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3日目、全ての精霊に伝えて城に帰ると、ミューレが城の入り口でメイドとともに出迎えてくれた。
こんなことは初めてで、俺はただいまも言わずに彼女の元へ駆けて行って抱き締めた。
髪も撫でてやり、額に口付ける。
「ミューレ・・・ただいま。
寂しかったのか?」
彼女を離して顔を覗き込んで聞いてみる。いや、寂しかったのは俺の方だ。
もし、ミューレが同じ気持ちなら嬉しいと思った。
ミューレは漆黒の瞳で俺を見上げると、首を傾げた。
そう、だよな・・・。
寂しいのは俺だけだったようだ。
いつものように彼女を抱っこして部屋まで歩いていると、彼女は戸惑いがちに腕を俺の首の後ろに絡めると、ギュッと抱きついてきた。
んん? これは遅れて返ってきた彼女の返答? 寂しかったということなのか?
本当にミューレは可愛いな。
抱き締めたまま、髪をよしよしと撫でながら歩いた。
夕飯を食べると、ミューレを膝に乗せて本を読んでやった。
読んでほしい本を抱えて待っている姿が可愛くて、何冊でも読んでやりたくなる。
「今日は3冊までにしよう。また明日読んでやるからな。明日からは俺も城にいるから、また一緒に過ごそうな。」
そう言うと、ミューレは顔だけ俺に振り向いて、漆黒の瞳でジッと見つめてきた。
本を読み終わると、メイドを呼んでミューレの湯浴みを頼んだ。
俺は、部下達に今回の事を通達するため、通達文を書き、宰相に渡すと、彼は難しい顔をしていた。
「とうとう魔王様自ら、人間の国を滅ぼすのですか?」
「俺がやらなくても、精霊達による制裁は行われるだろう。」
「確かに、下手したら精霊王が出てくるかも知れませんね。」
「そうだな。」
「俺が手を下さなくても、王国が滅びるのは間違いないだろう。俺は別に領地を広げたいわけじゃない。王国の領地を他の人間の国が欲しがるのなら、不可侵条約と引き換えに渡してもいい。」
「なるほど。それはいい考えですな。」
「それが守られるのも数百年ほどかもしれんが、それでも長く戦争のない時間ができるなら、それでいい。」
人間の命は短い。何度か代替わりがあれば、約束を無かったことにするのは、何度も経験している。
永続などという幻想は持たないようにしている。
「魔王様、一つお聞きしても?」
「なんだ?言ってみろ。」
「ミューレ様を王妃として娶るつもりですか?」
「はぁ?ミューレのことをそのような対象として見たことはない。」
「そうですか。ではミューレ様は魔王様にとってどのような立場の方ですか?
私共も、どのように対応をすればよろしいのか迷っております。
王妃様の選定は進めてよろしいですか?」
「王妃は要らん。俺はずっと独身でいい。」
「それはいけません。遅くともあと50年以内には王妃様をお決め下さい。」
「考えておく。」
ミューレが王妃か。まだミューレは子供だ。
人間なら確かに成人している歳だが、精霊は我々魔族と同じくらい寿命がある。下手したら精霊の方が長い。
あと30年くらい経ってミューレが大人になったら、好きな男ができたりするんだろうか。嫁に行くと言い出すんだろうか?
そう考えるといい知れぬ寂しさが押し寄せてきた。
やはり俺はミューレのことを娘のように思っているのかもしれんな。
まだ結婚もしたことがないのにコブ付きとは、妃など見つかる気がしない。
俺はミューレを優先するから、それを理解できる女じゃなきゃいけない。
まだ先のことだ。今はミューレの傷付いた心を癒してやらなければならない。
さて、俺もさっと湯浴みをして寝る準備をするか。
俺が寝室に向かうと、ミューレはベッドの端に座って待っていた。
「待たせたか?」
ミューレは漆黒の瞳で俺をジッと見つめる。
近づくと、俺に両手を伸ばし、抱っこをせがむ子供のような仕草をした。
ミューレはやっぱり可愛いな。
抱き上げて俺が代わりにベッドに腰を下ろす。
「お前は何も心配しなくていいからな。俺が守ってやるから。ずっと俺の側にいろ。」
髪を撫でてやると、目を細めるのも、俺が好きな表情だ。
思わず目尻が下がる。
「ザン、ク、」
「ん?どうした?」
「ミューレと、ずっと一緒?」
俺を漆黒の瞳で見上げながら、こてんと首を傾げた。
「うぐ・・・ミューレは可愛すぎるな。心配だ。
もちろんミューレと俺はずっと一緒だぞ。」
俺の心臓がドキドキと音を立てている。
俺はどうやら、ミューレが可愛いと、心臓が苦しくなるみたいだ。
「俺とずっと一緒は嫌か?」
ミューレは俺を見上げたまま、フルフルと首を左右に振ってくれた。
良かった。ホッと息を吐く。
「ザン、ク、好き。」
好き・・・俺は息を飲んで固まった。
好き、好き、好き・・・
「俺もミューレが大好きだよ。」
ギュッと抱き締めて、そして髪を撫でてやる。額に口付けをして、再び抱き締める。
ミューレを抱き締めたままベッドに寝転がり、このまま時間が止まればいいと思った。
程なくしてスースーとミューレの寝息が聞こえてきた。
幸せというのはこういうことなのだと初めて知った。
幸せな夢を見るんだぞ。
俺は再びミューレの額に口付けをして眠りについた。
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