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追放系パーティのその後  作者: 楢弓
3/5

3:近距離格闘職の場合

「お客さん、最近は毎日来てるね。こんな所で油を売っていて良いのかい?」


酒場の店主がグラスを差し出しながら言った。

俺は店主から奪うように飲み物を受け取ると、大きく口を開けてグイと流し込んでいく。

一気に半分ほど中身が減ったグラスをカウンターにドンッと叩きつけると、ゲラゲラと笑った。


「この辺はあんまり魔物もいねぇしぃ、雑魚処理はアイツラに任せておきゃぁいいんだぁ。このオーガ様の力が必要になるほどのぉ強敵が現れるまではぁサボっててもいいんだぁよぉ」

「流石勇者のパーティのメンバーともなると、飲みっぷりも発言も豪快だねぇ。ところで、そろそろツケている分のお代を頂戴出来ないかな? 何日もそんなペースで飲まれちゃうとウチとしても結構な出費になっているんだ。ここらで一回清算してもらわないと酒の代わりに井戸の水を提供しなきゃならなくなるよ」


楽しい気分を台無しにされて腹が立つ。

いつもなら相手を脅して言うことを聞かせるところだが、浴びるように酒を呑んでおきながら威嚇するのは流石に度が過ぎていると思い我慢した。


「わぁかってるって。心配するなよぉ。今日あたりパーティの奴らが依頼を終えて帰ってくるだろうから、前みたいに誰かに金を持ってこさせてやるよ。それで文句はねぇだろぉ?」

「そうしてくれると助かるよ。ただ、その仲間とやらは本当にこの街に戻ってくるのかな? 勇者パーティは遠くの街へと旅立ったって噂を聞いたけれど?」

「はぁ? 俺を置いて旅に出るわけが……お、ルーキーじゃねぇか。どうした? そんな慌てて?」


酒場に一人の冒険者が駆け込んできた。

俺が目をかけてやっている新人のファイターだ。

ルーキーはカウンター席に座っている俺を見つけると、血相を変えた様子でこちらに近づいてきた。


「オーガさん! あんた、よくも嘘をついてくれたな!」

「あ? 俺がいつ嘘をついたっていうんだよ?」


眉を釣り上げながら、どの虚言妄言がバレたのかと思考を巡らせていると、ルーキーは新聞を俺の目の前に突き出した。

新聞の一面には勇者の加護を受けた一行が遠方の国で強力な魔物を退治したと書かれていた。

すぐに戻ってこれるとは到底思えない場所にどうして旅の仲間たちがいるのか。

端から端まで新聞に目を通すと信じられない一文を見つけた。

魔王を倒す為に旅をしている一行はしばらく本国に滞在した後、遂に魔王の城へと向かう予定だ、と。


「何が頑張ればお前も勇者パーティに入れてやるだよ! もう魔王と戦うんじゃないか!」

「いや、待てって! 俺にも何がなんだかさっぱりで……」


ルーキーは頭に血が上っているのか、無作法にも首元を掴んできた。

普段だったらこんな愚行は拳一つで黙らせるところだが、俺自身も動揺してしまっており、両手を上に掲げて宥めることしか出来ない。

俺たち二人の諍いをスルーして新聞を読んでいた店主は顔をあげて俺の方に視線を向けた。


「なるほどね。薄々感づいてはいたけど、やっぱりそうだったかぁ」

「なんだよ? 何一人で納得してるんだよ! 気づいた事があるならハッキリ言えよ!」


ルーキーを体から引き剥がしながら俺は店主に対して声を荒げる。

嫌な予感を覚えた為に大声で相手を萎縮させようとしたのだが、店主はそんな事など気にせずに言葉を続けた。


「勇者一行は最後の旅に出たのにまだここにいるってことは、お客さんは置いていかれたってことだよ。お気の毒に。追放されて可哀想だけど、ちゃんと払うものは払っておくれよ?」





