13 ハッピーハロウィン!(後編)
「まったく、セバスは人使いが荒いわい。いや、この場合、魔王使いじゃな」
マオは文句を言いながら、ある場所を見つける。
それは、十階建てのマンションであり、マオが配達に行くのは、その五階の一番端である。
そこには、大きく『結城』の表札があった。
「……ここか」
マオは名前を確認すると、インターホンを押した。
「はい、どちら様でしょう」
インターホンから聞こえたのは、落ち着いた女性の声だった。
「魔王便だ。荷物を届けにきた」
「魔王便?」
女性は少し間をおいて、「ちょっと待ってください」と言った。
少しして出てきたのは、若い女性だった。
「あの、荷物ってなんですか?」
「『結城くろね』という人物への配達なんだが……」
「あっ、それ私です」
「なら、お主が結城あかねの妹なのだな」
「そうですけど……」
「これは、姉からお主へのプレゼントだそうだ」
そう言うと、マオは持っていた箱を、くろねに渡す。
受け取ったくろねは、苦笑いを浮かべていた。
「……へぇー。あの家出したお姉ちゃんがね」
「家出?」
「そう、やりたいことがあるからって、お父さんとケンカして、家を出ていったの」
すると、くろねは深いため息をついた。
「どうせ、どこかで遊んでいるに決まってるわ」
「……なぜ、そう思う」
「うちは厳しい家庭なんです。小さい頃はそうでもなかったけど、大人になったら急に……」
くろねはそこまで言うと、箱を持つ手に力をこめる。
「姉は、コスプレとやらを真剣にやっているみたいだぞ」
「コスプレ?」
『コスプレ』と聞いたくろねは、戸惑いと怒りの表情を見せる。
「……ふーん。お姉ちゃんがやりたかったことってそれなんだ」
くろねは、顔を引きつらせて笑った。
「まぁ、わしが言うのもなんだが、あまり相手の好きにとやかく言うものではないぞ」
「……あなたには、関係ありません!」
そう言って、くろねは勢いよくドアを閉めた。
「まったく……家族というのは、わからんな……」
★★★
「もうっ、なんなのよ、あいつ!」
「おい、くろね、口が悪いぞ」
「ごっ、ごめんなさい、お父さん……」
父親に怒られ、くろねは俯いてしまう。
それを見た母親が、慌てて話を変える。
「そっ、それより、『魔王便』ってなんだったの?」
「あぁ、なんかお姉ちゃんからのプレゼントだって」
「あかねから?」
「ふんっ、勝手に家を出て、送ってくるのは物だけか」
「お父さん、お姉ちゃんは私の誕生日、覚えていてくれたんだよ。そんな言い方……」
「なんだ、文句でもあるのか」
「ちっ、違うよ……」
「さぁさぁ、ご飯が冷めちゃうわ。早く食べましょう!」
「おぉ、そうだな」
そして、くろねは両親と豪華な食事を楽しんだ。
しばらくして、食事を終えたくろねは、あかねからのプレゼントの箱を見つめていた。
「そんなに気になるなら、開ければいいだろう」
「うっ、うん、そうだよね!」
父親に言われ、頷いたくろねは箱に近づく。
そして開けると、中から白いウサギのぬいぐるみが出てきた。
「あっ、これ……小さい頃、お姉ちゃんと見ていたアニメのキャラだ!」
「あらぁ、懐かしいわねぇ」
「なんだ、それは。そんな物、必要ないだろ!」
「あなた、落ち着いて……」
母親がなだめようとするが、父親はとまらない。
「これが、落ち着いていられるか!」
「お父さん……」
「あかねは、くろねまで自分の味方につけようとしているんだ。コスプレとかいう、そんなことのために!」
父親が強く机を叩くと、ウサギの目が赤く光りだす。
「えっ?」
ウサギは、するりとくろねの腕を抜け、一回転して机に着地する。
「なっ、動いただと?」
「あら、動くぬいぐるみなのかしら?」
三人が戸惑っていると、ウサギの顔が変化していった。
それは怒りの表情であり、爪も長く鋭くなっていく。
「キシャーッ!」
「きゃぁーっ!」
恐ろしい形相のウサギは、くろねたちに襲いかかっていった。
★★★
その頃あかねは、イベント会場に来ていた。
「あれ、いつもだったらお父さんや、くろねから連絡が入るのに、今日はこないな……」
あかねは気になったが、頭を振って疑問を打ち消した。
「多分、魔王便さんがなんとかしてくれたのよね」
「すみませーん、こっちにも一枚いいですか!」
「はーいっ!」
カメラを向けられ、あかねは可愛くポーズを決めた。
その日の夜、マオたちがテレビを見ていると、あるニュースが流れてきた。
「速報です。とあるマンションの一室に何者かが侵入し、住人を襲ったとのことです。住人は全員重傷で、犯人はいまだ逃走しており……」
「おい、このニュースはまさか……」
「あのウサギちゃんよね?」
「そうです。暴走したということは、依頼人の怒りが爆発したのでしょう」
「まぁ、ちと問題のある家庭だったようじゃしな」
マオとセバスは、お互いニヤリと笑う。
その様子に、リリーは少し引き気味である。
「まぁ、魔族のいたずらは、こんなものじゃないですけどね」
「お菓子もらったのに?」
「お菓子もらっても、いたずらしますよ? 魔族ですから」
セバスは微笑み、吸血鬼のマントをひるがえしてドアを指さす。
「さぁ、私たちも出かけましょうか、ハロウィンの夜に」
「やったーっ! 行く行く!」
「マオ様も行きますよね?」
セバスの微笑みに、マオは深いため息をつく。
「仕方ない、付き合ってやるか」
そして、マオたちは賑やかな夜の街に出かけたのだった。




