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2 真っ白少女は色が見たい。

「お兄ちゃん」

 小さいながらも知性的で、それでも可憐な幼女。純白のドレスはその無地の無垢を表している。しかし、ふんだんに盛り込まれたフリルが、彼女の女の子としてのプライドを背後から感じさせる。その笑顔は雪でもなく。花でもない。本当に真っ白に笑いかけてくる。ただ純粋に美しい。理解できないほどに美しい。その顔立ちを見ていると分からなくなる。頭が真っ白になって、美しいとだけわかる。白い。白い子。名画を描くまえの真っ白なキャンバス。



 迷宮都市ゴリアテ。


 世界でも屈指の大都市であるこの場所は、世界一のダンジョンの発生地点だ。ダンジョンはいわば、他の世界への入り口。何者かがこの世界に干渉して作り上げる虚像の世界。その世界への扉が出現する場所をダンジョンと呼ぶ。


 本当に扉が現れるらしい。見たことが無いからはっきりとは言えないが事実だ。迷宮都市以外にもダンジョンへの扉が開くことがまれにある。


 ダンジョンの中に入ると別世界が広がっていて、魔法が使えなくなったり、時間によって重力の方向が変わったり、人数が既定の数を超えると待っていたかのようにその扉を閉じて消滅するものなど千差万別。まるでこの世界の常識が通用しない。


 一説にはダンジョンは人を食らうための罠だとか。単なる異界へのゲートだとか。はたまた、未確認の巨大生物だとか。憶測が尽きない。つまりは危険。いつ閉じて帰れなくなるかも分からない。誰がそんなところに入るって? これが入るのさ。


 扉のすぐそこに金が、宝石が転がっている。少し手を伸ばしただけで簡単に大金を手にできる。さらに深く潜るれば、一生遊んで暮らせるだけの宝が手に入る。

 人生終わったろくでなしどもには最高の賭けだ。


 命知らずのならず者の町。

 それがここ迷宮都市ゴリアテだ。


 でも、最近はだいぶ科学とか言う新手の魔術が進歩してきてね。扉がいつ閉じるかだけはわかるようになったらしい。それで野郎どもは大興奮。人口インフレ。ダンジョン不足。

 人間たちのたゆまぬ努力によって、安全に大金を稼ぐことが出来るようになり、人々は幸せに暮らしましたとさ。

 めでたしめでたし。


 とはいかないのが現実ですよ。

 考えてもみてください。この世界の法則とは違う異世界。「三十分で閉まるからね!」って、教えてもらって、真面目に時計まで持って入っても、中に入った途端、一年が過ぎてしまいましたとさ。外から見れば、中の人間は表情も変えず、瞬きの一つもしない。そのまま扉が閉まって、ゆっくりと取り残されていく。


 これには野郎どもも大絶叫! かと思いきや、意外と気にせず潜ってる。だから、インフレしたんだけどね。減っていく人間より入ってくる人間のほうが多い。それだけの話だ。



 ところで俺がどこにいるのかって?

 そりゃあ勿論。

 ダンジョンの中だよ。


「ねえ、お兄ちゃん」

 真っ白な幼女が話しかけてくる。


「お兄ちゃんは迷子なの?」

 そわそわしながら訊いてくる。


「迷子だよ」

 迷子である。

 俺がラウリルから逃げ切って三分後。巨大な街を眺めていたらいきなりダンジョンの扉が現れた。いいや、あれに扉はついてなかった。ただのゲートだ。そのまま吸い込まれて、一瞬で閉じた。辺りを見回すと一面真っ白な立法体の部屋。そして、前を向いたら真っ白な幼女だ。

 なんだよ。どうしてこうなるんだよ。

 俺そんなに良いことしたかな。

 天国だ。

 神様ありがとう。これまで信じないだとか、神は死んだとか生意気なこと言ってすみませんでした。これからは毎日、新鮮な人間のいけにえを捧げます。

 冗談はこれくらいで。


 状況整理。

 何もない部屋。

 部屋には幼女と俺の二人っきり。


「可哀そうね。お友達もいないの?」

「独りぼっちだね」

 彼女の顔がぱっと晴れた。

「そうね、そうね。一人なのね。私と同じだわ。ねえ、あなたお名前は?」

 彼女が服の袖を引っ張って答えを急かす。


「フィオだよ。ただのフィオ」

「ファミリーネイムは無いの?」

「ないよ。家族はいないからね。それよりも君の名前は?」

 幼女は首を横に振る。


「無いの。私、真っ白だから」

「家族は?」

 もう一度首を振る。

「私、ずっとここに一人」

 こんなに幼い子がこんな部屋に生まれたときからずっといるのか。ダンジョンとは一体何だ。


「言葉は誰に?」

「初めから知ってるの」

「初めから?」

「そう、生まれたときから知ってるの」


「他には? 他に知ってることはある?」

「えっとね。お兄ちゃん。怖がらないでね。そのね。100人食べたら出られるの」

 は?

 食べたら出られる? 

 この子が人を殺して食べたのか!