悪臭で目が覚める。

気がつくと俺は石畳の上で横になっていた。

体を起こして周囲を見回すと、どこかの路地裏だった。

内側から差されているような痛みを我慢しながら頭を働かせてここがどこか思い出そうとする。

確か、応募していた衛兵の採用に落ちて酒場でやけ酒をしていたはずだ。

そこで隣の席に座っていた冒険者たちにちょっかいを出してしまって……

その先の記憶は思い出せないが、こんな屋外に放り出されているという事はそういう事なのだろう。

俺は壁に手をつきながらゆっくりと立ち上がった。

顔をあげると目の前にあるショーウィンドウに映る自分の姿が見える。

ひどい格好だ。

ボサボサの髪に無精髭を蓄えた顔は実際の年齢よりも年老いて見え、上半身裸のオーガの衣装の代わりに着ているクンフーの服は砂埃で汚れてあちこちに穴が空いている。

知らない人間が見たら、どこからどう見ても不審者だ。

どうしてこんな事になってしまったのだろう?

クレリックに振られてからというもの、運気が右肩下がりだ。

思えばあの告白が俺の人生の分かれ道だったのかもしれない。

以前に別れた仲間たちの事を思い出す。

今頃どうしているんだろうか?

もしかしたら、生活に困っていて誰かが救いの手を差し伸べてくれるのを待っているんじゃないのか?

エンハンサーもそうだ。

人の良いあいつの事だから誰かに騙されて貧しい生活をしているに違いない。

しょうがない。

旅が出来る位の金が溜まったらあいつらへ手を差し伸べに行ってやるか。

自分に都合の良い妄想を頭の中で繰り広げながら、俺は寝床としているボロ宿へとのっそりと歩いていった。






「お客さん、今日も来たのかい? 悪いけど、まだ店を開ける準備中なんだよ。それに、これ以上はタダ酒を出すわけにはいかないよ?」

「わかってるよ。金ならちゃんと持ってる。一番安いヤツをくれ。水で薄めたりするなよ?」


ポケットからなけなしの硬貨を引きずり出してカウンターの上に叩きつけながら、俺は酒を注文した。

店主はコインの枚数を確かめると背後にある棚から濁った色の液体が入った瓶を取り出し、グラスに注いで俺の目の前にそっと差し出した。

グラスをむんずと掴んで口元へと運ぶと、鼻の奥を突き刺すような強烈な臭いが襲いかかってきた。

俺はそんな刺激臭に臆すること無く、そのまま汚泥のような飲み物を喉奥へと流し込んだ。


「うぅぅぅう〜! 効くぅぅ〜!」

「よくそんな物を飲めるね? 売り物とは言え自分じゃ流石にそれを口に入れる勇気はないなぁ」


感心しているような、そしてどこか呆れているような表情で俺を眺めつつ、店主はそばに置いてあった新聞を手にして読み始めた。


「自分で飲めねぇ物を客にだすんじゃねぇよ……って、ちょっと待て。なんだそれ?」


文句を口にしながら視線を上げると、新聞の一面が目に飛び込んできた。

店主が新聞を閉じて一面を確認すると、あぁ、と小さく声をあげた。


「巷で有名なアイドルユニットだよ。なんでもメンバーの一人は元勇者だったらしいね。お客さんも勇者のパーティにいた事があるからもしかしたら知ってるんじゃないのかい?」


知っているも何も、俺が告白したクレリックその人だった。

アイドルだかなんだか知らないがなんでそんな事をしているんだ?


「記事には、能力不足で残念ながら旅を途中で断念することになったけど魔王の脅威に怯えている人々に対してなにかしてあげたくなった、って書かれているね。立派な女性だよ。昼から酔っ払っている誰かさんとは大違いだ」


最後の一言は余計だ。

俺は新聞に映るクレリックの姿を見る。

一緒に旅をしていた時と似ている衣装の裾をなびかせ、額に汗をにじませながら笑顔でポーズを決めている。

先日自分の中で思い描いていた困窮している様子などどこにもなかった。

俺と同じようにパーティから追放されたのに、どうしてそんなに幸せそうなんだ?

突如として不安が心を支配する。

勝手にあいつらも不幸に違いないと思っていたけど、本当はちがうんじゃないか?

