1 本が導く物語(前編)
とある街にある路地裏に、珍しい店があった。
看板には大きく、『魔王便、はじめました』の文字。
「暇だーっ!」
店の中から大声が聞こえ、鳥たちが羽ばたいていく。
中では、曲がった角に鬼のような大男が机を叩いていた。
背には黒いマントをしており、それを翻して窓の前に立つ。
「暇すぎる……なぜ誰も来ないんだ」
窓の外を見て嘆いているこの大男の名は、マオ・ウビン。魔王である。
「マオ様、落ち着いてください。まだ初日ではありませんか」
マオをなだめているのはセバス。マオの配下の魔物である。
「これが落ち着いていられるか!」
そう言うと、マオは時計を指さす。
「もう昼過ぎだというのに、客が誰も来ないんだぞ」
「おかしいですね。宣伝はちゃんとしたのに」
セバスは、あごに手を当て首を傾げる。
不安に思ったマオは、椅子に座り腕を組んだ。
「一応、どんな宣伝をしたのか聞こうか」
「テレビやネットに、店の名前と住所を載せて、なんでも配達します、と流しました」
「ふむふむ」
セバスの説明に、マオは頷きながら聞いていた。
しかし、次の一言に目を見開く。
「そして、これを読んだら友達や知り合いにメールで送ってね。と書いておきました」
「それは、この世界で言われる『チェーンメール』というものではないか!」
「そうとも言いますね」
「それでは警戒されてしまうではないか。誰も来ないはずだ……」
余計な事をしてくれた、とマオは頭を抱えた。
当の本人は、笑顔でマオの肩を叩く。
「まぁまぁ、いずれ誰か来ますよ」
すると、カランコロンと音が鳴り、何者かが入ってくる。
「ほら、お客様ですよ」
二人が見つめる先にいたのは、学生服を着た少女だった。
少女の名前は、牧野つぐみである。
「ここは、なんでも配達してくれるんですか?」
「えぇ。お客様が送ってほしい物は、なんでも取り扱っています」
「なんでも、ですか?」
「はい。どうぞ、こちらにおかけください」
つぐみはまだ戸惑っていたが、マオの横を通り過ぎ席に着く。
マオは鼻を鳴らし、ドスドスと足音を鳴らして席に着き腕を組んだ。
その威圧的な態度に、つぐみは怯えてしまう。
そして、セバスにこっそりと聞いた。
「あの……私、なにかまずいことでもしましたか?」
「あぁ、お気になさらず。では、お名前と年齢、職業、種族をお願いします」
「種族、ですか?」
聞きなれない項目に、つぐみは首を傾げる。
「あの、ここって普通の宅急便とは違うんですか?」
「えぇ、ちょっと特殊な店ではありますね」
「やっぱり、そうですよね……だって、奥にいる人、コスプレでもしているんですか?」
「あぁ、あの方のことは、気にしないでください」
つぐみの発言に、マオの片眉がぴくりと上がった。
笑いをこらえているセバスは、咳払いをして聞き直す。
「では、改めてお聞きしますね」
「あ、すみません。私は牧野つぐみ、十四歳、中学生です。種族は人間です」
「はい、ありがとうございます」
セバスは、つぐみから聞いた項目を、持っていたチェックシートに記入していく。
「それで、あなたが配達してほしい物はなんですか?」
「あっ、それは……」
つぐみは持っていたカバンから、1通の手紙と本を取り出した。
「これです」
「お手紙と、本ですか?」
「はい。実は、好きだった男子から借りた本なんです」
「なに?」
好きのフレーズに、マオは不機嫌な声を出す。
つぐみはちらっと見たが、目線をそらし話し始める。
「返したかったんですけど、去年私は引っ越してしまって、返せずそのままでした」
「それこそ、宅急便で送ったらいいのでは?」
「私もそう思ったんですが、住所が違うみたいで届かなかったんです」
机に置いてあった本を持ち、つぐみは胸に抱きしめた。
それは、とても愛おしそうに。
「だけど、この店のことを知って、お願いしようと思ったんです」
「それは有り難いことですが、なぜですか?」
「そうすれば、私の想いも伝えられると思ったからです」
笑顔のつぐみを見て、マオは思いっきり机を叩き立ち上がった。
「おい、娘。ここは恋愛相談所ではないぞ」
「ひぃっ!」
「マオ様、威圧してはいけませんよ」
マオの威圧に、怯えてしまったつぐみは、椅子の後ろに隠れてしまう。
それを安心させるため、セバスはできるだけ優しい口調で話した。
「すみません、店長は少し気が短いもので……」
「あ、あの、やっぱりダメですよね?」
「いいえ、お引き受けいたします」
「セバス!」
「いいじゃないですか。最初のお客様ですし」
「本当ですか!」
「はい。では、ちょっと失礼して……」
すると、セバスはポケットからスマホを取り出し、本を撮影する。
「それは、なにをやっているんですか?」
「このスマホで撮れば、今探している相手の名前、居場所がわかるのです」
「す、すごいですね! そんなのもわかっちゃうんだ」
「このスマホが特別なんですよ。普通では出来ません」
「そうなんですか……」
「よし、位置情報はわかりました。つぐみ様は、この桃栗公園でお待ちいただけますか?」
「えっ、私も一緒に行ってはダメなんですか?」
「相手があなたの知っている方かどうかもわからないので、後で報告させてもらいます」
「……わかりました。よろしくお願いします」
納得がいかないつぐみだったが、頭を下げて店を出ていった。
つぐみが出ていって、マオは文句を言い始める。
「セバスよ、あんな依頼受けなくてもよかったのではないか?」
「いえ、ちょっと面白そうだったので、受ける価値はあると思いますよ」
「それで、誰が配達するのだ?」
「それはマオ様に決まっているじゃないですか」
あまりに普通にセバスが答えたので、マオは呆気にとられてしまう。
しかし、すぐに状況がわかったのか、焦るマオだった。
「なにぃ?! お主が行くのではないのか!」
「私は依頼を受けたり、探す専門です」
「聞いておらんぞ! なぜわしが行かんといけんのだ!」
「それは、この店の名前が『魔王便』だからですよ」
「ぐぅー……納得がいかん……」
「納得できなくても、仕事はしてもらいますからね」
すっかりすねたマオは、部屋の隅にしゃがみこみ、いじけてしまった。
それを無視して、セバスは淡々と業務をこなす。
「マオ様、袋に入れて持っていってください」
「本当に、お主が行かんのか?」
「しつこいですよ。では、頑張ってくださいね」
「うむ、行ってくる」
「一応、笑顔で対応ですよ。絶対問題を起こしたらダメですからね!」
「そんなに言われんでもわかっとるわい」
少しご機嫌ナナメのマオは、荷物を持って飛び立った。
残されたセバスは、誰にも聞こえないように呟く。
「何事もなければいいですけどね……」