 一歩だけ後ずさりして、動揺してしまった。

「ねえ、怖い?」

 頬にそっと手を当てられる。


 幼女の身長では届くはずがない。

 目の前には大人の女性。

 真っ白な大人の女性。

 幼女が一瞬にして大人に成長した。


「怯えないで、おいしく食べてあげるから。ほら、体はもう動かないでしょう?」

 頬に彼女の手がふれてまま、強く押し倒された。


「どうして動かない!」

 体が全く動かない。

「私を怖いって思ったでしょう? この部屋はそういう設定なのよ。ビビった人を蹂躙できる部屋。動けないの、怖いね。安心して」

 彼女が俺の首筋をなめる。


「ゆっくり食べてあげるから、ね」

 彼女の口が首に勢いよく食らいついた。


 あっは!

 興奮する。

 俺がロリコンだが、一番好きなのは年上のお姉さんに成す術もなく蹂躙されることだ! 

 ありがとう。神様。

 フルコース。満足しました。


 これまで暗殺ギルドで殺しだけの日々、仕事をさぼれば弟子から殺されかける。ようやく手にした自由にはヤンデレが付いてきて、本当、ここだけの話、神様にあったらぶっ殺してやろうって思ってました。懺悔します。


 彼女の歯が、無防備な首筋にゆっくりと入って…………

 いかない。

 ただ、嚙まれているだけ。

 おかしいな。俺は何の抵抗もしてないぞ。

 不味かったかな。

 程よく引き締まって美味しいはずなんだけどな。


「どうかしましたか?」

 パンプアップしてから召し上がっていただくことも可能ですよ!


「堅い」

「マジですか」

 大人から少女に体が縮んだ。実際の年齢は少女くらいなのだろうか。

 俺の体から離れて、離れて体育座りする。


「私じゃあなたを食べられない、ごめんなさい」

 落ち込む少女。

「眼球は柔らかいから、食べやすいと思うよ。食べる?」

 俺は右目を指さしながら言う。


「フィオは怒らないの?」

「食べることは悪いことじゃない。綺麗な妖精だって、人間を養分にする奴もいるからね。それに君になら食べられるのも悪くない。ほら、柔らかいところ探してもう一度噛みついてきていいよ」

 俺は仰向けに寝転がった。

「フィオって、可笑しな人ね」

 ちょっと笑ってくれた。

 目の前で悲しい顔をされると、つい冗談を言ってしまう。俺の悪い癖だ。こんなだから、危険な女ばかりに捕まるんだよ。

 体が自由に動くようになった。


「真っ白」

「私のこと?」

「名前ないんだろう。真っ白いから真っ白だ」

「ましろ…… ふふ、うれしい」

 真っ白をましろと聞き間違えられた。

 まあいい。

 名前があると会話しやすい。


「ましろ」

「はあい。なあに? フィオ?」

 ましろがにやにや笑っている。


「俺を食べる方法でも思いついた?」

「初めて名前で呼んでもらえたから」

 ずっと一人だったんだな。


「この世界の外はどんなところなの?」

「別にいいところじゃないぞ」

 醜い人間の世界だ。

「聞かせて、お願い!」

「何から話そうか……」

 俺は今まで経験したことを面白い順に話した。崖から傘を持って飛ぼうとしたこと。誰もいない部屋で自作のポエムを読んでいたら本当は人がいたこと。彼女に三時間で振られたこと。鼻血をどれだけ出るか試してたら、まったく止まらなくて血が抜けて真っ白になったこと。変な女ラウリルに追い回されていること。


