1 巧妙な恋愛テクが発生しています。ご注意を。
「ようやく逃げ切れた!」
天に向かって豪快にガッツポーズを掲げた。
迷宮都市ゴリアテに着いた俺とラウリルは足が付かないよう馬を適当に売った。荷台は荷物をすべての取ってから燃やす予定だ。今は見つからないように隠蔽魔法をかけて人通りの少ない場所に停めてある。
暗殺者は小さな痕跡でも追ってくる厄介な奴らだ。単的に言うなら、蚊だね。厄介な奴らだよ。ほんと。
ちなみに俺の手首には獣人用の頑丈な手錠がはめられている。手錠には鎖が付いていて、その先には巨大な鉄球が装着されている。
はい、そうですよ。ラウリルちゃんです。人間離れした美貌を持つ彼女。銀髪で清楚で、それでいて、たまに見える淫魔の角が彼女の内面のいびつさをよく表してる。顔だけ見てればかわいいのに。内面に問題がありすぎる。
俺の弟子は8人いたが、ラウリルの実力はカプリルに次いで二番目。
かなりの武闘派。
マジで身動き取れないんですけど。
弟子だからってしっかり教育しすぎたかな。もっと、手を抜いていればこんなことにはならなかったのに!
よし、どう抜け出そうか。
煙幕?
手錠でガッチガチに固定されてるから無理だ。
それ以外には金貨が2枚と銀貨が3枚、銅貨が7枚。あと鉄貨が23枚。意外と持ってるな。
金で買収? いや、無理だな。あのラウリルが金で俺を開放することは無い。お金よりも愛が大切だ! という馬鹿がいるが、愛には許容限界があることを知ってほしい。ある一定量を超えた時点でお金のほうが大切だ。
愛が重い!
こうなったら話術だ。
油断させてそのすきに逃げ出そう。
「ラウリルさん」
「さん、だなんてやめてください。先生。私寂しくて泣きますよ」
目をうるうるさせて上目遣いで圧をかけてくる。
俺の教えた技を完璧に使っているだと!
なんてすばらしい弟子なんだ。
ただ、これはあくまでも平常時での話。対象を動けないほど固定した後だと話は変わってくる。ただの拷問だ。色仕掛けでも何でもない。
泣きますよ。じゃねえんだよ! 早く拘束を解きやがれ!
思うよ。
思うけども、フィオよ。落ち着くのです。今、そんなことを言ってラウリルの機嫌を損ねてみてください。確実に刑期は伸びます。ここは冷静に謝るのです。
ありがとう。心の天使フィオ。
「ラウリル。愛してるよ。いきなり他人行儀な呼び方をして悪かったな。それでも君を愛してるんだよ。分かってくれ」
完璧だ。
キザな台詞だが、浮かれ猫のラウリルには有効なはずだ。
ラウリルが地面に崩れ落ちて泣き出した。
「ラウリル?」
「うれしいでうう。わたしも、愛していますよおおお。ようやく分かってくれたのですね。私の愛を!」
「お、おう。勿論さ」
いい流れだ。
このまま、ドロドロに甘やかして隙をついて逃げよう。
「俺のこと、先生なんて呼ぶなよ。俺とラウリルの仲だろ。フィオって呼んでくれよ」
「おおおお! フィオおおおおお」
原理は分からないけど上手くいっている!
涙を拭きながらラウリルが立ち上がって、俺の手を強く握りしめる。
「私が必ず幸せにしてあげますからね。フィオ」
優しき微笑みかける。
所有欲を満たしたヤンデレの目の奥は黒く透き通っていた。女、怖い。ここで、逃げたりなんかしたら、本当に殺されるんじゃないか。明日にはホルマリン漬けになってるかもしれない。俺の死体と世界一周旅行するかもしれない。
ラウリルならやりかねない。だって、ラウリルだもの。
「ところでさあ。幸せにはお互いの自由意思が大切だと思うんだよ」
「いいえ」
こいつ、一般論を真っ向から否定しやがったよ。
普通、一般的にはそんなものか。って少しは飲み込むだろ!
「ラウリルだって、俺の四六時中監視されたら困るだろう?」
「困りません」
「トイレの中もついていくよ」
「本当は見てほしいくらいです」
手遅れだよ。この子。
変態ヤンデレじゃないか。
最強の属性だよ。
ラウリルが急接近してくる。
「当たってますよ」
「当ててますから!」
ううう。
身動きが取れなくなった。
「フィオって、童貞ですよね」
「そ、そんなことないし。両手両足じゃ足りないくらいの根っからのプレイボーイだよ」
胸がさらに迫ってくる。
そっぽ向いた。
まともに顔を見れない!
ラウリルが耳元で蠱惑的に囁く。
「私ならいつでも、何回でも大丈夫ですからね」
頭おかしくなるわ!
