4:リーダー兼タンク職の場合
「ホーリーセイバー君。君をこのパーティから追放する事にしたから」
カオスルーダーから突如告げられた宣告に俺は諦観しつつも理由を尋ねた。
セージとレスラーがクスクスと笑っている横で、彼らのリーダー格であるカオスルーダーが面倒くさそうに欠伸をしながら答えた。
「だってさぁ、君弱いじゃん? 雑魚の世話をするよりそこら辺で強い冒険者を仲間にした方が効率いいんだよね」
今まで俺が盾代わりになることでどれだけ三人を助けてきたと思っているんだ。
タンク役であるホーリーセイバーなしで、今後敵の攻撃にどうやって対処するつもりなのか。
そんな言葉が口から出かかったが、俺はぐっと飲み込んだ。
相手が何を言うのか分かっていたからだ。
案の定、カオスルーダーは新たにタンクとしては上位互換であるスパルタを仲間にする予定だと告げてきた。
俺は諦めつつもなんとか話を聞いてもらおうと三人に一歩近づこうとした。
カオスルーダーはゴミでも見るような表情で俺に剣を向けた。
「分かって欲しいんだけどさ。別に君の事を嫌いな訳じゃないよ? ただ、勇者の加護だかなんだか知らないけど、弱い癖にそれを持っている君に魔王討伐の手柄を独り占めされるのは勘弁なんだよね。君みたいな名前だけの勇者より、俺たち力ある者が勇者として称賛を受けるに値するべきなのさ。そういう訳だから、怪我をしたくなかったらとっととどこかへ行きな。魔王の城が近い影響で魔物も強いから、一人で無事に街まで行けるかは知らないけど」
剣が振り上げられるのを見て、自分の荷物を掴むと急いでその場から逃げ出した。
三人の笑い声を背中に受けながら、俺は一緒に勇者の加護を授かったかつての仲間たちに申し訳ない気持ちで一杯だった。
魔王を倒す為に犠牲にしてしまったというのに、結局俺自身も志半ばで旅を終える事になってしまった。
その時をもって俺は勇者パーティを追い出された。
孤独に旅を続けながら、俺はようやく魔王の城の近くまでたどり着くことが出来た。
てっきりおどろおどろしい雰囲気を纏っているかと思っていたのに、目の前に見えるのは蒼々とした山の頂に佇む至って普通の古城だ。
周辺は小川やうっそうとした森が拡がっており、城の頂上からの景色はさぞや美しい事だろう。
魔王との戦いが終わったらあの城に住むのも良いかもな。
尤も、勝てればの話だけれど。
足元に視線を向けると両足が震えていた。
俺は震える足を手のひらで叩く。
今更怯えているのか?
それはそうだ。
たった一人で魔王に立ち向かおうとするなんて自殺行為も良いところだ。
それでも、俺は前に進まなければならない。
そうしなければならない理由がある。
心のなかで気合を入れると俺は顔をあげて前を見た。
目の前に見知らぬ女性が立っていた。
「こんにちは〜。元気にしてた〜?」
「ど、どうも?」
初対面の女性からの挨拶に俺は虚を突かれながらも返事をした。
「んふふ〜。やっと会話が出来た〜。私、こうして顔を合わせておしゃべりするの楽しみにしてたの〜」
「そうですか……いや、お前誰だッ?」
柔和に微笑む女性のおっとりとした雰囲気に飲まれかけるが、すぐに異変に気がつく。
見た所、女性は軽装で武器も持っていない。
こんな魔王の城の近くだというのにそんなピクニックにでも行く格好で出歩く人間がいるはずがない。
それに常に警戒していたはずなのに、どうやって俺に気づかれずに目の前へ現れたのか。
俺の問いかけに女性は体の前で掌を合わせながら答えた。
「そうだった〜。私は勇者君の事を知ってるけど、勇者君は私の事を知らないのよね〜。ついつい知り合いみたいに話しかけちゃった〜。それじゃあ、改めて挨拶するね〜。はじめまして〜。私は魔王〜。魔物たちを総べる存在として人間たちから命を狙われているの〜。今はあそこにある城で暮らしているよ〜」
魔王を自称する女性に俺は頭が混乱した。
このヒトが魔王?