「そうだ! ましろ。お前、恋愛テクニックって知ってるか?」

「知らない! それ知らない。早く教えてフィオ!」

 ましろがバカな話を楽しそうに聞いてくれるから、俺も楽しくなって、時間を忘れて話し続けた。


「つまり、フィオはおっぱいの大きな変態のお姉さんに追い回されて逃げてきたのね」

「その通り。お前も見たらちびるぞ。ラウリルは筋金入りの異常者だからな」

「私もあったら、ゾクッてするのかな?」

「するとも!」

 ラウリルに見つかったら殺されるな、これ。

「ましろも来いよ。一緒にラウリルから逃げようぜ」


 ましろの顔が曇る。

「私、この部屋から出られないから」

「100人食べたら出られるってやつか?」

 頷く。


「今何人食べた?」

「ゼロ。ほんとよ! 人間っておいしくないもの。堅いし。お話ししてる方が楽しいわ」

「はじめっから食い掛らずに話してくれたらよかったのに」

「ダメよ。余計に食べられなくなるの。ね、分かるでしょう。好きになっちゃうのよ。フィオだって、私を食べようって思えるかしら」

 想像してみるが無理だ。

 暗殺も同じだった。ターゲットには心を見せても魅せられはしない。信用させるだけで信用しない。そんな生き方が嫌いで逃げてきた。

 俺もましろと同じだ。


「フィオ。そろそろ帰らなくちゃ。ラウリルさんが怒っちゃうわ」

「帰るって、この部屋には扉が」

 扉が現れた。

「すごいでしょう。私、扉なら出せちゃうんだから!」

 みんな、食べずに帰してたのか。

 誰も話してくれないまま。必死でましろの元から逃げていく。

 そんなの辛いじゃないか。

「ましろも来いよ」

 俺が手を差し出すが、ましろは拒否する。


「ダメよ。扉は私の反対側にできるの。だから、私がどんなに走っても入れない。きっと、そういうルールなのよ」

 確かに扉は彼女の正反対に発生している。


「また、会えるかな」

「ええ、きっと」

 ましろはそう言ったけど、俺には分かってしまった。

 もう会えない。

 ましろは外の世界を知らない。見えてない。このドアはきっと内側からだけの一方通行だ。入って来た時と形が違う。しっかりとした白い扉。

 これに入ったら、二度と会えない。


「外、見たいか」

「無理だよ。でも、話をしてくれてありがとう。フィオ。私ね。本当に世界が見えたような気がしたの

だからね。……ありがとう」

 涙をかみ殺しているじゃないか。

 ほんとは世界を見たいんだろ。


「いいこと思いついた。ましろ、幼女になれ!」

「それって、さっき教えてくれたロリコンってやつ?」

「いいから、いいから」

「わかったわよ」

 渋々だが、幼女姿になってくれた。

 俺が小さくなったましろを抱っこする。


「これ変態って現象じゃないの」

「そうだよ。ましろは誘拐されるんだ。しっかり捕まっとけよ! 扉、ぶち破るからな!」

「え! 何! どういうこと?」


 ましろが動いて扉が消滅する前に扉に飛び込もう作戦。

 勿論、幼女になってもらったのは軽くするためだ。さすがの俺でも大人のましろを抱えて動くのはキツイ。断じて幼女を抱っこしたかったわけではない!


「いっくぞおお! ちゃんと捕まっとけよ!」

 せーのでジャンプし、壁を思いっきり蹴る。叫ぶましろを差し置いて、全速力で空中を切り裂く。木製の扉をぶち抜いて、勢いそのまま地面にダイブ。



「いってええ」

「大丈夫? フィオ?」

「ましろは?」

「大丈夫よ」

 斜陽が雲の切れ目から流れ込んでくる。

 もう、夕焼けか。

 さっきまで夜だったのにな。


「あたたかい」

 真っ白なましろの全身にオレンジの夕焼けが写っている。

 ましろは目を真ん丸にして、夕焼けを眺めてる。

「たしかに暖かい」

「私、この言葉、いつも何であるんだろうって思ってた。ねえ、フィオ」

「どうした?」

「あたたかいね」

「あたたかいな」

 夕陽を見て暖かいなんて思ったことが無かったけど、ましろが熱心に言うものだから、本当にあたたかくなった。


「俺も実はこの世界のことあんまり知らないんだよ。最近、自由になったばっかりで。だからさ、ましろ。一緒にもっとこの世界を見て楽しもうぜ! きっと、いい世界だよ」

「うん! 楽しむ」

 ましろが豪快に笑った。

 彼女には色が付いた。きっと、あの白さはもう無い。でも、俺はこんな風に笑うましろが好きだ!

 俺も豪快に笑った。

 日の光が二人を包み込んで、背後からなぜか足音が……


「フィオ。探しましたよ」

「や、あ、ラウリル」

「こ、これが!」

 ましろが俺の背後に隠れる。


「しょ、紹介するよ。こちら――」

 ラウリルはずっと笑顔なのに笑ってない!

 怖い!


「そちらのメスがどうかなさいましたか?」

「……メスですか」

「ひい!」

 ましろが怯えている。

 おそらく、初めて使うところを聞いたのだろう。使い方はまちがってるけども。

 ラウリルが笑顔じゃなくなりました。

 今日、俺は死ぬかもしれません。


「早速浮気ですか?」

「幼女を誘拐してきただけだ! 他意はない!」

 とっさに出たが、これはこれで問題がある。

 死んだか。

 神様。

 さようなら。

 丁度、運はプラマイゼロぐらいで終わりそうですね。

 ありがとう。


「そうでしたか。ペットでしたか。私もちょうどペットが欲しいと思っていたところだったんです。新居もペット可ですし。そうです。首輪を買ってあげましょう。無骨な鉄の首輪なんて似合うと思うますよ。しっかり調教して、どっちが上か教えてあげないといけませんね」

「ラウリル。人権って知ってるか?」

「ええ、もちろん。天国まで行ったらあるんじゃないですか」


 ましろが服の袖を引く。

「まじやばいね」

「ましろ、使い方はあっているが、すまない。俺たちはここでゲームオーバーだ」

「まじやばいね」

 ましろが顔を合わせて笑ってくる。

 

「走るぞ! ましろ!」

 約束通りましろと二人でラウリルから逃げたが、一瞬で捕まった。

 ゲームオーバーだ。

基本毎日投稿頑張ります!

毎日12時10頃に投稿!


本当にブックマークが欲しいです!

「お兄ちゃん。お姉ちゃん。ブックマークを恵んでください!」

まじで一年くらい寿命が延びる気がします。

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