クレリックはこんなにも満ち足りた表情をしている。

エンハンサーだって真面目で努力家だからどこかで大成しているかもしれない。

もしかして、俺だけか?

俺だけがこんな最低の生活をしているのか?

いや、そんなはずはない。

俺はグラスを持ち上げようとしたが、手が滑って床に落としてしまった。

中の酒が床一面に広がる。


「何をしているんだい? もう酔いが回ってしまった? いや、それよりもさっさとそいつをどうにかしないと」

「……」


店主が急いでモップを取り出し、カウンターの向こうから客席へとやって来た。

しかし、俺は目の前の出来事が頭に入ってこなかった。


「おいおい。お客さん、困るよ。床に臭いが付いてしまったらどうするんだい? 掃除するからどいてくれよ」

「……俺は……勇者だ」

「ん? なんだい?」

「俺は! 勇者なんだッ!」


自分の中で何かが弾けた。


「俺は、俺たちは勇者の加護を与えられた選ばれた人間なんだ! 俺たち四人こそが本物の勇者一行なんだ! あんな途中から加わった、ただ強いだけの、偉そうな奴らとは違う! 違うのにッ! どうして俺がこんな仕打ちを受けなきゃならないんだ!」


パーティから抜けていったエンハンサーやクレリックの代わりに加入した、自分勝手なダークフェンサーや仏頂面のビショップの姿が脳裏に浮かぶ。

アイツラがパーティの主導権を握ってしまったせいで、俺やフォートレスは下っ端みたいにこき使われた上に、上位職になる為の訓練の時間も奪われる事になってしまった。

その癖、雑魚は追い出す必要があるとか言って脅しをかけてきて、俺たち二人が必死になって一つ上のジョブであるオーガとホーリーセイバーになると、今度はオーガはパーティでは役立たずと言って俺を無視するようになった。

ソロでクエストを受けようとしてもランクの低い依頼で失敗でもしたら勇者の名前に傷がつくと言われて、俺一人では到底成功できそうにないクエストしか受けられないようにさせられてしまい、出来ることがなくなった俺はいつしか酒場で時間を潰すようになってしまったのだ。


「アイツラが来たせいで俺はこんな酒浸りのクズみたいな人間になってしまったんだ! アイツラさえいなければ、俺は今頃仲間と一緒に魔王を倒しに旅をしていたはずなんだ!」


俺の怒りは収まらない。

矛先がかつての仲間たちに向かう。


「フォートレスもなんだよ! 後から入ってきたヤツにヘコヘコ頭を下げやがって! リーダーだったお前がそんなだから、こんなめちゃくちゃになっちゃったんだろうが!

エンハンサーも簡単に離脱を受け入れるなよ! あの時誰かの足にしがみついてでも付いてきてくれていたら、仲間を追い出してアイツラみたいな連中を加えるなんて事にはならなかった!

それにクレリックはどうしてそんなに笑ってられるんだよ! お前も追放された一人だろ! もっと苦労して、俺に泣きつけよ!」


開店前の酒場中に俺の声が鳴り響いた。

俺の叫びを唯一聞いていた店主は呆れたように息を吐いた。


「気は済んだかい? それじゃあ立って向こうの方に行っておいてくれるかな? 早くしないと臭いが……」

「……ッ! 聞いてたのかよ? 俺は勇者だぞ? もっと褒め称えて敬えよ!」

「元勇者だろう? 仲間に置いていかれた君は、今はただのアルコール中毒者さ」

「なッ……⁉」


俺は店主に言い返そうとしたが言葉が出てこなかった。

店主は表情を変えずに続ける。


「それと君の主張を聞かせてもらったけど、残念ながら賛同は出来ないね。他人へ八つ当たりばかりで君自身が何をしたのか全く分からないじゃないか。 不満があったのは理解するけど、それを改善するために何か努力はしたのかい?」

「し、したに決まってるだろ! でも、アイツラが……」

「君が何をしたのかを聞いているのであって、他人に何をされたのかを尋ねた訳じゃないよ?」


その言葉に俺はまたしても声が喉奥に詰まった。

誰かに虐げられた出来事はすぐに口から出てくるのに、自分の意思で、自分の力で成し遂げた事はこれといって挙げることが出来なかった。

俺は拳を握りしめながら自分に言い聞かせるように言葉を発する。


「俺は……俺は勇者なんだ……選ばれた人間なんだ……」

「さっきも言った通り、元勇者だろう? 過去の栄光に縋るのは勝手だけど、それはあくまで昔の君であって今の君とは何の関係もないと思うけどね?