どこからどう見ても普通の人間にしか見えない。
俺を油断させようとする本物の魔王の罠なんじゃないか?
だが、そうだとしたら魔王の名前を出す理由が分からない。
もしかしたら魔物に襲われて頭がおかしくなってしまったそこら辺の村の住人かもしれない。
「こんな所で話をするのも何だし、場所を移動しましょうか〜。え〜い」
俺が何か発言する前に自称魔王の掛け声と共に視界がぐにゃりと歪んだ。
ダンジョンなどで偶にある転移魔法だと気づいた時には既に俺たちは石造りの小部屋へと場所を移していた。
三半規管が異常を訴えている中、なんとか踏ん張って辺りを見回す。
一見すると地味な部屋だ。
人間から略奪した戦利品や逆らった魔物の剥製などが飾ってあってもおかしくないと思ったがそんな物はどこにも見当たらず、壁には自己顕示欲強めのタペストリーの代わりに風景画がいくつか飾られていた。
部屋に置いてある調度品も装飾は派手ではないが、素人目でも分かるほどしっかりとした質の良い材質の物が使われている。
質素な生活をしている貴族の部屋と言われても違和感はないのだが、窓の外から見える新緑の中に先程まで自分がいた場所が見えた事から、ここが魔王城の一室なのだと理解する。
俺は棚から茶碗を取り出している女性を見つめた。
なんの補助も無く転移魔法を扱える、魔王の城で暮らす人物。
どうやらこの女性が魔王である事は本当のようだ。
「一人ぼっちで旅をしていて疲れたでしょ〜? 座って座って〜。急に飛ばされて気分は悪くない〜? 今お茶を用意してあげるからね〜」
「あっ、ありがとうございま……じゃなくて! 何のつもりだッ⁉」
勧められるままについ近くのソファに腰を掛けそうになってしまったが、自分の使命を思い出して剣を抜く。
相手の空気に飲まれかけている時点で勝算はゼロに等しい気もする。
だからといって、逃げるわけにはいかない。
敵である勇者が臨戦態勢を取っているというのに魔王は全く慌てる素振りを見せず、お茶の準備を続けていた。
「まあまあ〜。落ち着いて〜。私はただゆっくりお話がしたいだけなの〜。勇者君と戦うつもりなんてないから、その剣をしまってくれない〜?」
「そんなの信じられるかッ! 油断させようったってそうはいかない! さっさとかかってこい!!」
「うんうん〜。そのまま襲いかからずに相手に戦いの準備を促してあげるなんて、やっぱり勇者君は正々堂々としているね〜。でも、私を確実に倒すなら騙し討ちをした方が良かったんじゃないのかな〜?」
「それは……そうかも知れないが……だが、俺はもう結果だけを求めないと決めたんだ! 魔王を倒すという目的の為に、俺は一緒に旅を始めた仲間を捨ててしまった。勇者という地位を失うのを恐れるあまり、大切な友人を失くしてしまったんだ。パーティを追放されるのも当然だ。だから、俺は改めて誓ったんだ! 本物の勇者になるために、たった一人でも正面から魔王と戦うとッ!!」
いつの間にか俺は剣を下ろして胸の内を叫んでいた。
混じりっけなしの俺の本音を魔王は口を挟まずに黙って聞き、そして優しく包み込むような笑顔を見せた。
「その心の強さ、それでこそ勇者だよ〜。貴方が勇者で本当に良かった〜。これなら正直に話をして良いかも〜」
そう言って、魔王と名乗った女性は近くにあったソファに座った。
「ここだけの話なんだけどね〜。本当は私、魔王なんて辞めたいの〜」
魔王曰く、魔物たちを総べる者としてこの世に生を受けたが、本人としては全くその気がないそうだ。
