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幸せというのは、いつも突然、音もなく崩れ去るものだ。
覚悟を決める間も無く、奪われていくものだ。
『魔王よ、王国の精霊への仕打ちの報告感謝する。そこのウンディーネは精霊王であるワシが預かる。』
頭の中に精霊王と思われる声が聞こえて、目を開くと、俺の腕の中にいるはずのミューレがいない。
「ミューレ!どこだ?」
寝巻きのまま顔も洗わず、髪も梳かさず、寝室を探し回る。
いない。
執務室にも行ってみるが、いない。
「ミューレ!」
俺は城の中をミューレの名を呼びながら探し回る。
俺が必死の形相で、寝巻きのまま城を駆け回るせいで、何事かと皆が集まってきた。
「ミューレが、いなくなった・・・。」
「え?」
「なんだ、なんだ?」
「ミューレが・・・」
俺は、ミューレがもうこの城にいないことに、気づいていた。
精霊王の声が頭に響いて、腕の中からミューレが消えた瞬間に、俺は索敵魔法を発動したが、もうどこにもミューレの影を見つけることはできなかった。
気づいていたけど認めたくなかった、認められなかった。ミューレが俺の前からいなくなるなんて、そんな事・・・
ぐっ、歯を食いしばり、索敵魔法を広げていく。どんどん広げて、王都を超えて、更に広げて・・・
「魔王様、これ以上は・・・おやめ下さい。」
宰相が止めるのも聞かず、俺は魔王国全土から更に広げていく。王国を超えて、その隣国を超えて・・・
「ミューレ・・・どこだ。」
その瞬間、俺の意識は暗転した。
気がつくと、俺は自室のベッドの上にいた。
これが魔力切れか・・・歴代の魔王に比べても魔力が多い俺は、魔力を使い切ったことなど無かった。
いくら魔力が多くても、ミューレ1人探し出せないなら、何の意味もない。
涙が溢れた。
「ミューレ・・・。」
ずっと一緒・・・ずっと一緒にだって、約束したじゃないか。
何で・・・
ミューレが好きだ。
俺は、ミューレを娘として愛しているんじゃない。
俺は・・・ミューレを、唯一無二の最愛の女性として・・・
うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!
「魔王様!」
俺の叫び声に家臣が傾れ込んできた。
「俺は・・・」
もう届かない。
精霊王が住む世界があると、聞いたことはある。
でも、それはこの世界ではない。
俺は、ミューレがいない世界では、生きていけない。
ミューレがいない世界でなんて、生きている意味がない。
「ミューレ・・・」
何でだ! 何でだ! 何でだ!
俺は拳を床に何度も叩きつけるが、血が滲んでもすぐに治癒していく。
この再生能力が高い身体が恨めしい。
数日が経過したが、俺は何も出来なかった。仕事も手に付かず、食事も喉を通らない。
それなのに、付近の魔力を勝手に取り込んでしまうこの身体は、窶れる事もない。
そんな日の午後、精霊が城に続々と集まってきた。
「魔王様、精霊王からも許可が出たので王国に制裁を。」
「分かった。すぐ行こう。」
俺はすぐに着替えて、精霊達を連れて王国の上空に転移した。
彼女のためにできることは、もう王国を滅ぼすことしかない。
「一気にやろう。」
王国内に居た精霊達を全て上空に避難させ、皆で魔力をこれ以上ない程に高め、俺がそれを練り合わせていく。
「王国がミューレにした事、絶対に許さない。もう、ここには居ないが、ミューレが幸せであれ・・・」
俺は止めどなく流れ落ちる涙と共に王国に特大の魔法を放った。
それは一瞬だった。
音もなく、そこには元々何も無かったかのように、王国は更地になった。
木も、草も、人はもちろん、城も家も武器も、何もかも消えてなくなった。
「終わったんだな。帰ろう。」
俺は王国に元いた精霊も含めて、精霊達を連れて魔王城に転移した。
虚しかった。
これで少しは気が晴れるかと思ったが、ただ虚しいだけだった。
ミューレが居なければ、この世界などどうでもいい。
何の罪もない奴を痛めつけたり、殺し回ったりしたいとは思わないが、もう、この世界に何の希望も見出せずにいる。
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