勿論、その過去の行いが巡り巡って現在に影響を及ぼすかもってことは否定しないけど」

「……」


店主の言う通りだった。

今の俺はパーティから追放された、どこにでもいるただの飲んだくれだ。

しかも、一人で魔王を倒しに行くつもりも無いくせに、勇者だった事を心の拠り所としているのがなんとも諦めが悪い。

俺はカウンターに突っ伏すと涙を堪えながら言った。


「どうすれば良かったんだ……俺はどこで間違ったんだ……」

「さぁ? 君の過去はよく知らないけど、一つだけ言えることはある。その日暮らしは辞めて真面目に働きなよ。腕っぷしには自慢があるんだろう? 冒険者として不自由なく暮らせる位にはなれると思うけどね?」

「駄目だ。アイツラが根回ししたせいで俺に回すことが出来る依頼は高難易度ばかりで一人じゃ達成できそうにもない。一緒に行ってくれるメンツを募ろうにも俺の今までの態度のせいで誰も仲間になってくれやしない」

「あー、因果応報って本当にあるんだなぁ……じゃなくて。それじゃあ、ガードマンなんてどうだい? この街はそれなりに賑わっている反面、窃盗や客同士のいざこざも少なくない。力があって警護してくれる人間を求めている店もあると思うよ」


店主の提案は俺にとって天啓だった。

俺は急いで立ち上がると、足元の広がる強烈な臭いも気にせず店主の両肩を掴んだ。


「なぁ、この酒場って酔っ払った冒険者たちのせいでたまに荒れるよな?」

「そうだね。最近は元勇者の肩書を持った冒険者が他の客に絡むせいだけど……」

「ってことはこの酒場にも警護するヤツが必要なんじゃないのか? そう。例えば勇者の一人として旅をしていたオーガとか」

「えぇ? いや、別に雇うならそこら辺の新人で充分……」


店主の肩を掴む手に力が入りそうになるのを堪える。

脅迫するような真似をしては駄目だ。

俺は今日、ここで変わる。

他人を羨み、妬み、責任を押し付ける人生はもう辞めて、自分の足で前に進むんだ。

俺の顔をじっと見ていた店主は困ったように眉をハの字に下げると、フッと笑った。


「しょうがないね。ここで断っても目覚めが悪いし。それに君が酒を飲まずに働いてくれれば、毎日揉め事の後処理をしなくて済む。分かったよ。とりあえず、一旦拠点に戻って身なりを整えてきてくれるかい? 場末の酒場とは言え、従業員に清潔感がないのはいただけないからね」

「そうか! 分かった! 恩に着る! それと、一つ頼み事をして良いか?」

「なんだい? 給料の前借りは受け付けないよ?」


冗談を口にする店主に俺は笑顔を取り繕って、望みを告げた。


「さっきの酒で気持ち悪くなったからトイレを貸してくれ」


答えを聞く前に我慢の限界を迎えた俺は、吐き気と戦いながら奥にある厠へと走っていった。

これから俺の生活がどうなるのかは分からない。

もしかしたら今まで以上の困難が待ち構えているかもしれない。

それでも、自分で決めた事だから、他人のせいにしないで乗り越えるしかない。

ここから、リスタートだ。

お読みいただきありがとうございました


お待たせしてしまい申し訳ありません

気がつけば前回の投稿から一ヶ月以上が経過してしまいました

理由は色々あるのですが、それはまた別の機会に

今後は投稿頻度をあげていけると思いますので、引き続きお読みいただければ幸いです

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