「だって、沢山いる魔物を管理するだなんて、そんなの無理だよ〜。それなのに、人間と魔物のいざこざはあっちこっちで絶えなくて、中には人間を根絶やしにしろなんて言ってくる魔物もいるし〜。私はただのんびりと生活したいだけなのに〜」
自分勝手に暴れる魔物たちを抑えようとするが一人では手が足りなくて困っている時に現れたのが勇者の加護を受けた俺たちだった。
「勇者君たちの魔王討伐に乗じて、自分が新たな魔王となってこの世界を支配してやる、なんて魔物が大勢出てきてね〜。向こうから私の元にやって来てくれるから折檻する手間が省けちゃった〜。でも、未だに私の言うことを聞く気がない魔物が何人かいて困ってたんだ〜。しかも、結構強くて頭もいい魔物ばかりだから一筋縄ではいきそうにもなくて〜。そこで、勇者君にも手伝ってほしいの〜」
「手伝うって何を?」
「その魔物たちの説得だよ〜。場合によっては衝突は避けられないと思うけど、できるだけ平和的に交渉したいの〜。まっすぐでブレない勇者君にうってつけでしょ〜?」
「魔王にそう言ってもらえるのは光栄だが、俺はそんな人間じゃない。全てを失って、せめて最期は勇者らしく戦って散りたいという自己満足で行動していただけだ」
俺の言葉に魔王は首を振った。
「友達を見捨てた事を後悔しているのは分かるけど、そんなに自分の事を卑下しちゃだめだよ〜。勇者君はずっと勇者としての使命を果たそうとしただけでしょう〜? それに、パーティから追い出されたときも自分の事より離れていった友達の事を想っていたじゃない〜? 他人の為に心が苦しくなる事なんて、優しい人しかならない思うな〜。あ、一応教えておくとね、皆元気に暮らしているみたいだよ〜」
「……なんでそんなに俺たちの事を見ていたんだ? 監視していたのは今の話で分かる。だが、そこまで執着する理由が分からない」
「監視だなんてひどいな〜。でも、勇者君の言う通り、四人の事をずっと見ていたのには理由があるの〜」
勇者の加護を受けた人間にはある強さが備わっているらしい。
加護によって与えられた物ではなく、それぞれが元々持っている強さ。
心の強さだ。
一生懸命に物事に取り組む真面目さ。
何があっても挫けない精神力。
自分の弱さを受け入れる素直さ。
そして、他人の事を思いやれる優しさ。
「力で押さえつけようとして失敗した私だからこそ分かるけど、人を動かすのに大事なのは心なの〜。だから、勇者君たちに助けてもらおうって思って観察してたわけ〜。そして、勇者君と直接会ってみて確信したわ〜。他の三人も勇者としての強さを持っているけど、私に必要なのは勇者君なんだってね〜」
魔王は俺に近づいて微笑みかけた。
「勇者君が手伝ってくれたら魔物も大人しくなって人間を襲う事も無くなると思うし、人間と魔物が共存して暮らせるようになれば私も魔王なんて辞める事が出来る。勇者君の使命は私を倒す事だと思うけど、先のことを考えたらそっちの方がもっと平和な世界になると思わない? ね? 手伝ってくれる?」
魔王がそっと手を差し出してきた。
俺は下ろしていた剣の柄を強く握りしめる。
目の前には魔王が警戒もせずに立っている。
このまま剣を振り上げれば致命傷を負わせることも出来るだろう。
だが、俺は剣を振るうことが出来なかった。
仲間にしてほしいと近づいてきたカオスルーダーたちのように、人の良さそうな顔をして魔王が嘘をついている可能性だって充分考えられる。
しかし、魔王は彼らとは違うという謎の直感があった。
どちらかと言えば、かつての仲間たちに似ている魔王の事を俺は信じてみたかった。
俺は剣を鞘に仕舞うと相手の手を取った。
その手は人間のように柔らかく、そして暖かかった。