<第一章 Slothの種> 第1部 家族の団欒9話 表
もう少しで第1部が終わりそう⋯な予感
父の書斎に入ったウーゴが先に口を開く。
「父上、昨日は夕食に出られず申し訳ありません」
無論ウーゴは罪悪感などさほど抱いていない。彼が抱いているのは叱責されたくないという自己保身だけであるが、その感情がバレぬように、さも反省しています、という表情を浮かべている。
「なに気にするな。ルナから事情はしっかりと聴いている。体調が良くなかったのだろう?」
夕食に出られなかった理由が疲労による気絶では無く、体調不良によるものだと問われウーゴは困惑する。妹も父も、2人揃って勘違いをしているからだ。しかしその勘違いを態々正す必要性はなく、むしろその勘違いを利用する方向で話を進める。
「えぇ、しかし半日近く睡眠を取ったおかげで良くなりました。心配をかけてしまい申し訳ありません」
「ウーゴよ、謝る必要などない。大事に至らなくて本当に良かった」
アールバーロは優しく語りかける。彼は強面で声にも迫力がある。その上夕食は家族でとる、といったルールを設けているため厳格で恐い人間であると勘違いされがちだが、性格はとても柔軟で家族想いである。
「しかし最近我が家で風邪が流行り始めているようなのだ。現にルナも体調を崩している。ウーゴは病み上がりなのだから無茶はするでないぞ」
「えぇ勿論気をつけます。あぁそういえば、先程ルナと会話をしたのですがやはりルナは風邪を?」
「うむ、恐らくな。活力に溢れているあの娘が引く風邪だ。もしかしたら少々厄介なものかもれん...。ともあれ昨日の件は気にするな。今は入学に向けての準備に専念しなさい」
アールバーロの懸念と気遣いに答えるべく口を開いたウーゴだが
「解りました。それでは失礼します。お仕事の邪魔をしてしまい申しわ-」
「いい、いい。大切な子供達に何度も謝られるなど嬉しくもなんともない。それより元気な顔で国立学園へ向かってくれる方がよっぽど嬉しく思う」
「そう...ですね。改めて失礼します」
ウーゴは父との会話を終わらせ、書斎の扉を締める。そして心の中で親不孝で自分勝手な愚痴を漏らす。
(父上は全くもって尊敬出来る父親の鏡だな。非の打ち所がない。寛容で優しい。あぁクソッタレ!俺の卑しさが浮き彫りになるだけではないか!)
小さな鬱憤を晴らした所でウーゴは入学準備の為に自室へ足を運ぶ。
ディリジェント家があるファーボ王国は首都として王都グロリアにある。そして王都グロリアには、貴族御用達の仕立て屋があり、その店から制服を急いで取りに行かなければならないのだ。
ファーボ王国は大陸の東中央に位置しており、北に王都が存在する。そして学園は国立の名を有しているが王都には無く、アイデンス領のイーティウム平原に設立されている。その為、春の月が始まりかけた頃に王都を出発しなければ入学式に間に合わないのである。
自室に着き支度をするウーゴ。
「王都で暮らすのは楽だが学園まで距離があるというのは考えものだな。学園の性質上仕方ないとはいえもう少し近場にあれば助かるんだがなぁ...」
距離の遠さに不平を零すが、どうせ彼は、学園がどこにあろうと同じ愚痴を零すだろう。
時間をかけて軽く支度を済ませた彼は、制服を取りに出かけようとしたその時。
「あぁ、なんだか体が重く感じる...。やはり風邪を引いていたのか?風邪で入学式に出れないのはそれなりに困るなぁ。戻ってきたら一眠りでもするか」
今日の予定を軽く決めたウーゴは、仕立て屋に向け屋敷を出た。
ゆっくりとした支度に、帰宅後は眠るというなんとも彼らしい考えは、ソレに喜びを与える。
善意が必ずしも当事者にとって祝福になるとは限らない。ソレの善意ならば尚更。