2:回復職の場合
「あのさ、クレリック。大事な話があるんだけど……少し良いか?」
テーブルの反対側に座っているクンフーは真剣な表情だ。
酒場にいる他の冒険者や仲間であるフォートレスたちとさっきまではしゃいでいたとは思えない。
私はついに来たかと心のなかでニンマリと笑みを浮かべながら、いつものようにすまし顔で姿勢を正した。
「別に構いませんよ。ですが、こんな騒がしい場所で良いのですか? 大事な話ならばそれなりのシチュエーションというモノがあると私は思いますが?」
「あ、確かにそうか。じゃあ、ちょっと外にでも……」
「夜風の寒い時期に屋外ですか。それは私としてはお断りしたいですね。本日寝泊まりする宿ではいかがですか? 私が宿泊する個室なら誰にも邪魔されず、二人っきりで会話が出来るかと思いますよ。勿論、貴方に差し支えがなければですが」
私の誘いにクンフーは耳まで赤くして頷いた。
戦う姿はあんなにも雄々しいのに、人付き合いや異性との会話には不慣れなところがなんとも可愛らしい。
私は席を立ち、カウンターで管を巻いているフォートレスやアルカナソードへ一足先に宿へ戻る事を伝えた。
隣にいるクンフーも共に宿へ向かう事を知ったアルカナソードは酒場中に聞こえる音量でクンフーに声をかけた。
「クンフーくん! 一世一代の告白頑張ってこいよ!」
周囲の目が一斉に私やクンフーへと向く。
私はデリカシーのない仲間に呆れ、狼狽えているクンフーを置き去りにしてさっさと酒場を後にした。
背後から急いで私を追う足音が聞こえてくる。
「あの発言、どう思いますか?」
「え? あ、うん、そうだな……まあ、酒に酔っているからしょうがないんじゃないか?」
「酔っているにしても、もう少し気を使った対応が出来ないものですかね?
旅の途中で立ち寄っただけの街とはいえ、私達は勇者パーティとして様々な所で認知され始めているのですからもう少し品のある言動を心がけてほしいものです。
途中から仲間になった癖に冒険者として少しばかり先輩である事を盾にして、私達を顎で使ってくるのにも腹が立ちます。
勇者の加護を受けているのはあくまで私達なのですよ? それなのに勇者パーティの一員である事を鼻にかけ、行く先々でやりたい放題。挙げ句に後始末は全て私達に押し付ける。
最低ではありませんか?」
大勢の目の前で晒し者にされた屈辱を一番の被害者であろうクンフーへとぶつける事で晴らす。
批判はアルカナソード本人だけでなく、彼を好き勝手させているフォートレスにも飛び火する。
「私達のリーダーとしてフォートレスにはもっと追及して貰わないと困ります。先程もなんですか。下品に笑うアルカナソードの隣でご機嫌を取るように愛想笑いを浮かべて。私達勇者パーティの品位を下げているのは確かにアルカナソードですが、その責任の一端はフォートレスにもあると私は思いますよ?」
私の愚痴にクンフーは曖昧な返事をする。
まるでさっきのフォートレスみたいだ。
煮えきらないクンフーの態度に更に怒りのボルテージが上がる。
結局、宿にたどり着くまで私の不平不満は収まらず、延々と話を聞かされたクンフーの顔は個室に招待される頃にはげっそりとしていた。
それとは反対に溜まっていた物を思う存分吐き出すことが出来た私は、クンフーが部屋の中にある椅子に座ったのを確認すると、後ろ手にドアの鍵を締めてベッドに腰を掛けた。
「それで? 話とは一体何ですか? わざわざ私の寝室にまでやって来て話す事と言ったら、よほど重大な事のようですが」
目が虚ろだったクンフーは私の言葉に意識を取り戻すと、立ち上がって私の目の前へとやって来た。
「あの……もしかしたら既に察してるかも知れないけど……」
「構いません。どうぞ仰ってください」
「俺、クレリックの事が好きだ。付き合ってくれないか?」
予想通りの言葉に私は笑みが溢れるのを我慢した。
まだだ。
即答してはいけない。
相手を焦らす事で私の方が主導権を握っているという事を理解させなければ。
「そうですか。それはそれはありがとうございます。気持ちはとても嬉しいですよ」
「そう? それじゃあ俺と恋人になってくれるってこと……」
「いえ。あくまで社交辞令としてお礼を述べたまでです。まだ同意もしていなければ、拒否もしていません」
クンフーはまるで飼い主に弄ばれている犬のように表情をコロコロと変える。
告白を断ったらどんな顔を見せてくれるか非常に興味をそそられる。
当然だがそんな事はしない。
こんな将来有望で、私の言うことならなんでも言うことを聞き、顔もまあまあ悪くない相手をみすみす手放すほど私は自惚れていない。
ただほんのちょっと、からかうだけだ。
「同じ使命を帯びた仲間として、私も貴方には特別な感情を抱いています。ですが私達は今旅の途中です。恋愛にうつつを抜かしている暇などないのでは?」
「それは……そうかもしれないが……」
「それでも私と付き合いたいと言うのであれば、なにかメリットがあるべきです。貴方は私に何を与える事が出来ますか?」
私からの問いかけにクンフーは腕組みをして悩みだした。
頑張れ頑張れ。
その容量の少ない頭で必死に考えた答えを私に聞かせてちょうだい?
