表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/20

1 本が導く物語(前編)

 とある街にある路地裏に、珍しい店があった。

 看板には大きく、『魔王便、はじめました』の文字。

「暇だーっ!」

 店の中から大声が聞こえ、鳥たちが羽ばたいていく。

 中では、曲がった角に鬼のような大男が机を叩いていた。

 背には黒いマントをしており、それを翻して窓の前に立つ。

「暇すぎる……なぜ誰も来ないんだ」

 窓の外を見て嘆いているこの大男の名は、マオ・ウビン。魔王である。

「マオ様、落ち着いてください。まだ初日ではありませんか」

 マオをなだめているのはセバス。マオの配下の魔物である。

「これが落ち着いていられるか!」

 そう言うと、マオは時計を指さす。

「もう昼過ぎだというのに、客が誰も来ないんだぞ」

「おかしいですね。宣伝はちゃんとしたのに」

 セバスは、あごに手を当て首を傾げる。

 不安に思ったマオは、椅子に座り腕を組んだ。

「一応、どんな宣伝をしたのか聞こうか」

「テレビやネットに、店の名前と住所を載せて、なんでも配達します、と流しました」

「ふむふむ」

 セバスの説明に、マオは頷きながら聞いていた。

 しかし、次の一言に目を見開く。

「そして、これを読んだら友達や知り合いにメールで送ってね。と書いておきました」

「それは、この世界で言われる『チェーンメール』というものではないか!」

「そうとも言いますね」

「それでは警戒されてしまうではないか。誰も来ないはずだ……」

 余計な事をしてくれた、とマオは頭を抱えた。

 当の本人は、笑顔でマオの肩を叩く。

「まぁまぁ、いずれ誰か来ますよ」

 すると、カランコロンと音が鳴り、何者かが入ってくる。

「ほら、お客様ですよ」

 二人が見つめる先にいたのは、学生服を着た少女だった。

 少女の名前は、牧野つぐみである。

「ここは、なんでも配達してくれるんですか?」

「えぇ。お客様が送ってほしい物は、なんでも取り扱っています」

「なんでも、ですか?」

「はい。どうぞ、こちらにおかけください」

 つぐみはまだ戸惑っていたが、マオの横を通り過ぎ席に着く。

 マオは鼻を鳴らし、ドスドスと足音を鳴らして席に着き腕を組んだ。

 その威圧的な態度に、つぐみは怯えてしまう。

 そして、セバスにこっそりと聞いた。

「あの……私、なにかまずいことでもしましたか?」

「あぁ、お気になさらず。では、お名前と年齢、職業、種族をお願いします」

「種族、ですか?」

 聞きなれない項目に、つぐみは首を傾げる。

「あの、ここって普通の宅急便とは違うんですか?」

「えぇ、ちょっと特殊な店ではありますね」

「やっぱり、そうですよね……だって、奥にいる人、コスプレでもしているんですか?」

「あぁ、あの方のことは、気にしないでください」

 つぐみの発言に、マオの片眉がぴくりと上がった。

 笑いをこらえているセバスは、咳払いをして聞き直す。

「では、改めてお聞きしますね」

「あ、すみません。私は牧野つぐみ、十四歳、中学生です。種族は人間です」

「はい、ありがとうございます」

 セバスは、つぐみから聞いた項目を、持っていたチェックシートに記入していく。

「それで、あなたが配達してほしい物はなんですか?」

「あっ、それは……」

 つぐみは持っていたカバンから、1通の手紙と本を取り出した。

「これです」

「お手紙と、本ですか?」

「はい。実は、好きだった男子から借りた本なんです」

「なに?」

 好きのフレーズに、マオは不機嫌な声を出す。

 つぐみはちらっと見たが、目線をそらし話し始める。

「返したかったんですけど、去年私は引っ越してしまって、返せずそのままでした」

「それこそ、宅急便で送ったらいいのでは?」

「私もそう思ったんですが、住所が違うみたいで届かなかったんです」

 机に置いてあった本を持ち、つぐみは胸に抱きしめた。

 それは、とても愛おしそうに。

「だけど、この店のことを知って、お願いしようと思ったんです」

「それは有り難いことですが、なぜですか?」

「そうすれば、私の想いも伝えられると思ったからです」

 笑顔のつぐみを見て、マオは思いっきり机を叩き立ち上がった。

「おい、娘。ここは恋愛相談所ではないぞ」

「ひぃっ!」

「マオ様、威圧してはいけませんよ」

 マオの威圧に、怯えてしまったつぐみは、椅子の後ろに隠れてしまう。

 それを安心させるため、セバスはできるだけ優しい口調で話した。

「すみません、店長は少し気が短いもので……」

「あ、あの、やっぱりダメですよね?」

「いいえ、お引き受けいたします」

「セバス!」

「いいじゃないですか。最初のお客様ですし」

「本当ですか!」

「はい。では、ちょっと失礼して……」

 すると、セバスはポケットからスマホを取り出し、本を撮影する。

「それは、なにをやっているんですか?」

「このスマホで撮れば、今探している相手の名前、居場所がわかるのです」

「す、すごいですね! そんなのもわかっちゃうんだ」

「このスマホが特別なんですよ。普通では出来ません」

「そうなんですか……」

「よし、位置情報はわかりました。つぐみ様は、この桃栗公園でお待ちいただけますか?」

「えっ、私も一緒に行ってはダメなんですか?」

「相手があなたの知っている方かどうかもわからないので、後で報告させてもらいます」

「……わかりました。よろしくお願いします」

 納得がいかないつぐみだったが、頭を下げて店を出ていった。

 つぐみが出ていって、マオは文句を言い始める。

「セバスよ、あんな依頼受けなくてもよかったのではないか?」

「いえ、ちょっと面白そうだったので、受ける価値はあると思いますよ」

「それで、誰が配達するのだ?」

「それはマオ様に決まっているじゃないですか」

 あまりに普通にセバスが答えたので、マオは呆気にとられてしまう。

 しかし、すぐに状況がわかったのか、焦るマオだった。

「なにぃ?! お主が行くのではないのか!」

「私は依頼を受けたり、探す専門です」

「聞いておらんぞ! なぜわしが行かんといけんのだ!」

「それは、この店の名前が『魔王便』だからですよ」

「ぐぅー……納得がいかん……」

「納得できなくても、仕事はしてもらいますからね」

 すっかりすねたマオは、部屋の隅にしゃがみこみ、いじけてしまった。

 それを無視して、セバスは淡々と業務をこなす。

「マオ様、袋に入れて持っていってください」

「本当に、お主が行かんのか?」

「しつこいですよ。では、頑張ってくださいね」

「うむ、行ってくる」

「一応、笑顔で対応ですよ。絶対問題を起こしたらダメですからね!」

「そんなに言われんでもわかっとるわい」

 少しご機嫌ナナメのマオは、荷物を持って飛び立った。

 残されたセバスは、誰にも聞こえないように呟く。

「何事もなければいいですけどね……」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