便局に行かれたらいいのでは?」
「それが、わけあって手紙が書けないんです……」
「ふむ……」
セバスは少し考える仕草をしたが、また営業スマイルを作った。
「では、名前と年齢、職業、種族をお願いします」
聞き覚えのない項目に、老人は戸惑いを見せる。
しかし、静かに答え始めた。
「私の名前は、田口まさのぶ。六十五歳、無職。種族は……幽霊です」
「なるほど、だから手紙が書けないんですね」
「はい……」
頷いたまさのぶは、ため息をついた。
「孫の、晴れ姿が見れると思ってうかれていたら、ちょっとした段差につまずいて、そのままぽっくりと……」
「うわぁ、痛そう……」
リリーの感想に、セバスは咳払いをする。
「でも、ご安心ください。ここでなら、手紙が書けますよ?」
「えっ、本当ですか!」
「もちろんです。リリーさーん!」
「はーい、どうしたの?」
「向こうにある、支払い箱の中のペンを、持ってきてください」
「うんっ、わかった!」
リリーは小走りで、奥にある支払い箱から、ペンを取り出してセバスに渡した。
「はいっ、これでいいの?」
「えぇ、ありがとうございます」
「むむっ、それはつぐみとやらが持っていたペンではないか」
「そうです。ですが指を鳴らすと、あーら不思議。誰でも書くことができるんですよ?」
セバスは、まさのぶにペンと紙を渡す。
「ほっ、本当だ。私でも書ける!」
「お時間が大丈夫であれば、ここで書いていかれますか?」
「はっ、はい。すぐ書きますので!」
それからまさのぶは、一心不乱にペンを走らせた。
しばらくして、手紙を書き終えると、顔を上げた。
「お待たせして、すみません……」
「いえ、書けてよかったですね」
「はいっ、ありがとうございます!」
「では、こちらを失礼して……」
セバスはスマホを取り出すと、手紙を撮影する。
「場所は近江神社、ですか……」
「はい、そうですが……」
「すみません、配達は後日でもよろしいでしょうか」
「えっ……」
少し残念な顔をしたまさのぶの表情を、マオは見逃さなかった。
「ちょっと待て、セバス」
「マオ様?」
今まで黙っていたマオだったが、立ち上がると大股で、まさのぶの前に立つ。
「お主、孫の晴れ姿を見たくはないのか?」
「そっ、それは見たいです!」
慌てて、まさのぶは椅子から立ち上がる。
そして、そっと手紙に手を置いた。
それは、とても愛おしそうに。
「だって、ずっと楽しみにしていたんですから……」
「なら、この帽子を被って、見に行けばよかろう」
マオは、かけていた野球帽を取り、まさのぶに渡した。
それを見たセバスは、ため息をつく。
「ふぅー……仕方ありませんね」
「あっ、あの、代金は……」
「代金はいりません。支払いは、その眼鏡でお願いします」
「えっ、こんな物でいいんですか?」
「はい。では、ご依頼、承りました」
★★★
次の日、近江神社の入り口には、まさのぶとマオが変装して来ていた。
神社の奥では、三歳の女の子が七五三用の着物を着て、千歳飴を持っていた。
その表情は笑っており、楽しんでいるのがわかった。
「あれが、お主の孫だな」
「はい。『ゆかり』と言って、とても可愛い自慢の孫です」
孫の晴れ姿が見れて、まさのぶは微笑む。
そして、横にいるマオの方を向いた。
「魔王便さん、今日は連れてきてくれて、ありがとうございます」
「よかったな、孫の晴れ姿を見れて……」
「本当に……もう、見れないと思っていましたから……」
ふと、まさのぶを見ると、足まで消えかかっていた。
「むむっ、お主、消えかかっておるぞ!」
「もう、思い残すことはありません。ありがとうございました……」
まさのぶは頭を下げて、そのまま消えていった。
「せめて、手紙を渡すところまで、見ていけばよかろうに……」
★★★
そのまた次の日、マオは桃栗公園に来ていた。
桃栗公園では、まさのぶの孫・ゆかりが、地面に絵を描いて遊んでいる。
「おい、お主がゆかりだな」
「おじちゃん、だあれ?」
「わしは『』魔王便」だ。お主に、渡したい物がある
マオは懐から、まさのぶの手紙を取り出す。
そして、しゃがんでゆかりに渡した。
「これは、お主のじぃじからだぞ」
「えっ、じぃじから?」
『じぃじ』と聞いたゆかりは、喜んで手紙を受け取る。
「やったーっ、じぃじからのお手紙だーっ!」
「家に帰って、親に読んでもらうといい」
「うんっ、ありがとう、魔王便のおじちゃん!」
ゆかりはそう言うと、小走りで桃栗公園を出ていった。
「さて、わしも帰るかのぅ」
そして、マオは羽を広げ、店に戻っていった。
マオが店に戻ると、リリーが駆け寄ってきた。
「マオちゃん、見て見て!」
リリーは、着ているものを見せるように、くるりと回った。
「それは、昨日ゆかりという孫が着ていた着物ではないか」
「はい、調べて作ってみました」
「」セバス、お主は器用だのぅ
「そうでしょうか。でも、リリーさんが喜んでくれて、よかったです」
「ありがとう、セバスちゃん。これ、すごく可愛い!」
喜ぶリリーと、ゆかりの表情がリンクする。
「……わしも、孫がいたらこんな感じなのかのぅ」
「えーっ、マオちゃんがおじいちゃん?」
嫌そうな顔をしたリリーの頭を、マオは軽く小突いた。
「いたっ!」
「こんな可愛げのない孫はいらん」
「ぶーっ、なによそれーっ!」
「今のは、リリーさんが悪いですね」
「えーっ、セバスちゃんまでーっ!」
今日も魔王便では、賑やかな声が響くのであった。