私は目の前に立っているクンフーにバレないように口角を歪めながら、どんな答えが返ってくるのか楽しみに待った。
しばらくして、クンフーはパッと顔を明るくすると、手のひらを拳で叩いた。
「どうです? なにかありましたか?」
「ああ! 俺と付き合ってくれたら、他の回復職を探さないように皆に言うよ!」
「は?」
予想外の回答に私は呆気に取られていると、クンフーは不思議そうに私を見た。
「あれ? 嫌だったか? 旅の途中で離れ離れになるよりも一緒にいれる方が嬉しいかと思ったんだけど……」
「いや……貴方は何を言っているんです? 他の回復職を探さないように言う? 旅の途中で離れ離れになる? 言っている意味が良く分からないのですが……」
驚く私にクンフーは何をそんなに戸惑っているのか分からないという表情で説明を始めた。
曰く、敵から受けるダメージ量に対して私の回復力は弱すぎるとか。
曰く、立ち回りが下手過ぎて余計なヘイトを買うせいで戦闘に支障をきたしているとか。
曰く、お荷物のくせに攻撃やサポートの魔法を覚えようとせず、仲間の批判ばかりでうんざりだとか。
他にも色々な言葉がクンフーの口から飛び出てきたが、あまりの衝撃に私の脳はそれ以上認識する事を拒んだ。
クンフーは私がショックを受けているとは露ほども思っていないような笑顔で私に告白の返事を求めてきた。
「俺としては家で待ってくれている方が安心だけど、クレリックがそんなに俺と一緒にいたいんだったらなんとか二人を説得するよ。
どうだ? 俺と付き合う気になったか?」
手を差し出してきたクンフーを私は近くに立てかけてあった杖で殴りかかった。
クンフーは悲鳴をあげながらドアへと向かい、私に背中や足を殴打されながら解錠して部屋から飛び出ていった。
その日をもって、私は勇者パーティを離脱した。
「いらっしゃいませ〜。お一人でのご来店ですか〜? お好きな席をご利用くださ〜い」
甘ったるい声をあげながらお辞儀をすると、やって来た客は空いている席に座った。
見た所、四〇歳は確実に過ぎていそうで、パリッとしたスーツに身を包んだ姿は他に店内にいる客と比較して明らかに浮いていた。
怪しさがプンプンの客に警戒心が働き、カウンター奥の店主に目配せをするが、注文されたコーヒーを用意するのに忙しいのか私の視線に気づいていないようだ。
ため息が零れそうなのを我慢して、私はコップに水を注ぎ、メニューと一緒に中年の客へと運んだ。
「こちらメニューで〜す。ご注文お決まりになりましたらお声がけください〜」
「注文は……お嬢さんのオススメで……」
寒気のするオーダーに顔が引き痙りそうになる。
私はなんとか笑顔を顔に貼り付け、この店で一番高い軽食セットを読み上げると、中年の客は同意するように復唱した。
カウンターまで戻り、店主にオーダーを伝える。
軽食セットなら出来上がるまで時間がかかる。
その間に備品の補充をするとかテキトウな理由をつけて裏に避難しよう。
しかし、ちょうどそのタイミングで他の客たちから声をかけられてしまい、私はその場に拘束される事となった。
下心が見え見えの誘いをのらりくらりと躱しながら、思ってもいない褒め言葉で相手の自尊心を刺激してやる。
客たちは皆それぞれ手応えを感じながら、満足そうに店を去っていった。
店内に残ったのは私と店主とさっきの中年だけだ。
「本当にキミ、人のあしらい方が上手いね。それも冒険で身につけたのかい? はい。セットが出来たからあちらのお客さんにお届けして」
「あー、ストローとか少なくなっていたから補充しに裏へ行きたいんですけど……」
「それならボクがやっておくよ。ほら。お客さんがお待ちだよ? 早く持っていって」
店主はそう言って奥のドアから出て行ってしまった。
タヌキ店主め。
あの中年の目当てが私だと気づいていたな。
私はこちらを盗み見ている客の視線に気づかないフリをして配膳の準備をする。
さっきまでいた客たちの熱視線とは違い、その視線には獲物を品定めするような鋭さと冷たさを感じる。
いざとなったらトレイで殴って気絶させよう。
怪我は魔法で治療してしまえば、急に意識を失ったという事に出来るはずだ。