理性を何とか繋ぎ止める。
いったん離れて体制を立てなおそうと、後ずさりする。けれど、それに合わせてラウリルが上手く密着するので、一向に離れられない。舞踏会じゃないんだから。
「ラウリル。熱い」
「フィオが火照っているだけですよ」
すっかりフィオ呼びが浸透してしまった。
駆け引きはラウリルが一枚上手だ。何をしたって、返される気がする。ラウリル相手には、常識が通用しない。
はっきり言おう。こちらの要求を簡潔に、だ。
「手錠を外してくれ」
密着していたラウリルが静かに離れていく。
「そうですよね、先生」
あれ、先生呼びに戻ったぞ。
「私ったら、ごめんなさい。先生が優しいからって、気持ちも考えずに。私、半分が淫魔だから、時々発作みたいに誘惑してしまうんです」
ラウリルが落ち込んでいる。俯いて、シュンとしている。
「いや、ラウリル。俺だって、そこまで嫌だったわけじゃないんだ。その、俺も強く言って悪かったな。町に入って、甘いものでも食べて落ち着こうぜ」
俺はとんだ勘違いをしていたようだ。
ラウリルの変態ヤンデレは発作だったのか。
淫魔の血が作用して、うん。たしかに。俺も文献で見たことがある。それなら、こんなに邪険にするのもよくないよな。
かわいい弟子だからな。
俺がしっかり面倒を見ていこう。
うん。そうしよう。
「手錠外しますから、動かないでくださいね」
ラウリルが素早く開錠してくれた。
これで晴れて自由の身だ。
自由最高!
「じゃあ、早く町に入ろうぜ。ラウリル」
「はい!」
手錠の後のついた手首を撫でながら、はしゃぐラウリルを眺めていた。
「先生、私、フィオって呼んでもいいですか?」
上目づかいで懇願してくる。
これも今まではラウリルの演技だとばかり思っていたが、淫魔の性質で悪意はないのかもしれない。こう見るとラウリルは完璧美少女だ。
輝く銀髪に漆黒の角が相まって、芳醇なハーモニーを醸し出している。
要約するとかわいい。
「勿論さ!」
「ありがとうございます。………ふぃお」
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
かっわいいいいいいい!
なんだこの感情は?
ラウリルの顔を見るたびにドキドキする。
胸が熱くなって、興奮とはまた違った動揺だ。高鳴る心臓の鼓動。視界が鼓動に合わせて揺れている。目の前のラウリルが世界で一番かわいく見える。
え、俺まさか!
ラウリルのことが好きなのか?
「フィオ。馬車の荷台に荷物を忘れてしまいました。とってきて…………」
「取ってきます!」
俺は馬車に向かって走り出した。
「な、中身は見ないでくださいよ!」
馬車の荷台。
俺の外套と、これは……
ラウリルのカバン? これを取ってきてほしかったのか。
中身が気になる。
開けるなと言われるほど、無性に開けたくなるのが人の性。
うん?
何かはみ出してる。
『恋愛は簡単? 男は押して引くとイチコロ!』
なんだこの雑誌は。表紙にどでかくナイスバディのサキュバスが表紙を飾っている。恋愛本?
ペラペラとめくる。どうやら、サキュバス協会が発行している恋愛テクニック本だった。特集。男を落とすスリーステップだと?
1 完全に拘束し、化け物を演じましょう。
このステップでは意中の彼に徹底的に話の通じない化け物を演じてください。彼に嫌われるかもしれない? 安心してください。男は自分に好意が向いている間は、ヤバい女でも好きになってしまうものです。 サキュバスがこの世界に生存していることが証拠です。
2 次に胸を押し当てて積極的に!
「童貞ですか?」と蠱惑的に囁きましょう。これであなたのことを意識すること間違いなし! 貧乳でも男は喜びます、サキュバス調べ。
3 天使になりましょう。
スッテプ1と3で化け物から天使へのギャップを作ることが大切です。大抵の男は女の子の弱さが大好きです。さっきまで話の通じなかった状況に適当に理由をつけて、被害者を装ってください。必ず、心配になって「甘いものでも食べないか?」などと誘ってきます。
押して引く。
これで彼もあなたのものです。
サキュバス編集部。
そのまま、ラウリルがしてきた手口じゃないですか。
ラウリル怖い子!
「うん」
男って単純ですね。
本能とかいうやつなんでしょうかね。
俺は全速力で町に逃げ込んだ。
そして、冒頭につながる。
「俺は自由だ!」
迷宮都市ゴリアテの中心で自由を叫ぶ。
基本毎日投稿頑張ります!
毎日12時10頃に投稿!
本当にブックマークが欲しいです!
「お兄ちゃん。お姉ちゃん。ブックマークを恵んでください!」
まじで一年くらい寿命が延びる気がします。