「おまたせしました〜。こちらご注文の品となりま〜す」
「軽食にしては……これは多いな……」
「この店自慢の大盛りメニューなので〜。それではごゆっくりどうぞ〜」
足早にその席から離れようとしたが、スーツ姿の中年が私を呼び止めた。
「お嬢さん……少し話をしたいんだが……」
「お客さん〜? ここは至って普通の喫茶店ですよ〜? なにか期待しているんだったら他のお店を探した方が良いと思いますけど〜」
「二三、話をしたいだけさ……数ヶ月前まで勇者パーティにいたキミとね……」
私は思わず相手から距離を取った。
もしや魔王の手下なのかと思い、席に座った男を観察する。
中年の男性は驚く私を見て、軽く頭を下げた。
「済まない……驚かせるつもりはなかった……私は魔王とは何も関係のない……ただの人間だ……」
「ただの人間が、どうして私の事を知っているのか理由を聞かせてほしいですね?」
「私は……こういう者だ……」
男性は懐に手を伸ばすと何かを取り出した。
私は咄嗟にトレイを構えたが、出てきたのは一枚の紙だった。
「歌、ダンスで世界を救う。音楽ユニットグループ?」
鮮やかな衣装でポーズを取っている男女の姿がその紙に描かれていた。
私に紙を手渡して男性が説明を始める。
「それは異国ではアイドルと呼ばれる職業だ……私はプロデューサーというアイドルをサポートする立場の人間で、今この国でアイドルになれる人材を探している……キミの事は以前から注目していた……人々に夢と希望を与えられる存在……勇者の加護を持っているキミこそアイドルに相応しい……」
「夢と希望を与えるだなんて大層な話ですね。ですが、私なんて大した事ないですよ? 服装と髪型、言動をちょっと変えただけで誰にも気づかれないんですから」
「そこが素晴らしい……キミは必要とあらば全くの別人のように振る舞う事が出来るという証拠だ……アイドルは偶像とも言い換えられる……時と場合によっては自分の望まぬ対応を行わなければならない……自分の感情を心に秘めて与えられた役割を演じる才能がキミにはある……先程の迷惑客への対応がその良い例だ……」
「褒められている……と思って良いんですよね?」
男性は表情を変えずに頷いた。
「ぜひキミをアイドルとしてスカウトしたい……キミならこの国だけでなくこの世界で一番のアイドルになれる……キミの才能を私に預けてくれないか……」
私は手元の紙を見つめた。
アイドルねぇ。
描かれている衣装を着ている自分の姿を想像する事は出来なかった。
本当に自分にそんな才能があるのだろうか?
勇者パーティから追放された私が?
脳裏にクンフー達の姿がよぎる。
「その……アイドルになれば色んな街に行くことになりますか?」
「ああ……ライブでこの国の街や村を巡ることになるだろう……もしや以前に行ったことがある街で自分の身元がバレる事を心配しているのか……大丈夫だ……衣装やメイクでキミが勇者パーティの一員だった事は気づかれないように……」
「いえ、むしろ私が勇者の加護を持っている事を全面に押し出していきましょう。なんだったら格好もプリースト系統に寄せても構いませんよ」
男性はほんの少し眉をあげた。
私の提案に驚いているようだ。
「だが……そんな事をしたら昔の仲間にもバレてしまうぞ……嫌ではないのか……」
「好都合ですね。私がアイドルとして歓声を浴びている姿を見せつけて、あの人達を後悔させてやりたくてウズウズします。早速、特訓をしましょう。まずは歌ですか? それともダンスでしょうか?」
「キミ……結構いい性格しているな……」
「褒められている……と受け取っておきます」
笑みを見せる私に男性は小さくため息をついた。
私をスカウトした事を後悔しているのだろうか?
だが、残念ながらこんな美味しい話を今更手放すつもりはない。
私は男性の向かいの席に座り、愛想の良い顔で改めて挨拶をした。
「それじゃあ、これから宜しくお願いしますね。プロデューサーさん?」
お読みいただきありがとうございました
タイトルを見て貰えれば分かる通り、今回はパーティにいた人間が次々に追放されていくお話になっています
残りの二人がそれぞれどのような顛末を迎えるのか最後までお読みいただけると幸いです